14お兄ちゃん大混乱
友人の結婚祝いには同じ隊の騎士や、そうでない者も大勢が駆け付けていた。アイザックは彼らと談笑しながらクラーラとエイヴァルトの様子を窺っていた。
クラーラは花嫁の同僚女性たちと楽しそうに話していた。エイヴァルトは敢えてなのかクラーラに近づかず、誘うことをしない。
先日の夕食会でクラーラが「最後かもしれない」と言っていた。彼女なりに不毛だと気付いたのだろう。妹の恋を祝福してやれないことに胸が痛むが、日陰の身にするのだけは避けたかった。
エイヴァルトと出会ってからのこれまでは友好な関係を築けなかったが、その理由は謝罪と共に教えられた。結果、クラーラのおかげで共に食事をとる機会もあり、関係は順調にいっている。騎士団では何があったのかと噂になるほどの態度急変だ。
もともとエイヴァルトの嫉妬? 気持ち? 次第だったのだ。謝罪を受けたし、気にするような性格でもなく根に持ったりしないアイザックは、エイヴァルトの実力を認めていることもあって、八つ当たりされた過去は特に気にしていない。
ただ正直に告白してくれたエイヴァルトに申し訳ない気持ちはあった。
彼が貴族でなければクラーラとの関係を喜べたのに。エイヴァルト個人としてなら騎士としても、また妹の伴侶としても合格なのに。ただ高位貴族という点が実に惜しい。
友人との会話に一区切りついたアイザックがふと視線を向けると、クラーラがいなくなっていた。さっきまで女性に囲まれて楽しそうにしていたのにどうしたことか。
びっくりして立ち上がりあたりを見渡すと、カウンターの隅で見慣れない男と酒を交わしていた。
「なっ……いったい次は誰なんだ」
衣服は庶民に合わせているが、遠くからでも一目で貴族とわかる若い男だった。若くても十八のクラーラとは年齢が離れているように見える。遊ぶ相手を物色しているのだろうか。クラーラが毒牙にかかる未来を想像したアイザックは、突撃する勢いで突き進んだ。
大股で人をかき分けたていたら腕を掴まれた。邪魔をするなと振りほどこうとしたが、自由にならないばかりか壁際に追いやられてしまう。
「放せ!」
「いや、放せと言われても。お前は何をするつもりだ?」
エイヴァルトだった。アイザックの腕を掴んで眉間に皺を寄せている。
「何をするって……クラーラが見知らぬ男と飲んでいるんだぞ!」
男の視線は常にクラーラに釘付けで気に入られたのは間違いない。こんなところに騎士でもない貴族がどうしているのか。焦るアイザックは腕を振りほどこうとするが……エイヴァルトが離さなかった。
「お前、本気で言っているのか?」
「何がだ? そういうお前こそクラーラが好きだったんじゃないのか。あんな奴に横から掻っ攫われていいのかよ!?」
「落ち着け」
エイヴァルトにぐっと腕を引かれて耳元で囁かれる。
「ディアン王太子殿下だ」
「は?」
「あのお方だ。お前は見たことがないのか?」
王太子殿下、だと?
