第5話 敵のレベルは徐々に上がるものじゃないんでしょうか?
遅くなって申し訳ございません。
「『エアエッジ』!!」
天井から落下してくる物体に風邪の刃を放つ。
狙い過たず真っ二つにすることに成功するが、そのすぐ後ろから次々に黒い影がぼとぼとと落ちてくる。
「うわああああああ!! 『エアエッジ』『エアエッジ』『エアエッジィイイイイイイイ』!!!」
アンナは半狂乱になりながらも必死にそれらを細切れにしていく。
だがそれは狙いをつけた精密な狙撃ではない。癇癪を起こした子供が滅茶苦茶に物を投げつけるような稚拙な攻撃だった。
刃を向けられても、その身を斬られても心乱す事の無かったアンナがここまでの醜態を晒しているのには訳があった。
先ほどから止めどなく天井から落ちてきている黒い影は――なんとすべて巨大な蜘蛛なのだ。
「なんで――なんでこんなにデッカい蜘蛛がいるんですかああああああ――!!」
「あれはケイブスパイダーと言って、洞窟に住む魔物だと記憶してます。ただ毒は無く、力も弱いので大した脅威ではありません」
「あの姿が既に脅威なんですよ!!」
アンナは虫が大の苦手なのだが、コルト村では茶葉についた虫の世話などをしていたので少しは耐性がついたつもりだった。
実際カーネルの町に着くまでに通り抜けた森でも虫はいたし、その時はちょっと気持ち悪いと思いつつもなんとか我慢出来る範疇だった。
だが今は状況が全く違う。嫌いな虫の中でも1,2を争う足の長いタイプの蜘蛛がわらわらと湧いてきて、しかもそのサイズは人間の赤ちゃん程もあるのだ。
それをして大した脅威ではないなどとのたまうレイラがとても信じられない。
そうしている間にもケイブスパイダーは数を増し、アンナの精神は魔法の発動を失敗するまでに錯乱してしまった。
「もう無理です!! 今すぐ引き返しましょう!! 僕を抱っこしてくださいレイラ!!」
「――はい!」
ついに根を上げたアンナは逃走を宣言し、レイラに縋り付く。
今のアンナには男の子としての矜持など微塵も残されてはいなかった。
その言葉を待っていたと言わんばかりに、さっとアンナをお姫様抱っこして、時折足を取られるふりを交えてそのたびにアンナが絶叫と共にぎゅっと抱きついてくる幸せを堪能しながら、レイラは元来た道を引き返した。
++++++
「こっちは外れでしたぜアンナ様」
「いやぁ、こっちもだ。人っ子一人見当たらねえ」
他の冒険者たちとの合流点に戻った二人だったが、目ぼしい成果は得られなかった。
「そもそもこの中が広すぎるんだ。分かれ道も多いしよっぽど運がよくなけりゃ人一人を見つけ出すなんて不可能ですぜ」
「そうですねぇ……」
現状八方塞がりだった。
さらに悪いことに、
「はぁ……もう疲れたぜ。これくらいでいいんじゃねえか?」
「だよな~。参加するだけで金はもらえるんだし」
「坊さんの話じゃ後から聖法騎士団の連中も来るらしいぜ?」
「ならそいつらが来てちゃんと依頼に参加した姿見せたら帰ろうぜ」
冒険者たちのモチベーションは地に落ちていた。
「みなさんやる気を出して下さい! 聖女様を見つけたら金貨200枚なんですよ! しばらく遊んで暮らせますよ!」
「でも敵さんはちょっとは腕が立つ野郎だって話ですぜ? 苦労して見つけても敵にやられちまったんじゃ何の意味もありやせんよ」
「な、ならどうして依頼なんて受けたんですか?」
「いや、そりゃ……」
アンナの疑問に男たちは目を逸らした。
よく見れば彼らには魔物と争ったような形跡は見られないし、疲れたと言う割には汗一つかいていない。
恐らく自分と別れた後、適当な場所で時間を潰したのだろう。
もともと彼らは参加するだけでもらえる金貨一枚が目的であって、アンナの手前探す振りはしていたのだが、わざわざこの天然の迷宮を歩き回る苦労を買ってまでエスティアナを助け出したいなどとは思ってなかったのだ。
底辺の冒険者の意識の低さを見誤っていたことに今更ながらアンナは気づいた。
