表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
38/191

或る愛馬の純情

 番外編でございます。ミーディアの前世ドロテ視点の健気(?)な奮闘記ですが、よろしゅうございますか?


 以前の番外編「或る騎士の追想」と「或る国王の花嫁」のネタが多く含まれているので、未読の方には通じない箇所もあるかもしれません。ご了承ください。

 全体的に2章の補足的内容でございます。


 

 

 

 風が唸り、蹄の音が歌う。

 息を切らす間もなく、長い脚を前へ前へと出して突き進む。その軍馬――ドロテは粉塵舞う戦場を、矢のように駆け抜けていく。

 ただ主の操る手綱の方向へと走り抜けるだけだ。


「いたぞ、撃て!」

 敵将を見つけたと喚き立てる兵士たちが矢を放つ。それを嘲笑うように、黒衣の騎士――クロード・オーバンは鞭を振るった。

 応えるように、ドロテは走る。

(わかっています、ご主人様! あんなヤツらに、わたしは負けません!)

 馬語で必死にアピールするが、主人には、きっと「ヒヒィーン」としか聞こえていないだろう。

 それでもいいのだ。背に乗せた主人の足となって駆けるのが、ドロテの役目なのだから。


 漆黒の毛並みをまとう身体のすぐ横を、矢がかすめていく。当たるかもしれないという恐怖はある。しかし、例え命中しても、命尽きるまで止まってやるつもりはない。

(それが、馬の美学というものです)

 やがて、ドロテは主人を乗せたまま高い崖の方へと走っていく。反り立つように立ちはだかる崖は壁のようで、とても登れるものではない。

 こんなところへ逃げ込んで、袋のねずみなのではないか? と、疑問に思ったが、口を挟める問題でもない。そもそも、人語が話せない。


 行き止まりで主人が手綱を引いてドロテの動きを止める。

 ドロテは前足をあげて大きく嘶き、追ってきた兵たちを威嚇してやった。我ながら、とてもカッコイイと思う。

 ドロテはそんじょそこらの馬と一緒にしてもらっては困る。ロレリア地方で育った最高級の軍馬なのだ。身体が少々大きくて小回りが利かないかもしれないが、馬力では負けない。

 ドロテは鼻息を荒くして、無駄に威張ってみせた。追いついてきた兵士たちが乗る馬は、どれも貧相で、自分には敵わない。ついでに言えば、乗っている主人もこの中では、ドロテが一番強いはずだ。


(ご主人様は、負けないんだから! がんばって、ご主人様!)

 ドロテは「ヒヒィーンヒヒィーン」と応援して、嘶いた。

「……うるさい」

(はい、ごめんなさい。うう、ごめんなさい!)

 調子に乗りすぎたのか、主人に諌められてしまった。ドロテは頭を垂れて必死に謝るが、たぶん、伝わっていない。


「ようやったな、クロード!」

 そんなことをしているうちに、頭上から声が響く。

 見上げると、崖の上から無数の弓兵が顔を出していた。

 その中央で指揮を執る青年の姿。長い赤毛を肩に流して結い、若草色の瞳に好戦的な笑みを浮かべている。均整のとれた肢体を純白の甲冑に包んだ優男は崖下に向けて、長槍の矛先を振った。

 主人と同じく軍の指揮を任された≪天馬の剣≫エリック・ド・カゾーランだ。


「撃て!」

 カゾーランの号令で、弓兵が矢を放つ。矢による一斉攻撃を受けて、敵兵たちは慄き、倒れ、陣形を崩していった。これで相手の主力騎兵部隊は壊滅だ。

 どうやら、主人は今回、囮となってこの地形へ兵たちを誘い込む役割を担っていたようだ。

 先ほどから機嫌が悪かったのは、その役回りに不服を感じているからだと理解出来た。


(でも、並みの兵では、こんな働き出来ませんよ、ご主人様! 元気出してください。わたしと一緒に、がんばったじゃありませんか!)

