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その66 馬目線でも、壺目線でも、ずっと、ずっと……!

 馬目線でお送りします♪

 

 

 

 蝋燭に灯された光が、空気の流れに合わせて揺れる。

 暗がりの中で、ミーディアは不安げな表情を作った。

「……本当に、やるんですか?」

 深夜の王宮は静寂に包まれている。見回りの騎士たちが時間ごとに交代する程度しか、動きがない。光溢れる明るい昼間の印象とは、随分変わってしまっている。

 ミーディアの声を聞いて、前を歩くカゾーランはなにも答えない。暗闇でも浮き上がる純白の制服を揺らして、王国最強の騎士は沈黙のまま進む。


 誰もが寝静まった頃合いに向かうのは、国王の執務室である。

 鍵は≪天馬の剣≫であるカゾーランが所有しており、忍び込むのは容易だ。カゾーランが室内にあると思われる隠し扉を見つける間、ミーディアが外で見張ることになる。

 なにもなければ、それでいい。

 ルイーゼがアルヴィオスの王子と共に王都を発ってすぐ、エミールも追いかけた。ユーグもついて行ったということでカゾーランも頭を悩ませたが、ヴァネッサがエミールの身代りになることで、なんとかアンリには露見せずに済んでいる。

 何故、ルイーゼがギルバートと共にアルヴィオスへ行ったのか、カゾーランには理由が知らされていない。ミーディアが屋根裏目線で盗み聞きした会話も、核心に触れるものではなかった。中途半端に側仕えの仕事しているせいで、一日中、アンリを観察出来なかったのが仇になった。


 今、カゾーランはなにを考えているのだろう。

 彼は長年、王家に仕えてきた。戦争を乗り切り、アンリからの信頼も厚いことだろう。

 その彼には、なにも知らされない。大事な護衛も、わざわざ領地に引き籠っていた荊棘騎士(セザール)に任されてしまった。


「あの、カゾーラン伯爵……」

 差し出がましいと思いながら、ミーディアはカゾーランに声をかける。カゾーランは横目でミーディアを振り返る。

「なんだ、ミーディアよ」

 もう扉の前だ。カゾーランは、おもむろに錠の束を取り出す。

「アンリ様にも、お考えがあるんだと思います。決して、伯爵を疎んじているわけではないと思うんです……きっと、そのうち伯爵にも話してくださると――」

「陛下は話してくださらぬよ。あの方は、このカゾーランを理解しておる」

 ガチャンッと、錠が開く音が鳴る。

 ミーディアはなにも言えないまま、ただカゾーランの背を見ていることしか出来ない。

 カゾーランが部屋に入り、中を探りはじめた。その間、ミーディアは用意していた壺の中に入って、暗い回廊を見張る。

 しばらく刻が過ぎると、部屋の中で、重いなにかが動く音がした。カゾーランが本棚の向こうにあった隠し通路を見つけたようだ。


 本当に、あった。

 自分が発見した構造とはいえ、ミーディアは怖くなってしまう。

 これはアンリを裏切る行為だ。

 ミーディアは青空色の瞳を揺らして、壺の中で丸まった。だんだん、カゾーランの足音が遠くなっていく。どうやら、隠し扉の向こうは階段のようになっているらしい。

 しばらくすると、なにも聞こえなくなった。静寂の王宮に、月の陰が射す。


 だが、程なくして、誰かの足音が響いた。まだ遠い。けれども、確実にこちらへ近づいてくる。

 あの足音は――わかる。毎日観察しているのだ。馬目線でも、壺目線でも、聞き間違えない。

「どうしよう」

 アンリの足音を聞いて、ミーディアは冷や汗が流れた。

 こちらへ来られては、不味い。カゾーランを呼び戻すのが早いか。しかし、二人で部屋を出るところを見られてしまう。

 ミーディアは急いで壺から出て、身なりを整えた。出来るだけ自然に見えるよう、蝋燭に灯りを点す。

 アンリはまだ回廊の向こう側だ。今からなら、部屋から遠ざかるように誘導出来るかもしれない。


「よし……!」

 カゾーラン宛てにメモを残して、ミーディアは足音を立てないように回廊を進む。

 だが、しばらく進むと、アンリの足音が遠ざかりはじめる。どうやら、執務室に向かっていたわけではないらしい。ミーディアの杞憂に終わりそうで、内心ホッとする。

 この際なので、こんな夜更けにアンリがなにをしているのか、見に行くのも悪くないだろう。だいぶ執務室から離れてしまったが、すぐに戻ってくれば大丈夫だと思う。


 アンリは回廊の端に位置するバルコニーに身を預けていた。月の灯る夜空に満点の星が広がり、寝静まった王都が見渡せる。

 しかし、あのバルコニーの下にある光景を思い出して、ミーディアは視線を伏せた。

 かつて、セシリア王妃がアンリのために、芝桜(モスフロックス)の庭を造った。ロレリアから持ち込んだ花で、二人のお気に入りだったらしい。今は時期外れだが、アンリはこうやって、時折、庭を眺めていることがある。

