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2詰め所で


 恐怖体験後の至福のとき。

 怪我をしたおかげで素敵な騎士様から横抱きにしてもらい幸せだ。

 恐ろしい目にあったが、その先にこんな幸せが待っているなんて思いもしなかった。母が死んだときは神はいないと思ったが、本当はいたようだ。

 クラーラは調子よく解釈して神に感謝していた。


 エイヴァルトに一目で恋に落ちて浮かれていたクラーラだったが、現場から近い騎士団の詰所に到着して長椅子に降ろされた途端、アヒムのせいで負った怪我が痛みだした。

 殴られた頬はもちろん、両手足には擦り傷や痣ができていてズキズキ痛む。エイヴァルトが濡らした冷たい布を頬に当ててくれて、傷口を消毒して軟膏を塗ってくれた。


「もっと早くに駆けつけていたらこんな目に遭わずにすんだだろう。痕にならなければいいのだが」


 クラーラの前に膝をついて軟膏を塗りながら、他にも痛いところがないかと聞かれる。

 少し上から見下ろす形になって、この角度から見ても素敵な人だなとぽおっとしてしまったが、迷惑をかけている相手を前に失礼な態度だと気づいて心内でそっと反省した。


「エイヴァルト様のせいではありません。助けてくださってありがとうございました」

「辛いだろう、聴取は明日以降で構わない。同居人はアイザックだけ?」


 そうだと頷くと「送っていこう」と気を遣われた。


「とんでもありません、一人で大丈夫です」

「大丈夫ではない。こんなに酷い怪我をしているんだ。それにあんなことがあって不安だろう?」


 確かに不安だが、表通りならまだ人が多い時間帯だ。怪我で足首も痛いが歩けないほどではない。ただちょっと変な歩き方になりそうなので見られるのが恥ずかしいのだ。

 一人で大丈夫なのにな……と思いつつ不意に窓へと視線を向けたら真っ暗になっていた。気づいた途端に心細くなる。歩き方を見られたくないとか言っていられない。夜道の一人歩きはさすがに怖いと感じた。


「ではお言葉に甘えて。聴取は受けてから帰ります。きっと明日のほうが痛みが酷くなるだろうし。それにこういう処理って後回しにすると面倒ですよね?」

「こちらを気遣ってくれなくていい」

「いいえ、本当に大丈夫です。何を話せばいいですか?」

「そうか。それなら……」


 エイヴァルトはクラーラの前に座ると「なぜあんな場所に?」と続けた。


「仕事から帰る途中でした。屋台でスープを買ったところでアヒムに会ったんです」


 アイザックは先週から遠征に出ているので、いつもはしている料理も自分のためだけになると面倒になる。だから時々、仕事帰りに屋台に寄ることがあった。


「食事に誘われたけど断りました。アヒムからはたまに声をかけられましたが、これまで応じたことはありません」


 思わせぶりな態度をとるのはよくないと注意されているし、アヒムのような人はまったく好みじゃないので自分から近づいたりもしない。接近禁止なのにそれを無視するアヒムから一方的に付きまとわれているだけなのだ。


「人の目もあるからいつもはあそこまでしつこくなかったんですけど、アイザックがしばらくいないと知っていたらしくて、強引に連れて行かれそうになりました。だから屋台で買ったスープを投げつけて逃げたら追いかけられて、裏路地に逃げ込んでしまったんです」


 若い娘が夕闇迫る中で裏路地に入るのは推奨されない。巻くために咄嗟に逃げ込んでしまったとはいえ、自ら裏路地に入ったのはクラーラにも責任があるだろう。


「君とアヒムの関係は?」

「アイザックとアヒムが同期なんです。母が亡くなってからだから十三かな? その頃から付きまとわれています」

「十三? あの男は私よりも年上に見えたが?」

「確か二十四ですね。エイヴァルト様はおいくつですか?」

「私は二十二だ。失礼だが君は?」

「わたしは十八です」

「となると、アヒムは十九で十三の君に付きまとっていたというのか?」

「そうなりますね」


 エイヴァルトは驚いているようで碧眼を見開いている。当然だろう。十五で成人とみなされる中、いい大人とされるアヒムは成人前の少女に付きまとい、強引に交際を申し込んでいたのだ。

 当時のクラーラが同じ年頃の少女たちより大人びていたとしても世間的には許されない。アヒムが幼児愛好家でなくてもそうみられる事態である。


「フランツもアイザックと同期だったな。それで知っていたのか。あんな男が騎士だとは……見たことがないが」

「アヒムは四年前に騎士を辞めさせられていますので」

「探れば他にも何かでそうだな」


 エイヴァルトは腕を組んでなにやら考え出した。クラーラは揃えた膝に手を置いて、彼の美しい顔をじっと見つめて鑑賞に耽る。

 アヒムに襲われたのは怖かったが、こんなに素敵な人に出会えたので良しとしよう。クラーラは嫌なことがあっても切り替えるのが得意だ。生まれのせいもあって嫌なことはたくさんあった。だから慣れている。

 そうこうするうちにフランツがやって来た。


「聴取は終わったみたいですね。隊長、俺はクラーラを送って行きます」


 フランツが元気にそう言ったが、エイヴァルトは「私が行くので必要ない」と立ち上がる。


「お前はアヒムの同期だそうだな」

「そうです。奴はとっくに騎士ではありませんがね」

「アイザックの遠征を知っていたらしい。叩けば他にもいろいろ出てきそうだ。お前に任せる」


 エイヴァルトはクラーラの側に立つと、「失礼」と言って背中と膝裏に腕を入れて抱き上げた。

 急だったので驚いて息を呑むと、「足の怪我が心配だ」と視線を逸らして言われた。

 とても嬉しいが、抱っこで家に帰るのは恥ずかしい。クラーラが頬を染めて正直に伝えると、馬で送ると言われる。

 相乗りなんて最高だ。浮かれるクラーラがフランツにひらひらと手を振ると、彼は笑顔で手を振り返してくれた。




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