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その143 わかっておりますとも。

 

 

 

 サクッとアンリとジャンを縛り上げて鍵をゲットすると、ルイーゼたちは宝物庫へ続く階段を下りていった。

 冷たい空気が占め、常闇へと続いていると錯覚する階段。


「ル、ルイーゼぇ……か、帰ろうよ」

 エミールが身震いして目尻に涙を溜めている。

「ポチが大人しいので、大丈夫ですわ。それとも、先に帰りますか?」

 エミールの頭の上でポチは平気そうな顔をしている。舌をチロチロ出して、無警戒状態だ。それで納得したのか、エミールはゴクリと喉を鳴らして首を横に振った。

「か、帰らない。僕がルイーゼを守るんだもん」

「まあ、頼もしいこと」

 クスクス笑うと、石壁に反響する。


「それに、なんかね……ルイーゼを一人にしちゃダメだと思って」

 不意にエミールがルイーゼのドレスを掴んだ。掴む、というよりも、摘まむと言う方が正しいだろう。

 振り返ると、揺れる明りに照らされた顔で、エミールはルイーゼを見ていた。


「ルイーゼ、なにかしようとしてるでしょ?」


 なにかしようと思っていなければ、こんなところまで来ない。

 だが、エミールが言っている意味はわかる。

 ルイーゼは息をついてから答えた。


「エミール様が心配するような危ないことはしませんわ。ただ、確認したいことがあるだけです」

「ほ、本当に?」

「はい。だいたい、このようなところでどうしようと言うのですか。それに、今はエミール様やユーグ様がわたくしを守ってくださるから、安心ですわ」

 そう説明すると、エミールは納得したのか、黙ってくれた。「自分にも役割がある」と相手に思わせることは、教育において高い効果を表す。基本話術の一つである。


「…………」

 ルイーゼは階段を降りながら、揺れる灯りを見据える。

 どうやら、ルイーゼはエドワードが訪れた場所に触れると共鳴するらしい。アルヴィオスでも、王宮の厩舎でもそうだった。


 ということは、エドワードがいた場所に行けば、また記憶が流れてくるのではないか。

 カゾーランの話では、ここで彼と一戦交えたらしい。時間が結構経っているのでわからないが、試す価値はある。


 エミールに問われて、ルイーゼは心配ないと答えた。

 たぶん、それは嘘である。

 今、エドワードがどこにいるのかわからない。カゾーランが兵を動かしてくれているし、セザールも王都に留まっているので、なにもするなと言われているが……。

 どこにいるのかわからない。いつ現れるのかもわからない。

 そんな敵を待っているのは、ルイーゼの性分には合わないのだ。

 少しでも情報を得る必要がある。


「たぶん、これがいけないのですわね……」


 セシリアとクロードが転生した結果、ルイーゼがいる。

 ルイーゼに一部の記憶がなかった理由が、今なら理解出来た。

 宝珠を最終的に操ったのはクロードだろう。

 転生しても、前世の記憶があればセシリアはまた同じことを繰り返そうとする。自分を犠牲にして戦おうとするだろう。


 恐らく、それは抵抗。

 出来ることなら、宝珠とは関係ない人生を歩ませることを望んだのかもしれない。だから、元々のルイーゼにはセシリアの記憶がなかった。


 まったくもって、身勝手なことだ。

 しかし、正しい。最初から記憶があったなら、ルイーゼはもっと違う人生を歩んでいただろう。自分を投げ出す選択をしていたかもしれない。

 今のように。


 自嘲の笑みを漏らした。

 本当に迷惑な前世。けれども、悪いとは思っていない。不思議なものだ。


「――――ッ!?」

 唐突に悪寒が身体を襲う。

 眩暈のようなものがして、視界が二重に歪んだ。


 ――俺なりに改良した三段突きだ。女版沖田総司って新聞に書かれたこともあるんだぞ?

 ――しんぶん?


