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救世主が男の娘でいいんでしょうか?  作者: せんと
第三章 学びの園の男の娘
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第5話 ボクの歌を聴くのです

フラッグ・ハントを行う6人はコマンダー、スカウト、アタッカー、ディフェンダーのいずれかの役割を担うことになる。


「……北北西の方角、自軍フラッグからおよそ800メートルの距離に敵ディフェンダー発見。同距離北東にもう一人のディフェンダーがいたことから考えてフラッグはその間、僕らの陣営の真北1kmだよ」


 ぼそぼそとした口調で幸の薄そうなネガティブ少年ペネルが状況を伝える。と言っても茂みの中に身を潜めている彼の側に仲間の姿は見えない。だがよく見てみると彼の耳にはイヤリングのようなものが付けられていてそこに言葉を届けているようだ。

 彼の担う役割は斥候(スカウト)。自陣、敵陣を自由に動き回り戦場の状況を把握するチームの目とも言うべき存在だ。

 ただしスカウトはルール上敵を攻撃することはできない。

 だから目視できる距離に敵がいようともペネルが何かを仕掛けることはない。




「――わかった。北北西800メートルだね。その辺にはフレッドを向かわせているから……」


 ペネルの言葉を受け取ったのはチームの中で一番年上の少年ミルチャだ。

 ペネルと同じく耳にイヤリングを付けており、これで遠く離れた地点にいるスカウトと情報のやり取りをしているのだ。

 ミルチャの背後には自軍のフラッグが立てられている。

 彼の役割は指揮官(コマンダー)。最終防衛ラインにしてチーム全体の命運を握る要である。


「――『セグフレイム』」


 ミルチャは火属性第二階梯合成魔法(ジュラメント)を少し間隔を開けて2回唱える。

 生み出された炎は誰を攻撃するでもなく、その場で2回爆発音を発する。

 これは仲間への合図なのだ。ミルチャとペネル、すなわちコマンダーとスカウトはイヤリングを通じて密に情報のやり取りができるのだが残りの4人にはイヤリングがなく、それができない。

