第1話 告白されちゃいました
本日二本目の投稿です。
2章プロローグを読まれていないかたはそちらからどうぞ。
鬱蒼とした森の中。前日に振った雨のせいでぬかるむ地面に時折足を取られながら歩く人影が二つ。
一人はハニーブロンドの長い髪、毛先に少し癖のある幼い少女。
歩く度にふわりと広がるその髪はどこか羽を連想させ、少女の透き通った笑顔と相まってまるで天使のようである。
もう一人はその傍らに寄り添う、艶のあるブルネットの髪をセミロングで切りそろえた大人びた雰囲気の少女。
幼い少女とは対照的にどこか陰のある彼女だが、負けず劣らず美しい容姿をしている。
褐色の肌で赤い目という、この世界では恐怖の対象となる特徴を持っていなければ誰もがその美貌に目を奪われていたことだろう。
だが幼い少女は特に気にしていないようだ。むしろもう一つの特徴であるふわふわの毛に包まれた耳と、お尻から生える尻尾に目を奪われている。
親子や姉妹と見るにはあまりに特徴が違いすぎている。一見関係性の見えない凸凹な二人。
だがその内実はさらにいびつである。
なぜなら親子ほどの体格差のある二人は実は同い年であり、そしてなにより幼い少女は実は男の子なのだから。
++++++
(異国の地に来てまでこの格好を続けなきゃいけないなんて……)
幼い少女、もとい女装した幼い少年アンナは諦め混じりのため息をついた。
英雄誕生の預言が示した日に生まれた自分は本来ならば国の招集が掛かって親元を離れなければならなかった。
だがそれを嫌がった両親が性別と誕生日を偽ったためバレたら大変なことになるのだ。
異国だからと言って気を抜くことはできない。
「お疲れですか、アンナ様? 何でしたら抱っこいたしますが」
「いっ、いえ。大丈夫ですよレイラ」
ため息を疲労の現れだと勘違いしたアンナの奴隷レイラから提案が入るが咄嗟に断ってしまう。
実際歩き続けて疲れてはいるのだが、女の子に抱っこされるというのはやはり恥ずかしい。
「それはさておき、これで道はあってるんでしょうか?」
「はい。ちゃんと人が通った後を辿ってますし、分岐もないようですので迷うことはないと思います」
状況のわからぬまま神聖シュトレア教国の地に流された二人。
近くの漁村の村人に介抱された後、情報を集めたところによれば神聖シュトレア教国とアンナのいたエルヴァー王国とは海を挟んだ対岸にあることがわかった。
距離で言えば船で3,4日、陸路で戻ろうとすると1月強といった所らしい。
ただ陸路で戻る場合、帝国領を通過する必要があり、他にもいくつか危険な難所を通らねばならないということでアンナは陸路での帰還を断念した。
帝国領は広大ゆえに地方まで中央の力が届いていない場所もあり、得てしてそういう土地は治安が悪いのだ。
女子供が二人だけで旅などしようものならならず者たちの標的になること間違い無しである。
もちろん並の男では二人の敵ではないのだが、わざわざ危険だとわかっているところに飛び込むほどアンナはうぬぼれてはいない。
問題は着の身着のままで放り出されてしまったため一切のお金を持っておらず、船賃は愚かご飯を買うお金さえないことであるが今は考えないようにしている。
そんなわけで消去法的に船での帰還を選ぶこととなった二人は、現在シュトレア教国の港町であるカーネルを目指して森を抜けようとしているのだった。
「それにしても不思議なこともあるものですね。何日も海水で塩漬けにされてたはずなのにピチピチのお肌のままなんて」
アンナの着眼点は少しずれているが確かに五体満足でここまで流されてくるというのは不可解なことだった。
普通ならば今頃は海の藻屑として深海を漂っているか、運良く陸に打ち上げられたとしてもその頃には立派な土左衛門になっていたはずだ。
なのに二人はまったくの無傷で打ち上げられるという信じられない体験をしたのだ。
「そう……ですね」
レイラは歯切れの悪い返事を返した。
自分はその理由を知っているはずだ。
なぜなら自分は、傷つき息絶えた主人の姿をはっきりと覚えているのだから。
だがその先が思い出せない。まるでもやがかかっているかのようにその後に思考の手を伸ばすと霞んで消えてしまうような感覚。
結局レイラが覚えているのはその時に感じた激しい後悔の念だけだった。
「まぁいっか。こうして無事なわけですし。早く帰ってお父様とお母様に無事を知らせてあげましょう」