「もういいです……。ここからはレイラと僕の二人で頑張りますからみなさんは好きにして下さい」
思わずため息が出てしまう。
力で脅せば働かせることはできるかもしれないが、どうせ目を離したらまたサボるだろう。
人手は必要だが監視が必要な人員など頭数として数えることは出来ない。
「そう怒らないでくれよ。こちとらアンナ様のように腕に覚えがあるわけじゃねえんだ」
「それはそうかもしれませんが……」
「それにこんな大勢で集まってうろうろしてんだ。そろそろケイブスパイダーが出てきてもおかしくない頃合いですぜ」
「――え? みなさんのところにはまだ出てきてないんですか?」
何気なく放たれた言葉に疑問を覚えてアンナは聞き直した。
「するってえとアンナ様は運悪くかち合っちまったんですか? やつら臆病な性格だから準備が整わない限り人を襲うことは無いはずなんだが……」
「準備……ですか?」
「やつらどういう原理かわからねえが人が近くにいると感知して同胞を呼び寄せてから集団で襲ってくるんです。普段は縄張り意識が強くてバラバラに生息してるんですが」
「え? 待って下さい。それじゃあさっき僕たちが襲われたあの場所って……」
あそこは個別行動を始めてからかなり進んだ場所だった。
つまり自分たちが初めての訪問者ということになる。
だというのに蜘蛛は群れを作っていた。
(つまりあの蜘蛛たちはボクとレイラを目標にしていたわけではないということですか?)
だとすれば自分たちよりも前にその近くに人がいたということになり、その誰かとは消去法的に――。
「ボクが進んだ道……あれが当たりだったみたいです!!」
「マジっすか!?」
「はい! 壁を覆い尽くす程の数がいましたから。あれは明らかに誰かを襲うためのものでした」
「それじゃあ――」
「はい。その先にきっと聖女様がいるはずです」
暫定ではあるがタイミング的に考えて恐らく正解だろう。
エスティアナの居場所がわかってアンナはほっとした。
これでもう人手を気にする必要もない。
可能ならば蜘蛛の駆除を頼みたくはあるが、その先には誘拐犯もいることだろうことを考えれば弱い彼らはむしろ足手まといになる可能性の方が高い。
彼らの安全のためにもここからはレイラと二人で動くべきだろう。
「よっしゃあああああ、金貨200枚は俺のもんだああああああ」
「あっ、テメエ――! 抜け駆けは許さねえぞ!!」
「ちょっ――待てよ! 同時に見つけたんだから山分けだぞ!!」
だが冒険者たちはそうは思わなかったようだ。
先ほどまでは面倒くさがって何かと言い訳をしていた彼らは報酬が手の届く範囲にあるとわかるや、一斉に掌を返した。
功労者であるアンナのことなど気にかけること無く我先にと駆け出していった。
「……蜘蛛と一緒に八つ裂きにしてもいいですか?」
「……気持ちはわかりますが、やめてあげてください」
主人の手柄を横取りしようとする愚かな男たちを虫でも見るような冷たい目で見つめるレイラ。
アンナも内心では呆れていたのだが別に報酬が目当てでは無いし彼らが蜘蛛を蹴散らしてくれるのなら儲けものだと考え、ゆっくりと彼らの後を追った。
「うおおおおおおおおおお」
「ひゃほおおおおおおおおおおお」
「邪魔だ雑魚どもおおおおおおおおおおお」
迫り来る蜘蛛たちを相手に冒険者たちは無双していた。
もともとケイブスパイダー一匹の強さは大したことないので当然と言えば当然の結果だが、蜘蛛の苦手なアンナにとっては彼らはとても頼もしい存在に映った。
「がんばってくださいみなさん! そろそろ数も減ってきましたよ!」
アンナとレイラも後方から魔法を放って援護する。
いくら雑魚相手とは言え実力の無い彼らが無双出来ているのは二人の的確な援護のお陰だ。
「よっしゃあああああ! 向こう側が見えたぜ!!」
ついに行く手を阻んでいたおぞましい蜘蛛の壁が崩れる。
どうやらこの先は開けた場所で、かつ地上へと吹き抜けになっているらしく目映い光が飛び込んで来た。
男たちは先を競って走り出す。
だが彼らは蜘蛛との戦いで興奮するあまり完全に忘れてしまっていた。
