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或る見習の純情

※ホモ要素注意※

 他キャラによるユーグの話です。意外とリクエスト多かったので、がんばりました。

 伏線は張っておりません。読まなくても本編は読み通せる内容になっております。


 2章の補足、というか、蛇足的内容でございます。

 

 

 

 近衛騎士見習いになって半年経った頃だった。

 真紅の制服に身を包み、白亜の王宮を守護する近衛騎士団。フランセールの公子たちは、この地位に就くことを夢見るだろう。武の道を志すのなら、尚のこと。文官への道もあるが、武官であることの方が花型であった。


 今は平和なフランセールだが、周辺諸国は常に緊張状態にある。いつ己の腕を振るうことになるのかわからないのだ。

 士官を育成する幼年学校を卒業後、シエルは近衛騎士見習いに就任した。若い騎士たちの更なる育成を目的として、数年前から見習い制度が導入されたのだ。

 名門カスリール侯爵家の長男。その肩書故に抜擢されたのではないかと、囁く者もいる。だが、決してそうではないということを、見せたかった。シエルは厳しい鍛錬に耐え、誰よりも多くのことを学ぼうとした。

 その甲斐あってか、カゾーラン伯爵の目に留まり、小姓の役回りを任されるようになっていた。

 王国最強の騎士から、認められた! シエルは大いに喜び、これからも鍛錬に励むことを誓った。


 いつかは、自分も≪双剣≫になりたい。カゾーランの後を継げるように、いや、ずっと不在になっている玉座の左手に立つのもいい。カゾーランと一緒に国を支えていけたら、どんなに光栄だろう。

 そんな妄想をしていた。


 ああ、でも。


 ある日を境に、シエルはどうすればいいのか、わからなくなってしまう。


「はあ。天馬のせがれは良いよなぁ。引き籠っていても、なんの文句も言われない」

「きっと、腕がないのだろうさ。ただの七光だろう?」

「ふん、気に食わんな」

 騎士たちが鍛錬しながら、なにかをボヤいていた。シエルはつい近くで聞き耳を立ててしまう。そして、彼らが向ける視線の先を見た。


 真紅の制服に身を包んだ騎士が一人歩いていた。

 鍛錬には参加せず、抱えた書類の束を忙しそうに運んでいる。背中で一つに結った赤毛が柔らかく跳ねるが、若草色の瞳は少し疲れているようだった。顔は整っているが、目の下には薄らと隈が浮かんでおり、やや生気がない。

