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 クラーラとの交流を夢見るディアンは意気揚々と騎士団舎に向かった。城を出る前にラインスがいるのが遠くに見えたが、何やらぎょっとした表情をして慌てた様子で走り去って行く。


「今ラインスがいたな」

「どこにですか?」


 フリューレイが周囲を見回した。表情はともかく、あの程度の距離なのに姿すら見えていなかったようだ。

 ディアンは目がいいのが自慢だ。王族として生まれなければ、もしくは直系唯一の男子でなければ、弓騎兵の道もあるなと考えたことがあった。……射たことはないが。

 多少の優越感に浸りながら「見えなかったのか?」と、分かっているくせに態とらしく聞いた。


「もういない。逃げるようにいなくなったぞ」

「殿下が騎士団舎に向かうと予想して、エイヴァルトに伝えに行ったのでしょう」


 フリューレイは、エイヴァルトがディアンに「頼みたいことがあるようなことを言っていたような気がしないでもない」……とか曖昧な物言いをしていたが、やはり頼みたいことがあるようだ。

 はっきり言えばいいものを何を勿体ぶるのか。ディアンの興味がアイザックとクラーラの二人に向いているので焼き餅かもしれない。


「待っていろエイヴァルト。クラーラが私に感謝するのももうすぐだ」


 上機嫌になって軽やかに歩みをすすめる。お花畑な頭の中では、クラーラが作った花冠をディアンの頭に乗せ、二人して微笑み合うシーンが浮かんでいた。


 王太子という身分があるせいで、表立ってアイザックを指名し交流を持つことはできない。

 けれどエイヴァルトは違う。除籍を望んでいても今はまだ貴族籍にある、しかも高位貴族の令息だ。ディアンが直接声をかけても不自然ではない。

 それでも呼びつけることはせずに居場所を確認して自ら向かった。騎士として仕事をする者たちの邪魔をしないための配慮だ。

 こうして気を遣ってやることも、彼らの信頼を得るためには必要なのである。アイザックの自慢の異母兄になれたなら……そんな期待もあっての行動だった。


 向かった先は大きな屋根付きの訓練場だ。雨天でも困らないようにと長く使われるそこは老朽化が進んでいる。「そろそろ立て直しの予算を組まなくてはいけないな」と頭の中で考えつつも、どうしてだか厳重に閉じられた扉や窓に目がいった。 


「いつもは全開にされていなかっただろうか?」


 寒いわけでも雨が降っているわけでもないのに閉ざされている。誰もいないのではないかと、ディアンはフリューレイを振り返った。


「見られては困るものでもあるのかも知れませんね」


 フリューレイが無表情で扉を押し開く。目の前を羽虫が横切ってディアンは顔を顰めた。

 中は薄暗くひんやりとしていたが、奥の方に人影が一つあった。

 エイヴァルトだ。上着を脱いで一人で剣を振るっている。外からでは分からなかったが、剣が風を切る音が入口まで届いてた。


 ディアンが中に入ると扉が閉じられる音がした。フリューレイは後ろについている。たった三人しかいないのに、広い空間には緊迫した雰囲気が感じられた。

 扉が閉じられる音と同時にエイヴァルトが剣を鞘に戻し、ディアンに向かって膝を突くと頭を下げる。


「邪魔をする。いつもの見学だ、楽にしろ」

「はっ」


 エイヴァルトは短く返事をするとすっと立ち上がった。

 離れたところから見ても素晴らしく美しい立ち姿だ。容姿のこともありさぞや女性にもてるだろう。

 ディアンに寄ってくるのは男女含めて打算ばかり。王太子という冠がなければ見向きもされないに違いない。エイヴァルトのように自らが持つもので勝負できるのは羨ましい限りだ。


「今日は一人なのか」


 確認しながら自ら近づいていく。きっとラインスから触れがあって、邪魔になる人間を追い出したのだろう。貴族籍を抜けたいなんて軽々しく口にできることではないので当然だ。


 ディアンは理解ある権力者を装い、さらには重くならないよう配慮もして「お前も秘密を知る一人らしいな」と、仲間であることを意識させるように声をかけた。

 それに応えるようにエイヴァルトが黙礼する。


 この秘密は生涯表にでることがない。けれども知る者からするとディアンがいかにあの二人を大切に想っているのか伝わっているだろう。

 ウィンスレット公爵家も関わっている。さらにウィンスレット公爵セバスティアンはカルディバー王国の宰相として、不正を働くトリン侯爵家の力を削ぐつもりだ。

 このエイヴァルトはトリン侯爵家の出身。クラーラが懸想するこの男をどのように扱うか苦慮しているように思える。


「お前はその剣を私に捧げる覚悟があるか?」


 騎士は国王のものだ。いずれはディアンが引き継ぐ。

 ディアンの後ろにはフリューレイがいて、それはトリン侯爵家を裏切ってウィンスレット公爵につく覚悟があるのかと聞いているのと同じだった。


 騎士叙勲式にて臣従の誓いはすでに行われている。主は国王だ。ディアンに対して行うのはただの形でしかない。それでもエイヴァルトは「覚悟がございます」と答え、鞘から剣を抜いて再び膝を突くと剣をディアンに差し出した。


「うむ。除籍を望むなら手を貸してやらんでもない」


 ディアンは満足して頷き、エイヴァルトは「そのお言葉、ありがたくお受けいたします」と感謝を述べる。


 そうして差し出された剣をディアンが取ろうとしたその瞬間。剣はディアンの手に渡ることなく一歩踏み出したエイヴァルトによって振るわれた。

 刹那、ディアンの首に研ぎ澄まされた刃が突き付けられる。

 あっという間の出来事だった。

 

 



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