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その128 名探偵ルイーゼですわ!

 真面目回。

 

 

 

 うん、意味がわからない。

 ルイーゼは、意味がわからないまま腕を組んだ。


「セザール様は説明下手ですか?」

「我にもわけがわからん」

 問うと、セザールも頭を抱えはじめてしまった。

「セザール様の主張を整理すると、王宮に来た途端に謎の筋肉ムキムキ男に襲われたと思ったら、その正体はカゾーラン伯爵。どうして奇襲されているのかもわからないまま、やられてしまって、更にそこへ別の男が現れて、どこかで見覚えあるような、ないような。思い出せないまま気絶したと?」

「だいたい、そんなところだ。あと、我がドレスも破られた」

「ドレスのことは、どうでもいいとして」

「新調したばかりだったのに」

「はい。ドレスのことは、どうでもいいですね」

「これを見ろ。足が見えてしまう」

「はい。だから、ドレスのことは、どうでもいいですわね。でも、大腿四頭筋が最高です」

「やっと、我が美貌を理解したか」

 美貌とは違う気がするけれど、セザールの筋肉はなかなか良い。四十路のオッサンとは思えない肉体。流石は、セザール様。さすセザ!


「ではなくて」

 ルイーゼは仕切り直しに、コホンと咳払いする。

「カオスな状況ですわね」

「かおす? あまり良い予感はしないな」


 セザールを襲ったあと、カゾーランはどこへ行ってしまったのだろう。

 もう一人、別の男がいたというのも気になる。と言っても、セザールはほとんど王都に現れないレアキャラだ。彼の知らない男など、その辺に転がっているだろう。


 ルイーゼは刑事ドラマの鑑識よろしく、地面を注意深く観察した。

 踏み込みが深く、大きな足がカゾーランのものだろう。近衛兵の履いているブーツの靴底だ。

 セザールのブーツは、靴底がやや硬い素材なのでわかりやすい。争った形跡があって、激しい戦闘だったことがわかる。現在、フランセールのトップ2の争いなので、当然か。


 離れた位置に、別の足跡。

 セザールが言っていた男の足跡は、これだろうか? 特に不審な点はなさそうだ。カゾーランと争った様子もない。


「探偵みたいですわね」

 そうだ。ユーグにクッキーを渡す手伝いをしたので、今度ヴァネッサに「令嬢探偵ルイーゼ」というタイトルの小説を書いてもらうのはどうだろう。

 なんと言っても、王都の売れっ子作家だ。ネタ提供料として印税を何割か頂いて……いけない、いけない。悪徳商人時代の癖で思考がお金に変わってしまいましたわ!


「そんなものを見て、なんになる」

 足跡を注意深く観察するルイーゼに、セザールが息をつく。

「あら、足跡は推理物の基本ですわよ?」

 ルイーゼはサラリと主張した。その後ろで、エミールも足跡を覗き込んでいる。

「すごい。ルイーゼは、こんなものからなんでもわかるんだね!」

「なんでも、というわけでは……」

 期待の眼差しで見つめられるので、苦笑いする。

 ぶっちゃけると、なにもわかっていない。

 だが、エミールが期待しているので、なにかしておかないと。

 ルイーゼは適当に足跡に触れてみた。


「――――ッ!?」


 それは、違和感だった。

 前にも一度感じたことがある。


 ――あーあ……短気な男だな。昔から。


 誰かの声。聞き覚えのあるような、ないような。

 まるで、別の身体に入り込んだような感覚だ。

 アルヴィオスの港でも一度体験した……そう。いつも見ている不可思議な夢にも似ている。

 既に終わった過去の記憶を、追体験している気分だ。


 ルイーゼではない誰かの記憶。

 だが、これはルイーゼの記憶。


 ――貴様……! なんのつもりだ?

 ――以前の続きさ。


 カゾーランの声も聞こえた。

 身体の奥が寒い。いや、熱い。よくわからなくなって、心拍数が上がっていく。息が苦しくて、ルイーゼは、その場に足をついた。


「ル、ルイーゼ!?」

 エミールが驚く声が聞こえる。けれども、ルイーゼの意識は深く深く沈んでいく。


 ――今、あそこ(・・・)へ行けば面白いものが見られるぞ?

 ――あそこ、だと?


 闇の底から歌うような、雲や霧のように掴みどころのない口調だ。この独特な喋り口も、覚えがあるような、ないような。


 これは、誰だ。

 いや、これは、わたくし。


 よくわからないが、ルイーゼは何故だか、この男を同一の存在だと認識していることに気づく。


「ルイーゼ! ルイーゼ!」

 エミールが呼んでいる。

 意識が急速に引っ張られて、戻される気がした。

「ルイーゼ、大丈夫!?」

「…………!」

 眠りから覚醒するように、ルイーゼは顔をあげる。

 身体を襲っていた違和感は消えていき、心拍も呼吸も正常に戻っていく。


「ルイーゼ、良かった。気がついた? 大丈夫? 僕、心配――え、な、なに!?」

 エミールの言葉も聞かずに、ルイーゼは急いで立ち上がった。

「ジャン、木刀と脇差プチ・エクスカリバーちゃんを」

「よろしゅうございます、お嬢さま! どうぞ、存分に!」

 手を出すと、ジャンが素早く要求の品を差し出してくれた。なにかを期待するように跪いているが、ルイーゼは華麗に無視してやる。


「どうした」

 セザールの問いに、ルイーゼはなんと言って良いのかわからない。

 ただ、わかっていることを告げる。

「カゾーラン伯爵は、恐らく人魚の宝珠(マーメイドロワイヤル)の安置場所に向かいました」

「何故だ?」

「夢のお告げのようなものですわ」

 説明が面倒くさい。


 何故だか、直感で「あそこ」の意味がルイーゼにはわかった。

 きっと、それは発言者と自分が、先ほどの白昼夢のような現象で同一に重なっていたからで……自分でも、なにを言っているのかわからない。


「あと」

 ルイーゼはゴクリと唾を呑んだ。

 これは絶対の自信があるわけではない。むしろ、馬鹿げている。そして、やはり意味がわからない。


「わたくし、死んでいなかったのかもしれません」

 

 

 

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