第4話 喧嘩の後に生まれたのは悲しい上下関係でした
ロディ負傷の報告はすぐさま教会に届けられ、間もなく治療のためにこの町の神父がやって来た。
治癒魔法によって一命は取り留めたものの、神父の魔法レベルでは出血を止めるので精一杯だったらしくまだ危険な状態は続いており、ロディは目覚めること無く教会の病室へと運ばれていった。
そんな彼のことを気にかけつつも、アンナはまだ冒険者ギルドに留まっていた。
一緒に教会へついて行っても見守ることくらいしかできないし、何よりもっと優先すべきことがあるからだ。
「レイラ、ボクたちも聖女様救出に参加しましょう!」
ぎゅっと両手に握り拳を作って提案するアンナ。
ロディの話から推測するにエスティアナは何者かの襲撃を受けて攫われたらしい。
ならば一宿一飯一風呂の恩を今こそ返さねばならない。
「ですがそうなると船の時間には間に合いません」
「今日ここを出るのは諦めましょう。それに聖女様を助けたら金貨100枚もらえるみたいですし帰るのはいつでもできます」
「ですが……」
レイラはエスティアナ救出に難色を示した。
恐らく自分の安全を考えてくれてのことだろう。ロディの実力の程はわからないが、少なくともエスティアナの護衛を任される程の者を上回る実力の持ち主が相手側にいることになる。
自分もレイラもそこそこ戦えるとは思うが、まだ実戦を経験しているわけではない。その道のプロと対峙したなら勝算はそう多くないのかもしれない。
つい最近化け物に襲われて死にかけたばかりなので、レイラにとっては尚更不安なのだろう。
「大丈夫ですよ。絶対に無茶はしません。もし敵わない相手が出てきたら逃げるようにしますから」
「……わかりました」
不承不承といった感じだったがレイラは同意してくれた。
自分が引かない以上、奴隷である彼女に止める術はない。
その部分には申し訳なさを感じるが出来ればエスティアナは助けてあげたいのだ。
(でもそのためにはもう一つ問題が残ってますね……)
自分たちはよそ者でこの辺に地理には疎く、ロディの言っていたハイネル湿地帯がどこにあるのかもわからないのだ。
必然的に、慌ただしく出発の準備を整え、今まさに出発しようとしている冒険者たちに同伴させてもらえるよう頼まなければいけないのだ。
「ああ!? ガキの遊びじゃねえんだ、さっさと帰ってクソして寝な!!」
直球でお願いしてみたのだが見事に断られてしまった。
当然と言えば当然の反応だろう。まだ10歳の子供が荒事になるかもしれない依頼に関わりたいなどと言っているのだから。自分が逆の立場でも断っていただろう。
「だからレイラ、暴力に訴えてはいけませんよ?」
アンナに暴言を吐いた男を冷たい目で見つめながら一歩を踏み出そうとするレイラを止める。
「ですが、ここで一人くらい殺しておけば大人しくなりますよ?」
「考えが物騒過ぎますよ!」
それではこっちが完全に悪役である。
「ですが彼らに同行を頼むならどの道実力を示すしかありません」
「それはそうかもしれませんが……」
「やっぱり殺しましょう」
「もうちょっと平和的な方法でいきましょうよ……」
心無しかレイラはちょっとふてくされている気がする。
アンナがレイラより粗野な態度を取っている男の方を気遣っているのが不満なようだ。
本当にこの子はすぐ嫉妬する。
このまま行くとヤンデレルートに進んでしまいそうな気がするのだが、焼き餅を焼いている彼女の姿はなんだかんだで可愛いのでアンナは指摘できずにいた。
「ああん? 誰が誰を殺すって?」
どうやらレイラの不穏な発言が聞かれていたようだ。
絡んで来たのは先ほど諍いになったザギーという男であった。
「不意打ちで俺に一発入れたくらいで調子に乗ってんじゃねえぞ!!」
