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救世主が男の娘でいいんでしょうか?  作者: せんと
第三章 学びの園の男の娘
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第6話 尻尾は命です

「すげーじゃんアンナ!」

「まさかあれほどの使い手だったとはね。気を使おうとしていたこちらが恥ずかしいよ」

「それでこそ我が究極フレッド軍の一員だ」

「これでまた僕の影が薄くなるね……」


 圧倒的勝利で試合を終えアンナはチームメイトから喝采を浴びていた。

 一部褒められているのか微妙なものもあったが好意的な視線を受けるというのはとても気持ちの良いものだ。


「やったなミルチャ! アンナがいれば公式戦での入賞も夢じゃないかもしれないぞ!」

「確かにアンナさんさえその気があるなら是非とも挑戦したいところだけど……どうかな?」

「ええ、もちろんです。そのためにこの授業を受けたんですから」


 公式戦とはフラッグ・ハントにおける学園一のチームを決める大会のことで、ベルウェグの一大行事の一つである。

 全校生徒が観戦するのはもとより、各国の重鎮たちも娯楽として見に来ることもあり参加者にとっては将来の雇い主にアピールする重要な場でもある。

 その分優秀な者たちが集まるハイレベルな試合となるため、戦いの内容は激しいものとなり怪我のリスクもぐっと高くなる。

 なので初等部の間では敬遠されがちなのだと女子寮寮長のミエラが言っていたのだが彼らは数少ない参加希望者のようだ。

 アンナとしてもセフィーネの目に留まるまたとないチャンスのため是非にも出場したいと思っていた。


「初等部の生徒のみで構成されたチームの出場枠は一つだけなんだけど、この様子なら問題なさそうだね」

「ああ、さっきの戦いを見てたなら文句言う奴はいないだろうさ。ロリデベルトの野郎のチームは腐っても初等部一だったからな」

「みな我が覇道の前に跪き道を開けるだろうさ」


 出場条件も意図せず満たしていたようだ。

 これでセフィーネへの足がかりは作れた。


(ふふっ、それにさっきの試合を見ていてくれたなら、きっとララエラさんだってボクの力を認めてくれてますよね)


 フラッグ・ハントの試合中、フィールド内は魔法障壁に囲まれ選手と審判である教師以外は内部に入れないようになっているのだが、ところどころに映像を映すアーティファクトが設置されており外部からも観戦できるようになっているのだ。

 実力があればチームを組むと言った金狐族の少女ララエラもきっと見ていてくれたことだろう。

 もしかしたらチームを組んでくれるだけではなくアンナ個人としても認めてくれるかもしれない。

 獣人は自分より強いものに憧れを抱くものだとレイラも言っていたし。

 そうすればあのふわふわの九つの尻尾もさわり放題。夢はどこまでも広がっていく。


「ってあれ? 思ったより観戦者は少ないですね」


 仲間たちの興奮具合からもっと多くの人たちの関心を集めているものだと思っていたのだが、フィールドから出たアンナたちを迎えたのは少数の男子たちだけだった。

 しかもその彼らも戦いを見て興奮しているというよりは何か残念なことがあったような微妙な顔をしていた。


「アンナ様、彼らの顔をようく覚えておいてください。恐らくあのロリコンどもに裸にむかれるのを期待してた輩です」

「ああ……なるほど。そういうことですか」


 どうやらアンナの試合ではなくロリデベルトの試合を期待して見に来ていた人たちらしい。

 そこに気づくとは流石レイラ。思考が彼ら寄りである。

 でも出来れば自分の雄姿は女の子たちに見て欲しかった……。


「変だね。いつもはもっと観戦者がいるはずなのに」

「おーい!こっちの平原フィールドの方に人が集まってるぞ~!」


 ミルチャがこの状況を訝しんでいると、いつの間にか遠くに移動していたグリッドが更に奥の方を指さしながらこちらに呼びかけてきた。


「こっちはまだ試合の最中みたいだ! みんなも見に来いよ!!」


 要するにアンナの試合よりも興味を引く戦いが向こうで繰り広げられているということのようだ。


(でもミルチャ君によればボクたちよりも目を惹くような高度な試合はないはずなんですが……)


