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その79 貧乳はステータスでしょう!?

 ガールズトーク&サービス、サービスゥ!

 

 

 

 一行はヴィクトリアが用意した馬車を使って、彼女の屋敷へと移動した。勿論、首都ロンディウムにいる国王には隠密の行動だ。

 彼女はギルバートの貴重な協力者のようだ。そのため、無碍には出来ない。出来ないことは、わかっているが――面白くない。

 ブスッとした表情で、ルイーゼはエミールを睨む。

「ルイーゼ?」

 不機嫌を感じ取ったのか、エミールが恐る恐る口を開く。だが、その腕を反対側からヴィクトリアが掴んだ。

「エミールは猛獣使いなのかい? あのライオン、大きいじゃないか。あたしも触って大丈夫かな?」

 馴れ馴れしいを具現化したような態度で、ヴィクトリアがエミールの肩を叩いて笑う。エミールは距離感に戸惑いながらも、コクコクと頷いて荷馬車で寝ているタマの元にヴィクトリアを連れていった。


 ――でも、僕は、ずっとルイーゼのこと……好きだから……憧れなんかじゃなくて……好きだから!


 あんなことを言っていたくせに、他の女性に言い寄られて、満更ではないのではないか。そんな余念が頭を過ぎった。

 だが、ルイーゼはすぐに首を横に振る。

 別にエミールが他の女性を好きになろうが、構わない。むしろ、その方が、ルイーゼにとっては都合が良い。なにせ、バッドエンドフラグを回避出来るのだから。

 けれども、相手は選ばなければならない。

 ヴィクトリアはエミールには相応しくない。だから、こんなにモニョモニョした気持ちになっているのだ。フランセールの王子が、他国の伯爵令嬢などと結婚出来るはずがない。これは完全に悪い虫なのだ!

 悪い虫を払う行為は、健全ですわ!


「ちょっと、あなた!」

 ルイーゼはヴィクトリアをキッと睨みつけて、声をあげた。

 しかし、その肩を後ろから掴んで止められてしまう。振り返ると、ギルバートが真顔でルイーゼを見下ろしていた。

「面白くない」

「は?」

 ギルバートの低い声に、ルイーゼは首を傾げた。すると、ギルバートは俊敏な動作でルイーゼの身体を自分の方に引き寄せてしまう。

「ちょ、なにを!?」

 何故かギルバートに抱擁される形になり、ルイーゼは叫び声をあげた。鞭で背中をバシバシ叩くが、ギルバートは少しも力を緩めてくれない。

 意味がわかりませんっ。どうして、こうなっているのですか!?


「え、ル、ルイーゼ!?」

 タマを撫でていたエミールが声をあげる。腕に巻きついているポチもシャーッと牙を剥き、敵意を示していた。

 エミールの隣にいたヴィクトリアが、一瞬、物凄い殺気を放った気がした。しかし、彼女はすぐに笑顔を作ると、慌てて立ち上がろうとするエミールを抱き締めて引きとめる。

「あっちはあっちで楽しそうだから、邪魔しない方が良いよ」

「ふ、ふぇっ!? あ、え、あの、そのっ!?」

 わざとらしいくらい大きな声で言いながら、ヴィクトリアはエミールの頭をわしゃわしゃ撫で回した。エミールは完全に混乱して、動きが止まってしまっている。


「意味がわかりませんわ。ギルバート殿下、離してください!」

「嫌だな、照れるなよ。ルイーゼは俺の第二夫人候補だろう?」

「はあ!?」

 それは、船旅を円滑に行うための嘘だったのでは!? ルイーゼは、ますます混乱してしまう。もうわけがわからない。誰か、この状況を説明してほしい。

 そう思った頃合いに、ギルバートの身体が仰け反るように大きく後ろに向いて傾いた。

「イタタタタッ。なにしやがる、オッサン!」

 よく見ると、ギルバートの長い三つ編みをセザールが思いっきり引っ張っていた。女装の四十路騎士は葉巻の煙を吐き出しながら、ギルバートの脇に拳を叩き込む。相変わらず、容赦がない。


