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その68 これは……いわゆる、デスノートですわね!?

 

 

 

 ロレリア侯爵領はフランセールの中でも特殊な土地かもしれない。

 肥沃な大地に恵まれ、国の穀倉地と呼ばれるほど農産物の生産に長けている。そのため、隣国エスタライヒ帝国が執拗に狙い続けてきた。

 他国領だった時期もあったせいか、やや閉鎖的な土地柄でもある。貴族たちの領地を中央で統括しているフランセールの中でも、独立した体制を許されている。

 特に農業技術が発展し続けており、農民たちの自立が一番進んでいる領地でもある。今ではフランセール全土で一般化されている農具や水車の発祥も、ロレリアのものが多い。

 代々のロレリア侯爵は温和な傾向にあり、権力を振りかざすことも少ないそうだ。

 領民としては暮らしやすい土地かもしれなかった。


「しかし、セザール様」

 ロレリア侯爵の城に通され、ルイーゼは表情を曇らせる。

 あまり前世の記憶と変わらない城内。古めかしい城は所々改装や修繕の箇所があるものの、懐かしい雰囲気がある。良い思い出も、嫌な思い出も蘇りそうだ。

「ロレリアの方々は、こんなに無口なものなのですか?」

 ルイーゼはさり気なく、セザールに問う。

 自分の記憶では、こんなに陰気な雰囲気はなかった。

 城の者たちは、ルイーゼたちにほとんど笑顔を見せず、無表情を保っている。腫れものを扱うように、近づこうとしない者までいた。

 ロレリアが閉鎖的な土地とはいっても、ここまでではなかった。むしろ、のんびりと大らかな気性の人間が多かった気がするのだが……。


「お前が原因だろうな」

 セザールは、まるで他人事のように葉巻を吹かしている。いつの間にか、鮮やかな青いドレスに着替えており、どこからどう見ても貴婦人のようだ。逆に、ズボンを穿いたままのルイーゼの方が少年っぽく見えてしまう。

「わたくしが?」

「この城では、王都の人間は嫌われる」

 そうでしたっけ? そんな記憶はございませんが。ルイーゼは首を傾げた。どうやら、自分が死んで転生している間に、事情が変わったようだ。

「それに、お前がセシル様に似すぎているから、皆怖がっているのだろうよ」

「は?」

 セザールは幼少期を、このロレリア城で過ごしている。そのため、セシリア王妃のことを「セシル」と呼ぶ。言ってみれば愛称のようなもので、家族や近しい者は、皆そう呼んでいた。


「正確には、お前の扱い方で城主の機嫌が変わるのが怖いのだろう」

 意味がわからない。

 セシリアは、ロレリア侯爵家から輩出された唯一の王妃だ。国民からの人気も未だに高い賢女として知られている。そんな女性に似ているのなら、もっと好意的に接してもらっても、いいはずなのだが。