「ごっ、ごめんなさい! この子も本気で言ったわけじゃないんです!」
「当たり前だ! 俺はなぁ、この辺でも一人しかいないCランクの冒険者なんだよ! 女子供に殺されるほど柔な鍛え方してねえんだよ!!」
「えっ!? 意外に強いんですね」
冒険者のランクはEから始まりD、C、B、Aと上がっていき最高ランクがSとなる。
その更に上にSS及びSSSランクも存在するのだが、それらは伝説級と言われる魔物を倒したり国宝級のアーティファクトを発見したりといった個別の功績を挙げた者のみに与えられる限定的なランクである。
Cランクと言えば中級冒険者と呼べる領域であり、それなりに経験を積んでいることを意味している。
だからザギーがそのランクに上り詰めていると聞いてアンナは素直に感心した……つもりだった。
「意外だと!? テメエもやっぱり見かけはチンピラだとか抜かすのか!! やっぱりなめてんじゃねえかこのガキがああああああああ」
どうやら『意外に』という言葉が彼の琴線に触れてしまったらしい。
アンナとしては侮蔑を込めたつもりはなかったのだが、この過剰反応を見るに普段から言われて続けているのかもしれない。
「流石アンナ様です。こうやって相手から手を出させて正当防衛で殺すんですね。チンピラ相手にはうってつけの方法です」
「違います! 火に油を注がないでください!」
「上等だガキ!! ちょっと痛い目見せてやろうじゃねえか!!」
「おっ? なんだザギーのやつ子供に喧嘩売ってるぜ!」
「おお、いいじゃねえか依頼前の余興だ。見物させてもらおうぜ」
「じゃあお嬢ちゃんの勝ちに賭ける奴いるか~?」
「おいおい冗談はよせよ。腐ってもザギーはCランクだぜ? 目隠ししても負けるなんてあり得ねえよ」
「ぎゃははは、違えねえ! なら何秒でお嬢ちゃんが泣いちゃうかだな」
ギャラリーの注目も高まってきていた。
これは今更謝って許してもらえそうな雰囲気では無い。
「私が殺りますアンナ様」
「『やる』の言葉がとても危ない意味を持ってる気がするのですが……」
レイラはやる気満々だった。もともとこれを狙っていたのだろう。
ただ彼女の放つオーラから察するに喧嘩などでは済まなそうな匂いがぷんぷんしてくる。
この子にやらせるのはどう考えても危険だ。
「ボ、ボクがやりますよ! 怒らせちゃったのばボクですから!」
「……わかりました」
またごねられるかと思ったが意外にレイラはあっさり引き下がった。
それを少し不審に思いながらもアンナはザギーに対峙した。
「度胸だけは褒めてやるよ! なら早速始めるぜ!!」
「え? わわっ――」
ザギーは自分で開始の合図を発するやいなや、剣を抜きこちらに飛び込んで来た。
てっきり第3者に合図をだしてもらえると思っていたアンナはふいを突かれる形となる。
だが、その判断は正しいといえる。
アンナは魔法使いであり、無詠唱・無宣言の使い手なのだから、正々堂々と開始の合図など待っていたら、開始と同時に魔法を打ち込まれて終わりである。
自分が魔法使いなどとは一言も言っていないが、彼はその可能性を考慮した上で不意打ちを選んだのだろう。
(流石Cランクの冒険者というだけはあります。勝つためなら外面なんてお構いなしということですか――)
卑怯とは思わない。これが彼らのやり方なのだろう。実際、対人よりも対魔物の戦闘の多い冒険者にとって騎士道精神など無用の長物である。
それに不意を打っただけではない。ザギーの踏み込みは想像の上を行く速さだった。
どうやら自分は少々天狗になっていたようだ。ドミニクやジルヴェスターを引き合いに出して相手を弱いと判断するなど。自分だってその二人と比べたら赤ん坊のようなものなのに。
(ならばボクも全力でいくしかありません!)
