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救世主が男の娘でいいんでしょうか?  作者: せんと
第2章 彷徨える孤児
24/48

第6話 また厄介事に巻き込まれそうな予感がします

「――ナ……ゃん――ア――――ん」


(……ん)


 誰かの声が聞こえた気がしてアンナの意識は僅かに活動を始める。


「ア……ん……アン……ちゃん」


 声だけでは無い。優しく自分の体を揺らしている。

 その揺れがとても心地よくてまた意識を手放してしまいそうになる。


「アンナちゃん! ア~ン~ナ~ちゃ~ん!!」


(んん……あれ?)


 しかし徐々に聞き取れてくる言葉の意味を理解してアンナの意識はつなぎ止められる。

 どうやら声は自分を呼んでいるようだ。

 ただ体がとてもだるくすぐに返事をする気にはなれない。

 呼んでくれている人には悪いがもう少し休ませてもらおう。


「お~い起きて~。申し訳ないけどちょっと面倒なことになってるんだよ~」


 ほっぺをつんつんと突かれる。


(う~ごめんなさい。あと一晩待って下さい~)


「起きないとお姉ちゃんが食べちゃうぞ~。いいの~? 本当にぱくっといっちゃうよ~?」


(勝手に食べて下さい~。お代はあとでいただきま――)


「はう――!?」


 突如耳たぶに何か生暖かい物が這う感触が走り、アンナの意識は強制的に覚醒させられた。


「ふぁ! やっほおひた!!」

「ひゃぁ――やめっ……吸わないで……」


 意識は覚醒したのだが体は思うように動かせない。

 恐らくまだ魔力切れの影響が残っているのだろう。

 その上アンナを呼ぶ何者かは耳を口に含んだまま喋るものだから余計に力が抜けてしまう。


「ぷはぁ! おはようアンナちゃん」

「って、え!? 聖女様!?」

「うん。エスティアナだよ!」

「え? あの……無事だったんですか!?」

「おかげさまで」


 状況が飲み込めないアンナは最後の記憶を呼び戻そうと努める。


(そうです。確か最後に教会の騎士の人たちがやって来て、敵を取り囲んで……絶体絶命だったボクたちはなんとか助かって――)


