第3話 気になるあの子への接近方法を探りましょう
「チュウ○クセイ?」
レイラの口から紡がれた聞き慣れない言葉にアンゼリナは首を傾げた。
だがアンナとレイラの様子からそれが侮辱的言葉であるとなんとなく感じ取ったのだろう。
眉を寄せ一層不機嫌な顔になってしまう。
「……アンタ、アタシのことバカにしてるの?」
「い、いえ。決してそんなことは――」
「ちなみにこの偽物はいつ爆発するんですか、アンナ様?」
「なっ、何をいってるんでしょうねこの子は。あはは……」
「あっ、もしかしてもう爆発した後ですか!? だからこんな可哀想なかお――」
「レイラはちょっと黙ってて下さい!!」
慌ててレイラの口を塞ぐ。
それ以上を言ってしまえばある意味本当に爆発してしまうではないか。
「……偽物ですって?」
しかしアンゼリナは別の言葉が気に障ったようだ。
「アンナはアタシよ! 勝手に名乗らないでもらえるかしら?」
「ええっ!?」
「何よ、文句でもあるの? あの人が愛するアンナはアタシ一人だけなの! アンタみたいな芋臭いガキが名乗っていい名前じゃないのよ!」
「ならば先ほど誰かが言っていた姫アンナと豚アン――きゃん!?」
これ以上の失言はご勘弁頂きたかったので咄嗟にレイラの尻尾を握りしめる。
どうやら効果は爆群だったみたいで、レイラは空気の抜けた風船のようにへなへなと座り込んでしまった。
とりあえずこれでしばらくは大人しくなるだろう。
……普段のレイラからは予想もしていなかった可愛い悲鳴が出て内心動揺してしまったのは秘密である。
「よ……呼び名の話でしたね。アンナと呼ぶのが問題でしたら家名のほうで呼んでいただくことにしますけど?」
「呼び方の問題じゃないわ。今すぐ改名しろって言ってるの! あとその髪も! 目も! 身長とか体重も今すぐ変更しなさい!」
「そ……それは無理ですよ……」
「無理でもやりなさい! こっちはアンタの故郷を割り出して消し去ることくらい造作もないのよ!!」
(その故郷がなくなっちゃったから困ってるんですけどねぇ……)
それにいくら帝国王子のお気に入りと言ってもそこまでの我が儘は聞いてもらえないだろう。
完全にアンゼリナのハッタリだ。或いは王子の権力がどこまで及ぶのかなど、彼女はわかってないのかもしれない。
せいぜい王子様のお友達を集めて脅しをかけるくらいが関の山だと思うのだが。
仮にそうなったとしても今の自分ならば、この学園にいる生徒くらいどうとでもできる。
つまりここで突っぱねてもアンナとしては問題はないのである。
とは言え、帝国の人に目を付けられてる状態でセフィーネ様に会ったら迷惑をかけてしまうかもしれない。
「――そろそろ次の授業がはじまりますわよ。いい加減自分の教室に戻ってはいかがですの?」
さてどうしたものかと考え込んでいると不意に第三者の声が響いた。
よく通るその声は先ほど聞いたばかりのものだ。
「ララエラさん?」
意外な人から助け船が出たことでアンナは少し面食らった。
結構嫌われてしまったように感じていたのだが。
あるいはレイラも関わっているため同族のよしみで助けようと思ってくれたのかもしれないが。
「……またアンタ?」
金狐族の少女、ララエラ・ヒーリスの登場によってアンゼリナの雰囲気は一変した。
それまではあくまで上位者としての余裕のようなものを纏っていたのだが、ララエラを見るなり天敵が現れたかのような警戒心と嫌悪の表情を浮かべる。
その口ぶりからすると少なからず因縁があるようだ。
「この間ボコボコにしてやったのにまだ懲りてないみたいね」