――その先に敵が待ち構えているかもしれないという可能性を。
「俺様が一番乗り――がふっ…………へ?」
「が……」
「え? ――おい、ハンス――ぐふっ……」
不用意に飛び出した順に男たちが崩れ落ちていく。
「み――みなさん!?」
「聖法騎士団が動いたにしては早いと思えば……ただの野良犬か」
ただならぬ事態に気づいたアンナが駆けつけると、そこには全身を黒い鎧に身を包み、長い槍を構えた一人の男が立っていた。
と言っても顔まですっぽりと覆われたその人物の素顔を窺うことはできない。男と判断したのはその声色からだ。
顔が見えないことも相まってか男から放たれるプレッシャーは相当のもののように感じられる。
男の回りには攻撃を受けた冒険者たちが呻き声を上げて蹲っている。息はあるようだがかなりの深手らしくみるみる内に地面が赤く染まっていく。
(これはかなりの使い手……ということなんですかね?)
冒険者たちと違ってアンナは決して油断しているつもりはなかった。
蜘蛛の数が減った段階で一度エアフィールドを唱え、辺りの気配を探っていたはずだったのだ。
だというのに敵はその探知に掛かること無くその場で待ち伏せをしていた。
(……マズい相手に出会ってしまったのかもしれませんね。他に仲間が見当たらないのは幸いと言うべきでしょうか……)
アンナは自分の頬に汗が伝うのを感じた。
「う……うわあああああああ」
アンナより先に冒険者の何人かがプレッシャーに負けて脇目も振らず背を向けて我先にと駆けだした。
だがこの場でそんな目立つ行動をしたら当然――、
「この自然の迷宮をかいくぐってここまで辿り着くとは運がいいのか悪いのか……」
男がゆっくりと足を踏み出したかと思った瞬間、地面が大きな音を立て、同時に風を感じた。
「どちらにしろこのまま帰す訳にはいかない。――狩らせてもらおうか」
気づいた時には男の姿は自分たちをすり抜け、背後の逃げ出した冒険者たちのすぐ側にあった。
男が先ほどまでいた場所には小さなクレーターが出来ている。
何かの魔法か、はたまた恐ろしい程の脚力を持っているのか……。
どちらにせよアンナより動体視力の高いレイラですら驚愕する程の速度を敵は持っているのは確かだ。
男の突き出した槍が冒険者の背中に伸びる――
「『エアショット』!!」
その直前にアンナの放った魔法がギリギリ間に合い槍の軌道を逸らした。
「――ハッ!!」
「――!?」
その隙に男に肉薄したレイラが体重の乗った華麗な蹴りを繰り出す。
しかし彼女の攻撃は鎧に阻まれ大したダメージは通ったようには見えない。
「――黄昏は鎌を携え訪れる」
だがその隙にアンナは第四階梯合成魔法の詠唱を始める。
「第四階梯の詠唱――!?」
鎧の男は詠唱に気づき振り返った。
そしてそれを成そうとしているのが幼い少女だと知って更に驚いているようだ。
だがそれも一瞬のこと。
すぐに男は詠唱を止めようと、爆音が響くほどの踏み込みでもって一足飛びにこちらに接近してくる。
「『ダブルアクセル』!!」
しかし今度は狙いがあからさまだったため、加速魔法をかけたレイラがアンナと男の間に割り込み、しなやかな体裁きでもって男の腕を取り、投げ飛ばす。
自らのスピードを利用され、男はものすごい勢いで岩壁に激突するが、それでもダメージは無いらしくすぐに立ち上がる。
「実らざりしものあればとて
その雨の止むことも無し
ああ奪うなかれ
ああ浚うなかれ
我が手を零れるゆく果実よ
夜の帳に溶けゆく君に
ただ我が慟哭す」
だがその隙にアンナの詠唱は完成する――
「第四階梯合成魔法――『エアロブラスト』!!」
放たれたのは小規模の竜巻。
巻き添えを食わないために魔力は抑えめに放った。
恐らくこれで敵を仕留めるのは不可能だろう。
だが狙いはそこではない。
「くっ――」
竜巻に巻き込まれた鎧の男が空中へと巻き上げられていく。
見たところ相手は槍術士。地に足が付かなければ有効な攻撃は放てないはずである。
だから今が絶好のチャンスなのだ。
