迷宮探索 17
第二十五階層、ボス部屋に来たのだが当たり前の様に人は全くいない。
このボス部屋の前は不穏な空気が流れているのと日向の緊張のせいもあってほとんど無音だった。
俺にしても流石にここで日向をいじるのは可哀想だな、と思い無言でボス部屋の門の前に立つ。
「緊張してるだろうが程々にしとけよー」
努めて明るい声を出す楓。
「う、う、うん!だ、大丈夫だよ!」
全然大丈夫じゃなさそうだ。
これはここでうだうだしてるよりもさっさとボスを倒した方が良さそうだな。
俺は門に手をかけていつもよりも荒く門を開ける。
「ほよ?」
日向が素っ頓狂な声をだす。乙女として出してはいけない様な声を出す。
それも分からないでもない光景が俺達の前で起こっているのだからしょうがないっちゃしょうがないのだが…
「か、可愛い…」
そうなのだ。ここまではゴーストだったりオーガだったりしたのだが今回のボスは兎がデフォルメされにされまくった様なやつなのだ。日向が可愛いと言うのも良く分かる。
ん?なんだこいつ…魔物じゃないな?
『はい、マスター。おそらく精霊が具現化されたものかと。ただ我々に敵意を見せているあたり迷宮で生まれた精霊なので倒しても問題ないと思われます』
精霊とは普通なら姿がない各属性の色の光の玉なのだが中級精霊以上になると具現化が出来るのだ。
ちなみにマリーは妖精であって精霊ではないので間違えないように。この前マリーに精霊と何が違うの?と聞いた時に存在する次元がそもそも違うらしいので全く別物らしいのだ。
「にしても倒しづらいなぁ」
俺苦笑を浮かべながら独りごちる。
「うー私もあれがボスじゃなかったら思う存分抱きつけるのになぁ」
日向もここはボス部屋ということでしっかりとわきまえている様だ。まぁ俺に全て任せている以上邪魔するわけにはいかないのだ。
とりあえず鑑定してみるか。
ーステータスーーーーーーーーーーーーーーーー
中級精霊
種族 精霊
体力 3000
筋力 0
敏速 1500
知力 4000
魔力 4000
幸運 500
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やはり中級精霊だったか…
それにしてもこいつはスキルの類が一つもなかった。こいつらの戦い方と言うと魔法での戦いが多いらしいのでスキルを必要としないみたいだ。筋力が0の時点で近接戦闘の可能性がなくなったわけだ。
ただ魔力と知力が結構高いから日向も危ないんだよなー。遠距離攻撃戦となると日向に魔法が流れていく可能性もあるからな。
「日向、一応武器だけ構えとけ。俺が戦うから手出しは絶対にするな。俺があげたネックレスの性能で一回だけ死なない様になるが痛い思いはする筈だから流れ弾が来た時だけ自分で魔法で防いでくれ」
一応日向にも武器を構えてもらう。何かあった時に武器を構えて準備してるのとしてないのとでは雲泥の差だからな。
「今回は俺も遠距離攻撃で勝負をつける事になるな」
なにせ近距離攻撃を仕掛けてその間に日向に攻撃されたら大変だからな。
ただ武器を作ってないので俺は素手での魔法発動になる。まぁ俺の場合武器があろうがなかろうがあんまり変わらないんだが…
「むにゅ!」
精霊はしびれを切らしたのか声を出しながら水弾の準備をしている。精霊の周りに水の球が5個浮かび上がってきた。
「なら俺は倍の10個だ!」
そう言って10個の水弾を精霊以上に水の質量を増やして圧縮した。
「むにゅ!!」
さすがに精霊も俺の魔法の腕が只者ではないと悟り本気を出した様だ。精霊の周りには30個の水弾が用意されている。だがかなり精霊自身もしんどそうだ。
まず、水弾の常識としては一回につき一個しか用意出来ない筈なのだ。なのに精霊の前にいる男は軽く10個も水弾を用意してきた。しかも自分よりも圧倒的に威力が高く。それに焦り精霊は自分の全力である30個もの水弾を用意した…のだがその数秒後精霊は更に驚く事になる。何故なら…
「おー流石精霊だな。よし、負けてられないな」
などと言いながら軽々しくおよそ100個もの水弾を自分の周りに纏わせていたのだ。
「もにゅー!!!!!」
これにはさすがに精霊もなんですとー!と叫ばなくてはいけなくなる。何故人間如きが精霊をも超える魔法を使えるのか?精霊は甚だ疑問だった。
ちなみに日向でも最高10個の水弾を用意出来る。まだ上手く制御が出来ないみたいだが。
「さて、じゃあ撃ち合いといこうか」
「もにゅ!」
精霊は自分が勝てない事は分かっていて逃げ出そうと思っていたのだが何故か逃げ出す事が出来ない。しかも自分から水弾を放つ始末だ。
何故精霊に逃げる事が出来なかったというと、この精霊は迷宮から生まれたものだったからだ。
ボス故に知性を持ち自立はしているのだが、ボスとしての仕事から逃げる事は迷宮自身が許さなかったわけだ。
「そらゃ!」
「もにゅー!!!」
精霊はまってー!とでも言いたそうだったが自分達に敵対したものの言うことを聞くほど俺も優しくない。容赦なく水弾100個全てを精霊に放つ。精霊も頑張って水弾を放ったのだがいかんせん数も質も俺より数段劣る。
勝ち目など初めからなく、俺が放った水弾の餌食になって消えていくしかなかった。
「も、にゅ…」
精霊は最後迷宮を恨んでこの世から消えた。
「いやー俺も久しぶりにあんなに魔法を撃ったわ。でもせっかくなら戦術級を撃ちたかったなー」
「お疲れ〜。流石にそれじゃあ私迄巻き添え食らうからやめてね」
「はーい」
中級精霊をも破った男は一人の女の子には逆らえないのであった。