 そこでアンナは重要なことを思い出す。


「レイラ――! レイラは無事なんですか!?」

「レイラ? ああ、あの奴隷の子?」


 一度自己紹介は済ませているはずなのだが、エスティアナはレイラの顔と名前が一致しないようだった。

 すなわちそれは認識阻害の首飾りの効果がちゃんと働いているということであり、未だにレイラの正体がばれていないことを意味する。


「はい!」

「大丈夫だよ。結構酷い怪我をしてたけどちゃんと治しておいたから。ほらあそこに寝てるよ」


 エスティアナの指し示す方向に視線を向けるとレイラが仰向けに寝ていた。

 あれだけ抉られていた脇腹の傷はすっかり消えて、彼女の胸は規則正しく上下している。

 どうやら本当に無事のようだ。


「はぁ~、よかった~」

「それでね、本当はアンナちゃんも眠らせてあげたいんだけど私たちじゃ状況がわからなくて。聖法騎士団のみんなが来る前に何があったのかな?」

「えっと……話はかなり遡りますが、偶然ボクが冒険者ギルドに迷い込んでしまって。そのまた偶然にロディさんがギルドにやって来て聖女様が攫われたのを聞いたんです」

「それでまさか冒険者の人たちと一緒について来ちゃったの!? 駄目だよアンナちゃん、相手はロディを倒しちゃうくらい強い人なんだよ?」

「はい……ちょっと考えが甘かったです……」


 アンナのミスはロディを破った相手がどれ程の使い手なのか深く考えること無く、仮に強かったとしても逃げられるものだと舐めてかかっていたことだ。

 その直前に冒険者との喧嘩で圧勝したせいでその辺の判断力が鈍っていたのかもしれないが言い訳にはならない。

 自分の軽率さを改めて実感してアンナは猛省した。


「なるほど。それで二人逃げ遅れて絶体絶命となっていたわけか。自業自得だな」

「こらロディ! 善意で来てくれた女の子にそんなこと言っちゃ駄目でしょ!」

「え!? ロディ――さん!?」


 突然割って入った声の方向に視線を向けるとそこにはロディが立っていた。


「そういえば最後に聞いたことある声が……あれはあなただったんですね。助けてくれてありがとうございます」

「偶然タイミングがよかっただけだ。本来なら既に命はなかったと自覚するんだな」

「はい……。あっ、でもロディさん怪我は大丈夫だったんですか?」

「あ~そうなの! 聞いてよアンナちゃん! ロディったら絶対安静の重傷だったのに止めようとする神父様を押しのけて来ちゃったんだよ!」


 エスティアナはお冠と言った表情でロディをペシペシ叩く。

 だが肝心の本人は当然のことをしたまでだといった風に平然としている。


「私の使命はエスティアナ様の身を守ることです。我が身可愛さにベッドで寝ているなどあり得ません」


 なんとなく彼にはレイラと同じ臭いを感じるのだが指摘はしないでおいた。

 そんなことを言えば両方から怒られることは明白である。


「だからって命までかけることないでしょ! もし私の治療が間に合わなかったら本当に死んでたかもしれないんだよ!」

「私はエスティアナ様の力を信じていましたから」

「も~! そういうことじゃなくて~!!」


 ロディの傷は今や回復しているようだ。

 顔色を見るにやせ我慢しているようには見えない。

 レイラの傷も完全に治っていることから考えてもエスティアナの治癒魔法がかなりのレベルに達しているのは間違いない。


「あ、ごめんね。話がそれちゃった。えっと、冒険者について来たならその人たちの顔は覚えてるよね?」

「はい。名前は把握してませんが顔だけなら。でもそれが何か?」

「うん。実はちょっと困ったことがあってね」


 エスティアナが少し離れた場所、騎士たちが集まって何かを取り囲んでいる方向へ視線を向ける。


「だから俺たちは依頼を受けただけなんですって」

「ならばなぜ仲間を見捨てて逃走していたのだ」

「それは……ほら、俺たちは命あっての物種だからよ。あんたらと違って適わねえ相手からは逃げるのも一つの手段なわけっすよ」

「だとしてもお前たちのような雑魚をみすみす見逃すような相手ではなかっただろ」

「だからそこはアンナさ……あのお嬢ちゃんが時間を稼いでくれたんでさぁ」

「あんな子供に時間稼ぎなどできるわけないだろ! 吐くならもっとマシな嘘を吐け! この落ちこぼれが!!」


 教会の騎士たちに詰め寄られて若干怯え気味の冒険者たちの姿を見てアンナはだいたいの事情を察した。


「えっと、つまりあの人たちは誘拐犯の仲間だと疑われてるんですか?」

「わっ、すご~い! アンナちゃん頭いい~」


 どうやら正解のようでエスティアナに頭を撫でてもらえた。

 そのやり取りで注目を集めたのか教会の騎士たち、そして冒険者たちの目がこちらに向く。


「あっ――アンナさ……お嬢ちゃん! 言ってやってくれよ! 俺たちは依頼を真面目にこなしてただけだって!!」

「そうだそうだ! 俺たちはあの嬢ちゃんの指示でこのだだっ広い洞窟内を探し回ってやったんだぞ! なあアンナさ……お嬢ちゃん!」


 こちらに気づいた彼らは急に強気になってアンナに助けを求めてきた。

 他人の目がある手前、様付けで呼ぶのはプライドが許さないようだが幼女(♂)に助けを求めている時点で彼らのプライドも程度が知れていた。


「あんなこと言ってるけど本当なの?」

「悲しいですが真実です……。みなさんボクと一緒に聖女様を探してくれました」

「そっ、それでは犯人はあの鎧の男の単独犯ということになってしまいますが……」


 教会の騎士が渋い顔で疑問を呈した。

 さんざん冒険者たちを犯人扱いした手前決まりが悪いのだろう。

 