「わたくし、そんなに王妃様に似ていますか?」

 アンリやエミールにも聞いたが、一応、セザールにも聞いてみることにした。

 謎の夢のこともあり、ルイーゼはその辺りが非常に気になっている。

 ギルバートに聞いても、「ぼんやりと男と女の色が見えるだけで、俺には誰かわからない」と言っていたので、当てにはならない。

「……我の目からも似て見えるよ。そこらの連中を捕まえて聞いてみるか?」

「い、いいえ。そこまでは……」

 幼馴染の目から見ても、そうなのか。

 ギルバートはルイーゼの前世が二人いると言った。まさかとは思うが――その一人がセシリア王妃なのだろうか。

 しかし、セシリア王妃の記憶はルイーゼに残っていない。妙な夢を時々見るだけだ。


「こちらへ。侯爵様がお待ちです」

 使用人の一人がルイーゼたちを応接室へと導く。

 応接室は華やかだが、過剰な派手さはない。この時期は使われていない大きな暖炉と、床に敷かれた熊の毛皮が目に入る。

 中央にソファが並べてあり、ロレリア侯爵が座っていた。前世の頃とは代替わりしたのか、セシリア王妃の父ではなく、兄が今の侯爵らしい。

「久しいな、セザール」

 四十過ぎほどの侯爵はあからさまにセザールにだけあいさつする。異国人のギルバートのことは一瞥するが、無視。

 ルイーゼのことは、見た瞬間に大きく顔を歪めていた。だが、すぐに繕うような満面の笑みを浮かべる。表情の変化の速さに、ルイーゼは思わず顔を引き攣らせた。

「これはこれは。可愛いお客様ですな」

「まあ、侯爵様ったら」

 猫なで声の白々しい態度にルイーゼは一歩引きそうになってしまったが、なんとか愛想笑いした。

 なにか下心がありそうで、単純に好かない。


「おい、ルイーゼ」

 侯爵に聞こえない声で、ギルバートがルイーゼに呼びかける。

「あいつ、気をつけろ」

 そう言われたので、ギルバートを見あげた。

 一瞬、右眼が炎のように揺らめいて見える。そういえば、宝珠の力で他人の心が少しわかると言っていたか。宝珠の理屈はよくわからないが、ルイーゼは肝に銘じておくことにした。

「ふん、また熊を狩ったのか」

 セザールは気にせぬ素振りで、床に敷いてある毛皮を見下ろした。どうやら、ロレリア侯爵は狩りを趣味にしているらしい。壁には複数の鹿の剝製がかかっている。


 エミールが見たら、「生きてるみたいで、気持ち悪い……可哀想だよ」とか言いそうだ。「夜中になったら歌い出すのですわ」と答えたら、面白い具合に怖がってくれそうだ。

 関係ないことを思い浮かべてしまい、ルイーゼは首を横に振った。

 よりによって、どうしてエミールのことを考えているのだろう。

 とはいえ、ほとんど挨拶とセザールの近況報告だけで侯爵との会話は終了してしまった。

 その間も、侯爵はジロジロと、そして、白々しい表情でルイーゼを眺めていたのを覚えている。あまり良い気分はしない。


 ルイーゼたちが部屋を出るときも、侯爵の態度は変わらない。だが、後ろを向いた瞬間に、明らかな敵意を向けられた気がした。

「…………」

 ルイーゼはあまり気にしないことにして、用意された部屋へ向かう。

「ここの連中は陰気だな」

 猫を被ってなにも言わなかったギルバートが疲れたように毒づく。彼も無視されたり、ジロジロ見られたりと、あまり良い気がしなかったようだ。

「お前の場合は、こいつのせいだろう」

 セザールは息をつくと、ギルバートの三つ編みにされた黒髪を容赦なく引っ張った。この四十路、本当にギルバートの扱いが雑だ。

「痛いじゃあないか!」

「ここまで黒いと、珍しい髪色だ。嫌でも、クロードを思い出す」

「誰だよ、それ。知るか。俺の国では一般的な髪色だ」

 ギルバートはセザールの手を払って、距離を取る。その会話を見て、ルイーゼは他人事のように明後日の方向へ目を逸らした。

 ロレリアは王妃を殺害した首狩り騎士の故郷でもある。予想はしていたが、自分の悪評を目の当たりにすると複雑だ。

 それはいいとして、やはり、引っ掛かる。どうして、セシリア王妃がロレリアでは忌み嫌われるのだろう。理由がわからない。


 客間に案内される途中、ルイーゼは城の窓から見える庭を見下ろした。

 コの字型の城の中心で、箱のように囲われた庭。噴水があり、手入れされた芝生と、季節の花々が綺麗に咲いている。

 その庭の向こう側。ちょうど、ルイーゼがいる場所の正面が、ロレリア城でのセシリアの自室だった。

 よく覚えている。今は誰かの部屋になっているのだろうか?




 勝手に出歩くのは良くないが、一応は客人だ。少しくらいは許されてもいいだろう。

 勝手な屁理屈を頭に浮かべて、ルイーゼは皆が寝静まった頃、こっそりと自室を抜け出した。

 夜の城には、誰も歩いていない。好都合だ。

 蝋燭の灯りと自分の記憶を頼りに、ルイーゼは元セシリアの部屋へと向かった。

 果実や花の彫刻が掘られた胡桃材の扉には、錠はかかっていない。ルイーゼは誰かが寝ている可能性も考えて、ゆっくりと扉を開けてみた。

 そこには誰もいない。乱雑に物が押し込められて、物置になっているようだ。


 誰かの自室になっているなら引き返そうと思ったが……ルイーゼは唾を呑みこんで、物置の中へと踏み込んだ。雑多に様々なものが詰め込まれていて、まさになんでもありの状態だ。

 エミールが見たら喜びそうな、変な仮面や置物まである。妙な呪術の本なども放置してあった。前衛的でエキゾチックな表情の仮面が笑っているように感じられて、不気味だ。どうして、こんなものがあるのだろう。

