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その23 これが女子力ですわ!

 ジャンは滅びぬ。何度でも蘇る。

 

 

 

「お嬢さま、ジャンに考えがございます」

 ズイッと前に出てジャンが手を上げた。ルイーゼはあまり期待せず、発言を促す。

「北風と太陽にございますよ、お嬢さま。殿下の好きなものを、お部屋の前に並べて(おび)き出すのです」

 ジャンはそう言いながら、懐から次々とアイテムを取り出す。いつも思うが、あの燕尾服のどこに、あんなに物が入るのだろうか。どこかの青タヌキみたいだ。


「お待ちなさい、ジャン。なんですか、これは?」

「殿下もお好きかと思いまして」


 並べられた品々を見て、ルイーゼは唇が引き攣った。

 手錠や目隠しは、お馴染なのでいいとして(良くはない)。

 蝋燭に猿ぐつわ、全身拘束具、首輪に足枷……その他、前世の知識を使っても用途不明の品々まである。出来れば、モザイク処理を施しておきたい。

「あとは、釘などもよろしゅうございますね。持ってくるのを忘れたのが悔しゅうございます」

「却下ですわ、却下!」

 ルイーゼはジャンが広げたオモチャの数々を回廊の窓から外へと放り出した。

「お嬢さま、非道にございますッ! ジャンの宝がぁぁぁああ!」

 ジャンが珍しく不満を口にしながら、窓の外に身を乗り出す。だが、その勢いでジャンは身体ごと外へと投げ出されてしまう。

 三階の窓から、執事は「でも、よろしゅうございますよぉぉぉおおっ!」と言いながら落下していった。


「まったく……北風と太陽だったら、もっとやりようがあるわよ」

 ジャンの体たらくを見兼ねて、ユーグが溜息をついた。いつの間にか、部屋の外にテーブルがセットされており、両手には大皿が二枚乗っている。

「さあ、殿下。出て来ないと、全部食べちゃうわよ!」

 ユーグは宣言しながら、大皿をテーブルに置いた。

 美しい見栄えで盛りつけられた前菜の数々と、フランセールの郷土料理である合鴨のローストだった。

 右の皿には、カルパッチョや温野菜、カプレーゼ、海鮮のフリッターなど、十種にも及ぶ前菜が盛りつけてある。

 そのどれもが宝石のように輝いており、夜会を愉しむ紳士淑女のような華麗さがあった。繊細且つ色鮮やか。合鴨ローストも三種のソースが添えられており、様々な味を楽しめるようになっている。

「付け合わせのパンもあるわ」

「なるほど、食事で釣る作戦ですのね。いったい、いつ厨房まで頼みに行ったのですか?」

「ふっ。頼みに? 全部、この私の自作に決まってるじゃない。可愛い殿下の胃袋を掴むのよ!」

 自作ですって!? ルイーゼは面食らって、ユーグと料理を見比べた。この際、いつこんな手の込んだ料理を用意したのだ、という疑問は措く。

「なかなかの女子力ですわね」

 本職近衛騎士とは思えない。彼は物理以外の女子力が高いようだ。


「ヤァネ。姐さんに褒めてもらうと、照れるじゃな~い! 姐さんの女子力(物理)には、敵わないんだ・か・ら!」

 ユーグは嬉しそうに笑い、身体をくねらせた。

 いつの間にか、ルイーゼは「雌豚ちゃん」から「姐さん」に昇格したらしい。ルイーゼの女子力(物理)の高さに屈服したといったところか。因みに、記憶が正しければ、ユーグは二十歳くらいだったはずだが。

「まあ、あなた男ですけれどね」

「ヤダァ。心はガラスの乙女なのよ」

 カゾーラン伯爵は、絶対に息子の育て方を間違えていますわね。せっかく、前世のわたくしが名付け親なのに。膝下でチョロチョロして、ほっぺがプクッと膨れた可愛らしい坊だったのに。なんだか、複雑すぎて言葉が出ませんわ。


 二人は料理の匂いをエミールの部屋に届けようと、扇子で煽ぐ。香ばしい肉や繊細なソースの香りが、なんとも食欲をそそる。

 扉の隙間から、グゥゥゥウと大きな音が聞こえた。エミールがお腹を空かせているのだ。

 中を覗くと、サファイアの瞳が物陰からこちらの様子をうかがっていた。だが、すぐに隠れられてしまう。

 一歩、決め手に欠けていたようだ。


「仕方がありませんわね。わたくしが、女子力を見せつける番ですわ。勿論、物理で」

 ルイーゼは腕の中で鞭をしならせる。そして、ジャンのオモチャの中からとっておいた、長い縄をピンッと張った。


 一刻後。


「よろしくて、ジャン?」

「よろしゅうございません。このジャン、出来ればお嬢さま自らの手で制裁を加えて頂きとうございま――」

「はい、いってらっしゃい」

 ルイーゼは微笑みを湛えながら、尻込みするジャンの背を勢いよく突き飛ばした。「これは、よろしゅうございませぇぇぇええん!!」という叫び声と共に、ジャンの身体が王宮の屋根から落下する。