 声が聞こえる。いや、頭の中に流れ込んでくる。

 狙い通りにエドワードの記憶と同調したらしい。次々と身に覚えのない、されど、自分のもののように感じられる記憶が流れ込んできた。


「ル、ルイーゼ!?」

 肩で息をして座り込むルイーゼに、エミールが触れようとする。されど、ルイーゼは片手で制した。

「さ、触らないでくださいませ……」

 一度目も、二度目も、エミールやユーグが宝珠の力を受け流して、記憶を遮断してくれた。

 けれども、今回は目的があるのだ。

 同調した記憶を辿って、エドワードの尻尾を掴む。そのために、出来るだけ長くこうしている必要があるのだ。


「ルイーゼ……!」

 エミールが泣きそうになっている。ルイーゼは手にした木刀を向けて、そこを動くなと威嚇した。

「姐さんったら!」

 隙を見てユーグがルイーゼに触れようとした。ルイーゼは動悸が激しく、震える身体に鞭打って木刀を振った。不意を突かれてユーグも怯む。


 ――アレは良い色に育つ。


 ほくそ笑む声。

 暗い階段を駆け上がる記憶。

 ルイーゼはその先が見たくて、息苦しい身体を抱きしめた。呼吸が止まりそうになるが、必死に肩を上下する。


「ルイーゼの、馬鹿!」


 木刀を振って威嚇しているのに、エミールが勢いよくルイーゼに飛びついた。

 軟弱王子がこんなに力強く踏み込んでくるとは思っておらず、ルイーゼは尻もちをついてしまう。エミールはそこに覆い被さるように、ルイーゼの胸に飛び込んだ。


 記憶が共鳴して荒れていた宝珠の力がスゥッとおさまっていく。

 溢れ出そうな力をエミールが受け止めているのだと感じて、ルイーゼは目を見開いた。


「ルイーゼの馬鹿! 危ないこと、しないって……言ったのに!」

 ポコポコとグーで殴られるが、あまり痛くない。これが本気の打撃だとすれば、筋力に問題があるとしか思えない威力だった。

 それなのに、何故か痛い。

 泣きながらルイーゼを覗くエミールを見ていると、心が痛くなった。


「すみません……」

 謝るつもりはなかったのに、フッと言葉がこぼれていた。

 エミールは白い顔を真っ赤にして、頬を膨らませる。


「ルイーゼの馬鹿……僕、ルイーゼがいなくなったら、どうすればいいんだよ!」

 すごい剣幕で捲し立てられて、ルイーゼは辟易してしまう。

「い、いえ……独り立ちしてくださいな」

「ルイーゼがいなくなるくらいなら、一生引き籠り姫でいい!」

「そんな無茶苦茶な……」

「無茶苦茶なのは、ルイーゼだもん!」


 エミールの言い分はわかる。無茶をしようとしたルイーゼが悪い。

 それでも、こんなに怒られるとは思っていなかった。ユーグもエミールに同意するように、「そうよそうよ!」と頷いている。


「姐さんは、自分の価値を自覚すべきよ」

 こんなことまで言われてしまう。

 ルイーゼはエミールの教育係だ。今のところ、王宮での地位はそれくらいで、なんの役に立っているわけでもない。

 人魚の宝珠を持っているが、自分で使うことなどは出来ない。

 価値と言われても、それくらいの価値しか思いつかない。

 いや、充分か。なんと言っても、この身に宿しているのはフランセールの秘宝だ。確かに、軽率だったか。

「全っ然、わかってないんだから!」

 ユーグの言っている意味はわからないが、ルイーゼは自分で納得しておいた。


「さて、用事も済みましたし、帰りましょうか」

 サラリと言うと、エミールが不服そうにルイーゼを解放した。

 軟弱王子のくせに、生意気な態度である。

 あとで乗馬の練習でもしてやるか……ゾウやライオンを乗りこなしている時点で、馬の練習がどこまで必要なのか疑問ではあるが。


 

  

 

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