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11食事へのお誘い


 再会してから時々顔を合わせるようになったフランツによると、エイヴァルトはフランツお勧めの大衆飲食店を気に入っているらしい。

 それを知ったクラーラはお昼に幾度か訪問して味のチェックをした。


「うん。これならわたしにもエイヴァルト様の口に合う料理が作れそう」


 エイヴァルトのような貴族は庶民では手が出ない豪華な食事しか食べないと思い込んでいたが、騎士団の寮に住んでいるエイヴァルトは、日頃からフランツたちと同じものを食べているらしかった。


 そこまでの情報を得たならこれはもう実行に移すしかない。アヒムに襲われて連れ去られそうになったところを助けてもらった。そのお礼をするには時間が過ぎすぎている気もするが、アイザックが戻るのを待っていたとしたなら問題ない。


 エイヴァルトに嫌われていると教えられたが、それでもいいと開き直った。何しろエイヴァルトはそんな素振りを微塵も見せず、度々クラーラを訪ねて小さな手土産までくれるのだ。

 一緒に町を歩いて季節の花が咲き乱れる公園にも行った。「これってデートでは!?」と一人盛り上がって、クラーラの中ではデートの思い出にすることにしている。座って貰ったクッキーを一緒に食べたし、ちょっとだけ指先が触れたりする場面もあったのでもうデートでいいだろう。


 理由付けなんてどうだってできる。気まずいと困るのでフランツも誘って楽しい食事会をしよう!

 思い立ったクラーラはさっそくアイザックに協力をお願いした。


「助けてくれたお礼に、エイヴァルト様とフランツさんを夕食に招待したいの」


 出勤前、二人して朝ごはんを食べながらアイザックに告げると、呆気にとられたのか「は?」と言ったきり固まってしまった。


「二人を夕食に招待しようと思うので、アイザックから誘ってほしいの」

「何を言っている、あんなの仕事だ。礼なんて必要ない」

「そんなの分かってるわ。でもご招待したいのよ」

「だから……俺たちは、その……嫌われている」


 視線を泳がせるアイザックの様子に、なにかやましいことでもあるのだろうかとクラーラは首を傾げた。


「それも分かってるわ。でもアイザックが帰ってきてからエイヴァルト様に会えていないの」

「返ってきてからなら七日か。忙しくてクラーラの相手なんてできないと思うぞ?」

「だからね、夕食にお誘いしたいの」

「何がだからなのか分からない」

「だからっ。忙しくても夕食なら大丈夫かなって思ったの」

「嫌われているのにか?」

「だって優しくしてくれるもの。嫌いな相手にも優しくできるなんてすばらしい人でしょ? と言うか、二人はいい雰囲気ねって職場の先輩から言われちゃった。もしかしたらエイヴァルト様はわたしに好意を持ってくれ始めたんじゃないかって思うんだよね~」


「どう思う?」と聞くとアイザックは盛大に咽た。


「ちょっとどうしたの、気をつけてよ。え、まさか。エイヴァルト様と何か話したりした?」

「……いや、していない」


 クラーラはアイザックが視線を合わせようとしないのに気づいて目を細める。

 これは後ろめたいことや隠していることがあるときの癖だ。クラーラは腕を組んでアイザックを睨みつけた。


「まさか……エイヴァルト様に変なことしたんじゃないよね?」

「してない、絶対にしてないぞ!」

「じゃあどうして目を逸らすの。好きなだけでどうこうなろうなんて考えてないって言ったでしょ。まさか妹の恋路の邪魔するつもり? それならアイザックに頼まないで自分一人で勝手にやるからいいわ」


 夕食はアイザックが不在にする日を選べばいいだけだし、エイヴァルトにも自分から誘えばいいだけだ。騎士団に出向いて手紙を託すことだってできる。


「……分かった。誘ってみるよ」

「いいよ、無理しなくて」

「いや、誘う。俺が誘う。だからクラーラは勝手に動くな。その代わり、その……駄目だったらあきらめろよ?」

「もちろんよ。無理やり手料理を食べさせようなんて思ってないわ。庶民の家庭料理は嫌いかもしれないしね」


 と言いつつ、フランツのおかげで好みはばっちり把握できている。

 恋する乙女のクラーラはアイザックが知るよりも行動的だった。


 

「……ということをクラーラが言い出した」


 出勤したアイザックはエイヴァルトを訪ねて今朝の出来事をかいつまんで話した。

 エイヴァルトは前に見た時よりも顔色が悪く、少しやつれた感じがする。体が資本なのにちゃんと食っているのだろうか?


「分かった。断ればいいんだな。それとも招待を受けて、彼女の手料理を貶して嫌われるほうがいいか?」

「お前、ちゃんと食って寝てるか?」

「もちろんだ。それよりどちらを選択すればいい?」

「難しい仕事でも抱えて忙しいのか?」

「いいや、特に問題ない。で、どっちだ?」

「そうか? いや、そうだな……」


 もともと人がいいアイザックは、今にも倒れそうな、影をまとうエイヴァルトの様子が心配になる。

 いつも元気に嫌味を言ってきていた男のこんな姿は初めてだ。もしかしたら自分のせいなのかと、気がいいアイザックの胸がチクリと痛んだ。

 そこへフランツが顔を出した。


「アイザックに隊ちょ~っ! おはようございます。彼女んちから出勤してたら途中でクラーラに会って食事に誘われちゃったよ。隊長の都合を聞かれたんでいつでもいいって代返しときましたんで。アイザック、遠慮なくご馳走になるなー!」


 朝から元気なフランツのおかげで、断ってもらうという選択肢がなくなった。


「……そうか。俺は彼女に面と向かって嫌われることになるのか……」


 エイヴァルトがぼそっと呟き、アイザックは胸に槍が突き刺さったような感覚に襲われた。






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