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救世主が男の娘でいいんでしょうか?  作者: せんと
第三章 学びの園の男の娘
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第7話 友情(?)が結ばれようとしています

「アンタどっから入って……」


 あり得ないはずの乱入者にアンゼリナは目を剥いた。

 現れたのは彼女とそっくりな外見の少女。そして少女のあとに寄り添う一人の獣人の少女だった。


「もちろん魔法障壁を通ってですよ。ボクには空間転移魔法は使えませんから」

「ありえないわ!! この学校の魔法障壁は最上級魔法ですら壊せないはずよ!」

「確かにそう教わりましたね」

「なら何故――」

「壊せないという言い方が厳密でないだけです。正確には壊すことは出来るがすぐに障壁が張り直される、というのが正解です。もっとも、その性質に気づくために二回も最上級魔法を使ってしまいましたが」


 なんでもないことのように、さらっとアンナは言ってのけた。

 だがそれは到底信じられぬ話だ。

 英雄誕生の預言の日に生まれたアンゼリナでさえ辿り着くことのできない第六階梯魔法を使ったなど。


「ありえない……あり得ないわ! ――そうだわ、アンタ教師を買収したんでしょ! そういえば一人アタシにイヤらしい視線を送ってくるやつがいたわ。あいつったらアタシに相手にされないものだからアンタを代用品に――」

「黙りなさい」


 現実を受け止められず、的外れな推測を立て始めたアンゼリナの言葉はレイラの低い声によって止められた。同時にアンゼリナの首筋を冷たい風が通り抜ける。

 ふぁさりと音を立ててアンゼリナを構成していた何かが地面に落ちた。


「え……?」


 アンゼリナは一瞬何が起きたのかわからなかった。

 痛みはない。

 どこからも血は出ていない。

 だがアンゼリナは確かに”何か”を失った。

 それは確かにアンゼリナを形作っていた大切な一部――ハニーブロンドの美しい毛髪だった。


「きゃああああああああああ」


 その事実に気づいたアンゼリナが叫び越えを上げる。


「……へ?」


 だが彼女に負けず劣らず驚いている者がもう一人いた。


「なっ、何をしてるんですかレイラ!?」

「なにって、断髪です。これでアンナ様との区別が付きやすくなりました」

「なんて横暴な理由ですか!!」


 そんないちゃもんで女の命である髪の毛をこうもばっさりと切ってしまうなんて。

 しかもレイラは側頭部ギリギリをスパっと垂直に切るという大変雑な断髪を行ったため一部分だけ高校球児並のエグイ刈り上げになってしまっている。

 まさに鬼畜の所業であった。


(……まぁ、レイラも本気で区別を付けるためだなんて思ってはないのでしょうけど)


 アンゼリナはララエラの尻尾を切り落とそうとしたのだ。その報いとして髪の毛を切られたのならば代償としてはまだ安い方である。


「許さない……、アンタだけは絶対に許さないから……」


 まるで地獄の底から響いてくるような怨嗟を乗せた声を出しながらアンゼリナはこちらを睨み付けてくる。

 実行犯はレイラなのだが、どうやら怒りはこっちに向いてしまったらしい。

 もっとも、こうなってしまった以上アンナとしても対立することに異存はない。

 