「それを言うならあなたの取り巻きのほうが重傷だったのではありませんか? なにせ人族は脆弱者ばかりですものね」
「帝国の侵略を恐れて教会に尻尾を振るような種族よりましでしょ?」
「あなただって帝国の王子様に尻尾を振ってるではありませんか。もっとも人族にはわたくしのような高貴な尻尾はありませんから振るのはその貧相な、お……お尻とかでしょうけど」
お尻と単語の部分だけララエラの声が小さくなった。ちょっと頬も赤くなっているのでこういう下ネタは言い慣れていないのだろう。
だがその言葉がもっともアンゼリナを激昂させるものであることを彼女はしっていた。
「――っ!! 一族根絶やしにしてやるわ!! みんな捉えてアンタの前で一人ずつ殺してやるから!!」
「その言葉、これで14回目ですわね。いつになったら実行できるのやら」
やれやれと言った風に肩をすくめるララエラ。
「獣臭い家畜風情が――!!」
アンゼリナは逆上のあまりこれ以上ないほど顔が真っ赤になる。
懐に手を入れ何かを取り出しながらララエラのもとへ詰め寄ろうとする。
「残念ながら時間切れですわ」
だがララエラはアンゼリナの後方、教室の入り口を見ながらほくそ笑んだ。
「――もう次の授業が始まるぞ。他クラスの者は直ちに自分のクラスに戻りなさい。お前たちも早く席に着くんだ」
爆発寸前の緊張感は教師のその一言によって霧散した。
蜘蛛の子を散らすようにアンゼリナの取り巻きたちが教室を出て行く。
事態を見守っていたクラスメイトたちは安堵のため息を漏らしながら自分の席へと戻っていった。
「……今度こそ後悔させてやるわ」
さしものアンゼリナも教師の前で強硬手段に出るようなことはしなかった。
しかし当然ならが怒りが収まったわけではなく、憎悪を込めた低い声でララエラに捨て台詞を残して去って行った。
「あの、ヒーリスさん助けてくれてありがとうございました」
「わたくしはただ授業が始まると伝えただけですわ」
「でもヒーリスさんが割って入ってきてくれたお陰でボクのことは眼中から外れたようです」
「揉めたのは単にわたくしと彼女との間に因縁があったにすぎませんわ。それにもし助けたとしたらあなたではなくレイラさんのためです。勘違いならさないでください」
そう言うとララエラはさっさと自分のいた席に戻っていった。
先ほど同様アンナに対してはツンツンな態度のままだ。
(絶対悪い人ではないはずなんですけどね……)
やはり自分が人族なのが障壁となっているのだろうか。
もう少し食い下がりたくもあったが、授業なので仕方なくアンナも席に着いた。
「あの……アンナ様……腰が抜けて立てません……」
床の方からレイラの情けない声が聞こえてきた。
どうやら尻尾を掴まれたのは相当な衝撃だったようだ。
その後の授業は特にコレと言った事件も起こらず無難に終わった。
もともと基礎的なことは勉強済みであるアンナとレイラにとって授業はおさらい程度のものでしかない。
なので学業に関しては問題はなかったのだが、
「また人が離れていっちゃいましたね……」
悲しいことにアンナとレイラの回りには再び見えない境界線が引かれていた。
アンゼリナに絡まれたことで巻き添えを食らって目を付けられるのを恐れているのだろう。
アンナとしてもそれがわかっているために積極的に関係を持てないでいた。
「それにあっちも」
アンナは心配そうに教室の端っこ、ララエラが座っている席を見る。
彼女の回りにはアンナたちと同じく人がいなかった。彼女は毅然とした態度を取っているがどこか心細そうな雰囲気を感じるのは気のせいだろうか?