本当はセフィーネやエリア、アドルフの安否が心配なのだがここでそれを口にしても何も解決しない。
それにこの地で目覚めてから、どこか元気のないレイラのためにもアンアは努めて明るく振る舞うようにしていた。
二人はとりとめのない話をしながら(主にアンナが話してレイラが相づちを打つだけだが)森を進む。
「魔法があると野宿も楽ですね~」
集めた薪にフレイム放つとすぐに燃え始めた。
日が落ちて暗くなった森を暖かな橙赤色の光が包む。
二人は火の側に腰を下ろし夕食を食べ始めた。
「ただ食べ物は……なんというか侘しいですね……」
アンナが食べているのは親切な村人から貰った魚の干物だ。
サバイバルの経験などないため、確実に食べられる食料があるのはとても心強いのだが家で食べていた食事と比べるととても格差があった。
魚をくれた村人に申し訳なく思いつつももっと美味しいものが食べたいと思ってしまうアンナ。
贅沢とは一度身に染みついてしまうとなかなか取れないものなのだ。
「ではこれを食べますか?」
「ん? 何ですかこれ」
レイラが何かの木の実を差し出してきた。
それはリンゴのような見た目で、しかしところどころに黒い斑点があり、なんというかとても危ない匂いを感じる。
「大丈夫です。さっき味見してみましたが特に害はありません。というかとても美味しいです」
よく見ると謎の木の実には囓り跡があって、レイラの口はもきゅもきゅ動いていた。
「いっ、今すぐペッしなさいレイラ!」
この子はなんて大胆な行動に出るのだろう。
獣人なのでてっきり自然の中での暮らしを知っているかと思っていたのだがレイラは意外と文明的な生活をしていたらしく、アンナと同じく可食植物を見分ける知識はなかった。
レイラは言われた通り口の中の物を吐き出していたが、ほとんど呑み込んだ後だったようだ。
「あのねレイラ。食べ物には後から毒性を発揮するものもあるんですから、美味しいからといって食べてはだめなんです」
「申し訳ございません……」
レイラはシュンと耳を垂らせて反省していた。
そういえば彼女を叱るというは初めてかもしれない。
(ちょっと言い過ぎましたかね?)
言い過ぎどころか軽い注意程度でしかないのだが、こういう経験がほとんどないアンナは不安になってくる。
「でもこっちのキノコはちょっと辛いので食べられると思います」
「それ絶対駄目な奴ですよ!! やっぱりもっと反省してください!」
レイラの無駄なフロンティア精神にアンナは頭を抱えた。
夕飯を終えた二人は寝る準備に入る。
といってもテントなどを持っているわけではないので石などをどかせて寝転がるスペースを作るだけなのだが。
「それではまずはボクが見張りをしますのでレイラは寝てくださいね」
この森には危険な魔物はいないと教えてもらったが、それでも何があるかわからないので一人ずつ交代で見張りをしようとアンナは提案した。
だがレイラはそれに難色を示した。
「見張りならばすべて私が引き受けます。アンナ様はぐっすり眠って疲れを取って下さい」
「そういうわけにはいきませんよ。疲れてるのはレイラだって同じですから」
「ですが私の体力はもう大人と変わりありません」
「それでも一晩寝ないのは危険です。まだ明日も歩かないといけないんですから」
森を抜けるには大人の足でも2日はかかるらしい。
アンナの歩幅を考えると最悪もう一日野宿の可能性もあるため、今無茶をするのは危険である。
「……わかりました」
渋々ではあるがレイラは地面に寝転がった。
「ちなみに寝たふりをするのは無しですよ?」
「!?」
ポーカーフェイスを貫こうとするレイラだったが耳の方が反応してピクリと動いてしまった。
どうやら図星だったようだ。
「休めるときに休んでおかないと。それにボクが見張りをしているのにレイラまで気を張っていたら意味ないじゃないですか」
「ならアンナ様が先に寝て下さい」
「起こさないつもりですね?」
「……」
今日のレイラはいつになく頑固だった。
もともとアンナのことになると冷静な判断を失う傾向にあったのだが今日のそれはいつもとは感情の出所が違うように感じられた。
いや、それ以前から今日はらしくない行動が多い。
考えてみれば見ず知らずの食べ物を口にしたのはいいとしても、完全に安全とは言えない食べ物を自分に勧めてくるなどレイラとしてはありえない行動なのだ。