 不審に思いながらもアンナたちは平原のフィールドへと歩く。


「えっ……?」


 そこで戦っていた人々を見てアンナは驚きに目を見開いた。

 いや、正確にはその中のある二人を見てというべきか。

 一人はアンナとそっくりな少女、アンゼリナ。

 そしてもう一人は――アンナとチームを組んでくれると約束したはずのララエラ。

 二人は互いに別のチームに属し、真っ向から対決していた。





++++++





 時はララエラとアンゼリナの試合開始時点にまで遡る。

 ララエラはチームのアタッカーとして試合に臨んでいた。

 彼女のチームは女6人という珍しい構成をしていた。だがそれも内情を知れば納得するだろう。ララエラを除く4人はアンゼリナの子飼いの女子たち、そして残る一人はいかにも気の弱そうな年下の少女。要するにこれはララエラを試合に出場させるための寄せ集めチームなのだ。

 対するアンゼリナのチームは彼女をコマンダーとして他全員が少年で、しかもある程度武術の心得があると見て取れる立ち姿をしている。恐らくアンゼリナの王子様の権力を笠に着て集めた集団なのだろう。


「さて、今日の面子は一筋縄ではいかないわよ? もし今ここで全裸で土下座してアタシの靴を舐めるっていうなら許してあげてもいいけど?」

「ふん、やっと自分から戦いの場に出てきたかと思えば5人も男を侍らすなんて、嫌らしい女ですわね。王子様一人では飽き足らなかったんですの?」

「――っ、このケダモノが!! アタシはあの人ひと筋よ!! 二度と減らず口がたたけないようにしてやる!!」

「やれるものならやってご覧なさい! わたくしは王子様のお気に入りだろうが、愛人だろうが手加減は致しませんわ!」


 こうして戦いの火ぶたは切って落とされた。

 だが実際始まってみればそれはチーム戦というにはあまりにお粗末なものだった。

 なぜならララエラのチームは彼女以外誰も動こうとしないのだ。

 もともとチームとして勝つことなど目指していない彼女たちは最低限の体裁を整えることもせず、ただララエラが相手と戦うのを見守るだけ。

 実質は1対6のリンチのようなものである。

 だが、そんなのはララエラにとってはいつものこと。彼女には戸惑いは微塵もなく、単身相手陣地へと攻め込んでいく。

 仲間のサポートが望めない以上、唯一の勝利条件はララエラが相手のフラッグをたたき折ることだ。


「来たわよ、お前たち! 囲みなさい!」


 ララエラが相手フラッグに辿り着いた時、そこには相手チームの全員が集結していた。

 5人の少年がララエラを取り囲み、そこから少し離れた場所にあるフラッグを背後に庇う形でアンゼリナが立っている。

 フラッグ・ハントの定石からは外れたあり得ない布陣である。だがララエラを潰すという意味ではもっとも効率のいいやり方でもあった。


「――ですが、まだまだ甘いですわ」


 そんな状況に合ってもララエラの余裕は崩れなかった。

 すでにこの手のやり取りは何度も経験している。そのたびにララエラは自らの力だけで相手を蹴散らしてきた。

 ましてや今日は明らかな穴(・・・・・)があるのだから気負う必要すらない。

 何の気まぐれかわからないが初めて戦いの場に姿を現したアンゼリナ。彼女はチーム最大のアキレス腱だ。

 少し膝を折り曲げたかと思うとララエラは獣人特有の強力な脚力で跳躍した。その高さは優に5mを超え、少年たちの包囲を軽々と抜け出しすことを可能にする。その勢いのままにララエラはフラッグへ向かって跳び蹴りを放つ。