 夜中に目が覚めて、庭が見たくなったというところか。


 ミーディアはメモを取るのも忘れて、アンリの姿に見入ってしまう。

 普段はエミールを覗き見るために脱走したり、政務に対して愚痴をこぼしたりすることが多い。頻繁に殴ってくれだの、縛ってくれだの要求するし、二十年以上王位に就いているとは思えない言動を繰り返す。

 だが、歴代の国王の誰よりも民衆に歩み寄る政治を行っている。税率を下げ、市民の地位を向上させた。地方で平然と存在していた農奴の廃止に努め、下級層の政治登用も積極的に行う。十代で即位したにもかかわらず、見事に継承戦争も終結させた。

 同一人物とは思えない。二面性のある人。

 裏の顔は誰にだってある。

 しかし、ミーディアには、アンリの二面性が酷く歪なものに思えることがあるのだ。

 亡くなったセシリア王妃の影に囚われている――セシリア王妃が作りたかった国や理想を、ただ夢中で追っている。そんな気がしてしまう。

 逆に言えば、それがなければ、音を立てて崩れてしまう脆い人。


「――――ッ!?」

 蝋燭の灯が消えた。

 背後に気配のようなものを感じ、ミーディアは身構える。だが、そこには誰の姿もない。まるで、実体のない影が通りすぎたような感覚だった。

 誰かいたのは確かだ。

 まさか、執務室に向かったのだろうか?


「……誰かいるのか?」

 今ので、アンリに気づかれてしまった。

 声をかけられて、ミーディアは焦ってしまう。ここで逃げると、人を呼ばれる可能性がある。奥で探っているカゾーランのことが露見するのも不味いので、ミーディアは渋々、アンリの前に姿を現すことにした。

