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救世主が男の娘でいいんでしょうか?  作者: せんと
第2章 彷徨える孤児
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第7話 聖女様のお宅訪問です

 シュトレア教徒ならば誰もが一生のうちに一度は訪れたいと希う地、聖都グランロンド。

 この地に訪れた者たちはその絶景に圧倒されため息を漏らしながら一様にこう漏らすという。


『この神聖なる都は一つの完成された作品である』


 まず来訪者を迎えるのは白を基調とした建物が規則正しく立ち並ぶ美しい街並み。

 建物の間には整備された水路が連なっており、建物のあちこちにあしらわれているガラス工芸から反射する色とりどりの光が水面を照らす。

 その水の流れに逆らって歩いて行けばやがて人々は目にすることになる。

 外壁を水晶で覆われた透明感溢れる美しきグランロンド城を。

 その荘厳なる雰囲気に信徒たちは跪き女神シュトレアの存在を確かに感じるのだと言う。


「綺麗……」


 神の存在こそ感じられなかったが、例に漏れずアンナも馬車の窓から見える絶景に心奪われていた。

 アンナ様の方が綺麗ですよ、というアンナにとっては嫌がらせのようなレイラの言葉も今は頭に入ってこない。


「うふふ~、初めてここに来る人はみんなこうなっちゃうんだよ」

「……すごいです。本当にびっくりしました。お城の建築費だけ考えてもいくらしたのか見当も付きません」

「そこなんだ……。アンナちゃんは小さいのに考えが渋すぎるよ」

「そっ……そうでしょうか?」


 確かに10才の子供が言う感想ではなかった。

 この国に来てからお金のない恐怖を体験したため考えが現実的になっているのかもしれない。

 もっと子供っぽさを心がけなくては。


「あ、見えてきた。あそこが私の家だよ!」


 聖都の大通りをしばらく進んだところで馬車は右折し、住宅街のような所に入った。

 住宅街と言っても立ち並ぶのはお屋敷と呼べるような豪勢な家ばかりが並んでおり、恐らく上流階級の者が住まう地域なのだとわかる。

 エスティアナはその中でもひときわ大きい屋敷を指さした。

 聖女というからにはもっと質素な暮らしなのかと思ったがどうやら自分以上にお嬢様な生活を送っているらしい。


(いえ、ボクの場合はお坊ちゃまな生活ですが)


 自分の思考に自分でツッコミを入れつつも馬車から降りた一行はその屋敷の敷居をまたいだ。


「――エスティアナ!? 無事だっかエスティアナ!!」


 と、その瞬間吹き抜けになった玄関の奥にある階段の踊り場から服を着た豚の魔物が降ってきた。


(もしやこれがかの有名なオーク――いえ、これは人です!)


 ゲコゲコと鳴いている時のカエルのように下あごに脂肪を蓄えたカイゼル髭の初老の男が息を荒げてエスティアナへ駆け寄ってくる。

 思わず身構えて少しだけ回復した魔力で迎撃したい衝動に駆られるアンナだったがすんでの所で理性がそれを止めた。

 馬車の中で既に話は聞いていたのだ。

 この散歩しているだけで事案が発生しそうな男の正体は――


「おお、エスティアナ! 愛しい娘よ! よくぞ無事で帰った!!」

「はい、お父様。ご心配をおかけしました」


 そう、彼こそが見目麗しき聖なる少女エスティアナの父親なのだ。

 ハルゲン・グレーザー。それが彼の名である。教会運営の中枢を担う枢機卿の一人でありこの国のお偉いさんだ。

 ハルゲンはエスティアナをぎゅっと抱きしめる。


「よいのだよいのだ。お前さえ無事ならば。怪我はなかったかい?」

「はい。ロディが必死に守ってくれました」

「そうか、だがお腹は減っただろ? すぐに準備させるからその間に湯浴みをするといい。お前がいつ帰ってきてもいいように沸かせてあるのだ」

「ありがとうございますお父様」


 絵面だけみれば野獣に襲われる美少女の図なのだが、言ってることはごく普通の親がするような娘を気遣うものだった。

 その場に通りかかったメイドなどは微笑ましいものを見たように温かい視線を向けている。

 ロディもまた二人の姿を見て安堵しているようだった。


(ボクも家に帰ったらこれくらいの歓迎をされるんでしょうね。あの二人のことだからもっと激しい抱擁以上のものが繰り出されるかもしれませんが……)