 どこを、どう探そうというプランはない。ルイーゼは闇雲に部屋の中を探った。

 どうやら、元々のセシリアの部屋に、あとからいろんな物を詰め込んで、こうなったようだ。どこからどこまでが元々のセシリアの所有物だったのか、よくわからなくなっている。


 やがて、見覚えのある書き物机を見つけた。

 セシリアが使っていた机だ。ルイーゼは横倒しにされたタンスを踏み越えて、書き物机に近づいた。

「これは」

 引き出しの中から、一冊の本が出てきた。日記帳のようだ。黒い表紙には「セシル」と書かれている。

 見てもいいだろうか。ルイーゼは不安になって、誰もいない部屋の中を見渡した。

「まあ、亡くなっていますし、ね?」

 故人の遺品整理をしていないロレリア侯爵家の人々が悪いのだ。そう言い聞かせて、ルイーゼは中を開くことにした。決して、他人の日記を覗き見する趣味があるわけではない。

 適当にページをめくる。




 ――○◎月×◇日。

 ようやく、クロードがわたくしの名を呼ぶようになりました。手を握って「セシル」ですって。呼び捨ては期待していなかったのだけど、とっても仲良くなれた気がしました。

 なんだか、適当なことを言って煽ててしまったけれど、将来のお婿さんにするのだから、しっかり育ってもらわないと困ります。




 そっと、ページを閉じた。


「は?」

 は? である。

 なんですか、これ。ルイーゼは思わず顔を真っ赤にして項垂れてしまった。

 これはいわゆる黒歴史(デスノート)だ。読んだ人間の脳を死滅させる類の禁書である。とある令嬢の禁書目録(インデックス)

「見てはいけない気がしますわ……というより、こんな現実、直視出来ませんわっ!」

 と言いながらも、ルイーゼは再びページをめくってしまう。

 今度は、もっと後ろのページだ。




 ――○○月××日。

 今日はとても良い天気でしたわ。わたくしの気持ちが通じたのかしら?

 でも、それは期待外れでしたわ。だって、わたくしの作戦は今日も失敗してしまいましたもの。せっかくの好機だったのに。

 それとも、わたくしの努力が足りなかったというのかしら? 精一杯お化粧して、寒いのに薄手の服まで着たのに……お出迎えのときは、奮発して飛びついたのよ? はしたないと思ったけど、がんばったの。

 なのに、お馬鹿。根性なしですわ。甲斐性なしですわ。フラグは建っているはずなのに! なにが、「あなたの十六の誕生日に、伝えたいことがあります」ですか。

 今すぐ求婚なさいよ、お馬鹿ですわね。わたくしのこと、欲しくないのかしら?




 再び、本を閉じた。いわゆる、「そっ閉じ」である。

 ルイーゼはフルフルと頭を横に振って頬を両手で覆った。恥ずかしい。とても恥ずかしい。他人の日記を見ている恥ずかしさだけではない。

 さり気なく、いや物凄く、前世の自分がdisられている気がする。文面全体から「へ・た・れ!」という単語が滲んで湧いてきそうな勢いだ。

 他のページも、概ね似たようなことが、多少の妄想を交えながら書かれている。どれも覚えがある出来事で、なんだか……とても、言葉にならない。

 鈍感。へたれ。甲斐性なし。挙句の果てに時期を逃して求婚出来なかったダメ男。

 前から、前世の自分は恋愛脳のダメ男だとは思っていたが……これは、あまりにも酷い。想像以上にダメ男だった。砂漠でハーレム築いて好き放題の前世もあったくせに!

 これ以上、日記を読み進めていいものか悩みながら、ルイーゼは顔を真っ赤にしたまま黒歴史の数々に悶え苦しむのだった。

 

 

 

 デスノート(日記)の中身は今のところ「或る騎士の追想」に登場した2シーンより。


 総選挙は今日までとなっております。結果と小話は、後日活動報告にて発表致します!


※※※更新日変更のお知らせです※※※

 9/25の活動報告にも書きましたが、10月から職場異動になります。私生活の関係で申し訳ありませんが、10月から更新を3の倍数日に改めたいと思います。10月末までの更新分は全てストックとして書いてありますので、定期更新出来るでしょう。11月以降は職場が変わらないと何とも言えないので、未定でございます。

 楽しみにしてくださっている方々には申し訳ありませんが、ご理解お願いいたします。

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