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その33 現世がハッピーエンドなら、それでいいのですわ。

 陛下だって、ちゃんとお仕事するんです。

 視点移動あり。新章に繋げるための新単語出現や双子表記で、ややワチャっとしています。ご注意ください。


 次回7/10は番外編更新。1日で4回更新します。

 

 

 

 賊は再起不能の者も含めて、全員確保された。

 事前にカゾーランから知らされていた通りに、刺客を放ったのは王弟フランクだった。

 手筈通り、アンリはフランクを確保させるよう兵に命じた。だが、フランクは既に屋敷にはおらず、翌朝、セーナ河に殺害された状態で浮かんでいたという。

 仮にも王族の不始末。しかも、実弟である。アンリは少々面倒な雑務に追われることとなった。


「そなたは、どう考える」

 報告書の束を無造作に投げ出し、アンリは息をついた。

 ここ数年、平和な生活を満喫していたせいか、こんな狭い執務室に閉じ籠もることなど、ほとんどなかった。


「アルヴィオスが絡んでいるのではないかと」


 口を開いたカゾーランからは、予測していた答えが返ってきた。やはり、そう考えるのが自然か。

 海を渡った隣国――アルヴィオス王国。

 元々はフランセール人の海賊が渡り、築いた島国だ。そのため、別名を「海賊王国」と呼ぶ者もいる。近隣諸国では最大規模の艦隊を持ち、海上戦では負けを知らぬ無敵国家だ。

「このタイミングで、使者を変更すると言っている。妙ではないか」

 事件のことは内々に揉み消している。偶然かも知れないが、時期が重なっているのが気になった。こちらの内情を漏らす者がいると思うのが自然だ。それがフランクであった可能性はある。

「フランクを始末したのはアルヴィオス人か」

「まだ早計かと。しかし、フランク殿下の後ろ盾だった可能性は否めませぬ」

 これまで、目立たない日陰者だった王弟が突然の謀反を企てた。しかも、国内貴族の中に彼へ加担した疑いのある者は、少数であった。外国勢力を後ろ盾に事を起こしたと考えるのが自然だろう。


「どうしましたかな、陛下?」

 自分では気がつかなかったが、アンリは思いのほか、悩ましい溜息をついていたようだ。心配そうな顔をするカゾーランを前に、アンリは頭を抱えて項垂れた。

「くれぐれも内密にしてくれよ、カゾーラン。実は、その変更されたアルヴィオスの使者だが、向こうの王子なのだ。それで、一つ不味い要求を――」

 アンリが言いかけたとき、扉をノックする音が聞こえる。

 誰にでも聞かせる話ではない。アンリは仕方なく話を中断することにして、「入りたまえ」と促した。


「お茶のご用意が出来ました、アンリ様」

 アンリ様。十五年も前に亡くなった王妃と同じ呼び方でアンリを呼んだのは、黒髪の少女だった。

 ミーディア・アメリア・ド・カスリール。カスリール侯爵の令嬢で、近衛騎士に双子の兄がいる。兄シエルと似た青空色の瞳に、ミーディアは上品な笑みを浮かべた。

 アンリはとっさにミーディアから視線を逸らし、「そこへ」と書き物机の端を指差す。

 カゾーランが意味深な視線でアンリとミーディアを交互に見ているが、素知らぬ振りをしてやった。


 先日の件で、シエル・クレマン・ド・カスリールは目覚ましい働きを見せた。見習い騎士の身でありながら、単身、アンリとエミールを襲撃者から守り抜いたのだ。あとからカゾーラン親子が駆けつけたとは言え、アンリは彼に褒美を出すことにした。

 シエルは見習いから、正式に近衛騎士に任命することになった。これは、首狩り騎士クロード・オーバンと同じく最年少での抜擢となる。


 そして、シエルは私的に、もう一つ報償を要求した。


 自分の妹であるミーディアをアンリの側仕えにすることだ。

 そのこと自体は造作もない。王族の傍に置く従者はほとんど貴族だ。カスリール家ほどの名門の娘なら、国王の傍に置いても問題はない。

 だが、

「では、カゾーランは失礼致すことにしましょう」

 なんの空気を読んだのか知らないが、カゾーランが退室してしまう。アンリは思わず「ま、待て!」と声をかけるが、何故だか聞こえない振りをされてしまった。


「アンリ様、如何しましたか?」

 甘い香りのする紅茶を注ぎながら、ミーディアが声をかける。不意に目が合ってしまい、アンリはブルネットの髪をグシャリと掴んで俯いた。


 ――実は、僕の妹は前世の記憶があると言っているのですよ。


 彼女の兄シエルは、妹を側仕えにしてほしい理由を、こう語っていた。


 ――僕も信じられません。でも、ミーディアは頻りに、陛下の夢を見ると言うのです。そして、自分は亡き王妃様の生まれ変わりかもしれないと言って、夜な夜な泣いています。信じられない話でしょうが、僕は妹の心を少しでも救ってあげたいのです。


 そのようなことを聞かされて、平常心でいられるわけがなかろう!