 だが何故だろうか。

 思い描いた自分の両親と今エスティアナを抱擁している彼とは全く別の(・・・・)存在であるかのような印象を受けた。

 どちらも愛情を表現しているはずなのに根本(・・)のところでは致命的に違っているような……


「ところでそちらのお嬢さんはどなたかな?」

「え――!? あっ……えっと……」


 不意に声をかけられアンナの思考は中断された。


「詳しくは後ほど報告致しますが、今回の誘拐未遂の際ご助力(・・・)頂きました二人です」

「むぅ、このような子供がか?」

「その疑問も含めてこの後ご相談させて頂きたく思います」

「……ふむ。お前が言うのだから何か理由があるのだろう。だがこの者は側に置いて危険はないのだな?」

「はっ。女神シュトレアに誓って」

「ならばよい」


 自己紹介をすべきか迷っている間に、ロディが勝手に話を進めていってくれた。

 セフィーネを前にしたときにも思ったのだが、こういう目上を相手にしたときの礼儀作法は学んでおくべきかもしれない。

 よくも悪くもブリューム家ではのびのび自由にが教育方針らしく、あまりその辺のことは教えてくれないのだ。

 箱入り娘(♂)に育ててずっと家にいてくれるようにとの意図があるのかもしれないが……。


「ハルゲン・クレーザーだ。娘が世話になったな」

「あ、アンナ・ブレッド(・・・・)です。こちらこそエスティアナ様にはいろいろとお世話になりました」


 身元がバレる恐れがあるため咄嗟に偽名を名乗った。

 ダリアティーと共にブリュームの名は有名なのだ。

 本当ならばアンナという名も伏せた方がよかったのかもしれないが既にエスティアナに名乗ってしまった後だし、なるべく存在を隠しておきたい両親の思惑もあってコルト村の人々以外にはほとんど知る人はいないため身元に辿り着かれる恐れは少ないだろう。

 ちなみにレイラが名乗ることはなかったし、ハルゲンもそれを促すことはしなかった。

 奴隷紋は認識阻害系のアイテムを持ってしても隠すことはできない。

 阻害の魔法をすり抜けるよう設計されているからだ。

 そして奴隷は主人の所有物という扱いなので名乗る必要がないのだ。

 普通に接してくるエスティアナやロディはむしろ例外であった。

 認識阻害の首飾りをつけていなければその美しい容姿ゆえに名前くらいは尋ねられたかもしれないが、そうなると忌み子の特徴である赤い目と褐色の肌も露わになり騒ぎとなってしまうだろう。

 あちらを立てればこちらが立たずという状況は少し歯がゆい。

 ただ当の本人はアンナの懸念などつゆ知らず一歩下がった位置から主人のつむじを眺めて悦に浸っている。

 幸せの形は人それぞれである。


「では儂はホーデンスと話があるので一旦失礼するよ。部屋を一つ用意するからゆっくりするといい」

「ご配慮感謝致します。ハルゲン様」


 お礼を述べながらもホーデンスって誰だろうと思うアンナだったが、ハルゲンの後に付いていくロディの姿を見てそれが彼の姓なのだとわかった。

 エスティアナが気軽に呼んでいるので自分も名前で呼んでいたが気安すぎたのかもしれない。


(っていうかそれだとハルゲン様なんて言ったのも不味かったんでしょうか……)