 なのでコマンダーは各々の方法で仲間に指示を送る。ミルチャの場合爆発音の回数を方角、音を鳴らす間隔を自軍フラッグからの距離として伝えている。




「――ふっ、やはり俺は戦いの女神に愛されているようだ」


 背後から伝わってきた爆発音を聞き、フレッドはニヒルに笑う。

 奇しくも彼はミルチャの合図が示したちょうどその付近を走っていた。

 フレッドはすぐに敵の姿を発見し――真正面から名乗りを上げた。


「我が名はフレッド、貴殿に正々堂々の一騎打ちを所望する!」

「――へっ?」


 敵は声のした方向に視線を向ける。だがそこに人の姿はない――と思った瞬間背中に鈍い痛みを感じて倒れ伏した。


「――かはっ!!」


 斬られたのだと彼は遅れて理解する。訓練用のため刃は潰されているのだが金属の塊で叩かれれば痛いものは痛い。

 それと同時に彼は思った……一騎打ちするんじゃなかったのかよ、と。


「ふっ、他愛ない」


 だがフレッドはさも正々堂々と打ち負かしたと言わんばかりに再びニヒルな笑みを浮かべてその場を走り去った。

 風魔法を利用して相手に遅延した声を届け、その一瞬の感覚のずれを利用した不意打ちが彼の得意技なのだ。

 そんな彼はアタッカー。敵陣に切り込み、フラッグを破壊する役割を担う花形である。

 そしてアタッカはもう一人――




「へへっ、いっちょ上がりっと」


 快活そうな少年、グリッドはもう一人の敵ディフェンダーを難なく撃破し先を急ぐ。

 彼の戦術はフレッドとは違って正々堂々の正面突破。そこに彼の実力に対する自信が見て取れる。

 既に敵フラッグの位置情報は知らされている。あとは一刻も早くその場所に赴くだけだ。

 やがて敵フラッグが目視できる距離に辿り着く。その前には敵コマンダーの姿。

 グリッドはニイと笑う。相手は初等部のなかでもそこそこの実力者。相手にとって不足はない。


「我が名はフレッド、貴殿に正々堂々の一騎打ちを所望する!」


 だがグリッドが敵コマンダーと対峙する前にフレッドの声が木霊し敵の注意はそちらに逸れる。

 ――と、次の瞬間敵コマンダーの背後にあった旗は旗棒に斬撃を受けてポキリと折れてしまった。

 一瞬遅れてそのことに気づいた敵コマンダーは悔しそうに顔を歪めた。

 審判として見守っていた教師がそれを確認して試合終了の笛を鳴らす。

 この勝負、アンナたちのチームの勝ちである。


「ああ!! フレッドてめえまたやりやがったな!!」


 だが勝利の喜びを分かち合うよりも先にグリッドは怒りの表情でフレッドに駆け寄った。


「ふっ、また一つ伝説を残してしまった」

「ふっ、じゃねえよ! また卑怯な不意打ちで勝ちやがって! ここは俺が敵指揮官を堂々と打ち倒して格好良く勝つ場面だろうが!」

「それはスマートではない。これが実戦だったなら剣を交える回数は少なければ少ないほどいいのだということをお前は学ぶべきだ」

「うぐっ……フレッドのくせに正論言いやがって……」


 悔しそうに顔を歪めるグリッド。

 と、そこに他のメンバーも集まってきた。


「……お疲れ」

「お疲れ様二人とも。今日も大活躍だったね」


 ペネルとミルチャが二人の功を労う。

 二人の喧嘩はいつものことのようで気にした様子はない。

 いつもならこのあとフレッドとグリッドのどちらがより勝利に貢献したのか言い争いになるのだが、生憎と今日は違う流れとなった。


「どうよアンナ、レイラ! 俺の強さがわかっただろ?」

「ふっ、俺の華麗な知能戦に酔いしれたというなら素直に申告するがいい」


 今までお互いに張り合うだけだった彼らだが今回からは自分の功績を見せつけるべき相手がいるのだ。

 二人は遅れてやってきた二人の少女に向かって己の功績を誇り出した。

 もっとも二人の少女の内一人は彼らと同じ性別の生き物なのであるが。


「はい、みなさん連携が取れていてすごかったです。相手チームと比べても頭一つ飛び抜けていると感じました」


 アンナとしても女の子に良いところを見せたい男心というのはようくわかるのでとりあえず褒めておく。

 ただ内心ではこう叫ばずにはいられない。


(――ボクだって女の子(ララエラさん)に良いところを見せなくちゃいけなかったのに!!)


 アンナとレイラに割り当てられた役職はディフェンダーだった。

 ディフェンダーは文字通り守りの要でフィールドを半分に割った自陣内部しか移動することはできない。つまり相手がこちらに攻め込んできてくれない限り活躍の機会はないのだが初戦だからと気を利かせてくれたミルチャの作戦により相手アタッカーは開始数分でフレッドとグリッドに撃破されてしまい、アンナとレイラはただの置物と化してしまったのだ。

 おのれイケメン、余計なことを。

 或いは高威力の魔法を使えば自陣からでも攻撃の手段はあったのだが、流石に初等部の子供たち相手に放つには大人げなさ過ぎるのでやめておいた。

 こうなってしまっては次の試合を頑張るしかないのだが、一度の授業で二試合もするケースは少ないのだそうだ。

 一試合目で負けたチームは大抵負傷しているのでそれ以上戦えないし、勝利チームも万全の状態で戦いたいため連戦は避けるものなのだ。


(となると次の授業まで待たないとだめでしょうか……)


 思わず落胆のため息を吐きそうになるアンナだったが、


「なかなかいい試合だったじゃねえか。その様子ならもう一戦出来るんじゃねえか?」


 幸運にも二戦目を申し出てくれる者がいた。

 フィールドから出たアンナたちの元にやってきたのは男六人のチームだった。

 彼らは15才であるミルチャよりも年を食っているように見える。初等部に年齢制限はないので年上の人がいることは別に不思議なことではないのだが、6人も集まったチームというのは珍しい。

 彼らも一戦終えた後のようで服が少し汚れているが特に怪我はないようだ。

 そしてこちらもまだ無傷。特に断る理由はないように思える。

 だがミルチャたちはあまり乗り気でないように見える。


「……気をつけてアンナさん。彼らは貴族だ」


 そっとアンナを守るように前に立ったミルチャが小声で教えてくれた。

 なるほど、どうやら面倒くさい相手のようだ。

 他の3人もアンナとレイラより前に出て壁になり警戒心を露わにしている。


「申し訳ないのですが彼女は今日加わって貰ったばかりですので」

「はっ、腰抜けどもが。女を前にして情けない姿を見せたくないだけだろうが。なあそこの可愛いお嬢さん、こんな奴らより俺と組もうぜ。もう他の男のことなんて考えられなくなるくらい可愛がってやるからよ」