「みなさん、今のうちに逃げて下さい――ってもう誰もいない!?」
彼らも冒険者として仕事を受けた以上は自己責任だとは思うが流石にこのまま見捨てるのは忍びない、と思い逃げる時間を稼いだつもりだったのだが彼らの動きはそれよりもずっと早く、既に人っ子一人残っていなかった。
ただし最初にやられた3人は見事その場に放置されている。
彼らの仲間意識に涙が出そうだった。
「アンナ様」
「わかってます」
レイラの呼びかけで逸れかけていた意識を敵に戻す。
「――はっ!!」
踏ん張りの利かない状態だというのに、男が空中で槍を薙ぐとアンナの放った竜巻は気流を乱されあっさりと消されてしまった。
男が軽やかに着地して再び二人に対峙する。
もともと時間稼ぎのつもりではあったが、まったくダメージを受けていない様を見て焦燥が生まれる。
「ボクたちに勝算はありますか?」
「全力の魔法を当てることができれば或いは。ですが本気を出してないのは相手も同じですので……」
「かと言って相手のスピードを考えるに逃げるのも簡単ではなさそうですね……」
あわよくばエスティアナを回収してとんずらなどと考えていたが甘かったようだ。
だが相手はそんな反省の時間さえ与えてくれなかった。
「――来ます!」
地面を蹴る轟音と共に再び鎧の男が迫る。
「『エアエッジ』!!」
男にレイラの打撃は効かなかった。
竜巻による中途半端な範囲魔法も足止め以上の効果は無かった。
だからアンナはその強固な守りを突破すべく、一点を切り裂く鋭い風の刃を繰り出す。
「温いな――」
しかし男が槍を軽く突きだしただけで、鈍い金属音と共にアンナの魔法は弾かれる。
「――『ダブルアクセル』!!」
その勢いのままにアンナを貫こうとする槍から主人を抱えて逃れるレイラ。
その隙にも無詠唱・無宣言でエアショットを放ち牽制するアンナ。
武器を所持しないレイラに魔法以外の有効打は与えられない。
対してアンナはレイラより魔法の技術は高いものの身体能力が低いせいで発動までの隙が大き過ぎる。
レイラが足となりアンナが砲台となるという役割分担が出来たのは自然の流れだった。
初めての連携だと言うのに二人の息はぴったりと合い、僅かな間ではあるが男との攻防は拮抗した。
ただアンナの攻撃はことごとく弾かれてしまいダメージを与えることはなかった。
「はぁはぁはぁ……」
「大丈夫ですかレイラ?」
「はい……」
やがてレイラの体力が陰りを見せる。
子供とは言えアンナを抱えての立ち回りは思った以上に負担となっていた。
もちろん獣人であるレイラにとって並の運動ならばここまで消耗することはない。
だが今回は相手が悪いのだ。
常に全力疾走を続けるようながむしゃらな動きで、更に加速の魔法を使ってやっと相手の攻撃を躱すことができるくらいなのだから。
だというのに同じ動きをしているはずの相手は少しも息を切らしていない。
はっきり言って男の体力は異常だった。
徐々にレイラの回避は危ういものとなっていき、彼女の体には浅い切り傷が刻まれ始める。
「相手はかなりの実力者。中途半端な情けは不要ですアンナ様」
「そう……ですね……」
そして二人が攻めきれていない理由がもう一つある。
人間相手となるとどうしてもアンナは手加減してしまうのだ。
――もし殺してしまったら……。
その恐怖と向き合う勇気がまだアンナにはなかった。
恐らくレイラはもっと早くにそのことを察していたはずだ。
この瞬間まで指摘しなかったのはアンナの気持ちを優先してのことなのだろう。
それを押してでも指摘したと言うことはそれだけレイラが追い込まれているということ。
(情けないですねボクは……)
こんなに追い詰められるまで女の子に気を使わせていた自分を不甲斐なく思う。
頭では理解しているつもりだったのにやはり自分は逃げていたのだ。
この世界に転生してしまった以上、このような修羅場に一生遭遇しないという幸運はそうそう無い。
今回は自分から飛び込んでしまった形だが、コルト村でのことのように不可抗力で襲われる事だってある。
