第10話 ボクの男友達と女友達がちょっと修羅場です
ここ二、三日アンナは相次いでトラブルに巻き込まれた。
最初は貴族(?)の生意気な子供に絡まれ喧嘩を売られ、それが解決したと思ったら王女様に誘拐されるといった具合に。
ただどちらも結果としては良い方向に進んだし、今まで深く人と接することを避けていたアンナにとって大きな刺激となった。
肝は冷えたが悪くはなかった。
アンナはそう思っていることだろう。
しかし光があれば必ず闇もある。
アンナが楽しい思いをしていた裏で悲しみに暮れていた者もいるのだ。
「あの~、そろそろご機嫌は治りましたか?」
「……」
ここ数日、アンナにほとんど構ってもらえずレイラはすっかり拗ねてしまっていた。
レイラとて主人であるアンナの行動に文句を言うつもりは無かった。
しかし夕食の席でアンナが嬉しそうに語るその日の出来事はレイラに疎外感と焦りを与え、それらの負の感情は澱となって溜まっていった。
そして今朝、また自分は置いていかれるのではないかと思ってしまった瞬間、レイラの感情は暴走した。
「ほら、レイラもそろそろ暑くなってきたんじゃないですか? この体勢は熱が籠もりますからね~」
「……」
と言っても、別に「私を見てくれないならあなたを殺して私も死ぬわ!」というような剣呑なものではないことはアンナの緊張感のない話し方からわかるだろう。
彼女が取った行動はむしろそのような大人がするのとは真逆の行動。
どこにも行かないでと泣きつく子供のように正面からアンナに抱きついているのだ。
(これはこれで幸せなことなんですが……ちょっとそろそろ理性が……)
端から見れば仲の良い姉妹に見えてさぞ微笑ましい光景だろう。
ただ獣人であるレイラは成長速度が速いためアンナと同い年にも関わらず、親とその子供くらいの身長差がある。
そのためレイラが中腰でアンナに抱きつくとちょうどアンナの顔がレイラの胸に位置するわけで、今アンナはその二つの膨らみに顔を埋めているのである。
状況が状況なのでこの感触を楽しむというのは不誠実だと思い煩悩に抗うアンナだったが、そろそろ限界が近い。
昨日エリアに飲まされた鎮静剤の副作用はどうやら現れていないようだ。
「……」
アンナは再三懇願するもレイラは何も答えなかった。
ただそれはアンナを無視しているわけではなく答える事ができないのだ。
レイラには奴隷紋が刻まれており主人の意見に逆らうことはできない。
だから明確に離れたくないという意思表示はできず、その代わりの無言の抗議なのである。
「……むぅ、仕方ないですね」
アンナもそれがわかっているので無理に拒むことができないでいた。
普段自己主張をしないレイラがここまでするということはよっぽど不安になったのだろう。
そう思うと邪念も晴れていった。
少し背伸びをしてレイラの耳に手を伸ばし、優しく撫でてやる。
(ただ今日は昼からセフィーネ様のところに行かないといけないんですよね……)
できることなら一緒に連れて行ってあげたいが、アドルフと出会ったときの様な反応をされないとも限らない。
というかそっちの可能性の方が高いと考えた方がいいだろう。
(一応認識阻害の首輪がありますが、流石に王女様を騙すのは駄目ですよね……)
「お~いアンナ~、遊びに来てやったぞ!」
「あ……アドルフ君」
そうこうしているうちに来客があった。
「ん? なんでお前ら抱き合ってるんだ?」
「し……姉妹のスキンシップです」
なんとなく気恥ずかしさを覚えてそっとレイラを離した。
そのせいでレイラが親の敵を見るようにアドルフを睨んでしまった。
そっとレイラの耳を撫でてなだめてるアンナ。
「せっかく来て貰ったのに申し訳ないんですが、今日はお昼から用事があるのであまり遊べませんよ?」
「むっ……そうなのか? なっ、なんなら俺が手伝ってやってもいいぞ!」
「それが……王女様に呼ばれていまして」
「王女!? なんでお前が呼ばれるんだよ」
「いろいろありまして……」
ちょっと単時間では説明しきれない。
「王女が一緒となると俺がいくわけにはいかないな……。なんだよ、つまんねぇの」
「でもお昼までまだ時間はありますし、短いですが何かしませんか?」
「ああ、そうだな! 実は昨日グレゴールに稽古つけてもらって新しい技を身につけたんだ。ちょっと手合わせしてくれよ!」
「う~ん、ボクとしては賛成なんですがそれだとレイラが加われませんから」