 ミルチャはやんわりと断りを入れるが男は彼の話など聞く耳持たずといった感じでこちらに向かって勧誘し出した。

 なんというか典型的なチンピラである。

 ただそこでアンナは違和感を感じた。

 このセクハラまがいの台詞を言っている間、彼の目線はずっとアンナに向いていたのだ。

 自分で言うと悲しくなってしまうのだがアンナの見た目は年齢以上に幼く見える。

 普通ならアンナのようなちんちくりんよりも、発育の良いクール系美少女であるレイラにこそ食いつくものだと思うのだが……。


(もしかしてこの人……)


 何となく嫌な予感がした。

 レイラ(お姉さん)を差し置いてアンナ(ようじょ)に手を出そうとする手合なんてそう多くはない。


「絶対ついていくなよ、アンナ。こいつらは変態だぞ。対戦相手が女の子だとわざと服だけ破って裸にして楽しむような連中だ」

「あれは偶然だよ偶然。戦ってれば服に剣が引っかかって破れることぐらいあるだろう?」

「ふざけんな! 弱い者イジメするためにわざと初等部を何度も留年しているくせに!」


 うん、やっぱり確定。彼らはロリコンだ。

 グリッドは弱い者イジメが目的だと思っているみたいだが、彼らはが留年しているのは確実に小さな女の子目当てだろう。

 この学園はもうちょっと制度を見直すべきではないだろうか。


(でもある意味格好の相手が現れてくれましたね)


 飛んで火に入る夏の虫とはまさにこのことである。

 こういう相手ならばちょっときつめの魔法を使って痛めつけても罪悪感は少なくて済む。

 それに同級生の女の子のためにも彼らをのさばらせておくのは危険だ。

 ララエラはレイラと同じく発育がすごくいいので彼らの対象ではないだろうが、初等部には幼気な少女がたくさんいるのだから。


「いいでしょう。その勝負受けて立ちます」


 大義名分も得られたところで、アンナは不敵な笑みを浮かべて男に宣戦布告した。


 


 

++++++





「へへへ、あのお嬢ちゃんまんまと食いついてくれたな」

「見た目は守ってあげたくなる小動物なくせして実は負けず嫌いってギャップがたまんねえ」

「ああ、早くあの子が羞恥に赤面する姿が見てみたいぜ」


 アンナたちとは反対に位置するフィールドの端で男たちは思い思いの言葉を吐き出す。

 彼らは6人みな20才を超えた大人であり留年を繰り返す仲間たちだ。

 彼らは幾度もこのフラッグ・ハントの試合を行い、幼い女の子のいるチームを狙っては服をはぎ取り恥ずかしがる姿を見て楽しんできた。

 彼らは間違いなく悪党と呼ばれる部類の人間だ。

 女の敵と断言することに躊躇いを覚える人はいないだろう。

 だが彼らにも彼らなりの美学があった。


 ――Yes!ロリータNo!タッチ


 彼らは少女たちの服を破きはするが、決して本人に触れたことはない。

 服を破くときだって絶対に少女の柔肌を傷つけないよう細心の注意を払っている。そのための技術も磨いてきた。

 彼らがもし服を破いた上でその先の行為にまで及んでいたとなれば学校側も何かしらの処分ができたのだがそうはならなかった。

 女が戦場に身を置く以上、男たちの下卑た視線を浴びることもあろう。

 もし戦士として身を立てたいならば服が破かれる程度の羞恥は乗り越えねばならないのだ。

 彼らはある意味必要悪と言えなくもなかった。

 彼らの洗礼を受けて尚、この授業を取り続けた少女は後に戦場でも大いに活躍したという噂まであるほどだ。

 そんな建前を盾に彼らは調子に乗っていた。

 ――だからこの結末は必然。

 然るべくして下された天罰なのかもしれない……


「……ん? なんか変な音がしないか?」


 最初に異変に気づいたのは鋼のような筋肉に覆われたマッチョなロリコン戦士、ロリコだった。

 彼には夢があった。それは幼い女の子と一緒にお風呂に入り、髪の毛を洗ってあげることだ。

 産毛の多い幼女の頭皮は汗っかきで繊細。そんな壊れ物の肌を傷つけないようにと常に爪を切りそろえ洗髪の技術を日々磨いていた。

 と、そんな情報は全く関係ないのだが、ロリコは遠くから破砕音のようなものが聞こえて来た気がして森の奥に目を凝らした。

 もう敵が来たのだろうか?

