第3話 知らない店に入るときは慎重に
「それでは入りましょうアンナ様」
なんとかエスティアやその他女性との混浴は回避したアンナだったが、それでもまだ危機は去っていなかった。
レイラは自分と一緒にお風呂に入る気満々のようだ。
「いっ、一緒にですか? 聖女様たちは入らないんですから順番に入ってもいいと思いますが……」
「ですが教会の方々は何やらごたごたがあるようですし、恐らくもうお湯を沸かせてくれることはないでしょう。お湯が冷める前に二人いっぺんに入った方が効率的だと思います」
もっともらしいことを言うレイラだが、そんな実利的な目的で混浴を提案しているわけではないことは、興奮気味にブンブン振られている彼女の尻尾を見れば明らかだ。
しかも、お風呂に入ろうと言いながらレイラは服を脱ごうとせず、こちらが脱ぐ瞬間を逃すまいと凝視している。
異性の体に興味津々なのは自分も同じなので文句は言えないが、そんなにまじまじと見つめられた状態だと流石に恥ずかしい。
「た……確かにそうかもしれませんが……。えっと……ボクはぬるいお湯でもいいのでレイラが先に」
「奴隷の私がアンナ様より先にお湯をいただくことなどできません」
「それだったら一緒に入るのも問題なのでは?」
「……お背中をお流ししなければいけませんので」
痛いところを突かれたと思ったのか、目が泳いでいたがそれでもレイラは引かなかった。
(ど……どうしましょう……)
命令を下せばそれこそレイラに拒否権はないのだが、できる限りそれはしたくない。
(でも……そもそもボクはレイラの申し出を断る必要はありませんよね?)
そこでアンナは気づいた。
レイラは自分の性別を知っているのだ。だからエスティアナの時と違って秘密を守るために回避しなければいけないということではない。
つまり後は本人同士の問題でありレイラが了承している以上、あとは自分の心次第なのだ。
(つ……つまりレイラの裸を見てしまっても誰にも怒られないし、誰も不幸にならないということですか?)
改めて考えて見るとそれはなんと素晴らしい状況なのだろう。
もちろん裸を見せ合うという恥ずかしさはある。以前の関係のままだったら断腸の思いで断っていただろう。
だが、森の中でレイラの想いを聞けたし、自分の意識も少し変化した。
(ならばここで逃げ出しては男の恥というものです!)
アンナは下心満載の決意を持った。
とは言うものの、露骨に食いつくと逆に引かれてしまうかもしれない。
「し……仕方ありませんね。言い争っていてもお湯が冷めてしまうだけですし、ちゃちゃっと入っちゃいましょう」
あくまで仕方なくという体を取ってアンナは了承を示した。
「わぁ~、大浴場というだけあって大きいですね~」
浴場に入ると同時に感嘆の声が漏れた。
湯気で視界は悪いが、恐らく10人くらいいっぺんに入っても問題ないくらいの広さがありそうだ。
すぐにでも湯船にダイブしたい衝動に駆られるが、まずは体を洗わねばならない。
「お背中流します」
「は、はい! お願いします」
冷静に返事をしたつもりだったが少し声が上ずっていた。
(だ……大丈夫です。別にいかがわしいことをするわけじゃないんですから)
とは言え少なからずそういう展開になったらという期待があるのも否定しきれない。
こればっかりは悲しい男の性である。
だが、アンナの願望に反してレイラは普通に背中を洗ってくれただけで、それ以上のことは何も起きなかった。
(混浴を迫ったときはかなり積極的だったのに……)
「では、次はボクがレイラの背中を流してあげますね」
内心に若干のがっかり感を味わいつつも、お返しにアンナもレイラの背中を流すことを提案する。
「……いえ、主人にそのようなことをさせられません」
返答に若干の間があった。
言葉通りに取るならばレイラは遠慮しているようだ。
「遠慮はいりませんよ。ほら、タオルを取って下さい」
アンナは親切心半分、下心半分で強引に背中を流そうとする。
レイラは服を脱いだその時からずっとタオルを巻いていて胸元からお尻までしっかりと隠している。
慎ましやかなのはいいことだが、せめてこちらが見せたのと同じ程度には眼福に与りたいものである。
「あっ、アンナ様! 自分でできますから!」
レイラは焦ったような早口で拒否し、アンナから逃げるように浴場の壁際まで後退した。
(これは……どういうことでしょう?)
