第2話 偽物注意報が発令されました
ベルウェグにおける教育は割と自由度が高い。
誰もが入学した当初は初等部という魔法の基礎理論や一般教養を学ぶ3年間のカリキュラムを受けることになるのだが、半年に一度行われる進級試験に合格することによって最初の一年分のカリキュラムを飛ばしたり、或いは初等部を一気に飛び越えて中等部、高等部に上がることもできる。
要するに完全な実力主義である。そこには平民や貴族といった隔たりはない。
そんなルールに則って、アンナとレイラもまずは初等部からのスタートである。
「あ……アンナ・ブリュームです。よろしくお願いしましゅ!」
教団の前に立ち、みなの視線を集めるアンナは一番最初の自己紹介の段階で躓いた。
これでは後ろの方の人には届いていないだろう。
極度の緊張から声は上ずりおまけに噛んでしまうなんて……。
でもそれもある程度仕方の無いことなのだ。
なぜなら今自分の対面には三百人もの人がいるのだ。
これで緊張するなと言う方がおかしい。
しかもこの人数、なんとひとクラス分のものだ。初等部一年生全体で言えば三千人ほどいるらしい。
そしてひとクラス三百人ともなれば当然教室も大きなものとなる。小学校の教室ようなイメージで入室してみれば実際は大学の講堂だった。
「レイラです。よろしくお願いします」
レイラの方はまったく緊張していないようだ。ただいつも通り抑揚のない声でボソッと話すものだからアンナ以上に聞き取れた人はいないだろう。
別にみんなに名前なんて覚えて貰わなくていいんだからね、という意図が透けて見える。レイラの場合好意の裏返しなどではなく、本気でそう思ってそうなところが問題なのだが。
ただこんな場でもマイペースを貫く彼女を見いると多少緊張は収まってきた。
少しだけ生まれた余裕から、改めて教室内を見渡してみるといろいろと気づくことがあった。
まず年齢に多少のばらつきがある。アンナと歳の近そうな子がほとんどを占めているが中にはそれより幼い子供から髭を生やしたおじさんまでいろんな年齢の人が混じっている。
日本とは違い義務教育のないこの世界では学びたいと思った時が学生の始まりとなるのだろう。
また、指定の制服を着ているため服装にばらつきはないのだが、身につけるアクセサリーなどである程度の家庭事情が窺える。
ちょっとオシャレな髪型をしているのは恐らく商人や地方の名士の子供たちだろう。
ただその差も許容範囲内のもので極端な開きはみられない。というのもここにいるのは全員平民だからである。
平等を掲げるこの学園であるが、やはり身分によるトラブルというものは避けようがなく、いきなり一緒くたにするには危険が大きいため初等部の間だけは貴族クラスと平民クラスに別れているのだ。
授業では両クラスが合同で受けるような場面もあり、初等部の内にお互いの付き合い方を学んで欲しいというのが学園の狙いなのだそうだ。
そんなわけでアンナが平民だからと蔑んだ目で見られるようなことはこのクラスにおいてはないはずなのだが……
(う~、やっぱり不審な目で見られてます……)
本来目立つはずの獣人のレイラよりも見られている。
理由はわかっている。
この学校、というか初等部において厄介者扱いされているある人物に自分が似ているせいだ。
「うぅ……まったく友達ができませんよ、レイラ」
「そうですね……とても残念です」
アンナの嘆きにまったく心のこもっていない返事をするレイラ。
いや、それどころかいつもより生き生きとしていないだろうか?
