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救世主が男の娘でいいんでしょうか?  作者: せんと
第2章 彷徨える孤児
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エピローグ

 戴冠の儀が終わり、人々の熱狂もやがて静まっていった。

 聖都の大通りを埋め尽くしていた人々も今はもう幸せな夢の中。遮るものがなくなったその場所は月の光に青白く輝いている。

 だが、誰もが安らかな眠りに就けたわけではない。

 新たな教皇が誕生したということは、新たな教皇に選ばれなかったものも存在するということなのだから。


「失態だな、グレーザー卿。これで我らが皇帝の野望は一歩退いてしまった。もうこれまでのような振る舞いができるとは思わないことだ」

「わかっている……。エスティアナの存在を軽視していたのは俺の落ち度だ。責任は取る。だが最低限(・・・)の成果は出せたはずだが?」

「それがなければ貴殿の首はとっくに地面と口づけしていただろうさ」

「そうなっていないということは、まだ俺に利用価値があると踏んでいるということだろ?」

「悔しいことにな。シューゲンの聖女と並び、帝国内で貴殿を慕うものはいまだに多い」

「……そうか」


 ハルゲンは複雑な思いで相手の言葉を受け入れた。

 失態を犯した自分に対して気を使う必要などないであろう相手の言葉だ。だからこそ真実を語っているのだと受け入れる事ができた。

 もう少しはやくそれが出来ていたなら何か変わっていたのだろうか?


(無理だろうな……。俺は誰かに頼ることが下手過ぎる)


 だからこそ引き返すわけにはいかない。

 もうこの道を進み続けるしかハルゲンに選択肢はないのだ。


「これから治癒魔法は教会の専売特許ではなくなる。グレーザー卿にはその奇跡をもたらす存在として道化を演じてもらうつもりだ」


 男の手には表面に複雑な模様を形成する幾つもの溝が刻まれた立方体のトルコ石のようなものが握られていた。

 エスティアナが見たならそれが治癒魔法習得の秘蹟に用いられたアーティファクトだとすぐにわかっただろう。

 ハルゲンが見るのは初めてだったが、それが何なのかは十分に理解していた。


「それが秘蹟に用いられるアーティファクト……の複製品か」

「ああ、貴殿が玉座の間で茶番を演じている最中に事を済ませた。ダンテ・アマートの監視の目をかいくぐるのはその瞬間を除いては困難だからな」


 あの出来事を茶番と切り捨てられハルゲンは顔をしかめる。しかし敗者である彼は言い返す言葉を持たない。


「……ならばもう教会の権威は崩れたも同然だ。この忌々しい集団に引導を渡せるならば俺はどんな道化でも演じてみせるさ」

「あまり焦らないことだ。アーティファクトがあっても神官の代わりとなる治癒魔法の使い手が十分に揃わなくては意味がない。教会と袂を分かつのはその後だ」

「あまり待たせないことだな。年を取るとどうにも辛抱が利かなくなる」

「安心しろ。我らが皇帝様は貴殿よりもお年を召しておられる」

「ふんっ……」


 ならばよしとばかりにハルゲンは目の前に用意された馬車に乗り込む。

 もう彼がこの地に戻ってくることはないだろう。

 この国が帝国に呑み込まれ、蹂躙を受けるそのときまで……





++++++





「おめでとうございます、オクタビオ様。いえ、今はセルシウス猊下とお呼びした方がよろしいでしょうか?」

「その名は慣例に従って名乗っただけのもの。我の愛を望むのならばもとの呼び方のままでよい」

「うぐぐぐ……」

「そうですか。ではオクタビオ様、このたびは教皇就任おめでとうございます」

「これも卿の助けあってのものだ。ゆえに今日は思う存分楽しむといい」


 オクタビオはテーブルに置かれた一本のボトルを手に取り、女神シュトレアにうり二つの女性、アマデウスの持つグラスに注ぐ。

 オクタビオの故郷スパニア共和国で作られた最高級の赤ワイン。一本で金貨100枚は下らない代物を惜しげもなく振る舞う。

 この場には二人以外にも反帝国派の枢機卿たちが呼ばれ、テーブルの上には所狭しと料理が並べられているが、二人の作り出す妖艶な空気に押され会話に加わろうとする者はいない。