奴隷紋の制約によりレイラは例え害意がなくとも人に攻撃を加えることができない。
「奴隷紋さえなければどさくさに紛れてもぎ取るのですが……」
「何をもぐつもりですか!?」
まだ機嫌は直りきっていないようだ。
「なら一回だけ! 一回相手してくれたら今日はもう帰るから!」
「うーん、でも……」
「アンナ様、相手をしてあげて下さい」
「いいんですか?」
「はい。このまま昼間で居座られるより、早々に負けて帰ってもらえたほうがお得ですから」
レイラの恨みの根は深い。
++++++
「行くぞアンナ! 刃壊流――豪進!!」
庭に出ると早速バトルが始まった。
「甘いです! 『ウインドシールド』――からの『エアショット』!!」
衝撃波を纏って突っ込んできたアドルフをウインドシールドで自分のすぐ隣を通過するよう軌道をずらし、すかさずエアショットを打ち込む。
「うぐっ――、まだまだだ!!」
吹き飛びながらも体勢を立て直し、綺麗に着地するアドルフ。
だがその頃にはアンナとの距離は開いており、完全に魔法使いの間合いとなってしまう。
「それではこの前と何も変わりませんよアドルフ君!」
「へっ、驚くのはこれからだ! 見てろよ」
アドルフは剣を構えながら目を閉じ、深く息を吸う。
(あれは……)
アドルフの体から蛍の光のような仄かな光が漏れ出しているのが見えた。
「アンナ様! そいつ身体強化をしようとしています!」
「あ゛――! よくもバラらしたな犬っころ!!」
(そっか、あれが身体強化なんですね)
人は誰しも体内に魔力を溜め込んでいる。
魔力は血液のようなものであり、それは絶えず体内を循環しているのだが、その循環速度を意図的に加速することによって一時的に自らの身体能力を上げることができるのである。
外界に向けて魔力を放出し、さまざまな事象を起こすのが魔法使いであるが、その才を持たない者たちが考え出した魔力の利用法の一つである。
「でもバレても関係ねえ! 今の俺は十倍速いんだからな!!」
「――っ!?」
十倍は盛りすぎだが、アドルフのスピードは格段に上がっていた。
辛うじて目で捉えることができるが、アンナの体はそれに対応してくれない。
(あっ、これはちょっとまずいかも――)
アドルフは目前に迫っていた。
今から魔法を発動したのでは間に合わないだろう。
本気で倒すつもりならやりようはあるのだがそれでは怪我を負わせてしまうかもしれない。
「アンナから離れなさい!!」
「へ?」
まさに決着が付こうかという瞬間、突如第三者の声が響いた。
「――ふべっ!!」
かと思えば次の瞬間にはアドルフは不可視の槌にでも潰されたかのように地面に突っ伏していた。
(これは第四階梯合成魔法のエアハンマー!? しかも無詠唱・無宣言で!?)
アンナが無詠唱・無宣言で唱えられるのはまだ第三階梯までた。
これでも一般的にはかなりのレベルだとレイラに褒めてもらえたのだが、魔法の主はそれ以上の才能を持ちあわせているようだ。
だが、声のした方に視線を向けてアンナはすぐに納得した。
「せ、セフィーネ様!? どうしてここに!?」
アドルフをカエルのように潰したのはこの国の王女様だった。
「危なかったわね、アンナ。いえ黒の紅茶売り」
「あ……はい。黒の紅茶売りです」
そういえばそんな渾名を付けられていた。
「って、そうじゃなくてボクは襲われてた訳じゃないです。模擬戦をしていただけです」
「あら、そうなの? でも男の子に触れるとお腹が膨らんで大変なことになるってエリアが言ってたわ」
「いえ、流石にその説明はいろいろ端折りすぎのような……」
王族なのでそれくらい極端な教育の方が問題は起きないのかもしれないが……。
「ぐ……てめえ……もうちょっとで勝てそうだったのに……」
「あら、本気で潰す気でやったのに意外と元気ね」
「身体強化してなかったら本気で潰れてたぞ!」
「なっ……なによ大声ださないでよ」
アドルフの怒鳴り声に驚いてさっとアンナの後ろに隠れるセフィーネ。
「わわわ……わたくしは王女なのよ! くっ……口の利き方に気をつけなさい!」
「ああ、王女? ……って、……え?」
「あ~……」
アンナは頭を抱えた。
アドルフは王女を避けていたというのに、最悪な形で出会わせてしまったのだ。
不可抗力とは言え、若干の罪悪感を感じた。
「……何よ。文句あるの?」
「別にねぇ……いや、ありません」
(あのアドルフ君が敬語を!?)