 旗とララエラを遮るのはアンゼリナただ一人。いつも自分の手は汚さず権力を笠に着て威張り散らしているだけの偽りのお姫様。

 当然実戦の経験などあるはずは無く、ララエラの放ったシンプルな蹴りにさえ対処できるはずがない。

 観戦していた生徒たちもその瞬間勝負が決するのを確信しただろう。

 ――だが、ララエラも含めた観衆たちの予想は見事に裏切られた。


第四階梯合成魔法(ハーベスト)――『アクアハンマー』」

「なっ――!?」


 無詠唱で放たれた水の槌がララエラの蹴りと衝突する。

 押し負けたのはララエラの方だった。

 それほど威力に差がなかったためダメージはなかったのだがララエラは弾かれるように、もといた少年の輪の中に着地してしまう。


「あら残念~、振り出しに戻っちゃった。それともオスに囲まれたくてわざと戻ったのかしら、女狐ちゃん?」


 先ほどの魔法は挑発に過ぎない。アンゼリナの表情はそう語っていた。


「……ただのお姫様気取りの小娘というわけではなかったんですのね」

「当然でしょ? あの人はアタシの才能も含めて愛してくれているんだから。アタシはね、英雄誕生の預言の日に生まれた子供の一人なのよ」

「なるほど、道理で……」


 それでララエラは合点がいった。鍛錬などとは無縁そうな彼女がなぜ高度な魔法を易々と放てるのか。答えは単なる才能だ。

 預言の日に生まれた子供たちは総じて能力が高く、凡人が血の滲むような努力の末に身につける技術をほんの数日で獲得してしまうのだと聞いている。

 彼女もその手合いなのだろう。


「だからね、アタシがアンタをボコボコにするのは簡単なわけ。でもそれじゃ面白くないでしょ? アタシは未来の王妃なんだから人を使うことを覚えないと」


 なるほど、確かに気位の高さにおいてはアンゼリナは本物の貴族にも劣らぬ才能を持っていると言えよう。

 ある意味彼女が権力の座についたとしてもそれほど現状を逸脱した行為に走ることはないのかもしれない。もちろん悪い意味で、であるが。


「それが気にくわないって言ってますのよ!!」


 だからこそララエラは許せない。

 獣人族において族長とは人族で言う王と同じ立場。その娘であるララエラはいわば王女である。

 王族とは民によって立てられる存在。民がいなければ王族も無し。ゆえに王族たるもの常に臣民の幸福を考えねばならないのだ。

 わざわざ忌むべき人族の学園などに通っているのも一族のためにある義務を果たさなければならなかったからだ。

 だというのにアンゼリナはその権利だけを利用し義務を放棄しようとしている。

 それは許されざる行為である。


「アタシに説教したいならせめて生まれ変わってからすることね。ほらアンタたちやってしまいなさい」

「はっ!」


 アンゼリナの合図と同時に5人の少年が一斉にララエラに襲いかかる。

 個々の力もさることながら連携もそれなりのものだ。今回は本気で潰しに掛かって来ているのだと嫌でもわかる。

 それでも――


「雑魚が何人来ようと負けませんわ! わたくしは金狐族の誇りと未来を背負っているのですから!」


 ララエラは臆することなく彼らに立ち向かう。





++++++





「うわぁ……綺麗な動きですね」


 アンナは一人で5人を相手取るララエラの動きに見入っていた。

 彼女は獲物を手にしていないため剣を持つ少年たちの攻撃を受けることはできない。

 そのような不利な状況にも関わらず彼女はまだ一撃も入れられていない。

 まるで舞うようなステップを踏みながら紙一重のところで攻撃を躱し少年たちを翻弄していた。


「彼女はいつもこうなんだ。アンナさん……いや、アンゼリナさんと真っ向から対立しているためにこんな不利な勝負をさせられている。それでも今まで一度も負けたことはないんだよ」

