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第4話 心眼ルーペ

 師匠のダーケスト様は解説に入った。


「では、ご説明しましょう。生命の心を取り出し、一時的に宝石へ置き換える魔法【研魔術】その取り出した心の宝石から不純なモノである、"(けが)れ"を削り落とす技工を持つ者が【研魔士】と呼ばれております」


 アラベラ嬢は興味津々で聞き入る。


「人間の心は非常に繊細であるゆえ、産まれた時は無垢だが、生存競争が厳しい世界に加え、悪しき魂を持った人物の影響で、心に邪気が塗りつけられる。その邪気が穢れと呼ばれております」


「知りませんでした。そのようなモノが人の心に起きるなんて」


「穢れが固まっていき心を覆い隠すと、心は黒い石のようになる。そうなれば、人は思いやりや慈愛といった感情を失い、他人を傷つけ、時に他者の命まで奪うほど憎み合う。だから私のような研魔士たちは、民衆が犯罪や暴動を起こし、国の治安と平和を乱さない為の防波堤の役割も兼ねております」


 令嬢は話を呑み込むと、覚悟を決めたように、鉄柵の面から師匠へ視線を送った。


「わかりました。研魔士ダーケスト様。アナタ様に身を委ねます。ワタクシの心に巣食う悪しき穢れを取り除き、この身に精錬さを呼び戻してください」


「ご依頼、承りました」


 師匠は早速、私へ指示を出した。


「弟子よ。"アレ"を持ってきてくれ」


「アレ、ですね?」


 壁際に置かれた机に足を運び、無造作に並べられた道具から指示された物を探す。

 師匠は基本、ズボラな性格なので机の上は嵐が通り過ぎたように散らかっている。

 師匠はどこに道具を動かし、どこへ置いたか、物が移動した経過を見ているので、本人は使うべき道具をすぐ見つけられるが、他人からした散らかってるようにしか見えない。


 師匠が作業に取りかかると、弟子である私が最初に任されるのが、この散らかった机の上から、師匠が望む道具を探し当てること。


 見渡すと机には布やヤスリが重なり、刃物が木の板に刺さっていたりと、呆れるほど散らかってる。

 そして重なる布の隙間から、探し物の一端を目で捉え、それを掴むと取り出した。


「はい、師匠」


「うむ」


 令嬢は師匠が手に持つ、装飾が施されたレンズを覗き込み聞いた。


「あの、それは何でしょうか?」


「これは心眼(しんがん)ルーペと言いましてな。研魔にかける者の心の内を見通し、穢れの度合いを図る道具です」


「心の内を……ですか?」


 それを聞いて令嬢は顔を背け、ためらう仕草を見せた。


 誰でも秘めた思いがあるでしょう。

 心の内を見透かされるなんて、無粋なマネを許すのは抵抗がある。

 師匠のダーケスト様はそういった、他人の気持ちを汲み取る器量がないので、大抵、弟子の私が気を利かせる。


「あ、あの、別に何を考えているかを見られる訳ではありません。研魔作業に何が必要で、どれくらい時間がかかるかを物質的に見極めるだけですから」


「そうですか……」


 私は師匠へ耳打ちをして注意。


「師匠。相手は女性なのです。聞かれたくないこともありますから、言葉には細心の注意を払って下さい」


「そうなのか? 我には人の気持ちは、いまいち解らん」


 師匠が人ならざる魚人だからではなく、人格的に他人を思いやる気持ちが欠けている。

 私は小さく「もう!」と悪態を付いて釘を刺す。


 師匠は令嬢の胸に心眼ルーペをかざすと、レンズに影が差し込み真っ黒に染まる。

 次第に小さな暗闇からキラキラとした粒が現れ、まるで夜空をこのルーペに閉じ込めたように見えた。


「弟子よ。解るか?」


 私は師匠の肩越しに心眼ルーペを覗き込んだ。


「あ! 真ん中に黒い石がありますね」


「これが心の宝石だ。染まり具合から、まだ宝石にまとわりついた穢れは浅い」


「私には真っ黒の石にしか見えません」


「黒は一色に見えて、様々な色が複合されている。濃淡のうたんはもちろん。赤みを帯びた黒、青みを帯びた黒と、目が慣れれば違いが解るようになる」


「そうなんですね……」


 二人でマジマジとアラベラ嬢の胸の内を覗くものだから、令嬢は両手を胸の前に寄せて身体を後ろへ引き、抵抗を示した。


「あのぉ、そんなに、お二人して見つめられると……」


 そう言われてアラベラ嬢の兜と目が合い、少し気まずさを感じ、ルーペから目を離した。

 私は慌ててフォローを入れる。


「ゴ、ゴメンなさい! これも研魔に必要な作業で、決して、やましい気持ちで見ている訳ではありません」


 兜の令嬢は納得してくれたようで、両手で固めたガードほどいてくれた。

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