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第5話 アナタの心をお預かりします

 師匠は令嬢へ断りを入れた。


「では、アラベラ嬢。少々、驚かれるでしょうが、その胸をお借りいたす」


 師匠はアラベラ嬢の胸の前で手をかざし、魚眼を閉じると、神経と魔力を集中させ呪文を唱えた。


『As long as in the heart, within,(心の奥底に秘めた)

 A soul still yearns,(魂が切望するは)

 Our hope is not lost,(未だ失われない)

 The ancient hope,(いにしえの希望)』


 アラベラ嬢の胸から、溢れんばかりの光が薄暗い工房を照らした。

 兜を身につけた令嬢は困惑。


「こ、これは、なんですか!?」


「落ち着きなされ。アナタの心を一時的に借りるだけだ」


 流動する光は小さくまとまると、一筋の輝く柱となり令嬢の胸から伸びて、まるで(くだ)を通るように黒い石が、アラベラ嬢の身体から外へ出てきた。

 浮遊していた黒い石は、光の柱が消えると逆らうことなく地へ落下。

 師匠は落ちる前に木のトレーで、(すく)い上げるように黒い石を受け止める。


 心の石を取り出す最初の工程が終わった。

 ダーケスト様は一息付くと、落ち着きを見せないアラベラ嬢を気遣う。


「少々、時間を頂くのでね。あちらの椅子でくつろいでいてくだされ。弟子よ、茶を出しなさい」


「はい!」


 アラベラ嬢にハーブティーを出してから、心の宝石を持ったダーケスト様について行く。


 さっきまで師匠が徹夜明けから引きこもっていた、開かずの間に踏み入れた。


 この工房はどこもかしこも薄暗い。

 工房に備わる窓が小さい作りなので、日差しが入りづらくて、年中、暗い訳だ。

 欠陥がある建物というわけではなく、ちゃんと理由があるのだけど……。


 師匠はエプロンを身につけ、両手に皮の手袋をはめると、トレーに乗せた黒い宝石を手に取り講義を始めた。


「よいか弟子よ? 心の宝石はただの宝石ではない。落とせばガラスのように砕け、罵詈雑言を浴びせれば腐る。それだけ人の心は扱いが難しいモノなのだ」


「はい」


「この穢れを見るかぎり、息苦しい場所に身を置いているようだ。誰かに何かを理解してもらえない苦痛から、穢れが生まれているように見える」


「見ただけで解るんですか?」


「長年、職人をやってると解るようになる。今日教えるのは、全ての研魔技術に通ずる技工だ。しっかりと覚えるのだ」


「はい!」


 師匠は黒い塊を目線の位置まで上げて説明する。


「穢れによって黒い塊になった表面は岩のように固い。まずは"荒削り"という作業で、大胆に宝石の表面を削る。棚からワックスを取ってくれ」


「はい」


 指示された棚にはキレイに整頓された小瓶が、いくつも並んでいた。

 師匠が作業した後は材料の瓶は、あちらこちらに散らかっているので、合間を見つけて私が整頓している。

 日頃の行いが良い為、必要な物が見つけやすい。


 中段に置かれた小瓶の列から、(きったな)い字で『ワックス』と書かれたラベルの小瓶を手に取る。


「はい、師匠。ワックスです」


「うむ」


 手渡された小瓶を持つと、コルクの蓋を開け解説。


「これは(ろう)の女王ことロウヤシを乾燥させ、葉から取り出したカルナウバ蝋と、蜜蜂が巣作りに使う蜂蝋はちろうを混ぜたワックスだ。こいつは滑らかな滑り心地を生み出す」


 師匠は鉄で作られた円卓のテーブルの前に歩み、浅い椅子に腰を下ろすと、中腰の状態で座る。

 円卓は円盤がグラグラと不安定で、とても食卓を囲むような作りになっていない。

 円卓は中心から伸びる一本の太い柱に支えられ、足元にはペダルがくっついていた。


「ワックスをこの円卓の上に流し、ボロ切れで円を書くように広げる。作業が始まれば円卓に塗ったワックスは足りなくなる。足りないと感じたら継ぎ足していけ」


「はい!」


「返事だけはいいな?」


 師匠はペダルをゆっくり踏みつけると、円盤が回転し始め動作を確認、回転の勢いが無くなると、またペダルを踏む。

 すると円盤は一瞬だけ止まり、今度は逆回転を始めた。 

 この一連の動作を繰り返し行う。

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