「少なくともボクが遭遇したのは一人だけでしたが……。聖女様が攫われた時はどうでしたか?」

「私が見たのも鎧の人だけだったよ」

「じゃあやっぱり単独犯だったのでは?」

「いいや、それはあり得えない」


 アンナの出した結論をロディはあっさり切り捨てた。


「確かに最初に襲撃を受けた時もあの鎧の男一人だけだった。だがやつは私を含む精鋭の騎士を相手取って圧倒する程の手練れ。しかもあの動きはこの国のもの(・・・・・・)ではなかった。つまり奴はこの辺の地理には疎い存在のはず。ゆえにこの洞窟への案内人がいるはずなのだ。そして何より動かぬ証拠はこの爆発痕だ。これは恐らく第四階梯、或いは第五階梯の火魔法によって生み出されたもの。鎧の男が一度魔法を使わなかったことを考えるに、敵に上級魔法使いがいたことは確実だ」


 ロディは状況証拠から理路整然と自らの推測を話す。

 確かに前半はその通りかもしれないと思える。

 でも動かぬ証拠とドヤ顔で語った最後の推理は……


「あの……ロディさん。その魔法はボクが放ったものです」

「ふっ、何を言い出すかと思えば。悪いが子供の嘘に付き合っている暇はないんだ」

「そもそも鎧の人一人で冒険者相手に圧勝できるはずなのになぜ魔法使いの援護が必要なんですか? それよりも鎧の人に敵対していた存在がいたと考えた方が自然だと思いますが……」

「そっ……それはそうかもしれないが。恐らく仲間割れでもしたんだろう。それに冒険者側にこれほどの威力を持つ魔法を使える者がいるなど、それこそ不自然だ。まさかあそこで倒れている奴隷がそうだと言うのではないだろうな? そんな有能な奴隷など貴族のご令嬢だってそうそう買い与えてもらえないぞ」

「だからボク自身が使ったんですってば……」


 素直に真実を伝えようとするがロディには鼻で笑われてしまう。


「あのねアンナちゃん。魔法っていうのはドカーンってなるやつなんだよ?」

「ど、どかーん? 確かにすごい音はしましたが……」

「そうそう。きっとアンナちゃんは驚きすぎて自分がやったんだと勘違いしちゃんたんだよ」

「今ボク痛い子扱いされてますか!?」


 エスティアナにも信じてはもらえなかった。

 小さな子供をあやすように優しく諭されてしまう。

 気づけば回りで見ていた騎士たちも微笑ましいものを見るような視線をこちらへ向けていた。


(な……なんという屈辱! 確かにこの見た目では仕方ないのかもしれませんが!)


 とても悔しい。

 今すぐ魔法を使って証明したいのだが、魔力は使い果たしてしまったため今は一発も撃てない。


(でも、よく考えてみれば信じてもらえなくてよかったのかもしれませんね。ボクの出自のことを考えれば逆に力があるとバレるほうが面倒ですし)


 誤解があってはいけないと思って言ったことだが注意が足りなかったかもしれない。


「……もういいです。それよりこれで依頼は達成なんですよね? 聖女様を直接発見することは出来ませんでしたが参加費の金貨一枚はきっちり貰いますよ」

「教会として正式に出した依頼だ。もちろん払うさ。敵の協力者の有無に関してはまだわからないが、少なくともここにいる冒険者たちでないことは、はっきりしたからな」


 ロディの言葉を聞いて冒険者たちは「おおっ!!」と沸き立つ。

 その使い道について口々に願望――主に娼館へ行く行かないの話――を始めたのだが、内容が生々しくなってきたところで教会の騎士に怒られてシュンとしてしまう。

 金貨一枚は一般市民にとっても大金である。ましてや落ちこぼれの彼らからしてみれば破格の稼ぎなのだから浮かれるのも仕方ない。

 よく見れば鎧の男に斬られた三人の男たちも混じっているので、彼らもエスティアナの治癒魔法で一命を取り留めたのだろう。


(聖女様も助かって、みんなも無事だったし、これで一件落着ですね)