「それならボクが誘ったときに乗ってくれればよかったのに……」

「きっと巻き込みたくなかったんだと思うよ。だれもがヒーリスさんのように暴力に立ち向かえるわけではないからね」

「でもアンナの実力がわかったあとだったら違う返事がもらえると思うぜ。あの偽アンナも結構すげえけどアンナの魔法と比べれば糞みたいなもんだしな!」

「そうですね。ありがとうございます」


 ふと気づけばミルチャとグリッドの中ではアンゼリナの方が偽物へと変わっているようだ。少しは彼らの輪の中に入れた気がしてアンナは嬉しくなった。

 そうしている間にもララエラの当て身を受け少年たちは一人、また一人と倒れていく。




「――ほんと使えないわねアンタたたち!!」


 残り二人となった時点で流石にアンゼリナも焦ったようでいくつかの魔法を放ち加勢する。

 だが魔法の才能はあれど戦いの才能はからきしのようだ。彼女の援護は味方の動きをも阻害してしまう。

 その決定的な隙をララエラが見逃すはずがなかった。


「これで終わりですわね」

「まだよ! ――『アクアハンマー』!!」

「この後に及んで攻撃とはつくづく傲慢な性格ですわ――ねっ!!」

「ふぐっ――――!!」


 ろくに狙いも定めず放たれた魔法を軽やかに躱し、無防備となったアンゼリナに一瞬のうちに肉薄したララエラは鳩尾に拳を入れる。

 アンゼリナは受け身も取れず地面を転がる。

 そんな哀れな姿に見向きもせず、ララエラはアンゼリナチームのフラッグの柄を蹴りで砕いた。




「どうやら勝負あったようだね」


 ミルチャがほっとしたような顔でアンナに笑いかけた。

 実力の差はわかっていてもあのアンゼリナが相手ということもありどこかで不安も感じていたのだが、どうやら杞憂に終わったようだ。


「はい。これで彼女を誘うことができます。みなさんちゃんとボクの活躍を保証してくださいね」

「安心しろよ! もし信じてもらえなかったらもう一回ロリデベルトたちをぶちのめせばいいだけだからな」

「そうですね。では今度こそ逃げられないようにフィールドの入り口で待ち伏せして…………え?」


 弛緩した空気の中、再びアーティファクトに移されたララエラたちの姿に視線を戻したアンナは、しかし、信じられない光景を目にして固まった。


「なんだ!? どうなってんだこれ!!」


 グリッドも映像を目にするなり、その理不尽な光景に思わず叫ぶ。

 そこでは何故かララエラが崩れ落ちていた。

 意識こそあるものの体の自由が利かないらしく起き上がれないまま地面に横たわり呻いている。

 まるで雷属性の魔法でも当てられたように。


「……あいつが……アンゼリナが試合が終わったにも関わらず魔法を放ったんだ」


 どうやら一部始終を見ていたらしいペネルが真相を教えてくれた。


「なっ――審判は何してんだよ! 明らかに反則だろ!!」

「いえ、それを言うなら相手は6人全員(・・・・)が攻撃を行っていました。如何なる攻撃も禁じられているはずのスカウトも含めて」


 どうやらレイラがもっとも冷静に状況を分析できていたようだ。つまり彼らは最初からルール違反を犯していたということ。その上で敢えて見逃して貰っていたのだ。


「いけない! それが本当なら早く別の先生を呼んでこなくちゃ――」


 いち早くこの状況の危険性に気づいたミルチャが学園に向かって駆け出した。

 もし審判を引き受けている教師がアンゼリナのいいなりなのだとしたら、試合終了の決定権は彼女にあることになる。

 そして試合が終わらない限りフィールを囲む魔法障壁が解かれることはないのだ。

 ――すなわちララエラは助けの来ない監獄に閉じ込められたも同然ということ。




「ぐっ……つまり教師までも抱き込んでいたということですのね。まったくお尻の軽い女ですわ……」

「さぁ、なんのことかしら? でも一つ覚えて置いた方がいいわよ。この学園には獣臭いのが心底嫌いな教師がたくさんいるってことを」

「つまりあなたはご自分ではわたくしに勝つ自信がなかったから保険をかけていらしたのね。まったく情けない女ですこと」

「……まだ自分の立場がわかってないようね。――『スパークスネーク』」

「ああああああああああああ――」


 アンゼリナは容赦なく雷属性の第四階梯魔法を放つ。

 まともに受ければ即死してもおかしくない魔法であるが、どうやら威力を抑えているらしくララエラは意識さえ途絶えることはなかった。

 ただ全身を巡る激痛に激しく顔を歪める。


「あははは、とても気分がいいわ! ずっとアンタをこうしてやりたかった!! ほら、命乞いしてみなさい!」

「だ……れが……あなたなんかに……」

「すごいわね~。これが金狐族の誇りってやつ? じゃあさ、その誇りを奪われたらどうなるんでしょうね?」


 アンゼリナは酷薄な笑みを浮かべ、ララエラの九つの尻尾のうちの一つを掴んだ。


「汚らわしい手で……触れないで……」

「ちょっとアンタたちの生態について調べたのよ。そしたら面白いことを見つけちゃってさ~。アンタたちって尻尾の本数で身分が決まるんだってね。もっとも多い9本の尻尾を持つ者は群れの長たる資格を持ち、そこから少なくなっていくにつれて群れでの立ち位置も低くなる。そして……一本も尻尾を持たない金狐族の個体は出来損ないとして群れから追放される、と」

