57ごめんね
暴漢に襲われたクラーラは、アイザックが戻るまで騎士団舎に宿泊することになった。
正直に言うと怖かったのでありがたく申し出を受けた。しかもエイヴァルトが一緒にいてくれたのだ。
エイヴァルトの預かる隊がアヒムを捕まえるために捜査を続けていたので、クラーラはエイヴァルトから聴取を受けた。しかもずっと抱っこしてくれていた。お陰で恐怖や不安から解放されたけれど、仕事の邪魔をしているのではと気になってしまう。
だから「大丈夫、平気」だと笑ってみせた。それなのに付き添ってくれる。夜が明けてもエイヴァルトはクラーラから離れなくて、必要なことはフランツたちに指示を出していたけれど、本来なら隊長のエイヴァルトが動くものなのではと疑問をぶつけた。
そうしたら「隊長はふんぞり返っているものだから。椅子に座るなら君の側に座っていたほうが得だ」と、真面目に言われてしまった。
それでもさすがにどうかと思う。多少の筋肉痛と手首が擦れた痛みはあったけれど、大した怪我をしたわけじゃないので仕事に行きたいとお願いしたら……。
「この件が片付くまでは念のためにここから出さない」と、監禁めいたことを言われてびっくりすると同時に嬉しかった。
エイヴァルトはそんなつもりで言ったのではないだろうけれど、独占欲の強さを見せられたような気持ちになって胸が躍ってしまう。
こんな時に不謹慎だ。
気持ちを悟られないように顔を背けたけれど、悟られてしまったかもしれない。
乞われるまま騎士団舎に宿泊した。そうして二日目。クラーラが目を覚ますと麗しいエイヴァルトではなくアイザックがいた。
「そんな露骨に嫌な顔をするな」
「……エイヴァルト様がいるって思っていたから驚いただけよ。ちっとも嫌じゃないわ。お帰りなさい。昨夜のうちに戻ったの?」
急な任務で不在にしていたアイザックが戻っていた。アヒムに襲われたと聞いて心配したことだろう。体を起こして髪の乱れを直しながら「ごめんね」と謝ったら、「無事でよかった」と抱きしめたれた。耳元でアイザックが安堵の息を漏らす。
「またエイヴァルト様が助けてくれたの」
これで二度目だ。結ばれる予定もあるし運命に決まっている。
「礼を言わなきゃな」
「うん。それからね。エイヴァルト様とお付き合いすることになったの。しかも結婚する前提」
「そうか。それは知らなかった」
「嫌われてなかったわ」
「ああ、そうだな。絶対にお前を幸せにしてくれるよ」
「違うわ。私がエイヴァルト様を幸せにするの」
「お前が?」
驚いたのか、アイザックは抱きしめるのをやめて体を離すと紫の瞳を瞬かせる。
「どうしたの?」
「いや……お前がエイヴァルトを幸せにするのか?」
「そうだって言ってるじゃない。毎日抱きしめて、家族がどういうものなのか少しずつ分かってもらうつもり」
「そうか。それがお前の幸せなんだろうな。よかったな」
アイザックはクラーラの髪をぐしゃっとかき回して、硬い胸に勢いよく引き寄せた。そのまま「ごめんな」と謝られてしまう。
「何が?」
「一人にして」
「仕事なのに何言ってるの。それにアイザックは悪くないでしょ。悪いのはアヒムだわ」
「そうだな。アヒムが全部悪い」
そう言ってクラーラをぎゅっと抱きしめたまま黙ってしまった。
いつになくしつこく抱きしめてくるアイザックを文句を言わずに受け入れた。
アイザックのこの謝罪や態度はクラーラを置いて行ったことや、父親について黙っていること。母親を亡くした頃に心に傷を負わせてしまったことなど様々なことが関連している。たった一人の妹で家族だ。もしもがあったら後悔してもしきれないのに、あの日の過ちがあるせいで後ろめたく、堂々と言葉にできないのだ。
クラーラもアイザックが後ろめたさを感じていることには何となく気づいていた。
母親を亡くした頃、我儘を言ったら捨てられるのではないかと想像した時期があった。一人ぼっちになるのが怖くていい子を演じたこともあった。アイザックがいない夜は狭いクローゼットの中に隠れて眠ったものだ。
ある日、夜勤だと言っていたのに予定よりもはるかに早く帰宅したアイザックが、クラーラの姿が見えないと大騒ぎしたことがある。夜中に「クラーラ!」と発狂したかのように叫ぶ声で目が覚めてクローゼットから飛び出した。
どうしてこんなところにと困惑するアイザックに怖くて寂しいと本当のことが言えず、「片付けをしていたらそのまま寝ちゃった」と誤魔化した。
それからアイザックの夜勤が極端に減ったけれど、暫くして知らない女性から話しかけられて「いいかげん兄離れしなさいよ」と叱られたことがあった。
勝手な予想だが、お付き合いしていた女性だろう。アイザックがクラーラを優先して彼女を疎かにしているのだと思い至る。
その日からもっともっとしっかりしなくてはいけない、元気で明るい娘でいなくてはいけない、めそめそしていたら大切な人を不幸にするのだと何度も自分に言い聞かせてきた。
すっかり板についてしまい、アイザックの傷になっているかもと思いながらも止めることができない。
今はもう我儘を言っても見捨てられないことは分かっている。でも今さら変われない。なぜなら面倒な妹よりも聞き分けがいい妹のほうが愛されるのは当然だから。しかもこれが性格の一つになっている。
だからせめて完璧に隠せるように振る舞いたいのに、こういうことがあると我慢していると解釈されてしまう。
ごめんねと謝るべきは自分だと思っても、言ってはいけない気がして知らないふりをすることしかできなかった。




