43どうにかしたい王太子
トリン侯爵家の三男、エイヴァルト。騎士団に身を置く男を王太子であるディアンはよく知っていた。
なにしろとんでもなく美しい男なのだ。
騎士のくせに細身で背が高いだけではなく、絵画に描かれる天使のごとく美しい顔をして、場違いなほどまばゆい光を放っている。
少し癖のある淡い金髪は、冷たくさえ感じる彼の美貌を少しばかり穏やかに見せるのに力を発揮していた。煌めく碧眼は氷のように鋭利だが、時に穏やかに細められる。
ディアンからするとトリン侯爵家の人間は全体的に陰気に感じるが、あの男は部下たちからも慕われているようだった。騎士としての実力もかなりのもので頭の回転も速いらしい。上司たちからの評判も上々で、実家のおかげで出世を阻まれることが残念でならないと騎士団上層部は嘆いていた。
「なるほど。あの男か」
ディアンはクラーラの想う相手が誰なのかをフリューレイに聞かされて納得する。しかも相思相愛らしい。
「うむ。不足のない相手だな」
クラーラの隣に立つには十分だ。あの美丈夫を射止めるとはさすがだとディアンはご満悦だ。
名乗れないながらもこっそり兄弟愛に目覚めている迷惑男としては、本来なら妹に手を出すなと怒ってもいいようなものなのだが……。
「二人を応援する姿をみせたら、クラーラも私を怖がらずに認めてくれるようになると思わないか?」
と、妙案とばかりにフリューレイに告げた。
なんらかの方法で二人の関係を快く思っていることがクラーラに伝われば、不埒なことを企んでいるなんて思われないだろう。さらには王太子が応援してくれていると感激してもらえる可能性もある。
「よい案だと思います。けれどどうやりますか? 突然姿を見せて祝福しても怖がらせるだけかと」
「そうだな。まずは騎士団舎に赴きエイヴァルトと交流をもつところから始めるのはどうだ?」
「さすがは殿下。たいへん素晴らしいお考えです」
無表情で褒められてもちっとも嬉しくない。けれどフリューレイから横やりが入らないので悪いことにはならなさそうだ。
まさか自分が鴨葱とは思いもせず、時間を捻出して騎士団舎への訪問を頻発するディアン。
そんな彼を最初は面倒がっていた騎士団のお偉い方も、次代の王から目をかけてもらえていると好意的にとるようになっていた。
さらには歓迎されるものだから足が遠のくこともなく。むしろ頻繁に向くようになってアイザックを微妙にさせていることには気づきもしない。フリューレイはディアンの気持ち最優先なので、気付いていたが教えるなんて野暮はしないのであった。
そうこうするうちに、ディアンの元にもトリン侯爵家の情報が入ってきた。
なんとエイヴァルトはノートリア子爵家の総領娘と婚約していたのだ。婚約者がいながらクラーラに手を出したのかと怒り心頭するも、エイヴァルトがトリン侯爵家から除籍したがっているとの報告も受ける。
情報源はフリューレイの弟で、宰相セバスティアンの意思を継ぐべく精進しているラインスだ。しかもウィンスレット公爵がらみと分かってフリューレイに詰め寄った。
「お前も宰相もラインスもウィンスレット公爵家の人間ではないか。目論見があるならなぜもっと早くに報告しない」
アイザックとクラーラのこともだ。なぜウィンスレット公爵家の人間は、ディアンの知りたいことを後から言ってくるのだろう。
「殿下の手でエイヴァルトを除籍させるようなことがあっては困るからです」
悪事を犯した訳でもない有能な王国の騎士を侯爵家から除籍させる。いったい何があったのかと騒ぎになるだろう。除籍とはそれだけ大きな問題だ。しかも望んでいるのはエイヴァルトだけで、トリン侯爵家は使い道の多い駒を手放すなんてあり得ない。
「だがこのままだとクラーラは日陰の身だ」
「だからと言って殿下が表に立って命じるようなことをすれば、多くの貴族から反感を買います。貴方様の治世に影響が出る可能性があるのですから黙っているのは当然です」
「その程度のことを気にして王が務まるとは思えない」
「ご立派なお言葉ですが、平民の娘のために殿下が傷を負うのは許せません」
「傍観せねばならないのか?」
「そうです」
不服なディアンはふんっと鼻息を吐いて不満を顕にしたが、フリューレイは折れない。この男、ディアンのためとなると不敬も恐れないので厄介なのである。
「ラインスによりますと、エイヴァルトはなにやら殿下に頼みたいことがあるようなことを言っていたような気がしないでもありません」
「それを早く言え!」
エイヴァルトとは特に親しくしているわけではない。それなのに頼みたいことがあるとなれば、それは間違いなくクラーラに関わることだろう。
フリューレイには叱られるだろうが、もしエイヴァルトが除籍を土下座してでも願い出るなら、次代の王のことなんて考えずに飲んでやろうと胸が躍る。
ディアンは近い未来でクラーラから信頼の目を向けられる……。そんな未来に心を馳せながら騎士団舎へと向かった。