 命綱はつけてあるので、大丈夫だ。問題ない。

 ジャンの身体はちょうどエミールの部屋の窓の前で宙吊りになった。


 単純な話だ。扉から入れないのならば、窓をブチ破ればいい。だが、流石に王宮の窓を破壊するわけにはいかないので、小細工することにした。

 ジャンは涙目になりながら、エミールの部屋の窓をノックする。ここまで、指示通りだ。

「殿下、あなたは完全に包囲されております。大人しく出てくるのがよろしゅうございますよ」

 ジャンはルイーゼから言えと命じられた文章をそのまま読み上げる。素晴らしい棒読みっぷりだ。


 すると、窓の錠を内側から開ける音がした。

 中から、怯えた様子のエミールが控えめに顔を出す。

「殿下……」

 ジャンが声を掛けようとすると、エミールがスッと立ち上がる。そして、次の瞬間、ジャンの顔面に向けて、思いっきり枕を投げつけた。

「ぶはっ。よろしゅうございませんっ。お嬢さま以外からのお仕置きなど、このジャン、少しもよろしゅうございませんっ!」

「もう、僕のことは放っておいて!」

 エミールはそう言いながら、生卵を三つジャンに命中させる。次いで、ブドウジュースにヤギのチーズなどなど。どうやら、また部屋の中に妙な結界を作ろうとしていたらしい。

「こんな……こんな……仕打ち……」

「えいっ!」

 エミールはついに窓の外に手を伸ばし、ジャンの身体を思いっきり押した。縄に吊られたジャンの身体は大きく揺れ動き、顔面から壁に突っ込んでしまった。

「このようなお仕置きなど……ジャンは――く、悔しいですが、これもよろしゅうございますねッ!」

 ジャンが新しいなにかに目覚めたところで、命綱が切れてしまう。急な揺れに、耐えられなくなったのだろう。

 ジャンの身体は、そのまま本日二度目の落下。「殿下も大変よろしゅうございますぅぅうううッ!」という断末魔が残された。


 満を持して、ルイーゼが立ち上がる。

 ルイーゼはそのまま命綱なしで屋根から飛び降りた。そして、開けっ放しになったエミールの部屋の窓に飛び込んでいく。勿論、スカートの下にズボンを穿いているので、パンチラなどというサービスはない。

「え、え? え!? ルイーゼ!?」

 部屋のバルコニーを掴んでブラ下がるルイーゼを見て、エミールが声を上げている。

 ルイーゼはニッコリと、氷のように鋭い殺気を携えながら、部屋の中へと這い上がっていく。髪が乱れたせいでブラウン管テレビの中からは這い出る幽霊よろしく、妙に明るいバックミュージックが流れてきそうだ。


「エミール様。さあ、今日のお勉強を致しますわよ。まずは、お部屋を片付けましょうか」

「ひ、ひぃっ! こ、来ないで!」

 ルイーゼは足元に散乱したチーズやら卵やらを踏みつけながら、部屋の中へと歩を進める。エミールは逃げるように後すさりして、涙目になっていた。

「引き籠りの時間は、終わりにございますわ。なにがあったのかは知りませんが、わたくしが教育係の間は、絶対に逃がしませんからね」

「だって、だって……」

「だってでは、ございません」

 ルイーゼは、拒むエミールの手を掴んで離さなかった。エミールは頻りに首を横に振っていたが、観念したようにボロボロ泣きながら座り込んでしまう。


「だ、だって、ルイーゼが結婚しちゃう……」

「それは昨日も申しましたが、わたくしに結婚する気なんて、サラサラございませんから」

「で、でも。昨日……その……結婚しようって言ってて……すごく真剣な表情してて……」

 シエルのことだ。そう言えば、あのときはエミールも傍にいたのか。ルイーゼは、すっかり失念していた。つくづく、あの少年は妙な爆弾を落としていったものだ。


「もう。殿方がそんなに泣くものではありませんわよ」

 ルイーゼは息をつきながら、ハンカチでエミールの顔を拭ってやる。大粒の涙どころか、鼻水でぐしゃぐしゃの顔は、本当に十九歳の王子には見えない。

「シエル様は確かに、婚約者に立候補されましたが、わたくし、お返事はしていませんよ」

「そうなの?」

「はい。それに、たぶん、あの方とは結婚することはないと思います。だって、シエル様は――」

 言いかけたところで、エミールの部屋が物凄い轟音と共に壊される。

 樫材の扉をバリケードごと壊して侵入する人物を見て、二人は呆気にとられた。


 ルイーゼたちが四苦八苦したバリケードを壊し、易々と入室したのはカゾーランだった。

 カゾーランは物々しい形相でルイーゼを睨みつけた。ドドドドドドドという擬音がつきそうなくらい、凄まじい迫力である。

「ルイーゼ嬢、そなた、陛下になにをしたのだ!」

「……はあ。陛下? 国王様、ですか?」

 陛下? 殿下ではなく、陛下? どうして、国王陛下の名前が出てくるのだろう。ルイーゼは、状況が呑み込めずに瞬きした。


「陛下が……アンリ陛下が、ルイーゼ嬢に求婚すると言って聞かぬのだ!」


 …………は?


 ルイーゼだけではなく、エミールまで、そんな顔をしている。


「はぁああっ!?」

 いったい、どこでフラグが立ってしまったというのだろう。

 突然の報せに、ルイーゼは叫び、エミールは白目を剥いて気絶してしまった。

 

 

 

 あなたの知らないところで、勝手にフラグ建築されておりました(`・ω・´)


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