その時に自分が躊躇いを見せれば自分が死ぬだけでは済まないかもしれないのだ。
黒い化け物に襲われた時だって、なんの奇跡かこうやって今生きながらえているが、本来ならばあの場で死んでいてもおかしくなかったのだ。
(そうです。あんなのは二度とご免です! ボクはコルト村に帰ってお父様やお母様、セフィーネ様やアドルフ君に無事な姿を見せなくちゃいけないんです! だから――)
「次は本当の全力で行きます! それまで逃げ切って下さい」
「承知しました!」
覚悟を決めたアンナを見てレイラも最後の気力を振り絞り降り注ぐ槍の斬撃から主を守る。
そしてアンナは再度第四階梯合成魔法の詠唱を始める。
「黄昏は鎌を携え訪れる
実らざりしものあればとて
その雨の止むことも無し――」
一般に魔法の威力は魔力を込めれば込める程上がる。
そして合成する魔法の数が上がれば上がるほどその威力は指数関数的に激増する。
今までアンナが放ってきた魔法は自身の魔力の1%程度を込めたものでしかなかった。
魔法使い同士の戦いならばその運用も間違いでは無い。
いかに相手に無駄な魔力を使わせて、自身の必殺の一撃をレジストされずに決めることができるかを考えるのが魔法使い同士の戦いのセオリーであり、読み合いの世界なのだ。
「ああ奪うなかれ
ああ浚うなかれ
我が手を零れるゆく果実よ
夜の帳に溶けゆく君に
ただ我が慟哭す――」
だが今から放とうとしている魔法は違う。
相手が槍術のみであり強固な防御力を持つ近接タイプだと判断したアンナは自身のほぼすべての魔力を込めた正真正銘全力の魔法を合成する。
「第四階梯合成魔法――『エクスプロージョン』!!」
――瞬間、目映い閃光が辺りを白一色に染め、同時に激しい爆音が鳴り響く。
「――ぐっ!!」
「くっ……」
その威力は凄まじいの一言だった。
もしレイラが咄嗟にウインドシールドを張っていなければ自分の放った魔法で丸焼きになっていたかもしれない。
「さ……流石にこれなら……」
土煙が舞い視界が悪い。
急激に魔力を消費して息絶え絶えになりながら男が立っていた場所をじっと見つめる。
吹き抜けになっていたお陰で上方に衝撃は抜けていったようだが、それでも近くの岩はぼろぼろに崩れており、その上爆発の熱で真っ赤に染まっていた。
これを受けて無事などとは到底考えづらい。
だが同時にこの程度で倒せるのだろうかという矛盾した不安も心のどこかにあった。
そして的中したのは後者の方だった。
「…………え?」
「――なっ!?」
「大したものだ。その年齢でここまでの魔法を使えるなんて。ただ咄嗟に火属性を使ったのは拙かったな。火の破壊的イメージに引っ張られたゆえの選択なんだろうが俺に対しては判断ミスと言わざるを得ない」
確かに攻撃は命中していた。
魔法でレジストされた形跡もなかった。
なのに鎧の男は――何事も無かったかのようにその場に立っていた。
漆黒の鎧は多少汚れてはいるが、恐らくそれは溶けた岩が付着しただけだろう。
「君は相当な才能を持つ者なのだろう。あと数年経てば最強クラスの魔法使いになることも可能かもしれない。だからこそ――」
男の槍もまた健在であった。
あれだけの高熱に晒されたというのに僅かな変形すらしていない。
「俺たちの敵として成長する前に君はここで確実に狩っておく必要がある」
呆然とするアンナに猶予を与えることなく、槍を繰り出す。
先ほどまで見ていたものと全く同じ単調な攻撃。しかしその速度は比べものにならないほどに上がっていた。
「あ……」
間の抜けた声を上げながらアンナは理解した。
自分たちは手加減されていたのだと。
もはや男の動きを捉えることはできない。
仮に捉えることができていたとしても体が反応するよりも早くその槍はこの身を貫くだろう。
――だが槍が届くよりも早く、アンナは浮遊感を感じた。
視界がぐるんと回転していく。
投げられたのだと気づいたのはレイラの体を槍が貫通する光景を見た後だった。
(……え?)