 だが開始の笛がなったのは数秒前だ。まだこちらに辿り着くには早すぎる。

 ならば恐らく野生生物の仕業だろう。そう結論づけたロリコが気を抜いた次の瞬間――正体不明の衝撃を全身に受けて彼は宙を舞った。


「――ぐふっ……」

「ロリコ!?」


 後方の地面に叩き付けられたロリコに仲間たちが気づく。

 まるで不可視の獣がすべてをなぎ払って突進したかのような跡がロリコまで続いていた。

 その憶測を裏付けるかのように少し遅れて森の木々が倒れる音が響いてくる。

 彼らの頭の中で警鐘がなった。

 だが時既に遅し――


「なっ――なんだ!? 何が起こっ――ぐはああああああ」

「ロリアムズううううううううう」


 次なる犠牲者はのっぽな青年ロリアムズ。彼はいつか幼女に肩車をしてあげて、幼女の太ももの感触を堪能しながら世界を旅するのが夢だった。

 だがその願いが叶うことなく彼は一人空へと旅立つ。

 しかしそれでも悲劇は終わらない。

 毎朝幼女に清潔なパンツを穿かせてあげたかったロリヴァン、幼女にゴミを見るような目で蔑まされたいだけの人生だったロリドニオ、自らが幼女になりたかったロリセルフ。

 次々と同士たちが未知の攻撃に散っていく。


「何だよ――なんだってんだよおおおお!!」


 アンナに声をかけた張本人であるロリデベルトが慟哭する。

 それは掛け替えのない仲間をやられた事に対する怒り。だがそれ以上に彼の常識を超えた威力を持つ魔法に恐怖していた。

 ――そう、これは魔法だ。

 ロリデベルトとて5人の仲間がやられていくのをただ指をくわえて見ていたわけではない。

 この未知の攻撃が相手陣営から放たれたものであり、水属性の第二階梯合成魔法(グローリア)『アクアショット』であることは辛うじて見当が付いた。

 だが威力があり得ない。

 彼が知るアクアショットとは直径10センチほどの水の塊をぶつけるもので、精々人を跳ね飛ばす程度の威力だ。

 間違っても木々をへし折りながらも威力を減じず、人を木の葉のように吹き飛ばすようなデタラメな魔法ではない。

 これではまるで攻城兵器ではないか。

 一体そこにどれだけの魔力が込められているのか見当も付かない。

 ましてやそれを連射するなど現実に起こりうることでは――


「ああ……そうか……そういうことか」


 彼はそこで唐突に悟った。

 欲望に塗れていた彼の顔は憑き物が落ちたように晴れやかに変化する。


「彼女こそが俺を――いや、俺たちを叱ってくれる母なる幼女だっ――ぐほああああああっ――」


 最後に彼は意味不明の言葉を残し、ひときわ大きな水の砲弾によって宙を舞った。

 ちなみに彼の夢はどんな駄目な自分でも優しく受け入れてくれる母性溢れる幼女に心ゆくまで甘えることだった。




++++++





「ちょうちょ~ちょうちょ~菜の葉にと~ま~れ~……」


 澄んだ歌声が森に木霊する。

 辺りはなぎ倒される木々の倒れる音が鳴り響いているというのに不思議とその歌声だけは雑音に邪魔されることなく聞く者の耳に届いた。


「すっげえ……こんなすげえ魔法見たことないぞ……」

「いや、それよりも素晴らしきはこの美しい歌声。まるで俺は女神に選ばれたのか……?」

「こんな詠唱聞いたことがない。まさかこれはアンナさんの固有魔法なのか?」

「……存在が眩しくて……消える……」


 試合が開始する直前まで反対していた4人もいまや自分たちの間違いに気づき、まるで夢でも見ているかのような様子でアンナを見守る。


「桜にとまれ~桜の花の~……」


 アンナが詠っているのはもちろん固有魔法の詠唱ではない。

 もし言葉の意味をわかる者がいたならこれほど間の抜けた光景もないだろう。

 だがこの世界で使われるどの言語とも違う法則から紡ぎ出されたその詩はエキゾチックな魅力を感じさせ聞く者たちの心を魅了した。

 アンナは無詠唱・無宣言(トリガー)で魔法が使えるため第二階梯合成魔法(ジュラメント)を使うのに声を発する必要は無いのだが、冒険者として旅をしていたとき、無言でこのアクアショット連射をしていたら回りから酷く怯えられてしまうという苦い経験があった。

 確かに無言で大砲のごとき威力の魔法を撃ちまくってる人がいたら恐怖だろう。

 なのでアンナは余裕があるときはこのように歌を歌うことにしているのである。

 ちなみに歌のチョイスに深い意味はない。敢えて言うなら某音楽著作権団体に対する配慮である。

 そんなこととはつゆ知らず四人の少年はアンナの歌声に神聖なものを感じ、憧れとも崇拝ともつかぬ感情を抱いた。

 やっていることは森林破壊と殺戮(?)なのだが、夢見る少年たちの目に不都合な事実は映らなかったようだ。


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