 直感的に、アンリはシャリエ公爵の令嬢をセシリアの生まれ変わりだと信じた。だが、別に確証があったわけではない。セシリアによく似た令嬢を傍に置く名目が欲しかっただけだと、今では思う。

 しかし、自らセシリアの生まれ変わりであると名乗る少女が、目の前に現れた。

 完全に信じているわけではないが、落ち着けと言うのが無理な話だ。


「アンリ様、お加減が悪いのですか? 顔が赤いです」

「あ、そ、そうなのか? 今日は暑いからな!」

「わたしには、少し肌寒いくらいです」

 雨がしとしと降る窓の外を見つめ、ミーディアは自分の腕を擦って温める動作をした。アンリはぎこちなく紅茶のカップを持ち上げながら、「ああ、そうだな。今日は寒いな」と言い直す。

 こんな少女のことを直視出来ないなど、恥ずかしい話だ。


 シャリエ公爵令嬢の方が仕草や雰囲気は、恐らく似ている。だが、ミーディアの言動の端々には、セシリアの面影を感じるのだ。自信はないが、そんな気がする。

「もう、アンリ様ったら。少しくらい、こっちを見てください」

 不意に、ミーディアが視線を逸らし続けるアンリの肩を叩いた。少し遠慮がちだが、確かに、この少女はアンリを叩いた。

 セシリアも、きっとこのタイミングで殴っただろうか。と、思ってしまった。

 アンリがセシリアの気分を害することをすれば、すぐに殴ってもいい。そんな約束を交わしたことを思い出しながら、アンリはミーディアを見上げた。


「これからも――」

「なんですか?」

 首を傾げるミーディアから視線を逸らしながら、アンリは小さく呟いた。

「遠慮なく、殴ってくれても、構わないぞ」

 ミーディアはしばらく眼を見開いていたが、やがて、優しく笑う。

「はい、アンリ様」

 やはり、この少女はセシリアの生まれ変わりなのだろうか。そんな淡い幻想を抱きながら、アンリは甘い香りの紅茶を啜った。


 ――考えることを放棄していては、いつか身を滅ぼしますわよ。


 ふと、シャリエの令嬢に言われた言葉を思い起こす。

 ほとんど同じ言葉を、アンリはセシリアから言われたことがある。

 婚姻の儀を結んですぐのことだ。少々勘違いしていた腑抜けの自分をセシリアが諌めてくれた。あれがなければ、アンリは考えることをしない愚王になっていただろう。


 偶然か、それとも、ミーディアから伝え聞いていたのだろうか。少しばかり、引っ掛かる気がした。


「ん? なにをしておる?」

 アンリはミーディアが後ろを向き、なにかを必死にメモしている姿に気づく。ミーディアは慌ててメモ帳を身体の後ろに隠し、誤魔化すように笑った。

「いえ、少々観察日記……ではなく、アンリ様のお傍に仕える心構えをメモしていたのです」

「そうか。別に気にせずとも良いぞ」

 勉強熱心な少女だ。そのようなところが健気に思えて、アンリは自然に笑みをこぼした。


 まあ、些細なことを考えるのは辞めるとしよう。

 問題は山積みなのだから。しばらくの間は、要らぬことにうつつを抜かしている暇はない。


 机の隅に追いやられた書簡。

 アルヴィオス王国からの親書には、こう書かれていた。


 ――是非、我が国のギルバート王子と、貴国のエミール王子の親睦を深めんことを、切に希望したく存じます。




 † † † † † † †




「いッ……う、ぅ……不甲斐ないですわ」

 ロボットのようにぎこちない動作で歩きながら、ルイーゼはようやくエミールの傍らに腰を下ろした。

 筋肉痛だ。情けない。

 カゾーランに追いかけ回されたせいで、余計な体力と筋肉を使ってしまった。あとで文句を言ったら平謝りされたが、物足りない。鞭でシバきたかったが、その余裕すらなかった。