王女に敬語を使わない者などそれこそ王族以外にはいないはずなので当然と言えば当然だが、なんとも新鮮な光景だった。
だが、それ以上何かが起こるというわけではないようだ。
何か因縁があって避けているのなら最悪この場で戦いになるかと思っていたがそんなこともなさそうである。
「それで……あなたはわたくしのアンナとどういう関係?」
だが、別の意味で争いが起ころうとしていた。
アンナには見えた。今朝のいじけていたレイラと同じオーラをセフィーネが纏っているのを。
(同年代の友達はボクが初めてだって言ってましたし、焼き餅というやつでしょうか?)
「――へっ!? 俺はその……こいつの友達……かな、今のところは」
アドルフはそんな空気などまったく察することなく、少し顔を赤らめながら素直に解答した。
だがその答えはセフィーネのお気に召さなかったようだ。
「アンナはわたくしの友達なのよ」
「むっ! 友達になったのは俺の方が早いぞ……です」
2人の間に険悪なムードが流れる。
「ど……どうしましょうレイラ。これは私のために争わないでという場面なのでしょうか?」
「対消滅するといいですね」
「よくないですよ?」
レイラはセフィーネに対してもご不満のようだ。
「いや~うちのお姫様がすいませんね~。悪気はないんです」
一触即発の空気を壊したのは気の抜ける間延びした声だった。
「あ、エリアさんも来ていたんですね」
「はい。メイド兼護衛ですから」
相変わらず不健康そうな顔色をしているが、たぶんこれが彼女の普通の状態なのだろう。
護衛ならばセフィーネがとび出す前に止めて欲しかったと文句を言うアンナだったが、子供同士のやり取りに大人が首を突っ込みすぎるのはよくないですからと躱されてしまう。
「まぁ、もともとはここに来る予定はなかったんですけどね~。セフィーネ様が待ちきれないから迎えに行こうと言い出しまして――」
「なっ、何を言い出すのエリア! それじゃまるでわたくしが堪えの利かない子供みたいじゃない!」
「実際そうですし」
「違うわ! わたくしはアンナの危機を察知していち早く助けに来たのよ!」
「あの、ですからボクとアドルフ君は模擬戦をやってただけなんです」
「…………とにかくこれで危機は去ったわ」
(あ、誤魔化した)
顔を真っ赤にしてそっぽ向くセフィーネを見ているとエリアやドミニクが彼女をいじる気持ちがわかるような気がしてくる。
流石に実行に移れるほどの度胸はアンナにはなかったが。
「せっかくここまで来たのだし、予定を早めて今から真理の探究者の活動を始めるわよ! とりあえずわたくしの部屋に行きましょ」
「え? でも……」
今はアドルフと遊んでいる最中なのにいいのだろうか?
だがよく考えてみたらアドルフはセフィーネに近づくのを避けていたのだ。このままここで話しているよりさっさと別れたほうが彼のためかもしれない。
「わかりました。では宿の方に――」
「なんだよアンナ! お前はそっちを選ぶのか!」
(え~……)
アドルフは意図を理解してくれなかった。
「くふふ、勝ったわ」
「なんだと!?」
「駄目ですアドルフ君! 相手は王女様ですよ!」
セフィーネに掴みかかろうとするアドルフの胴体に抱きつきなんとか止めようとする。
想像以上に力があるようで少し引きずられたが、アンナが抱きついたのに気づくとアドルフの動きは止まった。
「くっ、くっつくんじゃねえよ!」
「ごめんなさい! でも冷静になってください」
王女様との接触は不味いんじゃなかったんですか、とアドルフの耳元に口を近づけ忠告してあげる。
アドルフの顔は真っ赤な彼の髪をも上回るのではないかと言うほど朱に染まっていたのだが耳元に目を向けているアンナが気づくことはなかった。
「おやおや見事な茹で蛸ですね~」
「アンナ、その男、今エッチなこと考えてるわ!」
だがそれをわざわざ指摘してしまう野暮な主従がいた。
「何の話ですか?」
「あのですね~、そこの少年が好きな子に近づかれて――」
「わああああああああああああああああああああ」
エリアの言葉はアドルフの絶叫に掻き消された。
「ひっ――卑怯だぞお前ら!」
「敵に弱みを見せたあなたの失態よ。それよりいいのかしら? あなたがいつまでも一緒にいるとうっかり口が滑ってしまうかもしれないわよ?」
「こっ――の……なっ……」
アドルフはわなわなと震え何か言い返そうとするが言葉が出ないようである。
「ちくしょおおおおおお! 覚えてろよおおおおおおおおおおおお」
やがて典型的な噛ませ犬の捨て台詞を残してアドルフは走り去っていった。
(いっ……今のやりとりの何処にアドルフ君を撤退させる要因が……?)