不意打ちの焦りから回復しアンナは牽制にエアショットを正面に放つ。
この攻撃はまず避けられるだろう。だから相手が避けた方向とは逆に跳んで距離を取らねばならない。
(でも相手はCランク。もしかしたら対魔剣術を使えるかもしれません。なら――)
最初に放ったエアショットが相手に到達する前に、同じ軌道でもう一度エアショットを放ち――さらに念のためザギーの左右を狙うようにして二発のエアショット追加で放つ。
これで相手の退路は後ろしかなくなる。仮に対魔剣術で無効化されたとしてもその場に縛り付けることができる。
室内での戦いでこんなにも魔法を連発してはあちこち壊してしまうかもしれないが、そんなことを気にしている余裕は恐らくない。
だって相手は天下のCランクなのだから――
「ぐはああああああ」
だが、アンナの目の前には思いも寄らぬ光景が広がっていた。
なんと牽制のつもりで放ったエアショットを避けることもせずザギーは盛大に吹っ飛んだのだ。
「――ぐふっ……があああああ」
しかも肺の中の空気をすべて吐き出したようなくぐもった声を上げるザギーに同じ軌道で放っておいた二発目が猛威を振るう。
そのまま壁に激突し、バウンドするザギー。
だが彼の悲劇はまだ終わっていなかった。
「――ぐえっ――……」
バウンドしたせいで元いた位置に戻ったザギーは左右からのエアショット二連撃に潰されその場にぼとりと倒れた。
「お……おい。嘘だろ?」
「あのザギーだぜ? 俺たちの中じゃ一番強いあいつが……」
「あ、ああ……きっと演技なんだろ? おいザギー真面目にやれよ」
ギャラリーが騒ぎ出す。
だがそのざわめきは先ほどまでの囃し立てるものではなく、戸惑いの色が大きい。
「……へ?」
ただ、一番驚いているのはアンナ自身だろう。
なぜなら牽制のつもりで打った一連の攻撃がものの見事に全部決まってしまったのだから。
倒れたザギーはぴくぴくと体を痙攣させているが大丈夫なのだろうか?
「って……ていうかよ、あのガキ無詠唱・無宣言で魔法使ったよな?」
「馬鹿言うな! あんなガキが使えるわけねえだろ!」
「でも一言も発してなかったぞ」
「ああ、しかも最初の一撃で勝負はついてたのに、その後3発も入れやがった。もしかして本気で殺す気だったんじゃねえか……?」
「なっなんでだよ!! ザギーはちょっとからかっただけじゃねえか! 何も殺すまでしなくても」
「あんまりだ! 喧嘩の後は仲良く握手が俺たち冒険者のルールじゃなかったのかよ!! ……何も殺すことねえじゃねえか」
「てか俺さっきガン飛ばしちまったぞ? まさか……俺もザギーみたいに殺されるのか!?」
「「「……え!?」」」
男たちは互いを見合わせたあと恐怖を浮かべながらアンナを見て後ずさった。
「こっ――殺しててませんよ!? ……ませんよね?」
不安になりレイラに同意を求める。
「大丈夫ですアンナ様。見事な死体蹴りでした」
「そんなつもりはなかったんです!」
あらぬ方向に進もうとしていた自分の評価を慌てて否定するアンナだがレイラの逆フォローにより男たちは一層青ざめた。
「でも……だってアドルフ君ですらあれくらいの攻撃はいなしてたのに……」
少なくとも過去に闘った二人には今の一撃は決して決まらなかった。同じ魔法使いであり運動能力が優れているわけではないセフィーネですら視線を追っていれば避けられるレベルのものだったはずだ。
だが、アンナは本当の意味で理解していなかった。自分を含めコルト村で出会った彼らが、どれだけの才能を持った者たちだったのかを。
そして凡人の、しかも場末のギルドに集まる程度の冒険者のレベルがどれだけ低いものなのかを。
「次はどれを潰しますか、アンナ様?」
「「「ひぃ――!!」」」
「だから潰さないんですって!」
「お……俺たちが悪かった! 頼むから命だけは助けてくれ!」
「こ……この有り金でなんとか見逃してくだせえ!」
「違うんです! 誤解なんですってば!!」
レイラの悪乗りにより男たちの中でアンナは決して逆らってはいけない恐怖の存在としてその地位を確立してしまう。
その後再三弁明するもアンナに対する評価が変わることはなかった。
「と……とにかくボクの実力はわかってもらえたと思います。これで同行を許してもらえますね?」
「「「はっ――はい! 姐さん、お供させていただきやす!!」」」
恐怖に震えながら華麗な掌返しをした見かけ倒しの強面たちを見て、アンナはこれから成さねばならぬ救出活動に不安を抱いた。
ちなみにザギーはちゃんと生きていて奇跡的に骨折はしていなかったのだが、全身打撲により今回の依頼には参加することはできなかった。