アンゼリナに目を付けられているという点では自分たちと同じだが彼女の場合それだけが理由ではないのだろう。
「彼女はあれでいいんです。もともと獣人族は外の者に対して排他的な種族ですから」
「でも友達が一人もいないというのはやっぱり……。この際レイラだけでも友達になってみませんか?」
「アンナ様以外との会話ってどうやるんですか?」
「……」
もしかしたらもっとも気にかけるべき子は身近にいるのかもしれない。
一点の曇りもない目で疑問を浮かべるレイラを見て、アンナとても不安になった。
++++++
学園のあるエハムン島には大きく分けて三つの食事処がある。
一つ目は貴族御用達の高級レストラン街。
そこは世界各国から集められた凄腕の料理人が各々の店を開いている料理のるつぼのような場所であり学園の宣伝文句として有名な場所である。
ただ当然ながら料金は馬鹿高く、下手をすれば一食で平民の一月の稼ぎが飛んでしまうものもざらにあり身分による入場規制はないのだが、必然的に使っているのは貴族のみだ。
二つ目は学園がある島の外周部分に発展している歓楽街。
高級レストラン街ほどではないが、各国からの料理人が集まっており手頃な値段で飲み食いができることで3つの食事処の中では一番の賑わいを見せている。学園の教師や職員などもよく利用するため、飲酒年齢(ベルウェグでは15才)に達していない生徒たちが酒場で教師に鉢合わせてしまい逃走劇が繰り広げられるといったことは日常茶飯事である。
そして最後、三つ目は平民寮にある大食堂。
ある意味ここが三つの中で一番有名な食事処だ。だが残念なことに評判がいいという意味ではない。むしろその逆、不味くて寂れた場所という意味で普通の学生たちには敬遠されている。だがそれも仕方のないことだった。学園に通う者の誰もが満足にお金を持っているわけではない。中には将来のために無理してお金をやりくりして学校に通わせてもらっている生徒もいるわけで、そんな生徒の懐が痛まないようにとなるべく安い値段で、かつ満腹になる量を出すことを優先した結果、味が犠牲になってしまったのだ。
では一番金持ちの貴族たちが高級レストラン街。そこそこ裕福な平民が歓楽街。そして残る貧乏学生が大食堂というような棲み分けがなされているのかと言えばそういうわけでもない。
歓楽街の中でも大食堂に匹敵する安さと量を売りにして、しかもそこそこ美味い店はいくらでもあるため、わざわざ不味い大食堂に縋り付く理由はないのだ。
にもかかわらずなぜ大食堂を利用する人がいるのか。
そこには友達の数という悲しい縛りがあるためだ。
学生とは得てして群れるものなのである。歓楽街の店はより多くの客を効率的に呼び込もうとした結果、もっとも多い5,6人のグループを最小単位として席を配置し、カウンター席を排してしまったのだ。もちろん一人や二人で楽しめるカウンター席のある店もあるにはあるのだが大抵は教師や職員といった大人たちに占領されている。
要するにお一人様や友達の少ない人種に対して歓楽街はハードルの高いものであり消去法的に彼らの居場所は大食堂にしか残されていないのだ。
「つまりミエラ先輩は友達のいない可哀想な人なんですか?」
そんな悲しい人々の涙で味付けされてそうな大食堂の薄味スープを啜りながらアンナは忌憚のない意見を放った。
アンナの隣にはアンナの真似をしてスープを飲むレイラ、そしてその対面には平民向け女子寮の寮長ミエラ・カバックが座っている。
「そっ、そんなわけないじゃない。私は高等部では優秀な魔法使いなのよ? 友達の百人や二百人くらいいるに決まってるじゃない」
「二百人もいるのに今日は一人も捕まらなかったんですか?」
本人の言葉通り、ミエラはアンナより遙か上の学年であり、年齢も四つ上だ。にも関わらず失礼ともとられかねない態度をアンナが取っているのはミエラの性格によるところが大きい。
「貴族の友達ばかりなの! 二号さんは知らないかもしれないけど中等部以上は貴族も平民もごちゃ混ぜなんだから」
二号さんとはアンナのことらしい。既にアンゼリナのことをアンナと呼んでいるため区別のためにそうなったようだが、それではまるでアンナが件の王子様の愛人になったみたいだ。
それならブリュームさんとでも呼んでくれればいいものなのに、わざわざ物議を醸しそうな呼び方をする辺りがこの先輩のデリカシーの無さを表している。
しかも本人にはまったく悪意がないのだから手に負えない。