アンナは最後まで理由を知ることはできなかった。
「それでは行きましょうか」
邪魔者が消えたところでセフィーネが声をかける。
だがアンナにはまだ乗り越えておかなければいけないハードルがあった。
「あの……その前にセフィーネ様に知っておいてもらいたいことがあるんです」
「あら、どうしたの?」
「ボクの奴隷のことなのですが……」
「奴隷?」
レイラは現在認識阻害の首飾りを付けているので、認識されてはいるが印象を持たれない状態になっている。
セフィーネもエリアもレイラがいることは知っているが、奴隷だとは認識していなかった。
「その……ちょっとそのままの姿を見せると問題が起きたりするので今はわからないようにしていて……」
「男なの?」
「いえ、女の子です」
「それなら問題はないわ」
「それでもやっぱり問題になるかもしれなくて……」
「何よ。はっきり言いなさい」
要領を得ないアンナの口ぶりにセフィーネが少し不機嫌になる。
(そうですね。ここまで言ってしまったら隠し通せることではないですし)
「実はボクの奴隷、レイラは忌み子なんです」
そう言ってアンナはレイラの首飾りを外した。
「ひっ――!?」
レイラの姿が見えた瞬間セフィーネは小さく悲鳴を上げた。
(やっぱり駄目なんですね……)
覚悟していたこととはいえ、親しい人が受け入れてもらえないのはとても悲しいものがある。
(でもそうなると今からどうすれば……。レイラを置いて遊びに行くのは可哀想ですし……)
それ以前に、忌み子を匿っていると知られた今、相手の方から絶交を言い渡される可能性もある。
だが、そのような事態にはならなかった。
「ふ……ふん! 誰もが恐れし存在を側に置いているなんて、流石黒の紅茶売りね。真理の探究者にはそのような人物こそ相応しいわ」
「……いいんですか?」
よく見るとセフィーネの足はぷるぷる震えていた。
忌み子の情報は虚実交えていろいろな話が出回っている。
特に子供には「悪い子の元には忌み子が来て頭からボリボリ食べられちゃうぞ」などと言って躾の道具にされているというナマハゲ的な側面がある。
セフィーネもそう言って育てられたのだろう。
にも関わらず、セフィーネはレイラを拒むことはしなかった。
「い……良いも何も、ちゃんとしかるべき奴隷紋を刻めば忌み子を奴隷にすることは国が認めているのよ」
「はい。ちゃんと教会の神父様に指導して貰いました」
「なら問題はないわ。早くわたくしの部屋に向かいましょ」
明らかに問題ありそうな恐がり方をしているが本人がいいと言ってるのちゃんとした理由があるのだろう。
だからここは素直に彼女の厚意に甘えることにした。
「ありがとうございます! よかったですねレイラ!」
「はい。ありがとうございます」
「くふふ、わたくしは寛大なのよ!」
喜色満面のアンナと無表情だが嬉しそうに尻尾を振るレイラ。
それを見てセフィーネは得意そうに胸を張った。
++++++
「アンナ様、そろそろ日が落ちます」
「え? もうそんな時間ですか」
レイラに言われて初めて、アンナは西日が差していることに気づいた。
セフィーネの泊まる部屋では真理の探究者の活動と称して魔法使用ありのかくれんぼをしたりチーム対抗でお菓子作りをしたりと、様々な遊びをしたのだがあまりの楽しさにいつしか時の経つのを忘れていたようだ。
レイラもいつの間にかちゃんと輪の中に入れていたようでそういう意味でも安心して遊べたのだろう。
「では今日はそろそろ帰りますね」
「まだいいじゃない。というか今日は泊まっていけば?」
「もうお母様が夕飯を作ってる時間ですので」
「む~……」
セフィーネは口を尖らせて拗ねた。
アンナとしてももうちょっと遊んでいたい気分なのだがお泊まりとなると問題があり過ぎる。
「じゃあまた明日ね。明日は朝の10時くらいに迎えに行くから」
「いっ、いえ。ボクの方から出向きますよ」
「いいのよ! あの男の子が来る前にアンナを保護しなきゃいけないんだから」
「アドルフ君は悪い子じゃないので、あまりいじめないであげてくださいね」
いつのまにか王女としての体裁も忘れているセフィーネ。
どうやらアドルフに対抗意識を燃やしているようだ。
「それではまた明日です」
「うん、また明日」
名残惜しさに後ろ髪を引かれつつアンナは部屋を出る。
だが、扉を閉める前にふと疑問に思っていたことを聞いてみた。
「セフィーネ様」
「ん?」
「もしよければでいいんですが教えて欲しいんです。なぜレイラを受け入れてくれたんですか?」
国が認めているのだから文句は言わない。そうセフィーネは言った。
だが文句を言わないことと、一緒に楽しく遊ぶことは別物である。
にも関わらずこうやってレイラも交えて遊んでくれた理由が気になった。
「…………見た目とか、立場だけで人を決めつけられるのは辛いから」
セフィーネの答えはいくぶん抽象的なものだった。
言葉を続ける様子はないので具体的な話には進まないようだ。
恐らくエリアの仄めかしていた王女としての苦労と関係があるのだろう。
ならば平民である自分がその先を聞くのには問題がある。
「ねえ、わたくしからも聞いていいかしら?」
「何でしょうか?」
「あなたにとってレイラは何?」
「何……ですか……」
無口でクールな姉だろうか?