 後は自分も金貨を受け取ってエスティアナに恵んで貰った分のお金を返せば、何の引け目も感じず我が家に帰ることができる。


「ただし娘、お前はだめだ」


 エーリカの温かいご飯が待っている我が家に帰ることが……


「悪いがお前には一切の報酬を出すことはできない」

「ど――どうしてですか!? ボクもちゃんと聖女様を探したんですよ!?」

「だがお前は冒険者ではないのだろう? ならば正式に依頼を受けたということにはならない」

「あ……」


 そのことを完全に忘れていた。

 冒険者への登録は10才からなので条件としては満たしていたのだが、急を要する依頼だったためアンナはそれをせず出発してしまっていたのだ。


「確かにそれは仕方ありませんね……。でもせめて帰りの船賃を恵んでいただけないでしょうか? この依頼のために乗るはずだった船を逃してしまったんです」


 手順を踏まなかったのは自分の落ち度なのでそこは素直に認めた。

 もともとお金目当てでやったことではないのだ。

 帰りの船賃さえなんとかなれば何も問題はない。

 だが事態はアンナが思っていたよりずっと悪い方向へ進むこととなる。


「いや、そもそもお前はこの国から出ることすら許されない。この件についていろいろと(・・・・・)聞かなければならないことがあるからな。悪いが聖都まで一緒に来てもらおうか」

「…………え?」 





++++++





(ああ……港町が……コルト村への道が遠のいていく……)


 荷馬車でゴトゴト運ばれる仔牛の気分を味わいながらアンナは馬車の窓から流れゆく景色を見ていた。

 一緒に来て貰おうなどと言ったロディだったが、その実扱いは犯人に対するそれで、乱暴に手足を拘束されて馬車に放り込まれてしまったのだ。

 見かねたエスティアナは抗議してくれたのだがロディは聞く耳持たずで強行した。

 ただ、これ以上酷いことはしないように自分の馬車に乗せると言ったエスティアナの主張は認められ、今アンナは彼女の膝の上に乗せられている。

 同じく拘束されエスティアナの隣に座らされているレイラも今は意識を取り戻しているのだが先ほどからずっとロディを呪い殺さんばかりの怨嗟を発して睨み付けていて馬車内の雰囲気はとてもぴりぴりしていた。


「そろそろいいか……。エスティアナ様、消音の結界を張って頂けますか?」


 馬車に揺られてしばらく経った時、ロディはおもむろに口を開いた。


「ふ~んだ。恩を仇で返すような騎士さんの言うことなんて聞きませ~ん!」


 エスティアナはいかにも怒ってますと言わんばかりにぷいとそっぽを向く。

 ロディの強引な行為に対してまだ納得いっていないようで彼女もまだ先ほどからずっと不機嫌なのである。


「お気持ちはわかりますが、どうかお願いします。取り調べ(・・・・)に必要なことなのです」

「審問官もいないところでしたって意味ないでしょ。どうせロディはアンナちゃんを悪者って決めつけてるんだから」

「いいえ。ここでしておかなければならないことがあるのです。ハルゲン様のためにも(・・・・・・・・・・)ここは私の言うとおりにお願いします」

「……ずるいよ。その名前を出すのは」


 強情だったエスティアナだがハルゲンという名がでると渋々ながら無属性の第三階梯合成魔法(グローリア)『サイレント』を唱える。

 一瞬空気が張り詰めた気がしたがその後は特に変化がない。

 しかしこの馬車内を覆うように張り巡らされた魔素により、この内部の空気振動は外部から遮断される。

 それを確認したところでロディは軽くため息をついた。


「悪かったな。手荒なまねをして」


 消音の結界が張られたとわかるや、ロディはすぐにアンナの拘束を解き(レイラは暴れると思われたのか拘束されたままだが)謝罪した。


「え?」

「えっ、えっ? どういうこと、ロディ?」


 突然の謝罪に面食らうアンナ。

 それはエスティアナにとっても同じだったようで頭にハテナマークを浮かべていた。


「疑心暗鬼になった俺が暴走して無実な少女を連行した。そういう筋書きが必要だったのだ」

「まだよくわからないのですが……」

「誘拐犯、いや、誘拐を指示した犯人については初めからわかっていた。ただしあの場(・・・)にどれだけの協力者がいたかはわからなかった。ゆえに確実に白の君たち二人だけをこの場に集めたかったのだ。敵に感づかれること無く、な」