冷静な彼女にあるまじき行動に面食らってしまう。
もしかして嫌がられたのかと思ったが、焦っているようではあっても嫌悪感を持たれた反応ではなかった。
「もしかしてレイラ……裸を診られるのが恥ずかしいんですか?」
「……いえ」
口では否定したものの、『恥ずかしい』の部分で耳がぴくんと動いたのをアンナは見逃さなかった。
本当に恥ずかしいらしい。相変わらずの無表情なのでとてもそうは見えないのだが。
自分からお風呂に誘っておいて今更? という感が否めないがここで容赦してあげるという選択肢はアンナにはなかった。
なぜならその方が面白そうだからである。
「では何も問題はありませんね。ボク、人の背中を洗うのが大好きなんです。だから洗わせてください♪」
笑顔でそう言ってやるとまたレイラがビクッと震えた。
(こ……これは新鮮な反応です)
知らずのうちにゴクリと唾を飲み込んでいた。
いつもはドキドキさせられる側なのに、今は逆に追い詰めている。
その状況に悪戯心が刺激される。
「さあレイラ、そこに座って下さい」
アンナは一歩、また一歩と笑顔で手をわきわきさせながらレイラへと近づいて行く。
もしアンナが少女の見た目で無ければ10歳児と言えど完全にアウトな光景だった。
既に壁際まで下がっているレイラに逃げ道は無い。
だが、それでも観念することはできないのか、
「申し訳ございませんアンナ様――」
「わっ――!?」
急に姿勢を下げたかと思うと勢いよく飛び出してきて、アンナの脇を走り抜けようとする。
二人の距離などほとんどなかったが、そこは獣人の身体能力。初速からかなりのスピードで駆けるレイラを止める術をアンナは持たない。
気づいた時にはレイラは既に背後におり、そのまま浴場から抜け出そうと出入り口へ向かおうとしている。
「――ふべっ!?」
と思ったらレイラは不運にも落ちていた石鹸に足を滑らせ、盛大に転んだ。
しかもその拍子に体を覆っていたタオルが解けて綺麗なお尻が丸見えになってしまった。
「だ――大丈夫ですかレイラ!?」
思わずその絶景に目を奪われてしまうが、すぐに我に返りレイラの元へ駆け寄った。
「……もしかしたら変なところがあるかもしれないと思ったんです。その……私は獣人ですから」
観念して背中を洗って貰いながらレイラが逃走の理由を白状した。
確かに獣人と人族とは外見的に異なる部分がある。耳や尻尾がその最たるものだが、普段目に付かないところでも差異があってそれをアンナに変に思われたらと考えたら急に恥ずかしくなったらしい。
それならば一緒に入るなどと言わなければいいのにと思ったが、その時は目の前のチャンスに目がくらみ自分も裸にならなければいけないというところまで気が回らなかったようだ。
(やっぱりこの子はどこか抜けてますね)
それがまた可愛くもあるのだが。
「大丈夫ですよレイラ。どこも変なところなんてありません。とても綺麗ですから」
というか、むしろエロい。
ただでさえ発育がいいのに忌み子の特徴である褐色の肌はその色気を倍増させ、しかもその肌に張り付く水滴も相まってこれでもかと言うほど危うい色気を醸し出している。
「……ありがとうございます」
素直にお礼を言うレイラ。
背中を向けている彼女の表情は見えない。恐らくいつも通り無表情なのだと思うが耳は褐色を通り越して真っ赤になっていた。
普段ぐいぐいくるのでそういう感情には疎いのかと思ったがレイラもやっぱり女の子だったようだ。
流石にこれ以上セクハラを続けるのは可哀想なのでその後は仲良く湯船に浸かり風呂を出た。
ただ、転んだときのレイラのお尻が脳裏から離れなかったアンナは眠れない夜を過ごしたのであった。
++++++
潮の匂いが漂い、波の音と鳥の鳴き声が辺りに響く。
早朝だというのにせわしなく人が通り過ぎていき、小さな漁船から大きな帆船までいろいろな船が次々と出港しては水平線に消えていく。
そんな活気ある町の光景を楽しみながらアンナとレイラは船着き場を目指していた。
昨夜、風呂から上がるとエスティアナやロディの姿はなかった。
既に町を発った後なのだと修道女のおばあさんが教えてくれたのだが、なんとその際に2万ダルク――銀貨2枚を渡されたのだ。
帰りの船賃としてエスティアナが残しておいてくれたらしい。