 いきなり娘さんと一緒に実家に来て父親を名前呼びする男とか怒られても仕方ない気がすると心配するアンナだったが当然そのような認識をしているのはアンナただ一人である。


「それじゃ、お風呂に入ろっか♪」


 ハルゲンが去るとアンナに再び試練が訪れた。

 笑顔で誘ってくるエスティアナだが、なんとなく彼女の目は獲物を狙う猛禽類のそれに見えた。

 そういえばそうだった。彼女は自分とお風呂に入りたがっていたのだ。


「えっと……聖女様お先に」

「大丈夫だよ。うちのお風呂はカーネルの教会にあるのよりも大きいから」

「そ、そういう問題ではなく……」

「そっか……アンナちゃんは私と入るのが嫌なんだね」

「そういうわけでもないですが――」

「じゃあ問題ないよね♪」


 一瞬悲しい顔をされて咄嗟に否定してしまったが罠だったようだ。

 もちろん自分も男だ。こんな美少女とお風呂に入れるならば喜んで入りたい。

 しかし隠す物がタオル一枚となってしまうその空間において性別を隠したままその任を全うするということは果てしない困難が予想される。


(……もったいないことですが、ここは断固として断らなければなりません)


 鉄の意志を持って断りを入れようとするアンナだったが、当然美少女相手に強く出ることは出来ず、かといってカーネルでの時のように急報が届いてうやむやになるなどという奇跡も起きなかった。

 思いつく限り絞り出した言い訳もすべて流されてしまいすぐに追い詰められてしまう。


「心配無用ですアンナ様。私にお任せ下さい」


 だが前回とは違う点があった。

 一度アンナとの入浴を果たしたゆえに余裕をもって状況に対処できるようになったレイラの存在である。

 その姿はさしずめ童貞を卒業したばかりの少年のそれ。表情はいつもと変わらないのに彼女からは自信と驕りに満ちあふれたドヤ顔オーラが漂ってくる。

 冷静な第三者的視点で見れば、こんな根拠の無い自信に支えられたレイラの言う『心配無用』など不安しか生まない妄言である。

 だがアンナはアンナで余裕がなかった。


「お、お願いします! もうレイラだけが頼りです!」


 自分が掴んだのが藁だとも知らず溺れるアンナはレイラにすべてを託した。




 浴場の扉を開けるとむわっとした湿気と共にすっきりしたハーブの匂いが鼻をくすぐった。

 カーネルの教会のものより大きいという言葉は嘘ではなく中央にある円形の浴槽は優に10人くらいは入れるであろう広々とした作りになっている。

 湯船には何かの花が浮かべられているのでそれが匂いの元なのだろう。

 あの湯船に体を浸けたらさぞリラックスした気持ちいい気分になれることだろう。

 ――出るとこはしっかりと出た主張の激しい体をタオル一枚で隠した美少女二人がいなければ。


「ね~、その役は私じゃだめなの?」

「申し訳ございません。アンナ様がお風呂の際にはいつもこうしているんです。他の方だとまだ恥じらいがあるようでして」


 レイラの言う『心配無用』をアンナは『お風呂を回避する方法があるよ』という風に解釈していた。

 だが彼女の真意は『一緒にお風呂に入ってもバレないようにするので心配いりません』というものだったようだ。

 現在アンナはレイラによって赤ちゃんのように抱きかかえられている。

 赤ん坊というには成長し過ぎているが、それでも十分小柄なアンナはすっぽりとレイラの腕の中に収まっている。

 タオル一枚しか隔てる物が無い状態で。


(確かにこうしていれば()を見られる心配は無いかもしれませんが~~~~~~)


 レイラを信じた自分が間違っていた。

 脱衣所で服を脱がされ始めた時にあれ? と思った。

 思いながらも作戦の内なのだと自分に言い聞かせレイラを信じた。

 その結果がこれである。

 そしてアンナの背中を流してあげると寄ってきたエスティアナに向かってレイラは言ったのだ。


『アンナ様は私に抱きついていないとお風呂に入れないのです』


 よくもまぁそんな見え透いた嘘をと言いたいところだが、悲しいことに半分くらいは正解だった。

 アンナは10才になった今でも母エーリカと一緒にお風呂に入っていて、ちょうど今レイラがしているように入浴中はずっとアンナを腕に抱いているのだ。

 もちろん抱っこしてもらわないとお風呂に入れないなどということはない。

 断るとエーリカが泣きそうな顔になるので仕方なく受け入れていただけなのだ。


(この子ボクがお風呂に入ってるのを覗いてましたね……)