「……うるさい馬だ」

 興奮して、つい何度も地を蹴っていると、主が煩わしそうに息をついた。

 人間には馬語がわからないので、仕方がない。ドロテはションボリと首を落としながら、口をモゴモゴとさせてみた。





「クロード、ご苦労だな」

 戦が終わり、鞍から降りるクロードに、カゾーランが労いの声をかける。

 人好きのする甘い表情で笑うカゾーランを、クロードは心底嫌そうな目つきで睨んでいた。

 ドロテも、主人の不機嫌を察知して鼻を鳴らしてやる。


「俺はお前の駒ではないぞ。二度と引き受けん」

「なにを言っておる。おぬしでないと、出来ぬ仕事よ。それに、このカゾーランの策に使われるのだ。有り難く思えよ」

 実際、先の戦局は非常に厳しいものだった。敵のオルマーン軍一万に対して、フランセール軍は二千。劣勢を覆すための策をカゾーランが講じて騎兵を壊滅させ、見事に勝利をおさめたというわけだ。

 だが、クロードにはそれが気に入らないようだった。

「お前は馬鹿か? 馬と鹿か? 自惚れるのも大概にしろ」

(ご主人様、馬と鹿は聞き捨てなりません! なんだか、馬が馬鹿にされている気がします!)

 ドロテは二人の間へと割って入るように、首を突っ込んだ。恐らく、意図は伝わっていない。クロードは煩わしそうに顔を背けてしまった。


「そうか、そうか。ドロテは拗ねているのだな? おぬしもよく頑張ったからな」

 カゾーランはドロテの意図が一部伝わったのか、フサフサの(たてがみ)を軽く撫でてくれた。

 少し意味は違うが、労いの言葉をもらって、ドロテは有頂天になる。自分の主があまり褒めてくれないので、素直に嬉しい。

(ふふふふふ……カゾーラン様、大好き!)

 カゾーランの艶やかな赤毛をムシャムシャしながら、ドロテは鼻息を荒くする。

 褒められると、ついつい相手の髪をムシャムシャしてしまいたくなるのだ。


「こぉら、やめぬか」

(ふふふ、やめませんっ)

 主人は、あまりドロテを褒めてはくれない。手入れくらいはしてくれるが、恐らく、他の馬と扱いは変わらない。それが、ドロテにとっては、とても寂しいのだ。


 これでも、ドロテは転生歴が二回ある。

 一度目の馬生は荷物運びのロバだった。地味でつまらない、しかし、のんびり平和な馬生であった。

 二回目は高級軍馬だったので、張り切った。若い貴公子の初陣で華々しい戦場デビューを飾るはずだったのだが、混戦になって主が落馬。自分も足の骨を折って、処分されてしまった。

 それに比べて、今回の主人は王国最強と謳われる首狩り騎士。≪黒竜の剣≫を頂いた正真正銘の勇士だ。やっと、自分の力が生かされる。ドロテは現世こそ、活躍してみせると決めていた。


 主人は一度も、ドロテの名前を呼んでくれたことがない。

 そればかりか、あまり撫でないし、どんなに頑張っても褒めてくれない。そんなドロテは厩舎に帰ると、馬仲間から「主に愛されない馬界の面汚し」と罵られることもあった。


(それでも、いいんです。ご主人様のために、尽くせることが喜びなんです!)