シュトレア教徒になるつもりは無いが、アンナの中でエスティアナへの信仰心がストップ高となった。
「三時の鐘が鳴ったら乗船が始まるから。その時にこいつを係員に渡してくれ」
少し迷いながらも、なんとか辿り着いた乗船場でおじさんから木の札が2枚手渡される。
どうやらそれが乗船券のようだ。
2枚で1万5,000ダルク。これで手元には5,000ダルク――半銀貨5枚が残った。
「それまではどこに居ても大丈夫なんですか?」
「ああ、ただし乗船符を紛失しても再発行はされないから気をつけるんだな」
「はい。気をつけます」
先ほど10時の鐘が鳴ったばかりだ。
まだ相当余裕がある。
「町の観光でもしましょうか。お昼もどこかで食べないといけませんし」
「食べる!? ……食べるんですか?」
「船で出るのは夕飯からって話ですから食べないとお腹が空きますよ?」
「で……でしたら優しく食べて下さい。私も初めてですから」
「何の話をしているんでしょうか?」
困ったことに今朝からレイラの頭の中がピンク色に染まっていた。
昨日のおふざけはやり過ぎだったのかもしれない。
人との距離のはかり方はまことに難しいものである。
「とりあえず適当に町を回りましょう! 露店もあるみたいですし買い食いもできますよ」
「外でですか!? でもアンナ様が望まれるなら……」
「そうですね~、とりあえず行ってみましょう」
まともに相手をしているとこっちまで変な気分になってしまいそうだったので、レイラの話は聞き流して町中へと繰り出した。
大通りに出るとひときわ活気が増す。
がやがやと喧噪が響き、それに負けまいと声を張り上げる露天商の呼び込みが時折聞こえてくる。
まるでお祭りにでも来ている気分になるが、これがこの町の日常風景なのだろう。
人口の9割が農業従事者であるコルト村では見られない光景である。
しばらく歩くと見覚えのある場所に辿り着いた。
「あっ、この辺りですね。昨日聖女様に拾っていただいたのは」
お金がなく、ご飯もお風呂にも入れないと気づき途方に暮れていた宿屋の前を二人は通り過ぎる。
あの状態からご飯・お風呂問題を解決し、さらには国に帰る算段までついたのだから人生捨てる神あれば拾う神ありである。
「それにしても聖女様たちの急用って何だったんでしょうね?」
「アンナ様との混浴をふいにするぐらいですからよっぽどの事情があったんでしょう」
自分との混浴の価値は置いておくとしても、あの慌て様を見るに確かに大事があったのだろう。
もし人手がいることならば恩返しに手伝おうかとも思ったのだが教会内部の事情っぽかったので踏み込むことはしなかった。
恩返しは無事家に帰った後に考えることにしよう。
家族旅行でもう一度ここに戻ってくるのもいいかもしれない。
「わ~、綺麗ですね~」
町をぶらついていると店先に並べられた色とりどりのガラス細工を見つけ、アンナが感嘆の声をもらした。
「この国に来たのは初めてかい、お嬢ちゃん。ここ、神聖シュトレア教国では教会の装飾やステンドグラスに使われる関係でガラスの加工技術が優れてるんだ」
確かに昨日泊めてもらった建物にもところどころガラスの調度品が置かれていた。
「外国で買うとここの2倍くらいの値段になるよ。どうだい旅の思い出にお一つどうだい?」
「……おいくらですか?」
「一番小さいので2,000ダルクだが、お嬢ちゃんは可愛いから1,800ダルクにまけてやろう!」
「えっと……」
現在手持ちは5,000ダルク。全財産の3割以上を失ってしまうのは痛い。
なによりエスティアナから恵んで貰ったお金をこんなことに使っては罰が当たりそうである。
他の店を回ってからまた来ます、という遠回しな断りを入れてアンナとレイラはそそくさとその場を去った。
「残念ですね。これが本当に旅行だったらいろいろ買えたんですが」
ガラス細工の後にもいろいろなお店を回ったのだが、お金が無いため全部冷やかしの形になってしまった。
だがお陰で時間は潰せたので、そろそろお腹の虫が騒ぎ始める時間となった。
「レイラは何が食べたいですか?」
「アンナ様を――」
「ちゃんと口に入れて消化できるものでお願いしますね?」
「……アンナ様が食べたいもので結構です」
「う~ん……」
一番困る返答をされてしまった。
何が食べたいかと言われればお米が食べたいのだが、この辺はパン中心の食文化なので滅多にありつけない。
