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その29 それは職権乱用ですわよ!

 

 

 

 物心ついた頃、ミーディアは自分に前世の記憶があるのだと理解した。

 明らかに自分の体験ではない記憶が頭の中に存在していたのだ。それは自分自身のこと。しかし、演劇のように淡々とした記憶の断片。だが、成長するにつれて思い出される前世の記憶を繋いでいくたびに、自分にはそれが他人事だとは思えなくなっていた。

 馬であった前世の自分。

 主人に気に入られようと、どこへでも駆けた。賢く立ち回ろうと、必死だった。

 でも、主人に名前さえ呼ばれないまま終わった自分の前世。戦場で怪我をして、あっさりと手放されてしまった。用済みだと言うように。いや、実際、用済みだったのだろう。


 兄のシエルが見習い近衛騎士に叙任され、王宮へ通うようになった。

 だが、シエルは日に日に元気を失くしていった。そして、もうお勤めに出たくないと言い出したのだ。


 恋をしてしまったと、彼は語っていた。


 ――せめて、女に生まれていれば、あの人に近づけるかもしれない。ただ、近くにいたいだけなんだ。


 そう嘆息するシエルの悩みを、ミーディアは無碍にすることが出来なかった。

 慕った人の視界にも入らない人生。気にも留められず、なんの見返りもない人生。ミーディアの前世は馬だったけれども、シエルの言葉が他人事には思えなかったのだ。


 ――では、わたしと入れ替わる?


 ほんの出来心だったと思う。子供みたいな、ささやかな遊び。そのつもりだった。





「で、近衛騎士に紛れているうちに、国王様に入れ込んでしまったと?」

「はい。だって、陛下ってば、馬目線から見ても素敵な方でしょう?」

「馬目線など、理解出来ませんけれどね!」

 先ほどまでの凛とした少年の表情は演技だったのか。ミーディアはとろけるような表情で、うっとりと物思いに耽っていた。

 ルイーゼがあまり好きではない表情だ。恋愛脳のお花畑だ。虫唾が走る。しかし、ジャンを置いてきてしまったので、ストレス発散が出来ない。


 ルイーゼは過去七回の前世を持っている。

 だが、正直なところ、真面目に恋愛というものを経験した経験は七回目の前世だけなのだ。むしろ、七番目の自分は、どういう頭の構造で、そのような非合理的な感情に流されてしまったのか、理解に苦しむ。

 男女の仲など、駆け引きの一種でしかない。利害の一致以外に、なにが必要なのだろう。そんなものに取り憑かれたところで、身を滅ぼすだけではないか。キャバ嬢や詐欺師をしていた頃は、脳内お花畑馬鹿を相手に商売していたので、余計にそう思ってしまう。

 理解出来ませんわ。

 一方的に片想いを寄せるミーディアのことも、過去の妻に焦がれるアンリのことも、自分の前世も、ルイーゼには理解出来ない。同じような愚者に思えてならなかった。


「他人の恋だの愛だのに口を出すつもりはございませんが……いくら、あなたたち双子が似ていても、一年後や二年後には、同じようにいかなくてよ?」

 双子と言えど、成長すれば男女の差は顕著になるだろう。今のように気軽に入れ替わって、男装や女装が出来るとは思えない。十五歳の今がギリギリ賞味期限だろう。

 そんなことは、ミーディアだってわかっている。そう言いたげに、彼女は俯いてしまった。

「わかっていますっ。でも、今のわたしに出来ることは、これくらいしか……」

 ミーディアは膝を抱えて座り込み、地面に「の」の字を書きはじめる。うっとりしたり、落ち込んだり、気分に波があるようだ。

 そういえば、前世で乗っていた馬も、気分屋だったことを思い出す。ついでに、撫でた相手の髪の毛をムシャムシャ噛む癖もあった。


「わたし、前世では良い扱いを受けなかったけれど、ご主人様のことは、とっても好きだったんですよ。セシリア様だって、いつも撫でてくれて……結婚してくれていたら、わたし、いつでもセシリア様に頬ずりしてもらえたのに。セシリア様を背中に乗せて走れたのに。セシリア様の髪の毛ムシャムシャ出来たのに」