「小僧、いい加減にしておけよ……その令嬢に手を出すのならば、まずは、我が美しさを讃えてからにしろ」

「讃えたらオッケーなのですか。というか、何故、美しさ!?」

 どこから突っ込めばいいのかわからないが、ルイーゼはセザールに感謝することにした。

「とりあえず、中へ入るといい。ささやかだが、客人は持て成すよ」

 ヴィクトリアは気さくに笑うと、一行を屋敷の中へ入るように促す。だが、やはり、ギルバートに対しては不自然なくらい冷たい視線を向けていた。

 この二人、いったいなんなのかしら。ルイーゼは訝しみながらも、素直に従って、屋敷の中へと歩くのだった。




 アルヴィオスはお風呂の文化が盛んらしい。

 夕食前に勧められて、ルイーゼは有り難く屋敷に備え付けられた浴場を利用させてもらうことにした。

 日本にいた頃の温泉を彷彿とさせる広い浴場を独占して、鼻歌を口ずさんでしまう。

 お風呂で熱唱は自然の摂理だ。歌ってしまうのは仕方がない。例え機嫌が悪くとも、だ。

 ルイーゼは半身浴しながら、自分の肩に湯をかけていく。

 水の音が大理石の浴場に反響して気持ちが良い。薔薇のオイルが使われているのだろうか。ほのかに甘くて良い香りも漂っていた。


 そんな風にリラックスしていると、浴場の内部に気配を感じた。

 濡れた大理石を踏む音が聞こえる。ルイーゼは、湯気によって出来た靄の向こう側に見える影に目を凝らした。

 乙女の入浴を邪魔するスケベ野郎ならば、撃退すべし。そう思って身構えていたが、湯気の向こうから現れたのは、予想外の人物であった。

「気持ちが良いかい、ルイーゼ?」

 気さくな口調で話しかけたのは、この屋敷の令嬢であるヴィクトリアだった。

 一糸纏わぬ身体を隠しもせず、ヴィクトリアは浴槽へと近づいてくる。そして、当たり前のようにルイーゼの隣に腰をおろした。

 スラリと細く、しなやかな肢体を湯船に滑り込ませる一挙一動に色気がある。豊満な胸や、くびれた腰回りなどは成熟した女性のものだと実感させられた。

 ふと、ルイーゼは自分の身体と見比べてしまう。

 ルイーゼは美しい令嬢としてフランセールで知られている。だが、所詮は十五の少女だ。ヴィクトリアに比べると、まだまだ身体つきが成熟していない。

 おまけに、――。

 ルイーゼは急に恥ずかしくなって、隠すように肩まで湯船に浸かった。


「どうかしたのかい?」

「いいえ、なんでもありませんわ。胸囲の格差社会を感じて絶望などしておりませんわ」

「かくさしゃかい?」

 正直、今まで女性であった前世に比べても、ルイーゼの胸は明らかに小振りだった。以前から気になって仕方がなかったのだ。その現実を改めて突きつけられて、何故だか敗北感に苛まれる。


「さっきは、ギルが悪いことをしたね」

 ヴィクトリアはそう言いながら、肩に湯をかける。水面が揺れて、波紋が広がった。

「ギルバート殿下のことですか?」

「あたしが謝るのも変かもしれないけどね」

 ヴィクトリアはギルバートに対して異常なほど冷たい対応をしていた。だが、今彼のことを語るヴィクトリアの表情から、それは読み取れない。とても穏やかで、優しげな表情だと思う。

 まるで、別の人物の話をしているようだった。


「……ヴィクトリア様は、ギルバート殿下のことを本当にお嫌いなのですか?」

「さあ……それは、よくわからないな」

 疑問を素直にぶつけると、ヴィクトリアは困ったように表情を変えた。

「約束があるからね」

 煮え切らない言い方をして、ヴィクトリアは薄く笑った。

「約束ですか?」

「聞きたいかい?」

 問いに対して問いで返されて、今度はルイーゼの方が困ってしまった。

 なんとなく、自分が立ち入っても良い話なのか不安になったのだ。ヴィクトリアとギルバートの関係は、他者には全く推し測ることが出来ない。今日、ヴィクトリアに会ったばかりのルイーゼが聞いてしまっても良いのか、憚れた。

 しかし、そんなルイーゼの戸惑いなど余所に、ヴィクトリアは続きを紡いだ。


「あたしが必ずギルを殺してやる。そういう約束だよ。だから、あたしはあいつに情を移さない」

「え……」

 命を預けるとか、そんな表現はよく耳にする。

 だが、ギルバートを殺す? 仮にも、この国の王子なのに。

 ますますわからなくってしまった。


 ――俺には守るものがある。それを守れたら、充分だよ。


 王家を転覆させかねない彼の目的に得があるのか、疑問を投げかけたときの返答を思い出す。

 あのときのギルバートの表情と、今のヴィクトリアが酷似しているように思った。覚悟を決めて、なにかを成そうとする顔だ。

 しかし、ヴィクトリアの方は、ギルバートと違って表情が揺れているような気がした。

 決意は固まっている。だが、どこかで迷いがある。そんな顔だ。

 辛くて消えてしまいそうな――。


「それはいいとして、ルイーゼはエミールが好きなのかい?」

「ひゃっ!? いきなり、話題を変えないで頂けますか!?」

 不意打ちされて、ルイーゼは変な声を出してしまった。ヴィクトリアは快活な笑声をあげて、水面をバシャバシャ叩く。

「いや、なんとなく。必死そうだったからさ」

「必死だなんて……エミール様はフランセールの王子です。あなたのような異国の令嬢は、悪い虫なのですわ。あまりベタベタするのは、良くなくてよ! これは健全な考えの元での忠告ですわ」

「アンタだって、うちのクソ王子と仲良いじゃないか」

「事故のようなものですわ。こちらの意思ではありませんし、変態には興味ありません!」

「あー……見ちゃったんだね、アレ」

「……見たくありませんでした」

 アレが一般的なアルヴィオス人の文化だったら、どうしようと思ったが、ヴィクトリアの反応を見る限り、違うようだ。

 裸エプロンや露出狂の国民性など、あってたまるか。フランセールは国王がドMの変態だが……個人レベルの趣味嗜好は棚にあげておく。


「まあ、根は悪くない奴だよ」

 ヴィクトリアは、そう言って目を伏せた。

 やはりだ。ヴィクトリアは、ふとした瞬間に、何処か迷いのある表情を浮かべる。

「……ヴィクトリア様は、ギルバート殿下のことを、やはりお好きなのですか? 下世話な意味ではなくて、人間としての話で結構です」

 再び問うと、ヴィクトリアは首を横に振った。

「昔の話だよ」

 浴場に反響する声が、震えている気がした。

 

 

 

 ガールズトークに姫を混ぜようかどうか悩みました。

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