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13結婚式


 フランツの結婚式。町の教会には親族を含めた二人の関係者が集う。


 新婦のナーシャは新郎よりも五歳年上の二十六歳で、背が高くすらりとした美人だった。先日頂いた彼女手作りのパンは絶品だったので料理の腕も素晴らしそうだ。


 席がエイヴァルトの隣になると聞いていたクラーラは目一杯のお洒落をした。

 花嫁の色である白は避けて、自分の瞳と合わせた薄紫のワンピースに自作のピアスをつけている。靴も意識して踵の高い物にしたし、お化粧も大人っぽく見えるように気合いを入れた。

 初めて会う騎士たちの面々から見惚れられたので上手くできていると思う。

 なのに……。


「どうしてアイザックが隣にいるのよ」

「そんなの兄だからに決まってるだろ?」

「フランツさんはエイヴァルト様の隣って言っていたのに……」

「あいつはフランツの上司だから、新郎の立ち位置に近い場所じゃないと駄目なんだよ」


 席次表では先日言われたとおり、クラーラとエイヴァルトは隣同士だった。それを無視したアイザックによって彼の隣に座らされたのだ。

 エイヴァルトはフランツの上司なので上座にいる。友人のクラーラがその隣に座るのは非常識だとのアイザックの意見はもっともだが……せっかくおしゃれをしたのに残念だ。エイヴァルトの隣でフランツたちを祝福したかったのもあってとても不満だ。


 式の後は店を貸し切って昼間から飲めや食えやの大宴会になる。式への招待客だけでなく、面識のないたまたまやってきただけの知らない人も交えて、新郎新婦の門出を夜通し祝うのが庶民の結婚だ。


 フランツとナーシャは騎士の面々に囲まれている。クラーラはそこから離れて、城勤めの新婦の同僚たちとテーブルについていた。

 彼女たちは城で下働きとして働いていて、年齢も十代から五十代と様々だ。驚くことにクラーラと同席する彼女たちはみんな結婚して夫と子供がいるらしい。クラーラと同じ年の女性もだ。


「下働きでも見た目も重視される部分があるから結婚は早いのよ」

「だと思いました。みなさんお綺麗ですものね」

「クラーラに言われてもねぇ」

 

 と言いつつ、彼女たちは上機嫌で飲み食いと会話に花を咲かせていた。

 見た目もよいナーシャが結婚せずに残っていたのは、単に彼女が男を拒絶していたからだそうだ。なのにフランツの猛アタックに落ちたそうで、「一生独身を貫くって思っていたからびっくりしちゃった」と彼女たちは騒いでいた。


「お手付きになったんだと思っていたけど違ったみたいね」


 愛想悪くちびちびと飲んでいた一人が呟いた。隣の女性が「ちょっと!」とたしなめている。

 なんのことだろうと首を傾げていたら、クラーラの隣に座っている女性が耳打ちしてくれた。


「ナーシャって美人でしょ。高貴な方のお手付きに……愛人をしているって噂だったのよ」

「愛人、ですか?」

「お手付きになったら子供ができているかもしれないじゃない? 高貴な人が相手だと跡継ぎ問題とか起きる場合もあるから」


 高貴な人のお手付き……愛人になっても、身分もなく正式な妻でもない女から生まれた子供は高貴な人の跡を継ぐことはできない。けれど後継ぎがいない場合は話が別だ。

 生まれた子供は養子として引き取られたり、正妻が産んだけれど病弱だったから表に出せなかったなどと繕って、日陰の子が表舞台にでてくることもあるらしい。


「へぇ。そういうものなんですね」

「綺麗な子って手が付きやすいから。でもナーシャは素敵な旦那さんに出会えたし違ったみたいね。あなたも綺麗だからお城勤めするなら気をつけて」

「わたしには彫金師の仕事がありますから」

「その紫のピアス、もしかして」

「はい、自作なんです」

「素敵ねぇ。あれ? 確か向こうにいる騎士も同じものをつけていた気がするんだけど……」


 と、隣の彼女が首を巡らせて、離れたところに座っているアイザックへと視線を向けていた。


「彼がつけているのもわたしが」


 よく見ているなと感心する。


「え!? お付き合いしている方?」

「いいえ。兄なんです」

「あら、そうなの。あまり似ていないのね」


 彼女は上機嫌でお酒を煽った。どうやらアイザックが好みのようだ。けれど彼女には夫も子供もいる。アイザックに紹介することはできないなと思いながら、クラーラも乾いた喉を潤した。


 夜も更けてきたころ、彼女たちは家族の待つ家に帰ることになったが、祝いの宴はまだまだ続きそうだ。

 見送りに出て手を振ったクラーラは「わたしも帰ろうかな」と、熱気にやられた体に冷たい夜風を受けながら、くるりと反転して店の扉に手をかけたところで……不意に声をかけられた。


「失礼、お嬢さん。今夜はとても賑やかなようだけど店の中はいっぱいかな?」


 振り返ると背が高く金髪で、緑の瞳をした優し気な青年が立っていた。

 年のころは二十台半ばだろうか。アイザックよりは三つ四つ年上のようだ。


「結婚のお祝いです。中はいっぱいですけど席はありますよ。誰でも参加できます」


 着ている服は庶民のものだが、立ち姿から貴族のように見えた。ここは貴族が来るような店ではないが、庶民が行く酒場を好む高貴な人がいると聞いたことがある。庶民の常識を知らないかもしれないと気を利かせて、結婚の祝いだが誰でも参加できることを告げた。


「へぇ、そう。様子をみてみようかな」

「是非どうぞ。奥にいる二人が新郎と新婦です」


 店の扉を開くと喧騒が漏れる。


「先にあの二人に祝いを告げればいいのかな?」

「ええ、そうしてください」


 青年を見上げて答えると彼の視線がクラーラに降りてきた。


「フランツさんとナーシャさんです」


 新郎新婦の名前を教えたが、クラーラを見下ろした青年は緑色の瞳を見開いて固まっていた。


「どうかしましたか?」

「その瞳。君は……いや、なんでもないよ。フランツとナーシャだね?」


 柔らかな笑みを向けた青年の視線はクラーラから離れない。


「二人のところから戻るまで待っていてくれる?」


 慣れない状況に不安なのだろうか。帰りたかったので迷いがあったが、アイザックが同僚の騎士たちと声を上げて笑っているのが見えたので、帰りたいというのも悪いなと思い了承した。


「いいですよ。そこに座ってますね」

「ありがとう。すぐに戻ってくるよ」


 一番出口に近いカウンターに二席空いていたので座って待つ。大丈夫かな? と心配しつつ彼の様子を窺っていると、人をかき分けて二人のところまで行き着いて、懐から何かを取り出して渡していた。受け取ったフランツは立ち上がって礼を言っているようだ。


 青年が戻ってくる途中、エイヴァルトが彼に近づくのが見えた。

 けれど青年が少しだけ手を上げて制するような仕草をしたら、エイヴァルトは小さく頷いて歩みを止める。そのエイヴァルトとクラーラは視線が交わった。ドキリと胸が弾んだが、エイヴァルトの姿は戻ってくる青年の体に隠されてしまった。


 



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