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49足踏み


 除籍問題が片付いたエイヴァルトはノートリア子爵家を訪問して不祥事を詫びた。

 彼らは知っていて協力したに過ぎない。報酬代わりに得るものもあるが、トリン侯爵家に関わったことや令嬢の婚約破棄など、貴族社会では醜聞にさらされることになる。あの家に属した者として頭を下げるのは当然だと思ったのだ。


「侯爵家の問題はさておき、エイヴァルト殿には娘と共に子爵家を盛り立ててもらいたかったのですが」


 ノートリア子爵はとても残念そうに告げた。恐らく本心と思われる。

 跡を継ぐ娘が選んだのは家令の息子で、身分を抜きにしてもエイヴァルトですら大丈夫だろうかと感じたのだから子爵としても不安なのだろう。

 それでも生家が処分され、貴族籍を抜けたエイヴァルトよりもましに思えた。


「高く評価していただきありがとうございます。ですが私には愛する人がいます」

「分かっていますよ。それでも条件の良い相手をと望むのは親心なのです。エイヴァルト殿が欲を出してくれたなら、爵位は低くとも金鉱を所有する子爵家の当主になれるのに。ですがあなたはそんな物に魅力を感じてくれない。またそこがいいのですが……」


 それはノートリア子爵が娘を思うが故の考えだった。エイヴァルトには縁のなかった親心だ。すでにいい大人なので羨ましいとは思わないが、子のいないエイヴァルトでも子爵の気持ちはなんとなく理解できた。


「私が言えた義理はありませんが、子爵のようなお父君がいてご令嬢は幸せです」

「そんなことを言ってくれたのはエイヴァルト殿が初めてですよ」


 嬉しそうに笑ったノートリア子爵に、エイヴァルトもつられて笑みを浮かべた。



 すべての問題が片付いてエイヴァルトは一人になった。

 貴族籍を抜けてしがらみもなにもない。孤独を感じてもよさそうなものだが、あるのは解放感だ。

 抑圧から解放されるとはこのような感じなのだと実感する。これでようやくクラーラに思いのたけをぶつけることができるのだ。


 貴族社会で育ったエイヴァルトには交際するという感覚がない。だから結婚の申し込み一択だ。

 貴族は親が決めた相手と婚約して、親交を深める期間として一年ほど置いたのちに結婚となる。

 想いあっていても条件が合わなければ縁を結ぶのは難しいが、問題なければ同じく一年ほど婚約期間を設ける。婚約期間が短いのは孕んでしまったなどの、外聞が悪い何かしらがある場合だ。

 その一年で女性は結婚に向けての様々な準備をするのだが平民はどうなのだろう。エイヴァルトは身近にいる経験者、フランツに教えを仰ぐことにした。


 けれどその前に、領地にひっこんでいた前ウィンスレット公爵オルトールの訃報が届き、「最後の別れに行きたい」とアイザックから相談される。


「関係を知られるのがよくないのは分かっている。だから葬儀に参列するつもりはない。ただひっそりと遠くから見送りたいだけなんだ」


 実の親であるローディアスはクラーラが産まれたころに亡くなっている。その後の親子を支えたのがオルトールであるのは明らかだ。アイザックは恩義もあって、最後の祈りを捧げたいと言う。


「単騎で行って二日で戻ってくる。その間クラーラを頼めないか?」

「それはもちろん。彼女にはなんと言っている?」

「仕事だと。口裏を合わせて欲しい」

「分かった。王太子も参列なさるが大丈夫か?」


 ウィンスレット公爵家ともなると葬儀には国王さえ参列しておかしくない大貴族だ。今回亡くなったのが領地のため、高齢の王に代わって王太子が参列することになった。オルトールは王太子の幼少期に側仕えをしたこともあって適任だ。


「俺は参列しないので顔を合わせることはないだろう。墓前に花を手向けて終わる」


 それだけのために足を運ぶのだ。アイザックなりに思うことがあるのかもしれない。オルトールが世を去り、アイザックとクラーラの出生を証明できる者は居なくなった。


 こんな時なのでクラーラに結婚の申し込みをする許可を申し出るのは憚られた。アイザックなら「いちいち言わなくていい」と言いそうだが、不誠実だった過去があるので、許可を得ないと隠れてこそこそしている気分になってしまうのだ。


「出発は明朝だ。明日と明後日、クラーラを迎えに行ってくれ」

「ちゃんと無事に送り届ける」

「そうか。どうか頼む」


 大切な家族を託される。アイザックからの信頼はエイヴァルトにとってとても嬉しいものだった。


「クラーラと話をしてくれて感謝している。お前のお陰でいつものクラーラに戻った。作ったピアスを贈るのだと張り切っていたよ」

「それは私が強請ったんだ。お前がしているそれが羨ましかった」


 アイザックの耳に刺さるピアスに視線を向けると、「これが?」と不思議そうに手が伸びる。過去になじられたのになぜとでも言いたいのか。いや、違う。単純になぜ羨ましいのか分からないようだったが、気づいたようではっとし眉を寄せた。


「なぁエイヴァルト、俺はお前に家族を捨てさせてしまったのだろうか」


 そっちじゃない。思わず笑ってしまう。


「除籍は私の問題だと言っただろう? あの家は私にとって苦痛だった。確かに離れるきっかけはクラーラとの出会いだが、お前たちのせいじゃない」


 クラーラ以外との人生なんて考えられない、彼女が他の男のものになってしまうのを見るのは地獄だ。あきらめようなんて考えた過去が信じられなかった。


「そのピアスはクラーラがお前のために心を込めたものだ。私は愛する人からの贈り物なんて貰ったことがない。だから羨ましくて強請ってしまったんだ」


 家族からの心のこもった贈り物が羨ましいのではなく、愛しい人が心を込めた物を当たり前に持っているアイザックが羨ましかっただけだ。


「だがもう羨ましくない。私も手にするからな」


 得意気に言ってやると、アイザックの下がった眉が元に戻った。


「そうか。お前が喜んでクラーラも元気になった。それで問題ないということだな」

「その通りだ」


 アイザックが戻って一段落したら結婚を申し込む許可をもらおう。

 エイヴァルトは遠くない未来に想いを馳せた。




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