「はっ……はっ……はっ……ぐふぅぅ……」

「でもよかったのですか? あの少女を野放しにして」

「聖女と共にいた小さな天使のことか? 彼女には是非とも愛を囁いてあげたかったのだが、向こうが望んでいないようだったのでね。我は無理矢理の趣味はないのだ」

「もう、貴方様はいつもそればかり。わたくしが聞いているのはそういうことではありませんわ」

「彼女が我らに仇成すのではないかという懸念ならば、そのようなことはあり得ないだろう。彼女が忌み子の奴隷に向ける愛情は本物だった。彼女は我と志を同じくする者だ」

「でも帝国が彼女を利用する可能性はあるんじゃありませんこと?」

「彼らは既に聖都を去った。もう内側から喰らう気はなくなったのだろう。少々事情を知っている程度の少女にもう利用価値はないさ」

「そうですか……。確かにおっしゃるその通りですわね」

「ふひー……ひー……」


 もともと話題振り程度の意味だったのだろう。アマデウスはあっさりと引き下がりワインで喉を潤す。

 それを合図に宴会が始まり、二人を見守っていた人々も思い思いに料理を口に運び始める。


「それで……アマデウス嬢が座っている立派な椅子は何なんだい?」


 だが他の者たちと違い、料理に手を付けない者が一人だけいた。

 第七階梯(イノセンス)級の強者にして竜人族(ドラゴニュート)の青年、ロランが白い眼でアマデウスの下半身を見つけて問うた。

 他の者たちはあえて見えないふりをしているようだが、彼としては突っ込まずにはいられない。

 先ほどから聞こえてくる男の低い唸り声。

 その発生源について。


椅子(・・)ですわよ。アンティークと呼ぶには少々不格好で座り心地の悪い一品ですけど」

「……君にそんな趣味があったとは驚きだな」

「わたくしの趣味ではありませんわ。彼自身が望んだことですもの。ねえダンテ」


 アマデウスは自らが腰掛ける椅子に向かって話しかける。

 そう、彼女が座っているのは人間なのだ。

 しかもただの人間ではない。

 このシュトレア教国最強の魔法使いにして聖法騎士団総長ダンテ・アマートその人である。

 御年80を超える老体ながらその肉体は引き締まっており女性一人の体重ならば支えられる力はあるのだが、既に一刻以上の時間が過ぎており流石に限界が近いのか体をぷるぷると震わせている。

 だが悲鳴をあげる肉体に反して彼の顔は悦びに染まっていた。


「その通りですじゃ、わが女神よ! これは儂が望んだこと。決して誰にも譲りはせんぞ、若造よ!!」

「いや、別に狙っているわけではないけど」

「ふん、そんなことを言って、本当は羨ましいのだろう! 他の者たちもそうじゃ。さっきからこちらをチラチラ見おって!」


 それはお前の醜態に驚いているからだ、という言葉を呑み込んでロランは彼から視線を逸らした。

 これ以上の会話は不毛だと判断したようだ。

 なぜダンテがハルゲンを裏切ったのかという理由がここにあった。

 ダンテは極度の被虐性愛者(マゾヒスト)であり聖依性愛(ヒエロフィリア)である。

 彼が手を出していた女性がことごとく男を知らない女性神官や修道女だったのでダンテは初物が好きなのだとハルゲンは勘違いしていたが事実は違う。

 ダンテはより神聖なものに引かれていたのだ。神聖なものに自らを罰して欲しい。そういう性癖の持ち主だったのだ。

 最も神聖な存在である女神とうり二つの顔を持ち、エスティアナよりも高位の光魔法を使えるアマデウスはまさに理想の存在だったのだろう。

 彼女がお披露目されたその日の晩にダンテはオクタビオのもとを訪れ(アマデウスに)忠誠を誓った。

 そしてもうこれ以上の存在は現れないと直感したダンテは終生のご主人様としてアマデウスを選び、同時に体裁も捨て去ったらしい。


「アマート卿の本性には流石の我も驚かされたよ。だがこれがなければグレーザー卿の儀式を失敗させるために彼と戦わなければならなかったのだ。卿にとっては喜ぶべきことではないか?」

