第20話 めでたし、めでたし エバーアフター
兜の令嬢は話を付け足す。
「エレメル伯爵の補佐役にあたるマンドリカ子爵は、地方では名主。ズデンカはいずれ子爵を継いで、地元で当主となる男性です。それもあって、彼との縁談はお父様も大変喜んでいました」
「相変わらず政略結婚に違いないが、令嬢殿にとっても悪くない縁談なのだろ?」
「はい……」
落ち着き払った令嬢は、最初に工房へ来た時と違い、どこか地に足が着いたように見える。
けど、家柄がどうとか政略結婚がどうとか、正直、どぉぉおおーっうでもよくて、私が知りたいのは、もっとシンプルな話だ!
「ねぇねぇ、なんて返事をしたんですかぁ~? やっぱりぃ……」
「返事は……まだしていません」
「えぇぇええ~~!? どうしてですか?」
「私の都合なのですが、まだ気持ちの整理がついていないもので」
「そんなぁ~、相手は良い家柄の貴族さんでしょ? もったいないですよ~」
すると「弟子よ」
また始まった。
師匠の"弟子よ"だ。
「これは令嬢殿の自由な意思で決めることだ。今まで、他人が勝手に押し付けて来たことから解放され、ようやく、自らの考えで道を見つけることができたのだ」
師匠はその魚眼でアラベラ嬢がかぶる、兜の奥まで見通しながら言った。
「心のおもむくまま、悩むことも楽しみなさい」
「はい、ありがとうございます」
兜の令嬢が返す力強い返事は、歩むべき未来を明るく照らすものだと、思わせてくれた。
それはそれとして、私がいまだに納得できないことが胸の内でつっかえて、日を追うごとに煮え繰り返っていた。
「にしてもぉ~、あの貴族の子息、マッテオ? ホンットにムカつくわぁ~」
兜を下げてうつ向くと、令嬢は寂しそうに語りました。
「幼少の頃は、あのような方ではなかったのです」
「ん~、でも舞踏会で見た時は、話で聞いた人なんて思えなかったけどなぁ……」
師匠のダーケスト様がおもむろに口を開く。
「大人になると言うのは、そういうものかもしれんな」
「は? 大人ですか?」
「幼少期の純粋さを忘れるくらい、この世界は競争が激しく、荒んでいる。大人になればなるほど、当人はそれを痛感する。あの子息は歴史ある名家を背負う大役があった。その重圧から、誰よりも高みにいなければならないと自らを追い込み、時には知らない誰かを蹴落としていたのかもしれん」
師匠は兜の令嬢を真っ直ぐ見つめ、二の句を次いだ。
「アラベラ嬢。あの貴族の坊やも、アナタと同じで、家の息苦しいさに耐えていたのさ。心が穢れるほど」
「とても、可哀想な人ですね……」
しんみりした空気を師匠はすぐに消し去ってくれた。
「まぁ、我の工房はいつでもこの場所にある。また研魔を依頼したい時は立ち寄るといい」
「はい。機会がありましたら、またお願いします」
「うむ」
これで今回の仕事は終わり!
めでたし、めでたし。
エバーアフタ~――――――――と、なるはずが……。
「見つけたぞ! 魚人!!」
噂をすればなんとやら。
まるで突風が叩きつけたように扉が開くと、当の本人が現れた。
アラベラ嬢が驚いた拍子に椅子から立ち上がり、私と師匠も連れてのけぞる。
「マッテオ様!?」
「きゃぁ!!?」
いつぞやの貴族の息子マッテオは、眼を血走らせ、その手には抜き身のサーベルが。
私は慌てて師匠の背中へ隠れた。
さすが昔、荒くれ者だった師匠は椅子から立ち上がり、牙をむき出しにしながら両手を前に突き出すと、指先全部の爪が針のように伸び、サーベルと一戦、交える構えになった。
貴族の息子はかすれた声で言う。
「……む」
「んぁ?」
「頼む……僕を研魔してくれぇ!」
「………………は?」
「頼むぅう!!」