それはどこかわざとやっているような、まるで|怒られることを望んでいる《・・・・・・・・・・・・》ような行動だったように思える。
「……もしかして気にしてるんですか? ボクを守り切れなかったことを」
思い当たる節は一つしかなかった。
あの黒い怪物に襲われた時、レイラは足を負傷し結果的に自分を道連れにしてしまった。
自分も同じく足を負傷していたので、道連れという表現は正しくはないのだがそれはあくまで自分の主観である。
レイラがもしそのことを後ろめたく思っているのならば訂正してあげなくてはいけない。
「ボクを助けられなかったからってレイラが責任を感じる必要はありませんよ。あの場では他に方法はなかったんですから」
「ですが……アンナ様には私を置いて逃げるという選択もありました。実際あの少年はそうするつもりだったのですから」
「見捨てるなんてできませんよ。レイラは大切な家族なんですから」
「家族……ですか」
安心させるつもりで言った言葉はレイラをより沈鬱な表情にさせた。
アンナには本当の意味では理解できない。レイラが家族という言葉にどんな思いを持っているのかを。
生まれたことを祝福されず、回りに不幸を振りまいて育った彼女がどれだけ苦しんできたのかを。
(こういう時、なんて言えばいいんでしょうか……)
自分に人生経験の浅さがもどかしい。
少なくともレイラの倍以上の年月を過ごしてきたはずなのに。
「では教えて下さい。王女様と私だったらどっちが大切です?」
「へ? 急にどうしたんですかレイラ。」
アンナが思い悩んでいるとレイラの方から質問がきた。
相変わらずレイラは思い詰めた顔をしているのだが、ちょっと俗っぽい内容に話が飛んだような……。
レイラの中では繋がっているんだろうか?
何か違和感を感じるが質問された以上は答えないといけない。
「……それはちょっと比べられませんね。セフィーネ様はお友達でレイラは家族なんですから」
「では友達と家族ではどちらが優先されますか?」
「そっ、そんなの決められませんよ。時と場合にもよりますし」
「では単純にどっちが好きですか!? 異性として、女として、雌として!」
真面目に答えていたはずなのに、レイラの質問は恋愛話を通り越してなんだか生々しい話しになっていた。
アドルフはともかく、セフィーネに対しては馴染んでいたと思ったのだが、内心では対抗心を燃やしていたのだろうか?
いや、だとしてもこのタイミングで話しに上がるのは違う気がする。
やっぱり何かがおかしい。
「お、落ち着いて下さいレイラ。一体どうしたんですか!?」
「答えられないなら、今すぐ私を抱いて下さい!!」
「何でそうなるんですか!? ボクたちまだ10歳のお子様なんですよ!?」
どうしてこうなったのか。自分は家族なんだから気にしないでという話をしていたはずなのに。
「私なら準備はできています! 獣人は6,7歳で子供を宿せる体が出来上がります。実際アンナ様にお会いしたときには既に月のものが――」
「だめええええええ。そういう情報を男の子に聞かせちゃいけないんです!! もっと慎みをもってください!!」
「では旦那様と奥様がアンナ様を生み出すために行った行為を今度は私とアンナ様で――」
「やめて! その表現は居たたまれない気持ちになります!」
レイラの逆セクハラにアンナはたじたじになった。
更に興奮して四つん這いになって迫ってくるレイラに対して後ずさりして距離を保とうとするアンナ。
よく見ればいつもの無表情ではなくレイラの顔は紅潮して目は潤んでいる。
少女とは思えない色気がにじみ出していた。
……だが、アンナはそこでやっと気づいた。
「レイラ……なんだかお酒臭いですよ」
「ふえ?」
よくよく考えてみればいくら思い詰めていたとは言っても、レイラがここまでアグレッシブな行動に出るのはおかしい。
その上人の話を聞かないし言ってることも支離滅裂。そして紅潮した顔。
端的に言えば酔っ払いの特徴そのものなのだ。
(ってなると原因はあれしか思いつきませんね……)
レイラが無茶をして食べた斑点のあるリンゴのような果実か、或いはキノコかがアルコールを含んでいたに違いない。
(たぶんキノコの方ですね。辛いとか言ってましたからアルコールで喉が焼けたのを勘違いしたんでしょう)
アンナは急に脱力感に見舞われた。
表現方法はあれだが、結果的には告白されている形であり、実は内心胸を高鳴らせていたのだ。