1限目の授業が終わり休み時間になったというのに二人に話しかけてくるものはまだ一人もいなかった。
普通転校生と言えばクラスメイトたちに囲まれ質問攻めにあうもののはずなのに。
もっとも、無視されているというわけではなく、遠巻きから恐る恐る観察されているという状況だ。みな別人だとはわかっているみたいだが、見た目が似ているので中身まで同じなのかもと恐れられているのかもしれない。
それならそれでこちらから話しかければと思ったのだがアンナが動くと遠巻きに見ているクラスーメイトも同じだけ動くので常にアンナを中心とした半径3メートルほどの空白地帯ができてしまうのだ。向こうに悪気はないのかもしれないが心が折れそうだ。
「そんなことよりアンナ様、中庭がありますよ。スライム飛ばしをしましょう」
「レイラ……なぜかいつもより生き生きとしてませんか?」
スライム飛ばしとはスライムを原料としてつくられたボールをアンナが投げて、レイラが拾ってくるという単純な遊びだ。
犬と飼い主がよくやるあれである。隙あらば遊んで貰おうとレイラは常にスライムボールを携帯している。
「てきとうに遊んでいればみなもアンナ様のことわかってくれます! ああ、あの子はレイラちゃんにしか興味ないんだって」
「それ、ますます孤立しちゃいますよね!?」
なんとなくレイラがご機嫌な理由がわかってきた。
排他的なこの子は自分たちの輪の中に他の人が入ってくるのを嫌がっていたのだが、それが回避できたとわかり喜んでいるのだ。
「いいじゃないですか。一人ではないのですから」
「それでは学校に入った意味がないじゃないですか。ボクはもっとたくさんの人と友達になりたいんです」
「……じゃあいいですよ。私一人で遊んできますから。でもいいんですかアンナ様? 私がいなくなったら正真正銘のぼっちですよ?」
「レイラがボクに駆け引きを!?」
今日はやけにレイラの押しが強くなっている。
いつもはもっと我が儘でもいいと思うくらいなのに、よりによってこんなときにそうならなくても。
それだけハブられたのが嬉しいのか。普通は逆だと思うのだが。
「ほら、アンナ様行っちゃいますよ~? 追いかけるなら今ですよ~」
チラチラとこちらを見ながら少しずつ入り口の方へと進むレイラ。
これは完全になめられている。
確かにここに一人取り残されるくらいならレイラの後を追いかけた方がマシだと思うのだが……
「――お待ちなさい! そこの卑劣な人族!」
そうアンナが決断しかけたとき、なんとこの学園に来て初めて声をかけてくる者がいた。
その口調はとても友好的とは言えないものだったが、やっとのことで接点を持とうとしてくれた相手にアンナは笑顔で顔を向ける。
「――はい、なんでしょう――――かあぁっ!?」
だが声の主を目視した瞬間アンナは驚きに声を裏返した。
「あなたが連れているレイラという子、あなたの奴隷ですわね?」
「えっ? あ、はい。そうですが……」
「ではこの都市においてあなたがたが亜人と呼ぶ他種族を奴隷にすることが禁じられていることは知ってまして?」
「えっと……はい……」
声をかけてきたのは少女だった。
どちらかと言えば美人に分類される顔なのだろう。少しつり目で強気そうな印象を与える。
その目にも増して特徴的なのはらせん状に巻かれた金髪だろう。いわゆる縦ロールと呼ばれるその髪は腰まで伸びておりとても華やかで誰がどう見てもお嬢様と思える風格を漂わせている。
先ほどはみなの見た目に大きな差はないと思ったが、この少女だけは別格だった。
そんな美しい少女が責めるような視線をこちらに向けていた。
ただアンナとしてはやっとまともな反応をされたという安心感のようなものを感じた。
彼女が言わんとしていることは理解できている。というかそっくりさん騒動さえなければそこを一番に突っ込まれると思っていたのだ。
レイラの首には黒い紋様がしっかりと浮かび上がっていて一目で奴隷だとわかるのだから。
だが今アンナの頭の中を駆け巡っているのはそれに対する言い訳ではなかった。
なぜなら――
「尻尾が……いっぱい……」
そう、声をかけてきた少女の背後にとても毛並みの良い黄金の尻尾が複数見えているのだ。
別に背後にペットを忍ばせているわけではない。
教室内はペット持ち込み禁止だ。
ではその尻尾がどこに所属するものなのかと言えば金髪縦ロール少女のお尻である。
「? ……ああ、わたくしの美しく気高い尻尾に見とれていますのね? お――っほっほっほ! 大いに見とれると良いですわ賎しい人族!」
そういえば風の噂で聞いたことがある。
オクタビオもとい新教皇セルシウスの政策により他種族との交流が行われはじめているのだと。
先進的な街にはちらほらと他種族の姿が見られるようになったとも聞く。
この学園にもその影響が出ているということだろう。
レイラを見て動揺する子が少なかったのはそういう背景もあったのかもしれない。
(あれ……? ってことはこの子の他にもいろんな種族の子がいるかもしれないってことですか!?)
