その84 王都のみんなは元気ですっ!
遅れて申し訳ありません。
パソコンのディスプレイが壊れて、更新が滞っておりました。新しいディスプレイを調達致しましたので、通常運行します。
今回はちょっと息抜き。馬目線での王都実況中継です。
ルイーゼたちが王都を出て、時間が経つ。
ミーディアには事の全容が見えずに、気持ちがもやもやしてしまう。最近はカゾーランも執務室に籠っていることが多く、あまり相談出来なかった。とはいえ、通常業務は続けなければならない。
ミーディアは、いつものように紅茶の準備をしていた。
王の側仕えは使用人ではなく、必ずしも、身の回りの雑事を全てしなければいけないわけではない。王宮の使用人に用意させた茶を持っていくことも出来るのだが、こればかりは、自分の仕事だとばかりに準備することにしていた。
日によって違う茶葉を選んで持参している。カスリール侯爵家はアルヴィオスと繋がりが深く、良い茶葉が手に入るのだ。ミーディアの祖母にあたる女性はアルヴィオス人で、そのため、ミーディアも双子のシエルも、フランセールでは珍しい艶やかな黒髪を持っている。
「んぅ、良い香りです」
よく広がった茶葉の香りを嗅いで、ミーディアは目を閉じた。
やはり、アンリの口に入るものだ。自分で用意したい。
聞けば、セシリア王妃も自分で紅茶やハーブティーを淹れていたそうだ。別に、もうセシリア王妃の真似事をする必要はないのだが、アンリから「美味しい」と言われたくて、なんとなく続けている。
紅茶セットを乗せたカートを押して、ミーディアはアンリの執務室に向かう。
だが、回廊の向こうに血相を欠いた侍従長の姿を見つけて、ミーディアはピンときた。
陛下、また脱走したんですねっ!?
不味い。アンリがこの時間帯に脱走するときは、たいてい、あそこへ向かう。午前中にも脱走していたので、今日はしばらくないと思って、すっかり油断していた。
「世話が焼ける国王様ですっ!」
ミーディアはとっさに、窓の外に身を乗り出した。そして、ドレスの中から小さな笛を取り出し、思いっきり息を吹き込む。高い笛音が鳴り響いた。
これは、エミールの部屋に「敵」が近づいているという合図だ。
今、エミールは王都にいない。ユーグの手紙では、アルヴィオスへ渡ってしまったらしい。
アンリはなにかを隠して、ミーディアやカゾーランには全容を教えてくれない。護衛が荊棘騎士ということなので、侍従長もグルだろう。
カゾーランの意見で、正直にエミールがユーグと共に王都を出たと伝えないことにしたのだ。
本当はエミールたちがルイーゼを連れ帰って、真相を話させることを期待していたが、それは出来なかった。
とにかく、今、エミールがいないことがアンリに知られるのは不味い。ミーディアは身代りを務めるヴァネッサと、その取り巻きの令嬢たちに危険を知らせる合図を送ったのだ。
「馬目線をナメてもらっては困りますっ!」
ミーディアはそう言って、手際良く回廊の彫刻を登って天上の板を外す。屋根裏へのルートはいくつも確保してあるのだ。匍匐前進も慣れたもので、スルスルッと最短ルートを進んでいく。
今頃、アンリを令嬢たちが足止めしているはずなので、余裕で追いつくことが出来るだろう。
「まあ、陛下っ! 申し訳ありません。手が滑りましたわ!」
ちょうど、アンリが第一の令嬢(緑)に足止めされているところだった。どうやら、事故と見せかけて生卵が入った籠を床にぶちまけたようだ。幸い、アンリには命中していないが、床がヌルヌルの卵だらけになっている。
「大事ない。私は急いでいるのだ」
頻りに周囲を気にしながら、アンリは生卵の海を避けて通ろうとしている。恐らく、侍従長に見つかる前に、エミールのところへ辿り着きたいのだろう。
ミーディアは、更に進んで先回りすることにする。
アンリより先に、エミールの部屋の前に降り立った。王宮はミーディアの庭と同義だ。ルイーゼからは「くのいちですわね」と言われたほどだ。くのいちの意味が、よくわからないけれど。
「ヴァネッサさん」
ミーディアは、念のために部屋の中でエミールの身代りをしているヴァネッサに声をかけた。軽く扉を開くと、部屋の隅で机に座る姿が見える。
「あら、カスリール侯爵令嬢。如何されましたか?」
ミーディアの呼びかけにヴァネッサが顔をあげる。また小説を書いていたようだ。部屋に引き籠っているだけだと、なにもすることがないらしく、最近はずっと執筆作業に打ち込んでいる。
「陛下が接近中です。気をつけてください」
いつもは第三の令嬢(黄色)辺りまでで侍従長が追いついて回収されるのだが、今日の侍従長は後れを取っているようだ。
念のために、ミーディアはヴァネッサと一緒にエミールの部屋に入った。アンリが扉を開けようとしても、中からミーディアが出てきて阻止する算段だ。
「陛下、申し訳ありませんー! 手が滑ってしまいましたわ!」
「よ、良い……もう既に、生卵は被ったからな!」
声が近づいてくる。
どうやら、三人目の令嬢(黄色)までに卵を被ったらしい。もしかすると、全員、生卵を手から滑らせたと言うのだろうか。あとで、部屋に戻ったらお召変えの準備をしなければ。
第四の令嬢も突破されて、いよいよ、アンリがエミールの部屋に近づいてくる。いつもは扉に聞き耳を立てたり、そっと部屋を覗いて帰ることが多い。ミーディアは扉が開いたときに備えて、誤魔化す準備をした。
だが、アンリは部屋を開けなかった。十数秒ほどそこにいたかと思うと、すぐに立ち去ってしまったようだ。
なにをしに来たのだろう。
ミーディアは気になって、控えめに扉を開いた。アンリの姿は見えなくなっている。
「…………?」
代わりに、部屋の前に紙袋が置かれていた。
ミーディアは紙袋をさっと拾い上げ、部屋の中に持って入る。意外と重量がある袋の中身を見て、ミーディアは青空色の目を見開いた。ヴァネッサも中を覗いて顔を見合わせる。
「陛下……?」
中に入っていたのは、「ゆたんぽ」だった。
ミーディアも最近知った品だが、セシリア王妃が特別に注文して作った愛用品だ。亡くなったあとでも、アンリは時々使っている。とても、温まる画期的な品なのだそうだ。
最近、ヴァネッサは「お腹が痛いんだよ~!」と言って、エミールの部屋に引き籠っていた。そのため、身体を冷やさないようにと、気を遣ったのかもしれない。
「殿下は愛されておいでですわね」
ヴァネッサがうっとりした視線で呟いた。彼女は何故かエミールをネタにした小説を書いている。良い案でも浮かんだのかもしれない。
嘘をついているのが申し訳なくなって、ミーディアは目を伏せる。
しかし、「ゆたんぽ」を取り出した紙袋の底に、別のものも入っていることに気がついた。
「……ふふ、やっぱり、陛下は陛下ですっ」
紙袋の底に長めの赤いロープが束ねられている。手紙も添えてあり、「早く元気になって、一緒に亀甲縛りしようではないかっ!」と、書かれていた。
ミーディアはもにょもにょと動いてしまう唇を押さえて、笑みを浮かべる。手元が疼き、自然とメモ帳に物凄い勢いで文字を叩き込んでいく。
ヴァネッサの方も、水を得た魚のように嬉々として、書き物机に向かっていったのだった。
湯たんぽ最高です\(^0^)/