(うう……、初めての告白がお酒の過ちだなんて……)
なんともやりきれない気持ちを胸に抱えながら荒ぶるレイラをいなすアンナ。
やがて限界が来たのかレイラは眠りに落ちていった。
一応他の毒の可能性もあったのでリンゴもどきとキノコを調べてみたが、どうやらアルコールで間違いないようだ。
レイラの腕に数滴キノコの汁を垂らしてアルコールパッチテスト的なことをしてみると赤くなったのでレイラはお酒が弱いのだろう。
「やっぱり勿体なかったですね……」
眠りについたレイラに膝枕をしながら、アンナは一人見張りをしていた。
だが、先ほどの出来事がまだ尾を引いており、アンナの頬もちょっぴり朱に染まっている。
お陰で当分眠気に襲われることはなさそうだが。
「あれは、どこまでが本心だったのでしょうか?」
すべてが酒の過ちなどとは思っていない。
レイラが自分に向けてくれている好意は確かに本物なのだと思う。もちろん依存心という側面も込みで。
自分もレイラのことを憎からず思っている。
まだ恋というほどはっきりした気持ちではないが、異性としてちゃんと見ている。
家族などと言っていたのは照れ隠しの部分も何割かあるのだ。
それにレイラは唯一肉親以外で自分の性別を知っている女の子だ。
実際問題、お互いの気持ちが通じ合っているのならば付き合うことに何の問題もないのである。
だが、だからといってレイラの求めるままに関係を結ぶことはできない。
「だってレイラは……このままじゃ成人を迎えられませんからね」
レイラの耳を優しく撫でながらアンナは悲痛な顔を浮かべる。
忌み子は人族でいう成人年齢である15歳を迎える辺りで体内の魔力が暴走を起こし死に至る。
レイラの命はあと5年もないのだ。
「だからボクは探さないといけないんです。あなたを救う方法を」
今、体の関係を持ってしまえばそれはまるで思い出を残すための行為になってしまう。
それはそれで一つの選択なのかもしれない。
結局助ける方法が見つからなくて後悔しか残らないよりはそちらの方がお互いにとっていいのかもしれない。
だがそれは今という時間を思い出のために消費してしまうことになる。
もしその時間を運命を回避するための行動に当てていたら助けられたのでは無いか?
そう考えることもまた後悔となる。
結局はジレンマ。別れを受け入れ今を大事にするか、運命に抗い僅かな可能性にかけるのか選ばねばならないのだ。
だからアンナは可能性を選ぶ。
運命を乗り越えることができれば、もっとたくさんの時間を共に過ごせるのだから。
「……だからそれまで待っていてくださいレイラ。今度は……ボクの方から思いを告げますから」
木々の隙間から零れた優しい月明かりが二人を照らす。
それはまるでささやかな祝福のようであった。
「申し訳ございませんでした」
翌朝、レイラはこれ以上無い完璧な土下座を披露していた。
謝罪のポーズのはずなのだが、耳と尻尾があるせいで、なんだがわんこが伏せをしているみたいに見えてちょっと和む。
「仕方ないですよ。お酒の失敗は誰もが一度通る道だって言いますし。ほら、もういいですから顔を上げて下さい」
子供の体なので結構眠いのだが、まったく動けないという程でも無い。
流石に今夜はぐっすり眠ってしまいそうだが、そこはお相子ということでレイラに任せればいいのだ。
そんなことよりアンナは気になることがある。
「ところで、その……昨日のことなんですが……」
もし記憶が残っているのならちゃんと話し合った方がいいと思うのだが、
「どうしました? アンナ様」
レイラに普段と変わった様子は見られない。
いつもの無表情だった。
(やっぱり覚えていないんですかね……)
すこし切ない気分になったがそれならそれで問題はない。
今まで通り自分の決意は変わらないのだから。
「なんでもありません。それじゃあカーネル目指して進みましょう!」
未練を振り払うために大きな声を出して一人元気に走り出す。
それを微笑みながら追いかけるレイラ。
未だに彼女の闇は消えない。
だが昨日までの思い詰めた表情はいくぶん和らいでいるように感じられた。
「お待ちしております。私が運命を越えられるその時まで――」
それはアンナ本人しか知り得ぬ言葉。
彼女の呟きは風に乗り、上空へと運ばれていった。
次回更新は一週間後くらいになると思います。
書き溜めもなく毎日更新してる方って一体どういう体の構造をしているのでしょう……。