もしかしたらマニアックなお店が米を扱っているという可能性もあるのだが、不慣れな自分たちが探し出すのは骨だろう。
そうなると自分にも希望の食事というものは無く、レイラの好きな物でと言いたくなってしまうのだが仮にも主人なのでここは自分が決めるべきなのだろう。
「では今から探して最初に見つけたお店に入ることにしましょう」
こういう時は下手に吟味しても時間を浪費するだけである。
少し博打になってしまうが天に運を任せることにした。
「ではあそこでしょうか?」
レイラが樽ジョッキの描かれた看板を指さした。一般的な食事処の標識である。
早速候補が見つかったようだ。
「結構人の出入りがありますね。建物もこの辺では一番大きいですしきっと大衆食堂みたいなところなんでしょうか?」
食事処を示す看板の下に、もう一つドラゴンと剣を象った看板があるのがちょっと気になるが建物は2階建てなので他の店も入っているのだろう。
特に問題は無さそうだったので二人はその店に入ることにした。
「――あ゛ん?」
だがスイングドアを押して店内の様子を視認した瞬間、自分の選択が間違いだったことにアンナは気づいた。
中に居たのは柄の悪い男たち。
顔とか腕とかに傷があったり髪の毛をモヒカンにしていたりと、どう見てもカタギの人間では無い野郎どもの視線が一斉にこちらを向いた。
(あ……あれ? ここはもしかしてそういう筋の人たちの集会所とかですか?)
どうやらここは自分が入ってはいけない類いの店だったようだ。
憧れの学校の屋上に行ってみたら不良のたまり場だった時のような何とも言えない気まずさと緊張感をアンナは感じた。
(うん――このまま何事もなかったかのようにUターンして店を出ましょう)
ショッキングな光景から立ち直り、そう判断するアンナだったが、
「なんだなんだ? こんな小さなお嬢ちゃんが、ギルドに依頼か?」
こちらを見ていた者の中から痩せ形の目つきの悪い男が出てきてアンナの肩を掴んだ。
「ごっ、ごめんなさい! 間違って入ってしまっただけなんです!!」
「ああん? 間違えただぁ?」
「そうなんです! ボクたちはただご飯を食べようと思っただけなんです」
それがまさかヤクザの集会みたいな場に立ち会ってしまうとは。
もしかしたらエスティアナと出会えた時に自分の幸運はすべて使い果たしてしまったのかもしれない。
(あれ? でもさっき、この男の人『ギルド』って)
そこでふとアンナは気づいた。
(なるほどここが話しに聞く冒険者ギルドなんですね)
一般的にギルドと言えば冒険者ギルドか商人ギルド、魔法使いギルドのうちのどれかを指すが、中にいる人の姿を見てアンナはここが冒険者ギルドであることを理解した。
冒険者ギルドが担う社会的役割は国が動くには小さい事件を代わりに解決するという自警団的なものだ。
ただ警察機能がしっかり働いている国家においては、冒険者ギルドにまで仕事が回ってくることが少なく、結果まともな職に就けないごろつきの溜まり場になることもあるという。
ここもその一つなのかもしれない。
「食堂ならほら、あの階段を上がったとこにあるぜ?」
「そ……そうなんですか。でも、他のお店も見てから決めることにします」
「他の店なんてやめとけ。ここがカーネル一美味い店だからな。なんならこのザギー様がおごってやるぜ?」
確かに階段の上からは美味しそうな匂いが漂ってくる。
男の言っていることは嘘ではないのだろう。
だが男の視線はなんとなくねっとりした物を感じてあまり気分がよくない。
「出た――ザギーの年下趣味。でも今回はちょっと年下過ぎじゃないか?」
「おいおい、ザギー。女に相手されないからってそりゃねえだろ。そいつはまだ青すぎて食べられないぜ」
「おいみんな! 今回はどっちに賭ける?」
「飯だけ奢らされて逃げられるに1万ダルク!」
「んじゃ俺は3秒後に振られるに5,000ダルクだ!」
外野の男たちから下品な野次と笑い声が飛んでくる。
ザギーと呼ばれた目の前の男は『うるせえ!』と一喝するが静まることはなかった。
(これはまともに相手をしないほうがいいかもしれませんね……)
自分勝手に騒ぎ出す男たちを見て内心ため息をつく。
あまり話が通じそうには見えないし、強引にでも振り切ってここを出るべきかもしれない。
