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救世主が男の娘でいいんでしょうか?  作者: せんと
第三章 学びの園の男の娘
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第8話 異世界でも若者の恋愛事情は乱れているようです

 窓から降り注ぐ柔らかな朝の光を受け、意識が徐々に覚醒へと歩み出す。だがまだ覚醒には至らない。無理に起きようと思えば起きられるのだが別に今は差し迫る何かがあるわけではない。

 アンナはぼんやりとした意識のままに肌を撫でる布団の感触を楽しんだ。


「アンナ様、そろそろお時間です」

「……ふぁい」


 しばらくして、ゆさゆさと優しく体を揺らされる感覚にアンナはようやく覚醒の意思を固めた。


「ふぁ~……おはようございます、レイラ」

「おはようございますアンナ様」


 意志は固めたものの体はそれに従ってくれないようで、まだアンナは寝ぼけ眼であった。もともと朝が弱いアンナだが昨日は久しぶりに魔力を大量消費したこともあって少し怠さが残っている。


「お着替えをしますのでお座りになってください」

「ふぁ~い……」


 ふらふらの頭が再びベッドに埋もれないための最低限の努力だけを行いアンナはベッドに腰掛ける。するとレイラはアンナの着ていたベビードールを脱がせにかかる。

 胸元こそ隠れているものの肩はほとんど露出していて、胸下からはふわりと広がるフリフリなその下着は完全な女の子用のものである。当初アンナはこれを着るのに猛反発したものだが女子寮ということで誰も見ていない部分でも気を使うべきだというレイラの強い主張により採用されたのだ。


「ああ……アンナ様のお肌は今日もすべすべで美しいです」

「そ~ですか~」


 朝のお着替えタイムはレイラの憩いのひとときだ。なにせ寝ぼけているアンナはガードが緩くなり普段なら恥ずかしがって拒否されることもなすがままに受け入れてくれるのだから。

 レイラは自分のほっぺたをアンナのうなじにぴとっと当て、そのままつい~っと滑らせて背中を経てお尻の辺りまでの肌の感触を楽しむという至福の遊びに興じていた。

 ――と、そこで突如部屋のドアがノックされた。


「おはようございますアンナさん! よろしければ朝食をご一緒し――」


 間髪入れず開かれた扉から姿を現したララエラは、しかし、半裸のアンナとそのアンナの背に頬を這わせるレイラの奇行を目の当たりにして固まった。




「こ……ここの朝食はさっぱりした味付けですわね」

「そっ、そうですね。朝の弱いボクには優しい味です」


 当たり障りのない返答をしつつも、アンナは内心では疑念と緊張が渦巻いていた。

 場所は学生寮大食堂。夜になると歓楽街に行けないお一人様気質の人々があつまる悲しい場所となるここも、朝はみなが分け隔て無く使用する食事処となる。

 ただアンナにはご飯を味わう余裕などない。理由はもちろん先ほどのララエラ乱入事件のせいである。


「(本当に危ないところは見られてないんですか?)」

「(はい……アンナ様は扉とは反対方向を向かれていましたし、私が覆い被さっていたのが幸いしてほとんど体は見えなかったはずです)」

「(……なぜ覆い被さっていたんですか?)」


 レイラは睨まれた時の猫のようにすっと目を逸らした。


「なっ、何二人でこそこそ話してますの!?」


 テーブルを挟んで向かい側にいるララエラが身を乗り出してこちらに真剣な顔を向けてくる。

 何か言いたいことがあるが同時に躊躇いもあるような表情だ。

 やっぱり何か感づかれてしまったのかもしれない。


「わたくしも混ぜてください! 仲間はずれにされると寂しいですわ!」


 ただの寂しがり屋さんだった。


「わたくしを奴隷にしたいとおっしゃる以上、あなたにもそれ相応の対応をする義務がありますのよ! 具体的に言うならレイラさんと同じ扱いを要求しますわ!」

「どっ、奴隷なんて言ってませんよ!? ボクはあくまで友達として――」

「同じようなものですわ! 貴方はわたくしにレイラさんと同じ関係を求めているのでしょ?」

「……まぁレイラと同じくらい気兼ねしない関係になれたらとは思いますけど」

「つまり愛の奴隷ということですわね!」

「なんでそうなるんですか!?」


 なんだろうか。ララエラとの間に大きな誤解があるような気がする。

 でもとりあえず性別はバレていないということでいいのだろうか?

