39お似合いの二人
エイヴァルトが隊長を務める隊は治安維持が主だった仕事だ。アイザックが預かる十の部隊は荒事に長けた者が多く集まっていて、領主の依頼を受けて王国各地に遠征へと行ったりするが、エイヴァルトは事件の調査で遠くに出向くことも稀だった。
仕事の一つに町の見回りがある。隊によって巡回する地域が振り分けられており、エイヴァルトは偶然にもクラーラの仕事場から家を含む地域を預かっていた。
だから仕事を理由にちょくちょく様子を見に行っている。会うことができたら声をかけたりもする。
けれど今日はその姿を目撃した瞬間に身を隠した。
クラーラは彼女と同じ年頃の男と一緒に歩いていた。買い物の帰りなのか二人して紙袋を抱えて楽しそうに談笑しながら歩いている。
昼下がり、昼食後に二人揃って買い物をしたのだと予想できるし、実際にそうなのだろう。
けれど並んで歩く様はまるで新婚夫婦の休日のように見えて胸が締めつけられる。
クラーラは時々隣を歩く男を見あげて屈託なく笑う。そんなクラーラを見つめる男が彼女に好意を寄せているのは明らかだ。
仕事中だ、クラーラは今日も仕事にでているはずだ。決して休みではないし、隣の男にも見覚えがある。間違いなく同じ工房の人間だ。
幾度となく記憶で間違いないことを確認しても、クラーラの笑顔が自分ではない男に向けられている事実は消えない。
あの男はなんの障害もなくクラーラと肩を並べられる存在だ。嫉妬よりも奪われるのではと焦りを覚えた。クラーラは間違いなくエイヴァルトに心を奪われて好意を寄せていた。けれどいつまでも気持ちを向け続けてくれる保証なんてない。
まさに足元が崩れ去って浮足立った状態になり、不安で不安たまらなかった。
自分を抑えることができなくなったエイヴァルトは、気持ちを落ち着けることができないまま仕事を終えるとアイザックの元へと走った。
「絶対に不誠実なことはしない。クラーラに気持ちを伝える許可をくれないだろうか」
今のエイヴァルトには名目上の婚約者がいる。
トリン侯爵家を陥れるための婚約でいずれ解消されるとしても、さらにはエイヴァルトが認めていなくても、公に二人は婚約者同士だ。
これは不誠実としか言えないだろう。けれどクラーラに想いを伝えずにはいられなかった。
エイヴァルトはクラーラの気持ちに気づいているが、クラーラはそうではない。身分の差どころか、エイヴァルトに婚約者がいると知ってあきらめられて他の男に行かれたらエイヴァルトは再起不能だ。生きる意味を失ってしまう。
だから貴族間では当たり前の、気持ちを伝える相手の保護者に許可を願い出た。
平民にそんな決まりがないことは知っていたが、アイザックとクラーラにずっと不誠実だったために、何事も正直に告白して隠し事はしないと決めたのだ。
鬼気迫るエイヴァルトの様に、アイザックは長い息を吐き出した。
「そういうことをいちいち報告しなくていい」
アイザックはクラーラとエイヴァルトが結ばれることを望んでいない。さらにはクラーラをふるように頼まれている。初めはエイヴァルトもそのつもりだったが、覚悟を決めた今はもうあきらめるなんて無理だった。
駄目だと拒絶されても何度だって許しを乞うつもりだ。覚悟を決めたエイヴァルトにあきらめるなんて言葉は失われていた。
「お前からすると私は彼女に相応しくないだろう。私だってそう思う。これまでのことが許せないのもだ」
なんの非もないクラーラを貶めたことは、生まれた時から彼女の側にいるアイザックからすると許せることじゃないだろう。エイヴァルトと違って兄妹二人は互いに手を取り合って生きていて強い結びつきが窺えた。
「だが私は彼女との未来を切り開きたい。全力で挑んで可能性を潰したくないんだ。どうか頼む」
馬鹿を言うなと殴られる覚悟で頭を下げた。そんなエイヴァルトにアイザックは再び溜息を落とすと肩を叩く。
「エイヴァルト。 前に言った言葉を訂正させてくれないか。俺はお前を信用するよ」
その言葉にエイヴァルトは勢いよく顔を上げた。目の前に立つ男は辛そうに眉間に皺を寄せてエイヴァルトから視線を逸らしていた。
「近頃のクラーラには思い詰めた節がある。恐らくお前に婚約者がいると知ったせいだろう。気づかれないよう元気に笑ってみせる姿が辛くて堪らないんだ」
アイザックはエイヴァルトに婚約者がいることを責めずに、ただクラーラのことを心配していた。
「お前の気持ちを疑うわけじゃない。だが二人が結ばれても幸せになれないと思っていた。二人とも互いの立場を理解している。上手く気持ちに決着をつけてくれたならと思っていたんだ」
アイザックの言う通りだ。エイヴァルトはクラーラに思いを寄せたからこそ、自分では幸せにできないと諦めようとした。
けれどトリン侯爵家を捨てる道を見いだした。その選択があることを、実行するに至るだけの過去がエイヴァルトを後押しした。状況は変わったのだ。
「婚約者はどうするんだ?」
「令嬢と私、双方の意思で破棄になる。ただウィンスレット公爵の思惑が絡んでいるため時期は未定だ」
遅くとも一年以内だが、エイヴァルトはそんなに待てない。早急にトリン侯爵家からの除籍に持っていき、その流れで婚約者破棄に仕向けるつもりでいた。
「愛人の立場にはならないんだな?」
「そんなことになるくらいなら彼女を攫って逃げる」
諦める選択はもうなかった。
エイヴァルトの決意に、アイザックは「そうか」と視線を向けた。
「どうかクラーラを頼む。たが……できることなら日の光の下を歩かせてやって欲しい」
恐らくアイザックは、エイヴァルトがトリン侯爵家を捨てるなんて無理だと思っているのだろう。騎士として勤める中で貴族の有り様を目の当たりにすることも多くその中で学ばされたのだ。
なのに認めて許しをくれたアイザックに、エイヴァルトは深く頭を下げた。
除籍に失敗しなければそんなことにはならない。絶対に成功させるとエイヴァルトは己に誓った。