「無用な戦いは避けたいところだが……素直には喜べないね」


 第七階梯(イノセンス)級の二人が本気でぶつかっていれば場合によっては地形すら変わる恐れもある。

 ロランとダンテの二人にとってだけではなく、この辺りに暮らす人々にとっても幸いなことなのだろう。

 それでもやはり納得しかねる部分もあり、ロランは行き場のない感情を高級ワインと共に飲み下したのだった。




「もうお帰りになるのですか?」


 宴もたけなわとなったころ、一人会場を後にしたロランにアマデウスが声をかけた。


「君か……。何、俺の役目も終わったようなのでそろそろお暇しようと思ってね」

「ストイックですわね。今日くらい羽目を外してもよいでしょうに」

「まだ前提条件をクリアしただけに過ぎない。これから竜人族と人族が交友を結ぶためにやるべきことはたくさんあるのでね」

「そうですか。貴方の国に関してはわたくしたちが口出しするわけにはいきませんからね。せめて貴方の志に賛同してくれる人々が多からんことを祈っていますわ」


 アマデウスは胸の前で両手を組み祈りのポーズを取る。

 美しく品がある彼女の仕草は本当に様になっている。ダンテが女神と仰ぐのも理解できないことではなかった。


(なんとも嘘くさい祈りだな)


 だがロランの抱いた感想は真逆のものだった。

 心がこもっていないというのはまさに目の前の彼女の姿を指して言うのだろう。

 その違和感は単身人族の中に飛び込み、常に裏切りの可能性を考えながら動いていたロランだからこそ気づけたものなのかもしれない。

 恐らく彼女はオクタビオが掲げるような亜人との融和を望んでいるわけではない。それを隠れ蓑にした別の何かを隠している。

 最初に違和感を感じたのはあの時だ。


「君はなぜアンナ嬢を逃がしたんだい?」


 アマデウスがオクタビオにしたのと同じ質問を今度は彼女自身に投げかけた。


「どうしかしたか? 藪から棒に」

「なに、少し気になっただけさ」


 これもいいタイミングなのかもしれない。もし彼女の目的が竜人族の利益に反するものだったならここで釘を刺しておくのも悪くはない。


「それはオクタビオ様の決めたことですわ。わたくしの意思ではありません。しかし意外ですわね。一度しか名乗らなかった彼女の名前を覚えてらっしゃるなんて」

「俺の方も意外だよ。君が質問の意図をはき違えるとは。俺が聞きたいのはグレーザー家を襲撃した時には生殺与奪の権利があったはずの君が何故アンナ嬢とその奴隷を生かしたのかといことだよ」

「あら、これは失礼いたしました。ですがそれこそ明白ですわ。彼女が志を同じくする者かもしれないとわかったからです」

「あの時点でそれが判断できたと?」


 忌み子を生かしておくには奴隷として登録する必要があることはロランも知っている。

 しかしそのことと、獣人であるレイラを大切に扱っているかどうかは別問題だ。


「あくまで可能性を考慮したまでですわ。賛同者は多ければ多いほどよいですから」


 アマデウスの言葉に矛盾はない。

 オクタビオの性質と掲げる理念を考えれば彼女はそれを忠実に守っていると言える。

 だからこそ胡散臭い。

 先に感じた違和感が確かなら、アンナを生かしたのには別の理由があるはずなのだ。

 違和感はそれだけではない。

 ダンテの変わりように関してもそうだ。

 彼女がいつからオクタビオの側にいたのかは知らない。ロランがオクタビオと顔を合わせた時には既に彼女が傍らにいた。

 最初にあったときは単なる情婦なのかと思ったが、振り返ってみれば主導権を握っていたのは彼女の方だったように思える。

 確かに計画を立てたのはオクタビオなら、実行したのもオクタビオだ。だが、彼の計画はいささか賭博の要素が強すぎた。

 その賭博要素を切り抜けてこられた裏にはいつも彼女の活躍があった。

 オクタビオが教皇へ立候補したときの茶番しかり、ダンテがあっさりと寝返ったことしかり。

 特にダンテがあのような性癖の持ち主だったというのはあまりに都合が良過ぎではないだろうか?