 前世の記憶分の精神年齢を持つ自分にとってはある種の赤ちゃんプレイ的な意味合いを持ってしまうあの光景を見られていたと思うと恥ずかしさで顔から火が出そうである。

 ……この件に関しては後でお仕置きしなくては。

 羞恥と屈辱、そしてダイレクトに伝わる女体(レイラ)の感触に荒ぶる煩悩を押し殺してアンナは復讐を誓った。


「はぁ~残念。私の洗髪技術は孤児院の子たちにも定評があるんだけどな~」


 恥ずかしい思いをした甲斐あって、エスティアナは割とあっさり折れてくれた。

 流石聖女様。

 人の嫌がることはしない。

 絶対服従の立場であるはずなのにルールの抜け道を探して果敢に攻めてくるレイラとは大違いである。


(ん? でも……あれ?)


 絶対服従というワードで何かを思い出しそうになった。

 少し前にも同じような違和感を感じたような気がするが……。


(う~ん。まぁ思い出せないのですから大したことではないのでしょう)


 結局違和感の正体はわからなかったのでこの感情は思考の隅に追いやることにした。

 その後レイラに体の至る所を洗われ――流石に体の前を洗う権利は死ぬ気で守り抜いたが――湯船に浸かる際にはタオルという最後の防壁すらも突破される危機に襲われつつも、タオルを湯船に浸けてはいけないという文化はなかったようでなんとか無事に入浴を終えることができた。

 ちなみにレイラにはまだ獣人の体であるがゆえの羞恥心というのは残っているらしく体を洗われたお返しに洗い返してやろうと考えたがさらりと拒否されてしまった。

 流石にエスティアナの目がある手前、力ずくでも洗ってやるという気にはならなかったが、タオル一枚隔てて抱き合うのはオーケーで体を洗うのが駄目という基準は謎であった。

 女心というのは本当に複雑である。




「食事の前に少し話をいいか?」


 お風呂から上がりほっこりしているところにロディから声がかかった。

 これからのことについて話がしたいのだと言う。

 こちらとしても詳しい内容を知りたかったので了承する。

 それにこちら側(・・・・)からも要求しなければいけないこともあるし。


「わかりました。レイラも一緒でいいですよね?」

「もちろんだ。ですがエスティアナ様は先にハルゲン様と食事を始めてください」

「え、なんで? 私に関わる事だし私も居た方が……」

「ご心配には及びません。既にハルゲン様には話を通してありますので。これから忙しくなるでしょうし今のうちに親子の親交を深められるのがよろしいかと」

「でも……」


 エスティアナは心配そうにこちらに視線を向ける。

 馬車で話をしている時もそうであった。

 自分のような子供を争いに巻き込むのを快く思ってないのだろう。

 彼女の性格ならばもっと正面切って反対の姿勢を見せるかと思ったが、そうしないのは彼女の立場ゆえだろうか?


「大丈夫です、聖女様。無茶なお願いだったらちゃんと断りますから」

「もう、いい加減その他人行儀な呼び方止めてよ」

「えっと、ではエスティアナ……様?」

「お姉ちゃんでいいよ。孤児院の子はそう呼んでくれるから。ほら呼んでみて」

「お……お姉ちゃん?」

「ふふ、次は疑問系じゃなくてちゃんと呼んでね」


 年下であるアンナに気を使わせてしまったと思ったのか、はたまた単なる諦めかエスティアナはロディの言葉に従い、ハルゲンの待つ食堂へと歩いて行った。


「アンナ様アンナ様」

「ん? 何ですか?」

「私もある意味では姉ポジションではないでしょうか?」

「レイラはボクと同い年ですよね? しかも生まれはボクの方が早いはずです。言うなれば妹ですね」


 エスティアナをお姉ちゃんと呼んだときに羨ましそうにするレイラに気づいていたので何を欲しているのかはわかっていたのだが、お風呂の意趣返しも兼ねてとぼけてみる。


「で……ですが体格で言えば私の方が……」

「酷いですねレイラは。発育の悪いボクは姉を名乗る資格もないって言うんですか?」

「く……くぅん……」

「うっ――嘘ですよお姉ちゃん!」


 捨てられた子犬のような目をされてしまいアンナはあっさり陥落した。

 呼んでもらえたレイラの方はぶるっと体を震わせたあと耳を真っ赤にして悶えていた。

 前世でも現世でも一人っ子の自分にはわからないが、やっぱり妹という存在はそんなに良いものなんだろうか?

