42愛しい君へ
クラーラに告白してしまった。愛していると言わずにいられなかった。
信じて待っていて欲しいと、ただそう伝えるだけのつもりだったのに。
クラーラを送り届けたエイヴァルトは振り返って彼女の部屋を仰ぎ見る。すると窓が開いていて愛しい人が溢れんばかりの笑顔で手を振っていた。
「クラーラ」と、呟くように名を呼んで手を振り返す。
互いに見つめ合っているとアイザックに呼ばれたのか、一度振り返った彼女は「見送りたいから行ってください」と声を落として手をはためかせた。
エイヴァルトは振り返りつつ角を曲がった。少ししてそっと様子を窺うとまだ扉が開いていて、室内の明かりを背にした彼女の影が映し出されている。
あまりの愛らしさに悶え、幸せを噛み締めた。
愛しているとまで言うつもりはなかったのだ。何しろエイヴァルトには婚約者がいる状態だったし、除籍が上手くいくとは限らないから。
それなのにクラーラは真っ直ぐな瞳でエイヴァルトを射抜いた。胸に強い痛みを感じて押さえたほどだ。
クラーラはきらめく美しい瞳に涙を幕を張って、零さないよう必死に唇を噛んでいた。
思わず抱きしめて唇を奪いたくなり、それだけはいけないと深呼吸した。けれど足りなくて、上半身裸で訓練に打ち込むむさ苦しい騎士たちの姿を思い浮かべてどうにか欲望を治めた。
この愛しく大切な女性のためにならどんなことだってできると確信した。
実際に彼女がエイヴァルトの胸に飛び込んできた時には、もう死んでもいいとすら思ってしまった。
彼女を受け止めた瞬間には、思い残すことなんてないような錯覚すら覚えた。
これで覚悟を決めた。
どうなってもいいと言われて、このまま持ち帰ろうと思った。
彼女はいい匂いがして柔らかくて、これまで抱き上げたことはあっても抱きしめたことはなくて。
夢でもいいと華奢な体をぎゅっと抱きしめて、クラーラの首元に顔を埋めて鼻を寄せ、彼女を堪能した。このまま二人で溶け合えたならどれほどの幸福を感じられるだろう。
それでも気付いたら家に送り届けていたので、無意識ながらもこれ以上の不実を犯さずに済んでほっとしている。
これからエイヴァルトがしようとしていることはまさに命をかけるようなことだった。
トリン侯爵家に残ることなんて考えていない。貴族社会から縁を切って、クラーラの生きる世界で彼女と幸せになることを望んだのだ。
陽の光の下でクラーラは世界中の誰よりも愛らしく、そして輝くだろう。
愛しい君へ。
私は君と共に歩くためにならなんだってする。
エイヴァルトはそう心で呟いた。




