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その151 いっけぇぇええ! ルイーゼぇぇえええ!

 

 

 

 ――エミール様。


「どうしましたか、殿下?」


 あれ? 変だな……。

 なんだか、ぼんやりしていたみたいだ。

 起きているのに、眠っているみたいな気分だった。エミールはしっかりしようと、首を横に振った。


「ぼんやりしてしまって、どうしたのかしら?」

 ルイーゼがエミールの顔を覗き込んだ。

「きっと、怖い思いをしたからね」

 花の蜜みたいに甘くて、魅力的な顔だ。こういう顔をするルイーゼは見たことがないけれど、とても素敵だと思った。


「う、うん……でも、その、ルイーゼが……助けてくれたから……」

「いいのよ」

 そう。

 またルイーゼに助けてもらった。

 ルイーゼのことは、エミールが守る。そう思っていたのに。

 エミールなりにがんばった。精一杯やったつもりだ。それでも、まだまだ自分の力が足りなくて。全然弱々しくて。


「僕、やっぱり駄目だね……」

 やっぱり、なにも出来ない。悔しい。

 また泣きそうになりながら、エミールは俯いた。

 そんなエミールを見て、ルイーゼはニコリと笑う。遠くなってしまった母の記憶と重なる、したたかで柔らかい笑みだった。


「ええ、そうね。だから、殿下は余計なことをしなくていいの」


 あれ?

 エミールはちょっとした違和感を覚えた。

 なんか、へん?


「これからも、わたしが全部やってあげますから。任せて。殿下はなにもせず、ただ見ていてくれたらいいのよ」


 あれ……やっぱり……。

 変だ。


「ルイーゼ……どうしちゃったの?」

 目の前にいるのは、確かにルイーゼだ。

 シャリエ公爵の令嬢で、エミールの教育係。

 なのに、違う気がした。

「どうした、とは?」

「だって、いつもと、なんか……違う気がする」

「なにが?」

「それは……」

 よくわからない。引っ掛かりを覚えているけれど、具体的には表現出来なかった。

 でも、違う。


「なんか、ルイーゼ……よくわからない」

 ルイーゼが言いそうなことは、だいたい予想がつくようになったと思う。時々、思ってもいなかったようなことを言われるけれど、それでも、わかる。

 ルイーゼは、こんなこと言うのかな?


「いつも僕に独り立ちしろって、言うよね……なのに、どうして?」


 ――これからも、わたしが全部やってあげますから。任せて。殿下はなにもせず、ただ見ていてくれたらいいのよ。


 危ないことは任せてくださいと言われることは、よくある。ルイーゼは強い。とても自信に満ちた女の子だ。

 でも、全部任せておけなどと言われたことはない。言わない気がする。

 どうしてしまったのだろう。気が変わったのかな?


「その方が、殿下にとって楽でしょう?」

 確かに、全てルイーゼに任せた方が楽だと思う。エミールはなにもせず、なにも考えなくても良い。

「ぼ、僕は……」

 ルイーゼはこんなこと、言うのかな?


「僕、楽に生きたいわけじゃ、ないよ……いつか立派になって、ちゃ、ちゃんと出来るようになるから……言ったでしょ? いつか、ルイーゼの手を引いて歩けるようになるんだって」


 綺麗で可愛くて、強くて賢い。そんなルイーゼの手を引いて歩けるようになりたい。それに見合うくらいの「立派な殿方」になりたい。

 今まで放棄してきた王子の役割をちゃんと遂行したい。いつか父のように、すごい王様になりたい。

 そのために強くなりたいと、ずっと思ってきた。エミールなりにがんばってきた。


 ルイーゼは、ずっと見ていてくれた。

 弱くてダメダメなエミールを見捨てないでいてくれた。

 ルイーゼがこんなことを言うはずがない。ないはずなのに。


 ――エミール様。


 目の前の令嬢が、急に知らない人のように思えた。

 この感覚には、覚えがある。蓋がされて忘れてしまった幼いときの記憶……あのときと似ている気がした。


 ――エミール様。


 誰かの声が聞こえる?

 誰もエミールを呼んでいない。でも、声がした。


 ――わたくしは、ここにおります。


「どこ?」


 誰の声だろう?

 どこにいるのだろう?


「よろしゅうございます! お嬢さまっ!」

 いったい、どこから湧いてきたのだろう。いつの間にか、ルイーゼの執事が飛び出していた。

 意味があるのかないのか、ジャンは奇声を発しながらこちらに走ってくる。そして、何故かルイーゼが愛用している鞭を投げつけてきた。


 くるくると回りながら宙を舞う鞭。

 しかし、目の前にいるルイーゼはその鞭を受け取らなかった。持ち主に無視された鞭は床に叩きつけられてしまう。

 転がった鞭の先には、もう虫の息になっている首狩り騎士(エドワード)の身体があった。怖いと思いながらも、エミールはつい視線を落としてしまう。


 ――エミール様。


「え?」

 呼んでいる?

 呼ばれた気がした。

 わずかに虚ろな瞼が開き、エミールを見上げている。その左目が蒼く波打つように輝いており、エミールは息を呑んだ。


「ルイーゼ?」


 どうして、そう思ったのかは全く謎だった。

 エミールは反射的に身体を屈めて、蒼い光に手を伸ばす。


「なにを!」

 令嬢の声が響く。

 けれども、エミールは構わず光を掴む。

 形を失いかけていた力の流れが結集して行くのがわかる。なんとなく、人魚の宝珠(マーメイドロワイヤル)を取り出したのだと理解した。


「ああああああああああああ! ふっじっさぁっぁああああん!」

 思いっきり叫びながら、腕を前に出す。

「やめろ!」

 エミールの行動を止めさせようとする令嬢。その身体の真ん中に、エミールは必死で腕を突き出した。

 取り出した宝珠の力が腕の中から消えていく。

 令嬢が宿していた宝珠に引き寄せられるように、身体の中に溶けていったのだとわかった。


「いっけぇぇぇええええ!」


 令嬢が放心したまま後すさる。

 やがて、苦しそうに胸元を抑えながら前のめりに倒れてしまった。

 エミールは泣きそうになりながら、倒れるルイーゼの身体を受け止める。力が入っていない。ぐったりと眠った身体を抱き締めた。


「ルイーゼは強いんだもん。絶対、負けないんだから」


 ルイーゼを守れる日は、まだまだ遠そうだ。

 でも、少しは役に立てたかな?

 

 

 

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