思考が停止する。
レイラがゆっくりと崩れ落ちていく様が網膜に焼き付けられていく。
アンナ自身も受け身も取れず地面に落下してしまうが痛みを感じる余裕などなかった。
レイラは苦悶に顔を歪めながらも立ち上がろうとする。
しかし男は倒れた彼女にトドメを刺そうと槍を振り上げ――
「やめてええええええええええええ――!!」
そこでアンナの思考が現実に追いつく。
耳をつんざくような絶叫と共に残りの魔力すべてを敵にぶつける。
それは魔法の体すら取っていない単純な魔力の放出。
「――ぐ!!」
しかし意外にも今まで放ったどの攻撃よりも効果があった。
大型トラックにでも轢かれたかのような勢いで男は吹っ飛ぶ。
今度はすぐには起き上がらなかった。
片膝を突いて苦悶の声を上げている。
しかし、
「――うぷっ……」
激しい目眩と吐き気を覚えてアンナはその場に蹲る。
典型的な魔力切れの症状だ。
今にも飛びそうな意識を何とかつなぎ止めレイラの下へ這い寄る。
「あっ……」
レイラの体を確認したアンナは思わず喜びの混じった声を上げる。
どうやら貫かれたと思ったのは自分の勘違いで、ギリギリ串刺しは回避していたようだ。
ただし完全に躱し切れていたわけではなく、右脇腹が抉られていた。
「よかった……」
無事とは言えないまでも、助かる見込みがあることがわかったからか安堵感が広がり、さらに意識が薄れていく。
(だめ……です……今気を失ったら……)
薄れゆく視界に立ち上がった男の姿が映る。
奇跡的に与えることができたダメージも、今はもう抜けてしまっているようだ。
今すぐ立ち上がらなければやられてしまう。
だというのに己の体は他人の物のように言うことを聞いてくれない。
やがて男は槍を構え、地面を踏み込み――
「刃壊流攻の型――豪槌!!」
そこに割り込む人影があった。
金属と金属がぶつかり合う甲高い音が響く。
「こいつが賊だ! 第10騎士団は俺と賊の討伐に! 第9騎士団は聖女様の捜索に当たれ!!」
少し聞き覚えのある声が指示を飛ばすと、大勢の足音が響いた。
(あれは……聖女様の護衛の人たちと同じ鎧……)
どうやら教会からも加勢が来たようだ。
彼らは鎧の男を取り囲み、油断なく剣を構える。
「……まぁここまでか。単なる手土産のために正体を晒すのは割に合わないからな」
これほどの数を相手にしても男に焦りの色は見えなかった。
だが彼の様子から察するにこれ以上闘う気もなさそうだ。
(よかっ……た……)
なんとか命の危機は脱した。
それを肌で感じたのを最後にアンナの意識は途切れた。
次回更新は一週間後、3月17日です。




