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21公爵、壊れる



 おもむろに立ち上がったセバスティアンは部屋の中をうろうろと歩き回った。腕を組んでなにやらぶつぶつと呟やいている。考えに耽っているようだ。

 部屋を何周かした後、アイザックの背後で立ち止まった。


「君たちがローディアス様の落とし胤である証拠はあるのか」

「いいえ、ございません」

「ならば虚偽である可能性は捨てきれない」

「オルトール様が嘘を? そうであればどれほどいいか」

「……確認の必要がある」


 オルトールがこんな嘘をつく理由はどこにもない。ただし証拠の一つもないのも事実だ。すべてが嘘や間違いなら、異母兄妹で不義を起こすことだけは避けられる。

 だがオルトールが何も知らないアイザックの前に現れて嘘をつく理由はどこにもない。それこそが事実であるとの確証だ。

 セバスティアンもオルトールからの伝言があるだけに分かっていると思われる。それでも間違いだと思いたいのだ。


「よし、分かった」


 再び彷徨うろついていたセバスティアンは名案が浮かんだとばかりにポンと手を叩いた。


「妹はさっさと結婚させろ。相手が見つからないなら息子の正式な妻として迎えてもいい。この事実は公表してもなんらいいことはないぞ」


 結婚させろとの案にアイザックは息を呑んだ。


「ちょ……ちょっと待ってください!」

「夫がいるとなればあきらめるだろう。殿下の種でない可能性があるなら手出しされないはずだ。よし、そうしよう」


 うんうんと頷くセバスティアン。アイザックはとんでもないと高速で首を横に振り……はっと気づいて口元に人差し指を当て、その指をすっと動かし扉に向けた。

 セバスティアンが目を見開く。アイザックはそっと扉に向かうとノブを掴んで勢いよく開いた。


 暗い廊下には二人の男がいた。「ラインス……盗み聞きしていたのか!」とセバスティアンが声を上げる。


 一人はセバスティアンの息子であるラインス。ラインスはしまったとでも言いたげに目を見開いている。

 そしてもう一人はエイヴァルトだ。アイザックに気づかれたと察していたのか、驚いた様子はないものの、眉間に深い皺を作って険しい表情をしていた。


「ラインス……同席は認めないと言ったはずだ」

「いやぁ、まさかあの爺様がよそに二人も子供を作っていたかと思ったら、つい」

「ついではないぞ」


 セバスティアンはがっくりと肩を落とし、ラインスはしまったとばかりに眉をへの字に曲げて頭を掻いている。そしてエイヴァルトは素性を問われるより早く、その場に膝を突いて深く頭を下げた。


「ウィンスレット公爵、私は彼女を愛しています。なにとぞその役目、このエイヴァルトにお許しください」


 この許しはセバスティアンだけでなくアイザックにも向けたものだ。「アイザック、頼む」とさらに頭を下げられて返事ができずにいると、セバスティアンが「君は誰だ?」とエイヴァルトを見下ろした。


「王国騎士団に籍を置きます、エイヴァルトでございます」

「トリン侯爵家の三男ではないか。そんな悪手、許せるわけがなかろう!」


 トリン侯爵家はウィンスレット公爵家に成り代わるのを長年の目的にしていた。クラーラがトリン侯爵家に渡るのは最悪だと、セバスティアンは怒りを爆発させる。


「なんたることだ。最も知られたくない輩に露見してしまった。ラインス、なぜ連れてきた。お前はいったい何を考えているんだ!」

「いや、まさかこんなことになるなんて想像しなかったものですから。私とエイヴァルトはてっきり爺様の隠し子だとばかり……」


 とんでもないことになった。アイザックは秘密が露見してしまったことに衝撃を受ける。

 平穏な生活を乱されたくない。だから絶対に知られたくなかった。生きる世界も違う。このまま平穏に過ぎると思っていたのに、運の悪いことにディアンがクラーラに目をつけてしまったのだ。

 その結果がこれだ。

 一人ではどうしようもなかったが、それでも口にするべきではなかったと後悔が押し寄せた。


「閣下、私は決して口外いたしません。確かにトリン侯爵家に生まれましたが、私にはトリン侯爵家と縁を切る覚悟がございます」


 膝を突いたまま、真剣なまなざしでセバスティアンを見上げるエイヴァルト。対してセバスティアンはエイヴァルトを鼻で笑った。


「娘のためにか? この状況で信じられるわけがない。その顔を使って娘を手中にし、ローディアス殿下との繋がりを主張して王宮での実権を握るつもりだろう。だがそうはさせない。二人が殿下の血を引いている証拠はどこにもないのだからな。そう、ないのだ。すべては父の妄想だ!」


 セバスティアンは広角を上げて、高い位置から勝ち誇ったようにエイヴァルトを見下ろした。


「父上。爺様の妄想だったことにしても、ディアン殿下が異母妹クラーラを手籠めにしようとしている事実は変わりませんよ?」

「黙れラインス、そんなことは分かっている。繋がりなどない、父上の妄想だ。だが万一を考えて娘はお前が娶るのだ」

「なぜ私がローディアス殿下の尻拭いをしなくてはならないのですか?」

「ローディアス殿下を侮辱するのか!?」


 冗談じゃないと口を尖らせるラインスに、セバスティアンは「お前がこの男を連れてきたからだろう! 自分の尻は自分で拭え!」と怒鳴り散らした。


「八つ当たりはやめてください」

「次の宰相を狙うくせして、この状況が如何に危険か理解していないのか!?」

「していますよ、このエイヴァルトに娘を託す危険も。ですがいくら顔に自信があっても、娘がエイヴァルトに靡くとは限りません。人の好みはそれぞれです」


 真っ当な発言をしたラインスだったが、膝を突いているエイヴァルトが「私と彼女は両思いです」と言い放つ。


「は!?」と驚くラインスとセバスティアンの真意を問う視線がアイザックに向けられた。


「じ……事実なのか?」

「それは……事実です。確かに妹はエイヴァルトに好意を寄せています。ですが……エイヴァルト」


 アイザックはエイヴァルトの前に出ると、同じく膝を突いて視線を合わせる。


「俺たちは生まれも育ちも平民だ。俺はクラーラを母のようにしたくない。クラーラもわきまえている。どうかあきらめて欲しい」


 クラーラを愛してくれるのは嬉しい。エイヴァルトの良い点も分かっている。けれど貴族だというのはどうしても許せないのだ。もし万一にも正式な妻として認められたとしても、クラーラでは務めを果たせない。

 アイザックが「済まない」と頭を下げると、肩を押されて再び視線を合わせる。エイヴァルトの碧い瞳は迷いがなかった。


「あきらめるつもりだった。この想いも消すと約束した。だが、申し訳ない。私はクラーラを愛している」

「クラーラのために家を捨てるなんてさせられない。クラーラも気にする」

「家のことはクラーラのためではなく、私自身のためだ。先日除籍を願い出た。簡単に許されないだろうが、トリン侯爵家を抜ける決意は固い」

「除籍を? またどうして……」


 クラーラのためではないと言うが、根本にあるのはクラーラへの想いではないのか。

 疑うアイザックに「私は家族が欲しいんだ」と、エイヴァルトの表情が陰りを帯びた。



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