だがそのお陰であまり気負いせず話せるのがある意味彼女のいいところでもあった。
「そうなんですか? ちょうどボク、ある王族の方とお話がしたくて繋がりがある人を探してたんです!」
「えっ? ああ……でも残念ね。流石に王族の知り合いはいないわ」
「では王族の方と繋がりのある貴族のお知り合いは?」
「それは……もちろんいるわよ?」
「どこの国の方ですか?」
「そ、それは……」
ミエラが強がりを言っているのは一目瞭然だった。
それがわかっていてアンナは期待するような眼差しを向けている。
要するにいじっているのだ。
非情な後輩の可愛がりによってミエラの声はどんどんが小さくなっていき、体もどんどん縮こまっていった。
「うわああああああん。ほんとは嘘よぉ……本当はご飯一緒に食べてくれる友達は一人もいないのよおおおおおお」
と思ったらついには泣きだしてしまった。
ちょっとやり過ぎてしまったようだ。
流石に罪悪感が湧いてきて謝ろうと思ったアンナ。
しかし――
「同性からは空気読めって言われるし、異性からはおっぱいデカいってからかわれるだけでそれ以上の付き合いに発展しないし! そのくせ寮長なんて面倒くさい役職を決めるときは私にぴったりだなんていってみんなで押しつけてくるの! それだけでも最低だったのに、その上奴隷を買って寂しさを紛らわすような可哀想なちびっ子にまで見下されちゃうなんて、もう私の人生どん底だわああああああ」
「そんな風に思ってたんですか!?」
アンナの罪悪感は一瞬にして消え去った。
むしろここまでくるともう狙ってやっているのかと言いたくなる。
この人は生粋の誘い受け体質なのかもしれない。
ただ今回は先に仕掛けたのがこちらなので大人の対応をすることにした。
「ごめんなさい。少しからかいすぎました。これからはボクたちが夕飯をご一緒しますから一歩前進しますよ!」
「ひっく……ほんとうに?」
「はい、本当です」
「ぐすっ……そうよね。可哀想な新入生を助けるのは寮長の仕事だもの。わかったわ。明日から一緒に夕飯食べてあげる」
「あれ?」
何やら事実が曲解されてしまった気が。
だがまぁいいだろう。何度も言うが彼女に悪意はないのだ。
「――という感じなんですが何か良い案はないでしょうか?」
「う~ん、そうねぇ……」
夕食は終わったにも関わらずミエラが席を立とうとしないのでアンナは目下の悩み事を相談していた。
たぶん部屋に帰っても話せるルームメイトがいないのだろう。
「ヒーリスさんのことは噂では聞いているわ。初等部では唯一の亜人族だから浮いちゃうのも仕方ないわよねぇ。ああ、でもレイラさんが入ったから二人になるのか。ならまずはその二人で仲良くすればいいじゃない」
「ボクもそう思ったんですけど……」
「私の口はアンナ様専用に調教されてますので」
「えっ!? あなたたちどういう関係?」
「もう一度尻尾を握りしめますよ?」
「……」
レイラは自分の口に両手を当てて黙った。
昼間のあれは相当堪えたようだ。今度からお仕置きに使おう。
「とまあこんな感じなので仲良くしたいのですがなかなか接点がもてなくて」
「とは言え人族を拒絶してるのは彼女の方だから無理に関わろうとすると逆効果よね。いっそのことあなたも獣耳と尻尾でも付けてみれば?」
「あっ、それ――」
「それは安易すぎます。獣人族の誇りをなめないでください」
それいい、と言いかけたのだがレイラに全否定されてしまった。
そうか……だめなのか……。
「う~ん……エルヴァー王国のお姫様に会いたいって話も合わせて、どっちも今すぐには難しい問題ね」
結局あれこれ考えてはくれたみたいだが、具体的な方針は何一つ示されなかった。
ぼっち体質の彼女が出来ることは基本的にアンナと変わらないようだ。
アンナの頭の中には『無能』の二文字が浮かびかけたが流石に口には出さなかった。
が、
「でもまぁどうしてもって言うならフラッグ・ハントっていう6人チームで参加できるフラッグ戦があるんだけど、それにエントリーしてみれば? 確かヒーリスさんが一緒に参加するメンバー探してたはずだし、学校行事である公式戦に出場できればお姫様の目にも止まるはずよ」
ついでのように言ったミエラの提案により二つの悩みを解決する手段はあっさりと見つかった。
「どうしてそれを一番最初に教えてくれないんですか!」
「え? だってあなた見るからに運動駄目そうだし」
やっぱりこの先輩はわざと怒られようとしているのではないだろうか?