 ここは完全に安心するために確証が欲しいところである。


「ちなみにですが、ヒーリスさん」

「ララエラとお呼び下さいな」

「そっ、そうですか? ではララエラさん」

さん(・・)はいりませんわ!」

「いえ、でもいきなり呼び捨てなんて……って、話が進まないじゃないですか! ララエラさんはボクの部屋に入ったとき何か(・・)見ましたか?」

「――っ!!」


 ララエラがビクッと震えた。

 駆け引きは苦手なのでストレートな疑問をぶつけてみたのだがこの反応……やはり気づかれているのだろうか?


「もうしわけございません……。この目でしかと見てしまいましたわ」

「やっぱりですか!?」

「ええ……わたくしもある程度覚悟をしてたんです。でも心のどこかで、まさかという思いもあって……だから自分の目で確かめたくてわざと返事を待たずに扉を開けましたの」


 アンナの体は凍り付いた。これは完全にアウトだ。

 相手は最初から疑念を持っていて、その疑念を確証に変える証拠を既に掴んでしまっている。


「そこに広がっていたのはわたくしの常識では考えられない世界でしたわ」

「――ちょっ、ちょっと待ってください! それには深い事情があるんです! ボクは好んでこんなことをしてるわけでは――」

「わかっていますわ。女の子同士で愛し合うなんてそれ相応の過程がなければ辿り着けない領域ですものね」

「………………へ?」


 今度は別の意味でアンナはフリーズした。

 いま彼女は何と言った?


「わたくしも最初聞いたときはありえないと思いましたわ。だって同性同士なんて自然の摂理に反していますもの。こ……子供も生まれませんし。でも昨日あなたに助けて頂いて少しずつ考えが変わっていきましたの。あなたに求愛されたときには嬉しいとすら思ってしまって……でも昨日の時点ではまだ覚悟を決められなくて……。でも今日、睦み合う二人を見てわたくしの心は決まったんですわ! ――わたくし、女の子同士でもあなたにならすべてを捧げることができますわ!!」

「ええええええええええ――!?」


 やっぱりこの人との間には致命的な誤解がある。

 だが一体どうして?

 友達になるために近づいたはずなのにいつから色恋の話に変わってしまっていたのだろうか?

 少なくとも自分の言動にそのような誤解を招くものはなかったはずなのに。

 アンナは助けを求めるようにレイラに視線を向けた。

 そこでふと、先ほどからレイラがまったく会話に入ってきていないことに気づいた。この手の話になれば特にムキになって割り込んでくるはずなのに、レイラはアンナから顔を逸らすような姿勢で沈黙している。

 だが、よく見ると彼女の頬には汗がだらだら流れていた。


「……レイラ?」

「……は……はい?」

「何か心当たりがあるんですか?」

「……わう」


 まるで叱られた子犬のような鳴き声が返ってきた。


「わうじゃわかりませんよ、レイラ。ちゃんと話してください?」

「た……例えばですよアンナ様」

「はい」

「みんなに大人気のA様という女の子がいたとします」

「はい」

「アンナ様はそのA様のことを慕う女の子の中の一人で、他の誰にもA様を渡したくないと思っています」

「それはなんとも百合百合しい世界ですね」

「ですが当然A様を狙う女の子は他にもいます。その中の一人であるBはとても積極的でA様に果敢にアプローチするんです。アンナ様は焦ります。このままではA様が泥棒猫に取られてしまう」