 あの変わり様は性癖が暴かれたというよりむしろ無理矢理変えられたような――


「あまり女性の秘密を探ろうとするものではありませんわよ?」


 ロランの疑念を持った視線に対してアマデウスはやんわりとたしなめた。

 それはある意味では疑念の肯定。

 だがそれ以上の答えはもう与えないという彼女の意思表示でもあった。


「……それが乙女の秘密程度のものなら踏み込むことはしないよ。だがもしも我ら竜人族にとって害を与えうるものだったならば……その時は覚悟してもらうことになる」

「ええ、肝に銘じておきますわ」


 それで二人の会話は終わりだった。

 ロランは再び歩き出し、アマデウスは黙ってそれを見送る。


「――ですが一つだけ教えて差し上げます。わたくしが彼女(アンナ)を逃がしたのはとても個人的なことですわ。かつてのわたくし(・・・・・・・・)に似ていたから――」


 だが声が届くぎりぎりのところで最後にアマデウスは一つだけ真実を伝えた。

 解答としては核心には届かぬ不充分なもの。恐らく単なる気まぐれなのだろう。

 ロランは歩みを止めることなく進んだ。

 だが、


「……そう、とても似ていたから、()の苦しむ顔がみたくなったの……」


 続くその言葉が彼に届くことはなかった。





++++++





「ごめんねアンナちゃん。それだけしかあげられなくて」


 場所は聖都。ロランとの戦闘によって半壊している屋敷の前でエスティアナは申し訳なさげに謝る。

 差し出しているのはエスティアナ護衛の報酬が入ったズタ袋だ。

 重さからして金貨十枚くらいは入っていそうだ。それだけと言う割にはかなりの額である。


「そんなっ! ボクは帰りの船賃さえもらえれば十分ですよ。エスティアナ様は無事でしたけど護衛として役立ったかと言えば疑問が残りますし」

「ううん。もともと無理を言ったのはこっちだもん」

「そうだ。黙って受け取ればいいのだ。その金貨の何割かは俺の自腹だし、確かにあまり護衛にはなっていなかったが、そんなことは気にせず喜んで受け取るがいい」


 ロディが恨めしそうな視線を向けながらズタ袋を押しつけてくる。

 ロランとの戦闘で重傷を負ったらしいが、今はエスティアナの治癒魔法により全快していて元気そうである。

 もともと報酬はハルゲンから支払われる予定だったのだが、彼は既にエスティアナを残して聖都を発っていたため当初予定していた報酬が払えなくなってしまったのだ。


「貰っておきましょうアンナ様。護衛を全うできなかったのは彼も同じ。つまり彼は敗者です。敗者がお金を失うのは当然の摂理です」

「レイラ、なんてことを!?」


 レイラも五体満足でアンナと再会できたのだが、アンナを守り切れなかったことがよっぽどショックだったようで現在絶賛やさぐれ中の八つ当たり中。やさぐレイラなモードに入ってしまっている。

 必要以上に一人で思い詰められるよりはマシな状態なのかもしれないが、これはこれで困ったものである。

 これ以上押し問答をしていても拉致が明かなそうだったので結局アンナは受け取ることにした。


「それで……その、エスティアナ様はこれからどうされるんですか?」


 話題の転換としてはあまり相応しくないかもしれないが、アンナは気になっていたことを問うてみた。

 少し触れづらい内容だが、このまま聞かずに別れるのは少し薄情な気がしたのだ。


「私もお父様を追いかけて帝国に行くよ。いらないって言われるかもしれないけど、お父様には近くにいて支えてくれる人が必要だと思うから」

「そうなんですか……。でもエスティアナ様だけで帝国に行くのは危険じゃないですか?」

「一応帝国の人にも誘われてるんだ。住む場所は用意するからお父様についてきてほしいって。あの人たちは別の目的があるのかもしれないけど私はその話に乗ろうと思ってるの」

「それに、旅の安全に関しては心配ない。俺はもうエスティアナ様専属の護衛ではなくなったが、転属願いを出してついていくことにした。帝国派に肩入れしていた俺がここに残っても居心地が悪いだろうからな」