「馬など、どうでもいいだろう」

「なにを申しておる。馬とて牝だぞ、愛でぬほかなかろう」

「……お前は、女なら馬でも良いんだな」

「はんッ。そんなことだから、おぬしは女心もわからぬのだ。嘆かわしい。ロレリアの令嬢には、いい加減、結婚を申し込んだのだろうな?」

「…………黙れ、女々しい話に興味はない。だいたい、俺がいつお前にセシルの話をしたっ!」

「さては、まだ求婚しておらんな。馬鹿な男だ。適齢期の女が、いつ帰ってくるかもわからぬ阿呆の帰りなど、待っているはずがなかろう。機を逃すと痛い目を見るぞ?」

「黙れと言っている。お前に指図される覚えなどないぞ。女々しい話ばかりしおって!」

「女々しい女々しいと、さっきから聞き捨てならんな? このカゾーラン、正真正銘の漢ぞ!?」

「夜な夜な違う女の元に夜這いする女々しい漢か、よくわかった」

「ええい、うるさい。確かに、まだまだ筋肉増強過程ではあるが、女々しい呼ばわりされるほど、このカゾーラン、軟弱ではない!」

 カゾーランはそう吐き捨てて、傍らにあった自分の長槍をとる。クロードも、応えるように腰から片刃の剣を抜いた。


(ご主人様、がんばって! でも、お優しいカゾーラン様も負けないで!)

 さほど珍しくない日常の光景に、ドロテは目を輝かせた。

 カゾーランは軍師のような役回りをすることが多いが、感情に流されやすい。故に、だいたい些細なことでカゾーランが怒って喧嘩になり、得物を振り回すのが日常茶飯事だ。

 兵士たちも心得ており、誰も止めない。むしろ、この二人を止めに入るならば、首と胴がおさらばする覚悟が必要である。


(知っておりますとも。お二人はとても仲良しだと、ドロテは知っておりますよ。ご主人様!)

 割と本気で刃を叩き込む二人の姿を見ながら、ドロテはのほほんと口をモゴモゴさせる。

(どうせ、ご主人様が勝つんですよね。もう158回勝ってますもんね。そういえば、まだ今日のご飯をもらってませんよ、ご主人様。お腹空きましたぁ。早く終わりませんかねぇ)

 と、ドロテは青い空を眺めるのだった。


 その後、ドロテの予想通りカゾーランは通算159回目の敗北を記録し、「くそぉッ、やはり筋肉が足りぬのかぁぁぁあああ!」と叫びながら、一心不乱に腕立て伏せする姿が確認された。




 † † † † † † †




 戦局というものは、往々にして冬季は滞る。

 冬の戦争は兵の消耗が激しい。寒さで武器を積んだ馬車が凍ることもあるし、充分な食糧を用意出来ないことも多い。

 大概、兵は冬営地で冬を越すこととなる。

 今年の冬も、例に倣ってフランセールの継承戦争は一時停戦していた。


 この機を使って、主な指揮官は王都へ帰還することとなる。

 東方でオルマーン帝国の侵攻を食い止めていたクロードとカゾーランにも、王都への帰還命令が出た。


(ご主人様、かわいそう)

 ドロテは馬なりに、主を心配して頭を垂れた。本当は、「帰還命令」でなかったら、冬営地に残るつもりだったのだろう。

 此度の帰還命令は他でもない。国王の元に迎えられた王妃との挙式が目的だった。

 既に教会での式は秋に済まされている。だが、そのときは戦火が激しく、大々的な結婚式を挙げることが叶わなかったようだ。有力な貴族も戦地へ赴いていたので、改めて、披露宴を行う運びだ。

 ドロテは勿論、そんな宴の場に参加など出来ない。しかし、侵略戦争を見事に退けるフランセールの戦果を祝って、凱旋パレードが行われる。


(ふふ、ご主人様を乗せたわたしが、一番美しいはずです。こんなに誇らしいことは、ありませんっ!)