それとも見た目に反して甘えん坊な妹のような存在?
あるいは親しくなった初めての異性?
いろんな表現が思い浮かぶが、どれも部分的にしか表せていない気がする。
そういうのもすべて含めて、
「大切な家族……ですね」
その言葉が一番しっくりくる。
「そう……あなたは変わり者ね」
そう言いつつもセフィーネは笑顔だった。
「よかったですね~、セフィーネ様」
アンナとレイラが去ったとエリアは嬉しそうにセフィーネに話しかけた。
「なっ、何がよ」
「セフィーネ様が認めたと言っても、私はどこかでアンナさんを疑ってました。ですが私にも理解できました。あの子に下心はありません」
もしかしたら紅茶販売の口利きのために村長が娘を送り出したのではないかとエリアは僅かながら疑っていた。
「そうね……。わたくしの直感はただしかったわ」
「直感ですか?」
「ええ、最初アンナと出会ったときはね、すごく混乱したの。他人には見せない素のわたくしを見られてしまったから。だからちょっと強引な手段に出てしまったの」
「私も内心驚きましたよ~。セフィーネ様が自分の部屋に他人を上げていたんですから」
「うん……。でも部屋で話しているうちになんとなく雰囲気があなたやドミニクに似てるなって思ったの」
「溢れ出る忠誠心を感じたんですね~」
「その娘を見守る母親のような生暖かい目よ! ――とにかく、あの子とならあなたたちと同じような関係を築けそうだと思ったの。実際今日なんてあの子ほとんどわたくしを王女だって意識してなかったわ」
「コルト村の村長と言えば下手な貴族よりもお金持ちですからね~。社交界との関わりもないですから擦れてませんし。その上あれだけの美少女なのですから、きっとアンナさんもお姫様のように育てられてて階級意識がそこまで強くないのかもしれませんね」
「羨ましいわ。わたくしもコルト村のお姫様になりたかった」
アンナが聞いたらショックで寝込んでしまいそうな評価を下して二人は笑い合う。
「本当によかったわ。この村に来て……アンナに出会えて」
セフィーネは少女とは思えぬ憂いと喜びを帯びた大人の表情で噛みしめるように言った。
++++++
そこは深い深い森の中。
淡い月の光では照らし出せぬ闇の中。
人々が決して近寄らない夜の森に複数の人影があった。
「これでハベルトの子供は全員だな!」
「ああ。先ほどのやつで最後だ」
「なら次はコルト村だな。今なら第四王女も滞在中と聞くし、絶好のチャンスだぜ」
「リスクは高いがその分報酬はいいからな」
黒いローブに全身を覆われた彼らの素性は伺いしれない。
だが声色から全員男性なのだとわかる。
「コルト村ですか……」
1人の男が呟いた。
他の粗野なしゃべりと対比して非常に理性的な印象を受けるその男は独り集団から離れた位置に立っている。
「そういえばあそこには知り合いがいるのでしたね。いやはやなんとも数奇な巡り合わせもあったものです」
気乗りしないとでも言うかのように男は深いため息を吐く。
だがその仕草はどこか演技じみている。
「せめて残りの日々を精一杯楽しんでほしいものです。これからすべてを奪おうという私の台詞ではないかもしれませんが……」
アンナの幸福な日常は終わりを告げようとしていた。