「それ、遠まわしに当てつけですわよね。むしろ、王妃様の方が好きだった言い草ですわよね!」

「馬目線でも、セシリア様は素敵な方でした」

「否定しないのですわね」

 頻りに馬目線を強調する男装の少女は、拳をグッと握って力説した。もはや、恋愛脳がどうこうの域を越えて、意味がわからない。


「だから、そんなセシリア様をご主人様から奪いとった方が、本当はどんな人なのか見てやろうと思ったんですよ。前世では、少し撫でてもらっただけで、あまり拝見する機会がありませんでしたからね」

 ミーディアは少し切なそうな表情で、空を見上げた。彼女の瞳の色と同じ蒼穹を、雲がゆっくりと流れていく。

「玉座での堂々たる御姿はさることながら、たまに見せる身勝手な振る舞いが少し愛らしくて……暇があれば、エミール殿下の自室へ踏み込もうと意気込んでは、こっそりと諦めて帰っていく姿のなんて情けないことか。でも、いいんです。とても、可愛らしいから。ふふ、たまに寝言を言いながら寝台から落ちたり、顔を洗い忘れて侍従長様に注意される陛下だって、知っているんですから。窓の外にはりつくのも上手くなったし、屋根裏生活にも慣れました」

「それって、ストーカーしてますわよね。思いっきり、ストーカーですわよね!」

「失礼ですね。わたしは兄の代わりとはいえ、近衛騎士見習いとして、ここにいるのですよ。陛下を随時見守るのは、健全な行為だと思いますが」

「職権乱用ですわよ、それ!」

 ルイーゼの指摘に、ミーディアは眉を寄せた。恋は盲目と言えばいいのか。それとも、馬目線では、そこまでするのが常識なのか。もしかして、前世の自分は見張られていた!?

「馬目線では限界がありました。人目線って素晴らしいですね」

「その願望はあったのですわね!?」

 ミーディアの笑みが恐ろしく思えてくる。この前世馬、いや、ストーカーは危険な気がする。主に、どんな黒歴史を知られているかという点で!


「陛下を見守り続けるうちに、自分の前世が如何に不当なものだったかを思い知りました。そして、気がついたら沸々とあなたに悪戯してみたい気持ちが湧いてきてしまって……」

「それで、あの求婚ですか」

「はい。でも、それは割とどうでもいいんですっ。本当にちょっとした出来心ですから。とにかく、わたしは陛下のお傍にいたいんです。なんとかしてください、元ご主人様」

「悪戯で求婚までしてきた割には、都合のいいときだけ頼らないでくださいますか!?」

 ルイーゼが拒絶すると、ミーディアは冷めきったジト目で睨みつけてきた。こうなったのは、お前のせいだと言わんばかりの表情だ。


 確かに、ルイーゼは前世で愛馬に情を注がなかったかもしれない。しかし、だからと言って無茶だ。前世のことは、大概アホの恋愛脳だと思ってきたが、流石にこればかりは自分のせいではないと思いたい。


 けれども、このままアンリの問題を放置するのも、些か憚れた。

 彼はルイーゼをセシリアの生まれ変わりだと思い込み、重ねている。年甲斐もなく十五の令嬢に結婚を申し込むほどだ。昨夜はエミールのお陰で逃げられたが、問題が先送りになっただけである。


 どこかで修復する必要があるだろう。


「仕方がありませんわ……言っておきますが、決して、あなたのためではなくてよ。わたくしの、ハッピーエンドに向けたプランの一つとお考えください」


 一肌脱ぐしかありませんわね。

 ルイーゼは深い溜息をついた。

 

 

 

 次回、エミール殿下からアンリ陛下に質問があるそうです。

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