見たことなんてあるはずが……あるような気もするが、アイザックは平民出身の騎士なので見たとしても一度か二度、遠くから拝見してそこにいると認識する程度のものだ。記憶にすらない。
いや、記憶にないのだから見たことなんてない。これが初めてだ。きっと見ていたら要注意人物として記憶し絶対に忘れていないはずだ。
「お忍びだ。邪魔をするなんて許されないぞ」
「こっちだって許さない。駄目だ。王太子殿下なんてお前より悪い。最悪じゃないか!」
「落ち着けと言っている」
混乱しているアイザックはエイヴァルトに引きずられて店の裏に連れていかれた。喧騒の中とは言え声が大きかったからだ。そのまま外に連れ出されて壁に圧しつけられた。
「不敬で罰を受けたらどうなると思っているんだ。言い方は悪いが、貴族と平民では受ける重さが違う。すでに私があの方を認識しているのだ。お前は知らなかったでは済まない。こんなの常識だろう。いったいどうしたというのだ!」
分かっている。そんなこと分かっているが、あの男だけは駄目なのだ。
もしあの男がクラーラに目をつけたのだとしたら、このまま城に連れていかれてもおかしくない。あの男はそれだけの権力を持っているのだ。それは絶対に避けなければならなかった。
しかしまさかの出来事にアイザックは混乱して、二人を今この場で引き離すことしか考えられなくなっている。
「あの方はそのようなお方ではない。もし万一にも彼女が強く望むならあり得なくもないだろうが……」
「望むわけないだろう、クラーラはお前に好意を寄せているのに!」
エイヴァルトの言葉に被せる。
二人の関係を認めず諦めるよう仕向けながら、それを理由に万一なんてないと突っぱねた。
「不敬だろうがなんだろうが駄目なものは駄目だ。最悪だ。離せエイヴァルト!」
体つきからするとアイザックの方が力が強いはずなのにエイヴァルトを突き放せない。混乱のあまり力では上回っていても技術面において実力が発揮できないからだ。
「だからお前は……落ち着けと言っているのが聞こえないのか!」
ついにはガツリと左頬を殴られた。返しに拳を繰り出すが簡単に避けられてしまう。
「分かった。分かったから。理由をつけてクラーラと引き離してくる。だから頼む。お前はここで待て」
「相手は王太子なんだろ? 貴族のお前にできるのか?」
「お前が殴りかかるよりましだ。クラーラ共々処罰されるんだぞ、後先考えて動かなくてどうするんだ」
殴られただけでなく諭されたアイザックは、少し冷静さを取り戻し、口の中に溜まった唾を血とともに吐き出した。
そこで「アイザック?」と愛らしい声に呼ばれてビクリと肩が弾ける。目の前のエイヴァルトも驚いていた。
「エイヴァルト様も。こんなところで何をしてるの?」
「クラーラ、なんで……」
人の気配に気付けなかったなんて。しかも素人の娘の気配。一気に登っていた血が引いて、騎士として失格だと反省する。
「二人が裏に行くのが見えたから追いかけてきたんだけど……その頬どうしたの?」
クラーラが不安そうにアイザックとエイヴァルトを交互に見ていた。
「いや……ちょっと酔ったんで外に。これはふらついて、そこでぶつけたんだ」
「そんなに飲んだの?」
訝しげな視線を向けられて目が泳ぎそうになったが、エイヴァルトが「そのとおりだ」と肯定してくれたので気づかれずに済んだ。
「危なっかしいので送って行こうと話していたんだ。クラーラ、君さえよければこのまま行っても?」
流石というべきか。切り替えが早いエイヴァルトは美麗な顔に穏やかで優しい笑みを浮かべた。
「わたしもそろそろ帰りたかったんです。ご一緒していただけるんですか?」
「ふらついているアイザックが頭でも打ったら危険だから。倒れるようなことになったら君一人では支えられない」
「そうですね。ご迷惑かけますがお願いします」
嬉しそうな様子にアイザックはほっとした。クラーラの気持ちは身分を隠したあの男ではなく、今も変わらずエイヴァルトにあるようだ。
「カウンターで一緒にいた相手はいいのか?」
「お忍び風の貴族の方ね。庶民のお祝いについては説明したから大丈夫だと思うわ。それよりアイザック、ちゃんと歩けるの?」
「大丈夫だ。歩ける」
ひとまずほっとしたが、あの男がクラーラの瞳の色に気づいてない可能性は低い。
無事に家まで辿り着いたアイザックは、エイヴァルトとの別れ際に「相談がある」と持ちかけた。
エイヴァルトは明日は用事があるらしく夕方以降にならと了承すると、クラーラの服や髪型を褒めてから、再び祝いの店に戻って行った。