「許さないのはこちらも同じです。自分勝手な理由でヒーリスさんをいじめたり、何の関係も無い女の子を盾に使ったり、あなたの行為は目に余ります」

「平民風情がこのアタシに意見するな!! アンタなんてあの人の力の前ではゴミカス同然なんだから!!」


 激昂と同時にアンゼリナは第四階梯魔法スパークスネークを放つ。

 この後のことなど考えること無く彼女の持てる魔力をすべて費やした文字通り全力の魔法だ。

 だが――


「ならばまずはその元凶(・・)を潰さないといけませんね」


 アンナはその攻撃をまるで羽虫でも払うかのように消し去った。

 アンナが行ったのは相手が放った魔力と同じだけの魔力をぶつけるというもっとも基本的な魔法に対するレジストのやり方だ。

 すなわちこの瞬間アンナもアンゼリナが消費したのと同じだけの魔力を失っている。

 にもかかわらずアンナは平然と佇んでいた。


「はぁ……はぁ……はぁ……」


 対称的に息を切らせて膝から崩れ去るアンゼリナ。

 二人の魔法使いとしての格の違いは誰の目から見ても一目瞭然だった。


「王子様とやらに伝えてください。ボクはフラッグ・ハントの公式戦に出るので、文句があるならそこで白黒付けましょうって」


 跪くアンゼリナを見下すようにしてアンナは言う。


「――或いはアンゼリナさんよりも100倍可愛いボクに乗り換えるなら許してあげなくもないですけどね♪」


 おまけにちょっとぶりっこ子っぽく領頬に人差し指を当ててだめ押しをしておく。

 これだけ言っておけば相手も逃げることはしないだろう。一番厄介なのは直接的な手出しをせず影からちくちくと嫌がらせをされることである。

 また男として大切なものを失ってしまった気がするが、これからの楽しい学園生活のために必要な犠牲だったのだとアンナは自分に言い聞かせた。


「先生、こっちです!!」


 ちょうどよいタイミングでミルチャが他の教師を連れてきてくれたおかげで、なんとかその場は収められた。

 これでようやく本命のララエラ勧誘に入れそうだ。





++++++





「あの……このたびは本当にありがとうございました」

「そっ、そんなに畏まらないでください」


 場所はベルウェグ学園大食堂。歓楽街へ行くことのできない友達が少なめな人たちが集う憩いの場でララエラは大きく頭を下げた。

 すでにミルチャら男子組とは別れて今はアンナ、レイラ、ララエラの三人だけだが、人の目がある場所でこのような行動に出たことにアンナは驚きを隠せなかった。


「いいえ、元はと言えばわたくしが貴方の実力をよく知ろうともせず、勝手にアンゼリナさんを挑発して貴方を守ったつもりになって、戦場に身を置きながら油断して窮地に陥ってしまって……。おまけに無関係な子まで巻き込んでしまって……わたくし……わた……くし……うわあああああああん、わたくし無能過ぎますわああああああああああああ」

「ええっ!? どうしたんですか急に」


 ララエラは豆腐メンタルだった。

 普段は持ち前の不遜な態度でメッキをしているのだが、ひとたびそれが剥がれればとても脆い。

 アンゼリナに情けない敗北を喫してしまい、それまでの強がりが一気に決壊してしまっていた。


「よしよし、ヒーリスさんは駄目な子じゃありませんよ。いままで一人で頑張ってきたじゃないですか」


 なんだかよく状況がわからないアンナであったがとりあえず泣いてる女の子を放っておくこともできず、ララエラのとなりに席を移動して優しく抱きしめてあげた。


「あ――!! 何アンナ様に抱擁されているんですか!? 私だって滅多にしてもらえないのに」

「もう、レイラ。減るもんじゃあるまいし、こういう時くらい許してあげて下さい」

「減ります! 今アンナ様がしてあげている時間分だけ私にしてもらえるハグが減るんです――!」

「ただの駄々っ子じゃないですか!」

「……ぐすっ……ごめんなさい。わたくしったらまたご迷惑を。今すぐ離れますわ……ぐすっ……ちーん」


 離れてくれるのはいいのだが、いまひとの制服で鼻水を拭かないでほしい。


「それで、えっと……わたくしに用件があるんでしたよね?」

「はい。先ほども言いましたがフラッグ・ハントのチームを組んで欲しいんです。ボクは既に別のチームに所属してますからそこに加わって貰うかたちになりますけど」

「それは……わたくしなんかでよろしいのですか? アンゼリナさんに跪いた、プライドを捨てた哀れなわたくしなんかで……」

「そんなことはありません。初等部の中でみるならヒーリスさんの力はずば抜けてるじゃないですか」

「でもわたくしはアンゼリナさんの思惑を見抜けませんでしたわ。そんな愚か者がチームにいたところで……うぅ……」

「もぅ……だから卑屈にならないで下さいって」

「――はひゃ!? やめっ……耳を撫で繰り回さないで……ふわっ……くぅ……」


 ちょっとしつこいので優しく耳を撫でてやるとララエラは大人しくなった。

 ついでに撫でているアンナ本人も癒やされる。まさにWIN-WINの関係である。


「あわわわわ……」


 二人の間に流れる和やかなムードに顔を真っ青にして震えている子も約一名いるがアンナは気にしないことにした。


「わ……わかりましたわ。わたくし貴方のチームに入ります」

「よかった! それではこれからよろしくお願いしますね」

「でも厚かましいようですがこちらからもお願いがありますの。チームを組む以上は公式戦を目指していただけませんか?」

「それはこっちからお願いしようかと思っていたことですよ。ボクたちもわけあって公式戦に出なければいけないんです。でもヒーリスさんはどうして公式戦に?」

「教皇セルシウス様が約束してくれたんです。わたくしが在学中にフラッグ・ハントで優勝を収めることができたなら金狐族が暮らす地域を正式に国として認めて下さると。わたくしがこの学園に入学したのもそれが理由ですわ」