 あまり派手ではないが、装飾品で飾ってもらえて、ドロテは実にいい気分だった。

 鼻息がいつもより荒くなる。今までの前世で、ロクな活躍をしないまま死んできたせいか、こんな瞬間が来るのを夢見ていたのだ。


「あら、クロード、ドロテ。お久しぶりね!」

 パレードの前に、明るい声がかけられる。

 その声がセシリアのものだと気づき、ドロテは興奮した。

 ドロテはロレリア地方の高級馬だ。ロレリア侯爵がクロードに与え、セシリアが名付けてくれた。

 セシリアはまっすぐにドロテの前まで歩み寄り、優しく顔を撫でてくれる。


(お久しぶりですっ、セシリア様! ふふっ、そんなに撫で撫でしないでくださいっ。うふふ、嬉しすぎて涙が出ます)

 撫で撫でに餓えていたせいか、ドロテは鼻頭をセシリアに思い切り擦りつけてしまう。ついでに、優しい小麦色の髪もムシャムシャ。

「ふふふ、ドロテはいつも髪を食べるのですわね」

 セシリアは嫌がらず、笑ってくれた。

(これこれ! これです! この反応です! わたしは、こういうのを求めているんです!)


 ドロテはすっかり興奮したまま、鞍の上に跨る主人を振り返った。

 だが、そこには表情がすっかり抜け落ち、なんとも言えない腑抜け……いや、不機嫌な顔があった。

(あー……そう、ですよね。ご主人様、複雑ですもんね)

 クロードはセシリアに求婚するつもりだった。だが、戦場に出ている間に、セシリアは国王アンリ三世と政略結婚してしまったのだ。

 その報せを聞いたときの主人は、巷で噂される悪魔のような首狩り騎士そのものの形相で戦地を駆け、敵兵の首を狩りまくっていたのを覚えている。

 冗談だと思われるかもしれないが、単騎で敵陣を壊滅させる働きだった。カゾーランも「死にに行ったのかと思ったら、阿呆みたいに強くて困った」と言っていたくらい無茶苦茶な武勇であった。


 ドロテは腑抜けた主の顔など見なかったことにして、再びセシリアと戯れることを選んだ。出来るなら、ロレリアに帰ったときのようにセシリアを背中に乗せて歩きたいくらいだ。

(はあ。ご主人様が腑抜けげふんげふん、もう少し上手くやってくれたら、今頃は、セシリア様といつも一緒にいられたのに。そうしたら、いつでも可愛がってもらえるのに!)

 馬鹿馬鹿ー! と、主人を罵りながら、ドロテは首をブルンッと震わせる。ついでに、セシリアの髪もムシャムシャし続けた。

「……いい加減にしろ」

 調子に乗って髪をムシャムシャし続けるドロテに向けて、冷気を帯びた声が落ちる。

(うう、ごめんなさい。現実逃避してました)

 ドロテはしょんぼりして、渋々とセシリアの髪を解放する。パレードのためにしっかりと結われていたためか、髪型は大きく崩れてはいない。勿論、その点は気をつけてムシャムシャしていたつもりだ。

 あまり凝っていない純白の衣装に身を包んだセシリアは、本当に美しかった。ロレリアにいた頃も美しかったが、更に輝いて見える。馬目線で見ても、素敵な女性だと思う。


「セシリア、どうしたのだ」

 ドロテが初めて聞く声だった。見ると、セシリアを探して立派な馬車から青年が降りてくるところだった。

 豊かなブルネットの髪に縁取られた顔は白く、あまり外に出ないことがわかる。細い肢体は頼りなく、普段、ドロテが見ている戦士たちのものと比べると見劣りした。

 軟弱そうな男だ。表情がややぎこちないせいで、余計にそう思う。


「あら、アンリ様。クロードとお話しようと思いまして」

(アンリ様? ということは、この方が国王陛下なのですか? ご主人様から、セシリア様を横取りして、わたしの撫で撫でライフを邪魔した国王陛下ですか!?)