何と素晴らしきことか!
楽園は――ここにあったのだ。
「あなた、わたくしの言葉を聞いてまして?」
「――はい、ごめんなさい!」
危ない、思考がお花畑に飛んでいくところだった。
今はレイラについて問い詰められているところだった。
とは言えレイラが忌み子であることをここで言ってしまうのは避けたい。
学園側には話を通してあるのでバレたからといって問題になるわけではないのだが、できるならみんなには偏見なくレイラと付き合ってほしいのだ。
いつかバレる時があったとしてもレイラの為人を知っているか知らないかではその後の態度にも大きな変化を及ぼすはずだから。
「えっとですね……、詳しい事情は彼女のプライベートに関わるので言えませんが、学園側にはちゃんと了承を得ています。って言う答えでは駄目でしょうか?」
「信用出来ませんわね。あなたがた人族が卑怯なのはよ~くわかってますわ」
人族の学校に来ているくらいだから理解があるのかと思ったがそういうわけではないらしい。
何か事情があって無理矢理通わされているのだろうか?
「――なんで追いかけてくれないんですかアンナ様あああああ!!」
とか思っていたらレイラが泣きそうな顔でこちらへ駆けてきた。
(……そういえばレイラとお戯れ中だったのを忘れていました)
どうやらすでに教室の外に出ていたみたいだが、一向に追いかけてくる気配を見せないアンナに痺れを切らせて戻ってきたようだ。
ちょっと可哀想なことをしてしまったが狼狽える彼女の姿はちょっと可愛い。
「ちょうどいいですわ。はっきり言って差し上げなさい! わたくしたち誇り高き獣人を奴隷にするなど言語道断ですと!」
「……何の話ですかアンナ様?」
どうやらこちらの話はまったく聞こえてなかったようだ。
不思議そうな視線をこちらに向けてくる。
「レイラが奴隷になっている事に対して説明を求められてまして……」
「ああ……そういうことですか。ではアンナ様、ちょっと屈んでもらえますか?」
レイラは一寸考える素振りを見せ、すぐに結論が出たとばかりにアンナに指示をだした。
てっきりレイラの口から何かしらの説明をしてくれるのかと思ったが、何をさせるつもりなのだろう?
不思議に思いながらも指示通り屈むと、レイラがすぐ横に立ちすっと首の周りに尻尾を絡めてきた。
「?」
これが何の説明になるのだろうか?
それともここから続きがあるのだろうか?
わけがわからずレイラに視線を送ってみる。だがレイラはまっすぐに金髪獣人少女のほうを見て勝ち誇ったような顔をしていた。
「つまりこういうことです」
「なっ――!? な、な、な、な、な、なあああああああ…………」
尻尾つき縦ロールお嬢様は顔を真っ赤にしてこちらを指さしながら『な』を連発した。
獣人特有の挨拶だろうか?
「そんな……誇り高き獣人族が人族なんかに――あり得ませんわ!!」
「あなたの目に映るこの光景こそが真実です」
「ふっ、不潔ですわ!! しっ――しかも女の子同士なんて!!」
「あなたの知らない世界もあるということです」
レイラが喋る度に縦ロールちゃんはあわあわと取り乱していく。
一方レイラからはなぜか大人の余裕が感じられた。
「あの……ボクにもわからないんですが、説明してくれます?」
「なっ――なんというお方! この高貴なるわたくしに言わせるつもりですの!? ゲスの極みですわ!!」
その理由がわからないから聞いてるのだが……。
「わかりました! もう結構ですわ! そんなに人族に媚びへつらいたいなら勝手にすればいいんですわ!」
結局最後まで意味は教えてもらえず、ぷりぷりと怒りながら少女は去って行く。
とは言っても同じクラスみたいなので自分のいた席に戻るだけなのだが。
「……名乗り忘れてましたわね。わたくしはララエラ。高貴なる金狐族族長の娘ララエラ・ヒーリスですわ。同じ獣人のよしみです。もし困ったことがあったらわたくしに相談なさい、レイラ」
ただ去り際にちゃんと名乗ってくれたので、少々思い込みが激しいが悪い子ではないようだ。
いきなりレイラを呼び捨てにしてるのは同じ獣人ゆえの気軽さだろうか。
その好意が自分に対しても向けられるようになるといいなと思いながら、アンナはふわふわ揺れるボリューミーな尻尾を見送った。
全部で九本ある。
九尾の狐とかそういう類いのものなのだろうか。
すごい力を持っていそうだ。
「ところでレイラ。結局さっきの尻尾巻きにはどんな意味が?」
「あれは……とても仲が良いですよというのを公言するときの獣人族共通の仕草です」
「あ、そうだったんですか」
その割には不潔などと言われてた気がするが……。獣人と人族が仲良くするのはそんなに不潔なのだろうか?