実際の所、目の前の男からはドミニクやジルヴェスターを前にした時のような威圧感を感じない。
トップクラスの二人を引き合いに出すのは間違っているのかもしれないが、それを差し引いても男が自分より強いとは思えない。
流石に十数人いる男たちすべて向かってこられたら困るが、外に出てしまえば何とでもなるだろう。
「ほら、行こうぜお嬢ちゃん」
強引に引っ張って行こうとする男。
(もう一度ハッキリと断ってそれでも駄目なら振りほどいて逃げましょう……)
そう決意し拒絶の言葉を発しようとした瞬間――男が視界から消えていた。
「うぐあっ――!?」
「――えっ?」
床に打ち付けられ床は苦悶の声を上げる。
アンナはまだ何も行動を起こしていないし、回りの男たちも驚いたように目を見開いている。
ということは必然的に犯人は一人しかいない。
「汚い手でアンナ様に触れないで下さい」
虫でも見るような目でレイラが倒れ伏した男を見下ろしていた。
アドルフを前にしたとき以上に毛が逆立っているので相当お冠のようだ。
考えてみればこの子が黙っているはずがないのだ。
むしろはじめの段階で殴りかからなかっただけ我慢が利いたと考えるべきかもしれない。
最初に対処しておかなければいけない相手を間違えていたことをアンナは今更知った。
外野の男たちは突然のことで言葉を失っているが、驚きが薄れてきたらどうなるかわからない。
――その前に逃げなければ。
(あれ……? でも何かがおかしいような……)
今の状況に僅かな違和感を覚えた。
こういう状況は以前にもあった気がするがその時とは何かが違っている。
「てめぇ……よくもやりやがったな」
「向かってくるなら次は殺します」
だが今はそれどころではない。
よろよろと立ち上がった男が剣を抜き、レイラと睨み合っている。
レイラが負けるとは思わないが回りの男たちがどう出るかわからない。
「待って下さいレイ――」
レイラを止めようとするアンナ。
しかしその声を掻き消すようにバタンと大きな音を立てて乱暴に入り口の扉が開かれた。
男たちの視線もそちらに向く。
「――依頼を出したい!! これは教会からの正式な依頼だ!」
みなの視線を集めた男は突然そう切り出した。
『教会』の言葉が出た瞬間男たちがざわつく。
「教会が俺たちに依頼だと? ガラス拭きでもさせるつもりか?」
「言っとくが俺たちゃ、女神様のためにご奉仕なんてことはしないぜ?」
「ちゃんと出すもん出してもらわねえとな」
男たちは挑発ぎみに言葉を投げた。
どうやら教会とここの冒険者ギルドの連中はあまり仲がよろしくないようだ。
「もちろんだ! 無事依頼を達成した者には報酬として金貨百枚が支払われる! 依頼に参加するだけでも金貨一枚だ!!」
「……まじかよ」
「する! 俺は参加するぞ!!」
金額を聞いた瞬間男たちは掌を返した。
一斉に依頼への参加を申し出る。
もうアンナのことなど気にする者はいない。
レイラと対峙していた男でさえ剣を収めて参加を名乗り出ている。
これは逃げる絶好のチャンスだ。
だがアンナはそうしなかった。
なぜなら――
「ロディさん!!」
アンナは突然の来訪者の名前を知っていた。
エスティアナの護衛で自分に突っかかってきた男、ロディである。
「――お前は昨日の!?」
どうやら彼はこちらに気づいていなかったようだ。
驚愕の表情を見せたかと思うと何やら険しい顔でこちらを睨んでくる。
だが、自分のやるべき事を思い出したかのように頭を振り、男たちへの説明を続けた。
「依頼の内容は……聖女エスティアナ様の捜索と保護だ」
「え――!?」
今度はアンナが驚く番だった。
考えて見ればエスティアナと共に町を発ったはずの彼がここにいるのはおかしいのだ。
つまり彼女に何かがあったということ。
詳しい話が聞きたくてアンナもロディの側に駆け寄る。
「場所は……ハイネル湿地帯付近のどこか……だ。詳しい場所は……わかっていない」
だが側に来て気づいた。
ロディは全身から脂汗を流して息も絶え絶えだった。
「何だお前……大丈夫か?」
他の者もそれに気づき声をかける。
しかし、
「以上だ。あとのことは……お願い……する……」
ロディは前のめりに倒れ、床に突っ伏した。
露わになった彼の背中には深い切り傷が刻まれ血が流れ出ていた。
次回更新は一週間後、2月17日あたりです。