 話している間に感情が乗ってきたのか身振り手振りまで加えられて演劇調の語りになっていく。

 ただ表情は変わらず、台詞も棒読みなのでレイラにお芝居の才能はないのだろう。


「……そんなときアンナ様に天啓が降ります。ある一つの嘘をつけばB子さんを撃退できる上に周りのみんなにA様は自分のものだと宣言できるという素晴らしい方法を手に入れるんです」

「え? 駄目ですよ嘘つくなんてズルをしては。B子さんだって勇気を振り絞ってA様にアプローチしたのかもしれないんですよ?」

「……わぅ」


 レイラの耳がへちょっと垂れ、ノリノリだったレイラ劇場は突如終幕を迎えた。


「続きは?」

「……終わりです。いろんな意味で」


 レイラは顔を真っ青にして何かに恐れ戦いている。

 ふむ……若干事実関係にレイラフィルターがかかってる気がするがつまりそういうことなのだろう。


「はぁ……まったく、仕方の無い子ですね」


 そう言いながらアンナは優しくレイラの頭を撫でた。

 そこにレイラを非難しようとする意思は感じられない。


「……許してくれるんですか?」

「はい。ですが今後は嘘なんて吐いちゃ駄目ですからね」

「はい! もう二度とこのようなことは致しません!」


 返事だけはいいんですから、とアンナは苦笑いした。

 いつもながらレイラの暴走は困ったものではあるのだが、自分に好意を向けてくれた結果でもあるのでいまいち強く言い難い。

 少し甘すぎるかと思わないでも無いがこの場は多めにみてあげよう――と思いかけたところでアンナはまだ疑問の答えが完全には返ってきていないことに気づいた。


「でも結局レイラの言った嘘というのは何だったんですか?」


 そもそもの問題となっていたのはララエラが女の子同士でなどと言い出したことだ。

 つまりレイラの嘘というのはアンナとレイラがただならぬ関係であるというものだろう。

 だがアンナはもとよりレイラの口からもそのような言葉が吐かれた記憶はなし、片時も側を離れることのないレイラがこっそりララエラに何かを吹き込むというのも不可能だ。

 つまりその嘘はララエラを騙すと同時にアンナにもわからないかたちで実行されなければならない。


(ってことはもしかしてレイラの嘘って……)


 その条件を満たす行動に一つだけ心当たりがある。

 アンナは恐らく正解であろう答えに辿り着いてしまい顔を引きつらせた。


「実は相手に尻尾を巻き付ける行為は獣人族にとってこの人のお手つきになりましたっていう宣言なんです。身分の高い者たちの間ではちゃんと世継ぎを作る行為にいそしんでますよっていう意味合いもあるんですが、一般的には燃え上がる自分たちを周りに見せつけたい恥ずかしいカップルがするものです。これを見せればララエラさんも引いてくれると思いまして」

「……ほう」

「ララエラさん以外にもたくさんの視線があったので流石にまずいという思いはあったんです。でも他の人に横取りされるくらいなら後で怒られる方がマシだと思って実行したんです」

「ほうほう……」

「でもそんな蛮行すらアンナ様は許してくれるんですね。流石ですアンナ様!」


 レイラはいつも通りの無表情ではあるが耳や尻尾の荒ぶり具合からとてもテンションが高いことが窺えた。

 怒られるかもしれないという不安から解放されてハイになっているのだろう。

 そしてそのせいで、アンナの表情が徐々に何かの感情を押し殺したような作り笑顔になっていったのに気づけなかった。


「レイラ」


 アンナはレイラの頬に両手を添えてにこりと微笑む。


「はい!」


 その動作の意味はわからなかったがとりあえず元気に返事をするレイラ。


「やっぱりお仕置きです♪」

「………………………………………………わふ?」


 レイラはしばらく言葉の意味がわからず目を点にして首を傾げた後、


「――――きゅう」


 寿命を迎えたセミのようにぽてりと床に倒れ込んだ。

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