 そしてロディはこうなった経緯を話し始めた。

 まずエスティアナが誘拐される危険性に関してはそれを成そうとする相手共々、前々からわかっており十分警戒はしていたのだそうだ。

 だがそこに二つのイレギュラーに見舞われた。

 一つは急報により何よりも優先して聖都へ戻らなくてはならなくなったこと。

 そしてもう一つは神聖シュトレア教国が誇る聖法騎士団の中でも屈指の実力を持つロディとその部下たちを圧倒するほどの使い手を差し向けられたことである。


「鎧の人はそんなに強かったんですか?」

「教会では魔法の階梯に準えて第一から第七階梯で強さを分類しているのだが、やつは恐らく第六階梯(ルイン)級、下手をすれば第七階梯(イノセンス)級ということもあり得る。君の国の有名人でいうなら不動のドミニクが第六階梯(ルイン)級だと言えばどれだけの相手か想像もつくだろう?」

「あのドミニクさんでさえ六なんですか……」


 改めてとんでもない相手に喧嘩を売っていたのだと思い知らされ冷や汗が流れる。

 レイラと二人で当たったとは言え良く生き延びたものである。


「落ち込むことは無い。奴隷とのコンビネーションはなかなかのものだった。二人合わせてならば第五階梯(カオス)級と言っても差し支えのないレベルだ」

「ありがとうございます……。――って、何故ロディさんがボクたちの戦いのことを?」


 ロディが駆けつけてくれたのはまさにトドメを刺される瞬間だったはずだ。


「見ていたからな」

「へ?」

「君がエクスプロージョンを放つ辺りから私はその場にいて見ていたのだ。それが君たちに対しての疑いが晴れた理由でもある。私もいっぱしの武人だ。本気で相手を殺そうとしているかどうかくらいはわかる」

「……つまり私たちが本当に危なくなるまで高みの見物をしてたってことですか?」

「これも任務なのだ悪く思うな」


 レイラが責めるような視線を送るがロディは何処吹く風だった。

 便乗して彼を責め始めたエスティアナに対しては見苦しい言い訳をしていたが。


「それで、他の同僚の方たちまでも欺かなければならないということは敵さんは教会関係者といことですか?」

「話が早くて助かる。情けない話だが今は身内同士の争いの真っ最中なのだ。身内ゆえに誰が敵でだれが味方なのか判断の付かない者も多い」


 戦力として当てにならないことが明白のはずの冒険者に依頼を出したのも、そのせいらしい。

 エスティアナ救出のために騎士団を動かしてもその中に内通者がいたら上手く逃げられてしまうかもしれない。

 その監視役として第三者である冒険者を巻き込んだのだ。


「もっとも彼らに関しては本当に保険程度の考えだった。既に相手側に買収されている者がいる可能性もあったしな。君たちが混じっていたことは嬉しい誤算だ」

「……なんとも大変そうですね」


 セフィーネも自らの立場ゆえの悩みを持っていたが王国にしろ教会にしろ上に立つ人たちは悩みの種が多そうだ。

 自分がその立場だったなら早々に胃を痛めて寝込んでいることだろう。

 そのような心配も無く裕福な暮らしを送れている自分が実は一番恵まれているのかもしれない。


「もちろん我々とて年中いがみ合っているわけではないさ。ここまで露骨な動きを見せたのには訳がある」

「訳……ですか?」

「……一番大きな席がね、空いちゃったからだよ」


 エスティアナは悲しげに、しかしどこか決意を持った表情で答える。

 それは出会ってから常に笑顔だった、怒っているときも深刻さを漂わせることの無かった彼女が初めて見せた陰りを帯びた感情だった。

 そこにどんな想いが込められているのか、付き合いの浅いアンナには伺い知ることはできない。

 だが、彼女にそんな表情をさせている原因はわかってしまった。

 一番大きな席。

 そこまで言われればアンナとて流石に察することができる。

 カーネルにいた時に入った急報。

 安全面で不安があるにも関わらずエスティアナたちが夜中に出かけざるを得なかった程の事情とは――


「教皇が逝去されたのだ。間もなく教皇選挙が始まる」


 こうしてアンナは更なる厄介事に巻き込まれることとなる。


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