 いや、そもそも自分は男なのだが。


「まさかお前はそっちの気が? 奴隷はそのための相手と言うことか? だとしたらエスティアナ様の側に置くのは間違いなのか……?」


 いちゃいちゃの一部始終を見られていたようでロディから百合疑惑がかけられてしまった。




 会議室のような部屋に通されると、すかさずメイドさんがお茶を出してくれ、すぐに退室していった。

 エスティアナの父が枢機卿の一人だと聞かされた時はもっとなんというか、厳かな暮らしを想像していたのだが暮らしぶりを見るに普通の貴族と何ら変わりないように見える。

 教会の中心であると同時にシュトレア教国の重鎮でもあるわけだから立場的には法服貴族に近いのかも知れない。


「さて、まずは馬車で話したことの補足から始めようか」


 一服した後、ロディは教会の内部事情について話し始める。


「現在教会には123人の枢機卿がいるのだが、おおざっぱに言ってその中には二つの派閥がある。一つはハルゲン様を始めとしたヴィードバッハ帝国、及びその属国出身の枢機卿の集まり、いわゆる『帝国派』。もう一つは帝国による教会乗っ取りを阻止するために集まった『反帝国派』だ」


 帝国の領土は広大で人族の支配地域の4割を占めると言われる。周辺の属国を含めれば世界の半分を支配していると言っても過言では無いのでは無いだろうか。

 支配地域の広さが直接枢機卿の数に繋がるかはわからないが派閥を作るには十分な人数がいるのだろう。

 ハルゲンはその中でも帝都ギルガスの司教出身であり帝国派枢機卿の中心的人物なのだという。


(でも、エスティアナ様は帝国側なんですね)


 前世の感覚でなんとなく帝国と言えば侵略や悪者というイメージがあるため誘拐などをするのは帝国派という感じがするが違うようだ。

 教会を乗っ取ろうとしているようなのである意味侵略というイメージに間違いは無いのかもしれないが、教会に対してあまりいい印象を持たない自分に取っては悪いこととは思わなかった。

 むしろロディを切りつけてエスティアナを攫うなんて、反帝国側はなんて野蛮なんだとすら思ってしまう。

 もっとも自分が知らないだけで帝国派も同じようなことをしている可能性は大いにあるのだが。


「明日教皇逝去の報を発表した後、10日間喪に服することになるのだが、その間にも教皇庁は次期教皇候補を立て、教皇選挙の日付を決めなければならない。その際にエスティアナ様の聖女としての名声が必要になるのだ。民衆から慕われ、修道会からの信頼も厚いエスティアナ様の後押しがあればハルゲン様の教皇への立候補、及び得票でかなり優位に事が運べる」

「名声……ですか。随分と露骨な言い方ですね。ロディさんはてっきりそういう考えは嫌いかと思ってました」

「内部に入ってしまった以上純粋なだけの信徒では居られないさ」


 ロディは自嘲気味の笑みを浮かべた。

 真面目な彼は感情で納得できなくても無理矢理折り合いを付けているのだろう。

 ただ彼がエスティアナに向ける思いは純粋なものなのだろうと思った。

 例え聖女という言葉が単なる権威付けの道具に過ぎないのだとしても、エスティアナがその名を冠するに至るまでに行った行為は嘘ではないだろうし、それを見守っていたであろう彼がそのことをちゃんと理解しているはずだから。


「そういう事情から相手にとってエスティアナ様は排除、或いは取り込みたいキーパーソンと言うわけだ。教皇選挙が終わるまでエスティアナ様には常に危険が付きまとう。俺も常に気を配るつもりだ。だが男である俺が立ち会えない場面もあるだろう。かといってこちらが女性の護衛を探す動きを見せれば反帝国派が利用しないとは限らない。実際にこの屋敷のメイドの何人かにお暇(・・)願ったこともあるからな。ゆえに君たちにお願いしたいのだ。命を省みずエスティアナ様の救出に向かい、勇敢にも強敵に立ち向かった君たちに」