 ドロテは無性に憤りを覚えて、鼻息を荒くした。クロードがポツリと、「うるさいぞ」と言っていたが、聞こえない振りをした。


「ああ、そうか。そなたたちは同郷であったな」

 アンリはセシリアの隣に立ち、馬上のクロードを見上げた。流石にクロードは下馬し、地に膝を立てる。

「ご挨拶が後になってしまい、申し訳ありません。両陛下」

「良い、顔をあげよ。そなたとは、あまりゆっくりと話していなかったからな。今度、カゾーランと共に食事にでも来るが良い。私の妻が故郷でどのように過ごしていたか、聞いてみたい」

「は……是非……」

 やり取りを聞いて、ドロテは憐れみを禁じえなかった。


(ご主人様、可哀想! あんまり、いじめないでくださいっ!)

 目の前でセシリアの肩を抱いたりする若い国王を蹴り倒したい思いでいっぱいだった。

 クロードを見ると、顔を伏せて必死に表情を隠している。セシリアの方は笑っていたが、本心は馬のドロテには読み取れない。

(あなたのせいで、わたしの撫で撫でがっ! ご主人様の機嫌もずっと悪くて、構ってもらえないし! ああああああ、馬目線で見ても許せませんっ!)

 ドロテはぷりぷりと怒って鼻をブルルンッと鳴らす。

 荒ぶっているのを感じ取ったのか、アンリがフッとドロテに視線を移す。彼はおもむろに近づくと、不機嫌なドロテの首に優しく触れた。


「良い馬だな。私には、とても乗りこなせんよ」

「あら、アンリ様。ドロテを気に入ってくださるのね。ご成長なされましたわね」

 ドロテを撫でているアンリの頭を、セシリアが撫ではじめる。どんな意図があるのか、ドロテにはわからないが、その光景はとても幸せそうだと思った。

「何ヶ月経ったと思っている」

「三ヶ月ですわ。すごい進歩です。筋金入りの無頓着だったのに」

「もうその話は良かろう……」

 アンリはむず痒そうにしながら、ドロテの鬣を撫でた。その手つきが少し心地よくて、ドロテは思わず鼻を鳴らしてしまう。


(だ、だめ! この方は、わたしの憎きお邪魔虫なのよ。ご主人様とわたしから、セシリア様を奪った人なのよ!)

 ドロテは撫でられて興奮する気持ちを抑えながら、必死で首を振る。アンリは突然のことに少し驚くが、「どうどう」と軽く首を叩いた。


「陛下、申し訳ありません。すぐに大人しくさせます」

「いや、良い。今度、時間のあるときに乗せてくれないか? あまり乗馬は得意ではないが」

 アンリの申し出にクロードは困った顔をしつつ、小さく、「御意にございます」と俯いた。

 一方、ドロテはすっかり興奮しきってしまう。


(乗せろですって。わたしに、陛下を乗せるですってー!?)


 主人以外の人間はセシリアしか乗せたことがない。いわゆる、特等席なのだ。それなのに、乗せて欲しいとは。

 乗せて欲しいとは……乗せて欲しい、とは。


(そんなこと、セシリア様にしか言われたことがありません!)


 腹立たしいはずなのに、とても嬉しい。元々、褒められることに餓えていたドロテは、その甘い言葉にまんまと騙されてしまう。いや、騙されそうになって、自我を保つ。しかし、どうしても怒りで塗りつぶすことが出来なかった。


(そんな……そんな……! そんな嬉しいことを言われたら、耐えられなくなるじゃありませんかっ! いい。いいです。陛下、乗ってください! むしろ、今すぐ乗って!)


 我を忘れて、ドロテはついアンリのブルネットの髪に口を寄せる。ムシャムシャくらいでは、おさまらない。おさまらない。おさまらない!


「お、おい!?」

「アンリ様!?」

 クロードとセシリアが同時に声をあげる。

 気がついたときには、ドロテは耐えきれず、国王の頭にガブリと噛みついてしまっていた。勿論、痛くないように甘噛みだ。ムシャムシャではおさまらなかった欲求が、一気に満たされていく。


「陛下、大丈夫ですか!」

「ああ、ドロテ。なんてことを!」

 気分が良いドロテに対して、二人は顔を青ざめながらアンリに駆け寄った。

「さ、流石に驚いたな!」

 噛まれた頭を押さえて、アンリが声をあげている。そこで、ようやく、ドロテは自分が不味いことをしてしまったと気づく。


(あ……つい、やってしまいました……! どうしましょう!)