「じゃあいつかララエラさんにも尻尾を巻いてもらえる日がくるといいですね」
「そっ――それはやめたほうがいいです! 彼女はどうやら人族が嫌いなようですし!」
「そうみたいですね。でも未来はわかりません」
レイラとも仲良くなれたのだ。ララエラとも仲良くなれる日がいつか来るだろう。
というか是非ともその未来を掴み取るため頑張りたい!
アンナは堅く決意した。
――相手の体に尻尾を巻き付けるという行為が、獣人族において「わたし、この人に純血を捧げました」という意味だということをアンナが知るのはもう少し先の話である。
ちなみにレイラがわざわざ首に巻き付けたのは彼女の性癖によるものだったという。
「髪綺麗だね~、何か使ってるの?」
「まるでどこかのお姫様みたい。ちょっと触ってもいいかな?」
「あ、アンナさん! よろしければこの後お昼をご一緒しませんか?」
「そんなことより俺と虫取りに行こうぜ!」
ララエラに絡まれた次の休み時間からアンナの回りには人だかりができていた。
どうやら先ほどのララエラとのやり取りを見て無害だと判断されたようだ。
自分と同じまだ12才前後の子供たちは遠慮を知らず、思い思いの質問をぶつけてくるのでどう対処していいやら困ってしまうが、友好的になってくれたのは喜ぶべきことである。
「特に男の子もたくさん話しかけてくれるのは嬉しいですね、レイラ。学校って、もうちょっと男女の垣根があるものかと思ってました」
これなら同性の友達もたくさんできそうだ。
「とりあえず男は去ってもらえますか? いろいろ危険なので」
「――レイラ、なんてことを!!」
どうやらレイラと喜びを分かち合うことはできなかったようだ。
女の子なので警戒心があるのはわかるけど仲良くして欲しいと言ったらそういう意味ではないと返されてしまった。
一体何を警戒しているのだろう?
「それにしてもよかったよ。見た目がそっくりだからどんな意地悪な子なのかと思ったけど優しそうな子で」
「そうそう、あの狐っ子が絡んでいったときなんて背筋が凍ったわ。もしもう一人のアンナさんだったらクラス全体の連帯責任とか言って酷い目に遭わされてたかも」
「最悪何人かはこの学園にいられなくされちゃったかもね~」
「そ……そんなに酷いんですか?」
もう一人のアンナは悪い意味で絶大の信頼を勝ち取っているようだ。
アンナは昨日寮長から聞いた情報を思い出す。
アンゼリナ・オースロ。
それがもう一人のアンナの名前でアンナというのは愛称ということらしい。
ただこのアンゼリナという名前はエルヴァー王国に多いのだが、普通なら愛称はアンゼとなるのが一般的である。
それをわざわざアンナと呼ぶのは少々強引な気がする。
まるでアンナと呼ぶことにこだわりがあるみたいな印象を受けるのは気のせいだろうか?
それはさておきアンゼリナについてだ。
彼女はごく一般的な平民の出であり、アンナと同じ学年、つまり新入生なのだが、なんと入学早々に高等部の先輩に見初められたらしい。
しかもその先輩というのがなんとヴィードバッハ帝国の歴とした皇子。
絵に描いたようなシンデレラストーリーに巡り会った彼女は一日にして皇子の愛情を得て、同時に平民の彼女が一生手に入れることはなかったであろう大きな力を得た。
それは彼の持つ財産であり、彼が纏う権力である。
だがそれまで平凡に暮らしていた普通の女の子が突然そのような状況になればどうなるだろう?