 なるほど。だからイヤイヤながらも真面目に授業を受けていたのか。

 しかし、まさか彼女の口からオクタビオの名が出てこようとは。


「大丈夫でしたか? 他に条件として口説かれたりペロペロされたりしませんでしたか?」

「ん? 交渉に立ち会ったのは父なので面識はありませんわ」


 懸命な判断だ。なにせ亜人との交流を図るためだけに教皇の座に就いた男だ。

 本物の獣人を前にしたら何をするかわかったものではない。

 むしろ彼は男でもいけそうな雰囲気を醸しだしていたのでララエラのお父さんが無事であったことを祈るばかりである。


「でも貴方が一緒のチームになってくれるなら心強いですわ。少しレイラさんの気持ちがわかったような気がします」

「レイラの気持ちですか?」

「ええ、最初は非常に特殊な趣味を持った二人なのだと勘違いしてしまいましたが貴方の実力がわかった今なら納得ですわ。獣人族は自分より強い者に憧れを抱くものですから。きっとレイラさんはお強いあなたにすべてを委ねたくて奴隷になったんですのね」

「んん?」


 何やら話の雲行きが怪しくなってきたような。


「そ……それで貴方がわたくしを誘ったのはフラッグ・ハントのためだけではありませんわよね?」

「えっ? はい、もちろん利害関係だけの繋がりではなく個人的に――」

「――奴隷になれとおっしゃるんですね!!」

「なんでそうなるんですか!?」


 やはり何かが食い違っている。


「だ、駄目です! 絶対に認めません! アンナ様の奴隷は私一人で十分です!!」

「でも貴方のご主人様はわたくしにたびたび視線を向けていましたのよ!? その……言い方は悪いですがちょっと邪念の籠もった視線で……」

「あっ、あれはちょっと尻尾が可愛いなと思って見てただけですよ!」


 気づかれないように見ていたのだがバレていたようだ。やっぱり男の視線は女の子からみれば露骨なのだろうか。

 でも誓って言うが決してエロい目で見ていたわけではない。ただちょっとモフモフしてみたいと思っていただけなのだ。


「それに実は聞こえてましたのよ。いつかわたくしに愛の宣誓をさせたいっておっしゃってたのを」

「愛の宣誓? そんなこと言いましたっけ?」

「とぼけないでくださいまし! 貴方は確かにわたくしに尻尾を巻き付けさせたいと――」

「そっ、それ以上はいけません!! ああ――ああ――あああああああ――!!」


 ララエラの言葉はレイラの叫び越えによって掻き消された。


「うるさいですよレイラ! どうしたんです急に」

「そっ、それは……」


 レイラは内心大慌てだった。愛の宣誓とは体の関係を持った相手に対して尻尾を巻き付けて周りに自分たちの関係を見せつける獣人族特有の風習である。

 こともあろうにレイラはそれをアンナに対してやって見せた。アンナにはその行為が友好を示すものであると嘘を教えて。

 すべてはアンナにララエラを近づかせないがためのものだった。

 女の子同士でそのようなことを行っているとわかったらララエラも警戒して近づかなくなるだろうという計算だったのだ。


「もぅ、意味も無く邪魔しちゃだめですよ。それで何の話でしたっけ?」

「愛の宣誓ですわ! これと決めた方に尻尾を巻き付けるんです」

「ああ、獣人族の方がやるというあれですね。確かにララエラさんにやって欲しいって言ったことがありました」

「や――やっぱりそうなんですのね!! その気持ちは今も変わりませんか!?」

「はい、もちろんです!」


 もちろんアンナはララエラに体を要求しているわけではない。友好の証だと聞いていたアンナは『愛』を『親愛』の意味だと勝手に解釈して、お友達になりましょうと言っているつもりなのだ。


「あわわわわ……」


 レイラはますます追い込まれていった。

 早くアンナの誤解を解かなければ二人が後戻りの出来ない場所に進んでしまう。まだ自分ですらその領域に踏み込めていないのにそんなことは絶対に許されない。

 でもここで真実を教えてしまったらアンナに嘘を付いたことがバレて怒られてしまう。

 この究極の選択をする勇気をレイラは持ち合わせていなかった。


「うぅ……運命とはかくも理不尽なものなのですか……」


 自分で蒔いた種という事実を棚上げしてレイラは運命を呪った。


「わ……わかりましたわ。すべてを失っていたかもしれなところを助けて頂いたんですもの。でも少しだけお時間をくださいまし。わたくしにも心の準備というものがありますの」

「はぁ……別に構いませんが」

「わたくしも族長の娘。そう長くは待たせませんわ。一日です! 一日だけ待って下さいまし!」


 顔を真っ赤にしながら決意に満ちた顔でララエラは言った。

 友達になるのにそこまでの覚悟がいるものだろうか? アンナは頭の上に疑問符を浮かべながらも、笑顔ではいと答えるのであった。

来週は更新お休みします。

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