 なんだかロディから語られる自分の行動がとても英雄的だ。

 いくらかリップサービスは含まれているのだろうが、疑われていた時とは正反対の評価である。

 正直な話、エスティアナのことは守ってあげたいと思うが、流石に命を張ってまでというつもりはない……はずである。

 確かに目の前で彼女がピンチになったら見捨てるなんてできないかもしれないが……。

 まぁそこは気にしなくていいだろう。

 正義感とは別の理由ですでに自分の答えは決まっているのだから。

 

「エスティアナ様の護衛をすることに異議はありません。ですが一つこちらから条件を出してもいいでしょうか?」

「聞かせて貰おう」

「エルヴァー王国の港町ハベルドの教会にいたキリアという神父様の行方について知りたいんです」

「行方……というと今は別の場所に行ったのか?」

「わかりません。数年前にお世話になったのですが、最近訪ねたらいなくなっていたんです」


 アンナは嘘を交えつつキリア神父についての情報を聞き出そうとする。

 教会の内部事情を聞かされた時、思いついたのだ。せっかくの機会なのだから彼の事情について調べてみようと。

 目出度くコルト村に帰り着くことができたとしても、いつまた彼が襲ってこないとも限らない。

 その危険性を排除するために彼と教会との繋がりも含めて情報が欲しかった。

 とは言っても露骨な聞き方だと怪しまれるし、教会が黒幕だった場合には目も当てられないのでさり気ない聞き方になってしまってはいるが。


「残念ながら俺は国外の事情には疎くてね。今すぐ望む答えはあげられないが、そのくらいのことならば少し調べればわかるだろう」

「ではよろしくお願いします」

「それ以外に要望はないか?」

「えっと、事が終わったら船賃くらいは欲しいです。あ、それと両親が心配するといけないので手紙を出させてもらえますか?」

「報酬についてはそんなけち臭いことは言わないさ。それと手紙の件は了解した。あとで紙を届けさせよう。他に要望はないか?」

「はい。ボクはそれで――」

「一つ私からもよろしいでしょうか?」


 了承しかけたところでレイラが割って入った。

 ロディは肯定の相づちを打って先を促す。


「はっきり申し上げまして私とアンナ様は戦いの訓練を受けたことも実戦経験もほぼありません。ですのでいくらか手ほどきお願いできないでしょうか」

「あっ、そうですね! ボクからもお願いします」

「あの戦いぶりで素人だと言うのか? いや、だが考えて見ればちぐはぐな行動も混じってはいたが……。いいだろう経験が無いと言うことは伸びしろがあると言うことだ。エスティアナ様のためにもびしばし鍛えてやろう」

「ありがとうございます。その条件で依頼を受けさせて頂きます」

「ああ、よろしくお願いする」


 無事話は纏まった。

 キリア神父の情報も得られそうだし悪い話ではないはずだ。

 あの鎧の男とまた戦う可能性があると考えると恐怖心が無いわけでは無いがここは天下の聖都。国の重鎮たちを守る強い騎士がたくさんいるはずだ。洞窟内のように自分とレイラの二人だけで戦うなんてことにはならないだろう。


(それにロディさんによる修行も受けられますしね。少年漫画の主人公になった気分です)


 修行して強くなってか弱い女の子を悪から守る。

 まさに前世で憧れたヒーローの立ち位置だ。

 自分が今そこに立っていると考えるとわくわくすると同時に、非常に男子力が上がっていく気がする。


(そうです! もう子供扱いも女の子扱いもこりごりです! 今こそ男を上げてその印象を消し去ってやります!)


 雄々しい未来の自分の姿を想像してアンナはやる気を燃え上がらせる。


「なら今から任務開始だ。メイド服に着替えてエスティアナ様の側に侍って貰おう」

「――は?」

「君のような子供をただ屋敷にいさせたのではハルゲン様にあらぬ噂が立つ恐れもある。それにメイドの方がエスティアナの側にいても怪しまれまい」

「あ、はい……そうですね」


 フリルがふんだんにあしらわれたメイド服に身を包み、アンナの乙女力はウナギ登りした。

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