 国王陛下の頭を、噛んでしまった。甘噛みのつもりだったが、噛んでしまった!

 こんなことをして、ドロテは処分されてしまうかもしれない。

 最悪、飼い主であるクロードにも責任が及ぶかもしれなかった。いや、既にクロードは殺気を発しており、このまま愛馬の首を献上して場をおさめようとする勢いだった。

(うう。だって、だって。いつもご主人様撫でてくれなくて、ストレス溜まってたんですぅ。褒められて、抑えられなかったんですぅ)

 言い訳のようなことを言いながら、ドロテは「ヒヒィーン」と頭を垂れる。

 だが、そんなドロテを見上げて、アンリは息をつく。


「私は平気だ。大事ない。今朝貰った一発に比べたら、手緩いくらいさ」

 アンリはセシリアにそう言うと、なんでもない様子で立ち上がってみせた。クロードも、毒気を抜かれたように殺気をおさめていく。

「オーバン、約束を忘れてくれるなよ」

 アンリは軽く言うと、セシリアの手を引いて自分たちの馬車へと戻っていく。

 その背を、ドロテは思わず熱っぽい視線で見送った。


(国王陛下……馬目線で見ても、素敵な方! 馬のわたしにも慈悲を!)

 だが、次の瞬間には思い出したように首を振った。

(でも、あの人は、わたしのご主人様をいじめるのですっ。セシリア様と仲良くしすぎです。可哀想です! それは許せません! やっぱり、憎いです! ときめいたら、ダメです! ……でもでもっ! でーもー!)


 悶々とした葛藤を抱えて、ドロテは高く前足をあげて嘶くのだった。




◆おまけ◆


「痛ッ。今、私は殴られるようなことをしたのかっ!? ここは労わるべきではないのか!?」

 馬車へ帰るなり、セシリアはアンリの脛に蹴りをお見舞いした。アンリは驚き、抗議の声をあげてしまう。

「ええ、まあ。アンリ様が割って入ったせいで、クロードと気まずい空気になりましたわ。しばらく、お話してくれないかも」

 アンリにはよくわからないことだ。なにか事情があるなら、話して欲しいものだと思ってしまう。


「せっかく、セシリアが悲しむと思って、あの馬もオーバンも処罰しなかったのに」

「その件については、感謝しております。ありがとうございます、アンリ様」

 脇腹に拳がグリグリと押し付けられる。

「ぐ。な、ッ。何故!」

「ドロテを褒めたのは、わたくしへの下心があったのではないかと思いまして」

「あった! ぐがっ、な、み、鳩尾は……やめッ」

「では、次は頭に」

「噛まれた場所はだめッ……う、ぉっ。はあ、く、くそ……!」

 先ほど噛まれた箇所に平手の一撃をくらい、アンリは頭を抱えて俯いた。

「流石に痛かったですか?」

「いつも痛いぞ。だ、だが、良い。許す。許すぞ……むしろ、そろそろ癖になってきた頃合いだ」

「あら。まるで、わたくしがアンリ様を調教しているような言い草ですわね。聞き捨てなりません」

「そうか、これが調教なのか……悪い気はしないな」

 不敵な笑みを浮かべるアンリを、セシリアはたいそう残念そうな表情で見据えるのだった。

 

 

 

 いろんなキャラの髪の毛食いまくって、クロードdisっただけです。


 サラッと「正統派イケメンだった若い頃のカゾーラン」と「陛下×セシリアのイチャイチャ」というリクエストも消化しました……消化できてるのか?( ゜Д゜)


 次の更新は、本日17時です!

 現世に戻って、ミーディアの観察日記です♪

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