「ねえ、ルイーゼ」

 身体の痛みにヒィヒィ呻きをあげるルイーゼの隣で、エミールが呟く。ルイーゼはカクカクした動きで首を回して振り返る。前のように王宮通いを辞めるという選択肢もあったが、それはプライドが許さなかった。


「シエル……ううん、ミーディアは、本当にあれでよかったの、かなぁ?」

 巻き込んでしまったので、エミールには、一応の概要を伝えてある。勿論、ルイーゼが転生者であることや、ミーディアの前世が本当は馬であることは、面倒なので伏せていた。


 ルイーゼにしたのと同じように、ミーディアがアンリに対してセシリアの生まれ変わりであると騙ったのは予想外だった。

 しかし、それが一番効果的だとも思う。アンリがルイーゼとの結婚を取りやめると言っているので、こちらにも得はあった。


「なんだか……生まれ変わりとか、嘘ついても、よかったのかなぁって」

「よろしいのではありませんか? わたくしも、陛下と結婚せずに済みそうですし」

「で、でも、嘘ついてるんでしょ?」

 そうだ。ミーディアは嘘をついている。

 その嘘に加担して、ルイーゼも彼女に自分の知るセシリアの仕草や言葉遣いを教えた。カゾーランも一枚噛んでいる。


「結局のところ、これからを育むのは、あの方たちですもの」

 ルイーゼに恋愛の良さはわからない。非合理的で邪魔なものであると思っている。

 けれども、他人の恋路を邪魔するほど嫌悪しているわけでもなかった。一度手伝ったのだ。満足するようにさせればいいと思っている。

 ルイーゼは過去を引きずるアンリを見て怒りを覚えた。しかし、ミーディアは逆にそれでいいと思っているのだ。好きにさせればいい。


「そういうもの?」

「そういうものでも、いいのでございますわ。物事全てに正解が用意されているわけではございません」

 エミールはまだ少し納得いっていないようだったが、「ルイーゼが父上と結婚して死んじゃうより、マシ……かな?」と謎の納得をしていた。なにか誤解されているような気もするが、解くのも面倒だった。


「あ、あのさ、ルイーゼ……僕のこと、た、助けてくれて、ありがと」

 先日のことだろう。エミールはキラキラとした表情で、ルイーゼに羨望の眼差しを向けている。

「かっこよかったよ」

「それは、どうもです」

 まるで、ヒーローアニメを見る幼稚園児のような眼差しだ。

「もし、僕が生まれ変わったら、ルイーゼみたいに、な、なりたいな!」

 そう言われて、ルイーゼは少し困ってしまう。


 エミールはルイーゼが七回も刺されて死んだとは思っていない。しかも、直近の前世は彼のトラウマを産み出した張本人である。

 このことを知ったら、エミールの表情はどう変わるだろう。ふと、そんなことを考えてしまった。

 蔑む? 怯える? 嫌うだろうか?

 そんなことを気にするのも馬鹿馬鹿しい。しかし、知られてしまうことに対して、一抹の不安を覚えてしまう。


「生まれ変わる前に、しっかり立派な王子になってくださいませ」

「う、うん……わかってるよ」

 エミールはもじもじと俯き、コクコク小刻みに頷いた。どうにかしようという気は、あるらしい。それだけでも、進歩というところか。

「それに、生まれ変わらずとも、現世をハッピーエンドで終えることが出来れば、それでいいのですわ」

 恐らく、ルイーゼのように何度も転生する者は稀だろう。それならば、一度の人生を無駄なく幸せに過ごす生き方をすべきだ。ルイーゼだって、次も転生するとは限らない。突然、この人生で終わりを迎えるかもしれない。

 なにひとつ、確証はない。


「ルイーゼは、今、幸せなの?」

 エミールが問う。ルイーゼは少し口を尖らせ、数秒考え込んだ。

「……まだ十五ですもの。よくわかりませんわ」

 とりあえず、刺されて死ななければいいのだ。

 まだ十五の人生では、こう答えるしかないと思えた。




 陛下のセシリア関連の思い出話(?)は、だいたい「或る国王の花嫁」より。


 第2章終了しました!


 第3章に入る前に、また番外編を挟みたいと思います♪ 今度は3話用意しております!

 旧web拍手のまとめ~ジャンVer~も作っておりますので、久々に殴りたかった方も、どうぞ!(おまけ要素もあります)

 今度は次の更新日7月10日金曜日に一挙更新したいと思います。1日で4回更新しますので、話数などお間違えないように!

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