「あなたまさか……」

「これから一本ずつアンタの尻尾を引き千切ってあげるわ! 徐々に身分が下がっていって、最後には何者でもなくなっていく自分を泣き叫びながら受け入れなさい!」

「……そうですか。あなたはそこまで腐っていたんですのね……」


 絶望的な状況の中、しかしララエラは取り乱すことはなく極めて冷静にアンゼリナを見つめる。

 その目は何かを覚悟した目であり、目の前の存在を完全に無価値だと見限った目立った。


「な、何よその態度は! アンタ状況わかってんの!?」


 望んだ反応が返ってこないことに苛立ち、アンゼリナはヒステリックに叫ぶ。


「わたくしの本分が身体能力だけにあると思っているのなら愚かなことですわ」


 体を動かすことはままならないララエラであったが、彼女の戦闘手段は肉体だけではない。

 金狐族は火属性の強力な固有魔法を持っている。

 ララエラは未熟故に出力の制御ができず、相手に致命傷を負わせてしまうことを恐れて使用をさけてきたが目の前の相手に対してならばもはや躊躇う必要はない。

 その存在ごと焼き尽くしてやる。

 ララエラはそう決意した。


「あら怖~い。それじゃあ強力な盾(・・・・)を用意しなくちゃね」


 だが、アンゼリナの悪辣さはララエラの予想の遙か上をいっていた。

 アンゼリナが盾と言って自らの前に立たせたのはララエラのチームメイトの一人。数あわせのためだけに呼ばれたと思っていた幼い少女だった。

 いつの間にかララエラの回りには彼女のチームメイトたちが集まっていた。


「知ってるわよ金狐族の固有魔法、爛縫狐火(らんぽうきつねび)。対象を燃やし尽くすまでどんな魔法を使ってもレジストできない強力な魔法なのよね? ああ、怖いわねプリシラ。アタシたちは今から生きながらにして燃やされてしまうのよ」

「あ……や……やだ……」


 可哀想なほど怯えて涙を流すプリシラと呼ばれた少女をアンゼリナは優しく、だが決して逃げられないように抱きしめる。


「でもプリシラが死んだらお母さんはさぞ悲しむでしょうね。自分と同じ道を歩ませたくないからって、たくさんたくさん男の相手をしてやっと学校に通わせることができた大切な娘が灰になって返ってくるんだもの。きっと発狂しちゃうわ。ねぇケダモノ、あなたはそんな悲劇を生み出そうっていうの?」

「あなたは……どこまで……」

「うふふ、それじゃ続きをしましょうか」


 アンゼリナの合図を受けチームメイトのはずの少女の一人が懐からナイフを取り出す。

 そのままララエラの尻尾の付け根へと宛てがう。


「っ……」


 ララエラは逡巡した。何か状況を打破する可能性は残っていないのか。

 彼女にとって尻尾は自らを証明する大切なものだ。

 だから何を犠牲にしてでも失うわけにはいかない。

 しかし……それでも我が身可愛さのために何の罪もない少女を巻き込むという選択をするにはララエラは優しすぎた。


「……ごめんなさい。わたくしが間違っていました」


 だからララエラはプライドを犠牲にした。彼女にとって自分の正義を否定することは身を裂くような思いだっただろう。

 だが哀れな少女を助け、自らの拠り所を守るにはもうそれしかなかった。


「あはは、いいわよ。やっと自分が何者かわかったようね」

「……はい」


 ララエラは一切の言い訳をせずアンゼリナの言葉を受け入れるつもりだった。

 少しでも躊躇いなどみせようものならアンゼリナは嬉々としてそれを責め、更なる無理難題を言いつけてくるだろう。

 だから耐えねばならない。ララエラは屈辱に歯を食いしばりながら次の言葉を待った。

 だが――


「なら言いなさい! 私は賎しいケダモノです。ペットの分際で人族様に迷惑をかけてすいませんでした、って! 金狐族を代表して(・・・・・・・・)!!」

「――それは!!」

「できないの? それなら尻尾とお別れよ」


 アンゼリナはララエラがどこまでプライドを捨てられて、どこまで捨てられないのかを正しく理解していた。


「そ……れは……」


 ララエラは全身が震えているのを感じた。

 それは自分だけでなく一族すべての誇りを汚すものだ。

 もし族長の娘たる自分がそんな発言をしてしまえば、一族を裏切ったことになってしまう。そんなことをしたらどの面下げて故郷へ戻ればいいのだ。


「はい、遅すぎ! まずは一本いってみましょうか」

「まっ、待って――!!」

「大丈夫よ9本もあるんだもの。じっくり考えるといいわ」


 理性的に考えるならば答えは出ている。一族全体を貶めるよりも、ここで尻尾を失い自分一人が犠牲になるほうが明らかに被害は少ないのだ。

 しかし彼女は体は大きいとはいってもまだほんの12歳の少女。自己犠牲だと割り切れるほどの強さは持ち合わせていない。

 懇願するような視線をアンゼリナに向けても返ってくるのは酷薄な笑みだけ。

 ――もうどうにもならない。

 そうわかってしまったララエラの瞳からは必死に堪えていた涙が流れ落ちる。


「では選択肢その3。ボクとお友達になるというのはどうでしょうか?」


 ――その時、決して聞こえるはずのない第三者の声がララエラの耳に優しく響いた。

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