 見ない顔だったが、会話から≪天馬の剣≫の息子ユーグ・ド・カゾーランであることがわかった。


「気が楽だよな、二世は」

 騎士の一人が、わざとらしく声をあげた。

 そばを通っていたユーグが足を止めることはなかった。だが、視線だけ、声をあげて笑っている男に向ける。

「無視かよ」

 そう吐き捨てながら、騎士の一人がはユーグの進路を塞ぐ。

 流石にシエルは辞めた方がいいと思ったが、自分は見習いだ。この状況に口を出すことが憚れた。


「邪魔しないでもらえる?」

 初めて、ユーグが口を開く。歌うように美しいが、はっきりとした疲労と苛立ちが見て取れた。

 シエルは流石に見ているだけというわけにもいかず、思わず飛び出ていた。しかし、それよりも早く騎士がユーグの胸倉を掴む。

「なに、ヤんの? 徹夜明けで疲れてるんだけど」

 そう言った瞬間、ユーグは抱えていた書類を後ろに投げた。シエルは反射的に、書類の束を受け止めてしまう。


 刹那の間に、なにが起こったか理解した者はいない。気がついたときには、ユーグの胸倉を掴んでいた騎士は、舞うように身を翻らせていた。

 地に落ち、蹲ってしまう男。ユーグは立ち上がろうとする背を踏みつけて、強かに笑った。


「ごめんなさい、私事務方だから稽古には参加しない方針で。寝技は得意だから、相手してあげてもいいけど」


 その表情は事務方を自称しているとは思えないほど好戦的。疲労の色が濃いと思われていた顔は、凛として美しい。

 仮にも、近衛騎士として叙任されている男を簡単にのしてしまった。シエルはその技に感嘆し、息を呑んでしまう。


「このユーグ・ド・カゾーラン。性根の腐った野郎に興味はないから。いろいろ磨いて出直して来なさい」


 ユーグは少しも乱れぬ呼吸で長い赤毛を振り払う。

 負けた騎士の方は悔しそうに舌打ちして、逃げるようにその場を離れた。仲間の騎士たちも同じで、煮え湯を飲まされた顔をしている。


「ありがと。持たせて、悪かったね」

 ユーグはシエルを振り返り、書類の束を受け取る。疲れた表情はしているが、優しく、芯の強い笑みを浮かべていた。

「す、すごかったですっ!」

 シエルは無意識のうちに声をかけていた。ユーグは一瞬、驚いた顔をしていたが、すぐに若草色の眼を細める。

「可愛い子」

 ユーグはフワリと笑いながらそう言って、シエルの頭を撫でた。長くて綺麗な指が、艶やかな黒髪を滑るように撫でる。


 何故だか、顔が赤くなってしまう。

 心臓がドキリと止まりそうになり、次いで、驚くほど速く脈打ちはじめた。全身を熱い血液が駆け巡っていくのがわかった。

 息をするのも忘れていた。こんなことは、初めてだ。シエルは混乱し、どうすればいいのかわからなくなる。


「これ、ユーグよ。せめて、外では大人しくしておれ」

 不意に、ユーグの身体が後ろへ引き摺られるように離れてしまう。見ると、少々困った表情のカゾーランが息子の首を掴んでいた。

 髪色や瞳の色などは類似しているが、こうして並ぶと、体格が全く違う。本当に親子か疑う者がいても、おかしくない。

「父上、普通ですってば。物凄く我慢しています!」

「鍛錬が足りぬっ! 筋肉を磨けば、自ずと女々しさは消える!」

「今のどこが女々しかったと!? 嫌です、私は事務方がいいのです!」

 そんな会話をしながら、カゾーランとユーグは去ってしまった。


 一人残されて、シエルは黙って立ち尽くしていた。

 なんだろう。この感情。心が温かく、いや、熱くなって堪らない。逸る気持ちを抑えられなかった。

 強くて、かっこよくて、そして、美しい人。頭の中が、すぐに同じ人物でいっぱいになっていくのがわかった。撫でられたことを思い出すと、顔が沸騰しそうだ。

 いつか、あんな騎士になりたい。そういう憧れ以上に、もっと近づきたいと思った。


 どうすれば、いいだろう。

 このまま近衛騎士見習いとして、がんばる。それもいいかもしれない。けれども、ユーグは自称事務方で、なかなか表に出ない。見習いになってしばらく経つが、目にしたのは今日が初めてなのだ。

 もっと、ずっと見つめていたい。


「…………?」

 ふと、シエルは視線に気がついた。近衛騎士たちの訓練場を見つめる存在。木の陰から、熱っぽい視線を向けている人物がいた。

 木陰から覗くドレスの裾。数名の令嬢が、目当ての騎士を見つめて、互いに微笑み合っていた。彼女たちは少しも動かず、各々に騎士たちを観察している。

 そうか。ああやって、木陰から覗いていれば、いつでも特定の人物を見ていることが出来る。一日中、観察してれば、遭遇率もあがるのではないか。

 そんな期待が胸に浮かんだ。

 しかし、せっかく、騎士見習いになれたのだ。チャンスを棒に振るわけにもいかない。

 はあ。どうすればいいんだ。

 シエルは悩ましい溜息をつくのだった。





◆おまけ◆


 あれから、しばらく。

 引き籠り姫ことエミール王子の元に新しい教育係が通いはじめた頃のこと。


「父上、父上。最近、あの可愛らしい黒髪の見習い君は、どこにいるのかしら? 見かけなくて寂しいです」

「シエルなら、最近は勤務が終わったら、すぐにどこかへ行っておるようだが。たまに、なにかを探して壁に張り付いておる」

「えええええ。せっかく、美味しそうな子を見つけたと思ったのにぃ。おまけに最近、変な雌豚ちゃんにジロジロ見られるようになったし、困っちゃう!」

「ユーグよ。いい加減、女嫌いを直さぬか?」

「あら、父上の教育の賜物じゃありませんか。私、とっても楽しいから、いいんですよ」

「ぬう……このカゾーラン、一生の不覚よ」

「あら、もう。私、父上の子で良かったですよ。毎日、お気に入りの漢も観賞出来るしね!」

「…………もう、なにも言うまい」

 

 

 

 解説すると、シエルはユーグがオネェだと知らないまま、令嬢に化けてストーカーしていることになります。「或る愛馬の純情2」の時系列と併せないと難しいと思ったので、お見苦しいですが、解説。


 今回の番外編は、これで終わりでございます(`・ω・´)

 次回更新は、いつも通りの明後日7月12日18時予定です♪



 第3章の予告!

 隣国アルヴィオス王国から使者として訪れるイケメン王子! 国家間の交友の一環として、是非とも、エミールとの親睦を深めたいと要求されてしまい――エミール、ついに社交界デビュー!?

 謎めいた王子と、暗躍する男の存在。お節介スキル発動のミーディア。エミールは、ついに恋を自覚するのか!? そして、ルイーゼに隠された秘密とは!?

 そんな話かもしれない( ´∀`)※かなり盛っています、信じないでください。

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