参加するだけで金貨一枚という破格の依頼を逃してすすり泣くザギーに心を抉られながらもアンナはカーネルの町を発った。
++++++
「着きやした! アンナの姐御!」
ギルドにいた冒険者たちで何台か馬車を借りて走ること一時間ほど。一行は目的地であるハイネル湿地帯の入り口に降り立った。
湿地帯と言うだけあって、じめじめした淀んだ空気が体に纏わり付いてくる。
入り口でこれなのだから奥へ進めば不快指数はもっと上がるだろう。
「本当にこんなところに聖女様が捕らわれているんでしょうか?」
辺りを見渡すと2,3メートルくらいの背の低い木々がまばらに生えており、その間に雑草が生え放題になっている。
奥の方は霧が深くてよく見えないが、晴れた日ならばそう見通しは悪くないだろう。
あまり隠れ家として優れた場所だとは思えない。
「この辺は洞窟の入り口がたくさんあって、しかも地下で繋がってて迷宮みたいになってるんでさぁ。まだ国もすべての経路を把握仕切れないくらいで」
「それは隠れるにはもってこいの場所ですね。この不快な環境を気にしなければ……」
ぬかるむ地面のせいで、すでに靴は水を吸って重くなっている。
歩く度にくちゃくちゃ音を立てていて非常に気持ちが悪い。
せっかくお風呂に入って綺麗になれたというのに早速この仕打ちである。
エスティアナも同じような苦痛を受けているかと思うと、ますます助けてあげなければという思いが募る。
「と、ここですぜ姐御。洞窟への入り口です」
「……その姐御っていう呼び方はどうにかなりませんか?」
「では何と呼べばいいんで?」
「アンナ様と呼びなさい」
「へい! アンナ様!」
「勝手に決めないで下さいレイラ!」
流石に前世の年齢を足しても年上であろう男たちから様付けされるのは何とも言えない気分になってしまう。
必死に否定するアンナだったが、その努力も虚しく呼称は『アンナ様』で定着してしまった。
「こっから先は分岐が多くて国でもすべてを把握していない領域ですぜ。こっからは手分けして探すのがいいと思いやす」
松明に火を灯し洞窟の中を照らしながらしばらく進むと、少し開けた空間に出る。壁には多数の穴があり、どれも人が通れるくらいの広さがあった。
迷宮みたいというのは嘘ではないようだ。
「でも無闇に進んで迷ったりしないんですか?」
「腐っても冒険者ですからねぇ。一応はこういう場所での身の振り方は心得てやすが、アンナ様なら風の魔法を使えばいいんでねえですか?」
「そういえばそうですね」
確か第四階梯合成魔法の『エアフィールド』という魔法と使えば、効果範囲内の空気の動きを把握できたはずだ。
その流れを辿っていけば少なくとも地上には出ることができるだろう。
ということはその魔法を使って人の探知もできるのではと思ったが、練度の低い自分では空気の乱れが人の動きによるものなのか、それとも障害物に当たっただけなのかを判断することが出来なかった。
だが、そこでふと思い出す。
「あっ、こんな時こそレイラの力を役立てる時ですよ!」
「私の力……ですか?」
レイラは何のことがわかっていないようで首を傾げる。
使える魔法で言えば、自分も第四階梯までである。
アンナにできないことで自分にできることなどあっただろうかと。
「(匂いですよ、匂い! ボクが遠くに転移させられた時に匂いを辿って駆けつけてくれたじゃないですか)」
「ああ……あれですか」
他の男たちにはレイラが獣人であることは隠さねばならないので小声で言うアンナ。
あの時、少なくとも5㎞くらいは離れてたにも関わらずレイラはアンナの居場所を特定することができた。
それならば匂いの籠もりやすそうな洞窟の中ならばもっと簡単に見つけられるのではないだろうか?
アンナは名案だとばかりにドヤ顔なのだが、対するレイラの反応は薄かった。
「結論から言うと無理です」
「何でですか!?」
「だって聖女様はアンナ様じゃありませんから」
「そんな理由!?」
さも常識ですと言わんばかりに堂々と宣言されてしまった。
自分はそんなに特殊な匂いなのだろうか?
「ちなみにボク以外だとどれくらい近づけばわかりますか?」
「50mくらいでしょうか?」
「精度差があるにも程がありますよ!」
それでは人より100倍臭うと言われたようなものである。
その事実はあまりにショック過ぎるので、きっと普段から一緒にいるからだと自分に言い聞かせることにする。
「ではやっぱり地道に探すしかないみたいですね……」
男たちの提案通り手分けするのが一番効率がよさそうだ。
とりあえず、今手にもっている松明が燃え尽きる前に今居る場所に戻ってくるという決まりを作り、各々数ある分岐点の一つを選び進んでいった。
次回更新は2月24日頃です