大抵の少女ならば手に入れたものの巨大さに尻込みしてしまうか、あるいはそれなりの欲望は抱きつつも、いつ失うかわからない皇子の愛という不確かなものに支えられた力を振るうことに躊躇いを覚えるものだろう。当然ながら平民と王族が婚姻を結ぶなどあるはずも無く、良くて妾の末席に加えてもらえる程度だろう。あくまで学園内だからこそ許される儚い夢であることはだれもがわかっていることなのだから。
だがアンゼリナは違った。それが一時的なものだなどとは微塵も考えず、まるで始めから持っていたもののように皇子を後ろ盾とした力を振るい始めたのだ。
「アンナちゃんは可愛いから特に気をつけた方がいいよ」
「そうそう。あいつ自分より可愛い子に対してすごく当たりが強いから」
「きっと自分がブスな自覚はあるのよ」
「皇子様の財力を使って着飾ってもあの程度だもんね~」
「じゃあこっちのアンナちゃんは姫アンナでむこうのは豚アンナだ」
女の子たちは口々にアンゼリナの悪口を言い合った。
いろいろと嫌な目に遭わされて鬱憤が溜まっているのはわかるが、それにしてもボロクソな言いぐさである。
女の子って怖い。
同じような気持ちなのか、周りにいた男子たちが一歩下がって我関せずの顔をしている。
だが噂をすれば影が差すということわざがある。
そのジンクスは異世界でも通じるものがあるらしく、その時教室の扉が大きな音を立てて開かれた。
「アタシの偽物がいるっていうのはこの教室かしら?」
入り口付近にいた生徒に対して、まるで蠅でも払うかのように手を振りながら入室してくる少女があった。
その後ろからは数人の生徒が付き従い同じように見下した視線を回りに向ける。
「は~、まったく嫌だわ、下民の集まる場所というのは。まるで馬小屋のような臭い」
屈辱的な言葉を吐くが、それを咎めるものは一人もいなかった。
それどころか、先ほどまで悪口を言っていた少女たちなどり今にも倒れてしまいそうなほど、顔面蒼白になっている。
もし聞かれていたら自分は破滅。そう彼女たちの顔に書いてあった。
それでアンナも入室してきた少女の正体に気づいた。
「それで、アタシの偽物はどこ? 匿うつもりならこのクラスごと潰して――――なっ!?」
そう言って教室内を見回したアンゼリナの視線がはっきりとアンナを捉え、驚愕の表情を浮かべた。
だが驚いたのは視線を合わせられたアンナも同じだった。
(たしかにとっても似てますね……)
感心したような気持ちでアンナはアンゼリナを見た。
腰まで伸びたハニーブロンドのサラサラヘアは毛先に少し癖があり、毛先に行くにつれてふわっと広がっている。
少し化粧が濃い気がするが目はぱっちりとした大きく、自分と同じくらいの身長の彼女は遠目には自分と区別できないほど似ている。
(でもこれは……)
「アンタ、なによそれ! 喧嘩売ってるの!?」
と、アンナが何事か考えているとアンゼリナは鬼のような形相でこちらに走り寄ってきた。
蜘蛛の子を散らすようにアンナの周りにいたクラスメイトが散っていく。
「そんなことしてあの人の気を惹こうってつもり!? 髪まで染めて!」
「――いたたたた! いきなり何するんですか!? これは地毛です!」
突然掴みかかってきたかと思ったら髪の毛を引っ張られた。
男の子にとっても髪は命なのになんてことを!
いや、それよりもはやくこの子を止めなければ。髪が引っ張られて痛いのもあるが、これ以上やられると優秀な番犬が怒ってアンゼリナに噛みついてしまう。
(あれ? でもおかしいですね)
いつもなら掴みかかられるまえに割って入ってくるのだが。
ましてや髪を引っ張られたなんてことになれば怒り狂っててもおかしくないはずなのに。
不思議に思ってちらっと視線を向けてみると何やら衝撃を受けた顔でレイラが固まっている。
だがすぐ回復したようでキラキラした瞳でこちらに目を合わせて――爆弾を投下した。
「アンナ様! やっと私にも理解できました! これが中○製ということなんですね!」
「ぶっ――!?」
昔ふざけて教えた劣化コピーという意味での中○製。
確かにアンゼリナの容姿は整っているとは言い難いかなと思っていたのを、この上なく失礼な言葉で言い表されてしまいアンナはアンゼリナの目の前で吹き出してしまった。