「……夜分遅くに、申し訳ありません。アンリ様」

 頭を下げるミーディアの姿を見て、アンリが複雑に表情を歪める。

 当然か。自分が元妻の思い出に浸っているときに、その生まれ変わりを名乗る娘が現れたのだから。


「屋敷へ帰ったのではなかったのか?」

「いえ……その……うたた寝をしてしまって。気がついたら、こんな時間でした」

 苦しい言い訳だと思いつつ、上辺の笑みを浮かべた。だが、アンリは特になにも詮索せず、「そうか」と、一言呟く。

「来るといい。良い風が吹いている」

 夜とはいえ、この時期は少々暑い。アンリは軽く手招きして、自分の隣に来るよう促した。ミーディアは丁寧に頭を下げ、素直にアンリの近くへ歩み寄る。


「こうやって、二人で眺めたこともあった」

 セシリア王妃との思い出だ。勿論、前世馬であった自分は知らない話である。ミーディアはあいまいに頷いて、バルコニーに手をかけた。

 その手に、アンリがさり気なく自分の手を重ねる。ミーディアは驚いて、隣を見あげた。

「セシリア」

 はっきりと元妻の名を呼んで、アンリがミーディアの手を握る。ミーディアは戸惑ってしまい、表情を震わせた。

「……はい、アンリ様」

 やっとのことで声を絞り出し、笑顔を繕う。

 自分が吐いた嘘だ。こうなることを望んだのは、ミーディア自身ではないか。言い聞かせながら、思い出せる限り、セシリア王妃に近い表情を作った。

 おもむろに、アンリがミーディアに合わせて身を屈める。長い指先が、ミーディアの顔に触れた。

 多少の年齢は感じるものの、未だに青年のような覇気と若々しさを保つ顔。少し垂れた目元や、豊かなブルネットの髪は息子のエミールとそっくりだ。

 ミーディアはギュッと拳を握りしめて、目を瞑る。顔に力が入ってしまっただろうか。でも、なんだかアンリを直視し続けることが出来なかった。

 顔に触れていた指が長い黒髪をすくう。

 不意に頭を撫でる動作に変わり、ミーディアは恐る恐る目を開けた。アンリに撫でてもらうのは、久しぶりだ。シエルに化けて謁見の警護をしたとき以来かもしれない。


「無理はするな」


 呟かれた瞬間、ミーディアは唇を噛んだ。

 嘘だと、バレている。

 ミーディアはセシリア王妃の生まれ変わりなどではない。アンリは、きっとわかっている。そう読み取って、ミーディアは脱力するように、その場に崩れた。


「……すみません……申し訳ありませんっ」

 顔を両手で覆って、謝罪の言葉を呟き続けた。涙は出ない。しかし、いつ溢れてもおかしくなかった。

「私がセシリアを間違えるはずがないではないか……」

 呆れられているのだろうか。それとも、怒っているのか。声から読むことは出来なかった。

 ミーディアは縋るような想いで、アンリを見あげる。

 アンリは感情の読み取れない複雑な表情で、ミーディアの前に腰を落とした。


「私を騙したのには、目的があったのか?」

「……それは……」

「カスリール侯爵はそこまでして、娘を王妃にしたかったと――」

「違いますっ! わたしが勝手に……勝手に……うそを……」

 言葉が上手く声にならない。

 次第に涙が溢れて、息が出来ないほど喉が詰まった。少し声を発するだけで、嗚咽に変わってしまう。

「わた……わたしが、陛下を……勝手にお慕い……お慕いしているんですっ。信じて、もらえないかも……しれませんが! わたし、ずっと、ずっと……う、馬目線でも……ずっと……!」

 なにを言っているのか、自分でもわからなくなる。


 前世で撫でられたときから、ずっとアンリのことを慕っていたと思う。元主人であるクロードに尽くしたいと思うのとは、別の感情だ。

 馬目線では気づくことが出来なかったが、人間に転生して、いろいろわかった。

 きっと、これは恋だ。前世から、ミーディアはアンリに恋をしている。アンリの心が自分に向けられることはないのに、諦めることが出来ない。


「おそばに、いられたら……それで、よかったんですぅッ……ど、どうしても、陛下の……おそばに……いたくてぇッ」

 アンリは半信半疑といった表情でミーディアを見ている。

「……私は今年で四十だ。そなたくらい容姿の整った年頃の令嬢が本気にする相手では……」

「でも、()ぎなんでずっ……! ずっど、ずっど……」

 鼻水まで垂れて、情けない声が出てしまう。

 本当に年頃の令嬢とは思えない醜態だ。嫁入り前の十五歳の令嬢が四十路の男を相手に本気で片恋慕して、声をあげて泣いている。最悪だ。たぶん、エミールより酷い顔をしている。


「……嘘では、なさそうだな」

 アンリは軽く息を吐いて、困った表情を浮かべる。こんな風に泣き崩れられてしまったら、誰だって困惑するだろう。恥ずかしいけれど、それどころではない。

「私はそなたの気持ちには応えられない。というよりは……戸惑いの方が強い。正直なところ、どうすればいいのかわからないし、セシリア以外の女性のことを考えたことがない。他の誰かなど、想像も出来ないのだよ」

 嗚咽を漏らして泣き続けるミーディアの頭に、アンリが手を置く。こんなときだというのに、こうやって撫でられていると何故だか嬉しい。きっと、ミーディアはこの手に撫でられるのが好きなのだと自覚した。


「それでもいいなら、今まで通りにしてもらっても構わんよ。ミーディア」

 ミーディアは信じられずに、涙がこぼれる視界でアンリを見た。アンリは困った様子だが、それでも、精一杯、優しげな表情を作ろうとしてくれていることがわかる。

本当ですか(ぼんどでずが)?」

「良い。爺は縛るのが下手だし、他の者には頼み辛いからな」

 このまま、おそばにいてもいいんですか?

 ミーディアは震える唇を噛み締めるが、耐えきれない。本格的に子供のようにわんわん泣き声をあげてしまった。十を越えた辺りから、こんなに思いっきり泣いた記憶はない。


「娘が出来た気分だよ……悪い気がしないのは、何故かな」

 早く泣きやみなさい。そう言わんばかりに、アンリはミーディアの頭を抱えて背中を軽く撫でてくれた。

 あまり胸筋は発達していない。腕も細くて、逞しさや力強さとはほど遠かった。きっと、ミーディアの方が何倍も鍛えているし、強いだろう。

 それでも、その胸が頼もしくて、ミーディアは気が済むまで声をあげて泣いた。

 

 

 

 40歳×15歳って犯ざry 王侯の婚姻では、あるあるだから、大丈夫!(たぶん

 余話「或る愛馬の純情」「或る愛馬の純情2」をベースに書きましたので、未読の方は申し訳ありません。

 思いのほか長くなったので、カゾーラン側は次回へ。

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