「それは護衛と言うよりストーカーではないですかロディさん?」

「なっ――なんだと!? 俺はエスティアナ様が幼いころから側で見守ってきたのだ!! それを言うに事欠いてストーカーだと!?」

「加害者はみんなそう言うんです。あなたは気づいてないんですか? エスティアナ様が時折、とても迷惑そうな顔をしているのを」

「そっ……そんなことあるわけないだろう……」


 否定しながらも確信は持てないのかロディの顔が真っ青になってしまった。

 どうやらレイラはとことん八つ当たりするつもりらしい。


「そっ、そんなことないよロディ! ロディがいてくれた方が私も心強いもん!」

「レイラも意地悪しちゃいけません! めっですよ! めっ!!」


 慌ててフォローに入ったエスティアナのお陰でロディの顔色は戻った。

 ちなみに「めっ!」と言いながらレイラの顔の前に指を突きだしたアンナだったが、レイラにはその動作の意味が伝わらなかったようでなぜかぱくっと指をくわえられていた。


「でも、エスティアナ様の決意を聞いて安心しました」


 父親に勘当されたのだからもっと動揺しているのかと思っていた。

 しかしアンナが思っているよりずっとエスティアナは強い女の子だったようだ。

 迷っているわけでも自棄になっているわけでもなく、ちゃんと彼女の意思を持ってハルゲンの後を追うことを選んだのだから。


「うん、私は大丈夫だよ。お父様のことについては昔いっぱい悩んだから。いまさら迷ったりしないよ」

「頑張って下さい。ボクには応援しかできませんけどエスティアナ様がハルゲン様とわかり合える日が来ることを祈っています」

「ありがとう! アンナちゃんもお父さんとお母さんは大切にね」

「はい! もちろんです」


 いまだってヨハンとエーリカにはたくさん心配をさせているだろう。

 はやく帰って元気な姿を見せてあげないといけない。

 そろそろお暇するタイミングだろう。


「そうだ、一つ言い忘れていた。以前尋ねられたエルヴァー王国の港町ハベルトにいた神父についてだが」


 と、そこでロディが気になる事を話し出した。


「何かわかったんですか!?」

「ああ、確認したところ彼は半月ほど前から姿を消しているらしい。こちらも前教皇の逝去でばたばたしていたから正確な情報は掴めていないのだが彼の過去について興味深い記録があった」


 半月前と言えばコルト村が襲撃に遭った時期とおよそ一致している。キリア神父はあの後そのまま姿を消したのだろう。


「彼は助祭だったころ別の地域にいたそうだが、当時の司祭を斬っている。その出来事についての詳しい経緯は書かれていないのだが、当時彼がいた地域は獣人の村に面していて何かと諍いが多かったらしい。彼は獣人たちとの融和を望んでいたらしく、村との関わり方について司祭とたびたび衝突していたとの報告も上がっている」

「そう……ですか」


 キリア神父はレイラを助けてくれた。あの時の彼の善意が偽物であったとは今でも思えない。

 だとしたら彼の在り方はその時から変わっていないのだろう。

 そうなると気になることが出てくる。


「キリア神父はもしかしてオクタビオさんの一派なのでしょうか?」

「その可能性は十分にあるだろう」


 志が同じならば仲間と言うこともあり得る。

 それはいい。

 だが問題は彼が預言の日に生まれた子供たちを誘拐を指導していた犯罪者であり、その背後にいたのがオクタビオ陣営の一部あるいはすべてという可能性が高くなることだ。


「君がその神父とどういう因縁があるのかは聞かないが、もし対立する間柄なのならば気をつけることだ。これから教会はすべてオクタビオの目となり耳となる」


 ロディも確証はないながらオクタビオたちが一物抱えていると考えているようだ。

 ただそうなるとどうして彼らはアンナを野放しにしたのかがわからない。

 単に情報が伝わってないだけか、或いは……


「情報ありがとうございます。十分注意することにします」


 これ以上は考えても無駄だろう。

 泳がされているだけというなら、その間に備えておけばよいのだ。

 そのためにもはやく家に帰らなければ。


「ほんとうにいろいろありがとうございました。それではボクたちはこれで……」

「うん……こっちこそいろいろありがと。またいつか会おうね!」

「はい。帝国にお邪魔する機会があれば顔を出したいと思います」


 少し神妙な雰囲気の別れになってしまったが、最後は笑顔で別れることができた。

 アンナとレイラは馬車に乗り込む。

 いろいろと大変な目に遭ったが、振り返ってみればよい体験だったのかもしれない。

 あの両親のもとではとても経験することはできなかっただろう。

 自分が如何に世界を知らない無力な存在なのかも知ることができた。

 これから自分はもっと強く、賢くならねばならない。

 大切な人たちをこの手で守り抜くためにも、そして忌み子(レイラ)の暴走を食い止めるというかつて誰も成し遂げたことのない偉業を達成するためにも。 

 遠ざかる聖都グランロンドを眺めながらアンナはそんなことを考えていた。




 こうして小さなアンナの大冒険は幕を閉じた――かに見えた。




「どういう……ことですか?」


 アンナは今しがたもたらされた情報が信じられず呆然とした様子で問い返した。

 場所はエルヴァー王国の港町ハベルト。

 数日の船旅を終えてあとはコルト村への定期馬車に乗れば旅も終わり。

 そのはずだったのに……


「どうもこうもない。コルト村への定期便は廃止されたよ。――なんたってあの村は跡形も無く消えちまったんだから」

これで2章は終わりです。

最後の方話を進めたいあまりアンナが空気になってしまいました。

次章からはアンナが主体的に動く話にしていきたいと思います。

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