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第22話:帰還

 眩しさが静かに引き、代わりに温かな光が瞼の裏から伝わって広がっていく。

 ゆっくり瞼を開くとぼやけた視界から見えてきたのは大きな円卓。周囲一面の書架。高い天井の照明に照らされてくるやわらかな光──見覚えのある図書館の大広間だった。


 すると聞き覚えのある声が聞こえてきた。

???「……おぉっ!!無事、戻られたようじゃな。良かった…本当に良かった…」


 仲間たちはそれぞれ黙ったまま、声のした方を見ると、そこには少し泣きそうで、震えているようにも見えるさるの姿があった。

 その言葉に皆、答える事ができず、周囲を見渡したり、各々が顔を見合わせていた。

 未体験の連続で頭の理解が追いついていない…何が起きているのかを少しずつ整理していくうちに、張りつめていた気配も緊張も、ゆっくりとほどけていくのがわかる。


おとは「……か、帰って来れましたの……?」

 音羽が震える声で問いかける。


ゆきと「あぁ……みたいだな」

 幸人が短く答え、その言葉に莉子が胸をなで下ろした。


りこ「な、なんか不思議な感覚だったね……」

どうご「ふん、まぁ戻れたなら上等だ」

 道後が腕を組み、短く吐き捨てるが、その口元は僅かに緩んでいた。


 ──その時だった。

 円卓の少し離れた場所に座っていた二神が、ぽつりと小さく声を漏らす。

りょう「……うそだろ……ありえない……まだ数時間しか経ってないだろ……」


どうご「あぁ?」

 道後が眉をひそめ、鋭く声を上げた。

どうご「何わけわかんねえこと言ってんだお前」


りょう「……」

 二神は驚いたように一瞬だけ道後を見返したが、すぐに視線を逸らし、驚いたような怯えてるような表情で独り言のようにボソボソと呟いていた。


とり「道後様、落ち着いてくださいませ」

 間に入ったのは、とりの澄んだ声だった。

とり「後ほど説明いたします。まずは皆様、序文書の完結に伴い、返却処理を行いますので、貸出カードをお持ちになって受付までお越しくださいませ」


 そう言うととりは大広間から受付のカウンターがある方へ歩き出した。


おとは「返却処理……とは何をすればいいの?」

 音羽が胸元からカードを取り出しながらつぶやく。


りこ「つ、ついて行けばいいのかな?」

 莉子はカードを握りしめ、れいに小さく問いかけた。


れい「……う、うん。そうみたいだね……」

 れいはまだ落ち着かない様子で足元を見つめていた。


ゆきと「行こう」

 幸人が短く言い、先に歩き出す。

 道後は肩を回しながら

どうご「ったく、訳わかんねえことしてねえで、さっさと休ませろよ」とぼやく。


 その横で、幸人がふと視線をさるへ向け、低く呼びかけた。

ゆきと「……おい、さる」


 さるはその一言で全てを察したように鼻水を啜り、真剣な表情で答える。

さる「幸人様、聞きたいことなら──この後、しっかりと説明いたします」

 

ゆきと「……ああ、洗いざらい話してもらうからな」


 とりの案内に促され、一行は円卓を離れ、受付へと向かって歩き出した。


 とりはそのまま流れるように受付カウンターの内側へ入り、整った所作で受付の中央に立った。

とり「では、皆様。貸出カードをお預かりいたしますので、こちらに提出してください」

 一人ずつカードを差し出すたびに、とりはそのまま表情を変えずに受け取り、手元で何やら淡い光を走らせる。まるでカードそのものを清めるかのような、静かな儀式だった。


 幸人がカードを手渡すと同時に、周囲を見渡して声を潜める。

ゆきと「……れい、あと神威。ちょっといいか」


 れいは少し驚きつつも歩み寄る。

れい「……ど、どうしたの?」


 神威は無言のまま近づき、幸人の隣に立った。


 幸人は低い声で切り出す。

ゆきと「序文書の件で、確認しておきたいことがある」


ゆきと「ロキの言っていた完結条件……“真実を見極める"ってやつ、君たちはどこまでわかってたんだ?」


 れいは一瞬だけ言葉を探し、ゆっくりと頷いた。

れい「……え、えっと…しょ、初日に、母山羊が小屋を出て行って……戻ってきた時に、僕のこの《感情視エモーションサイト》で見えていた母山羊の色や波紋が別人みたいに見えていて……

 そ、それと……あの狼からも、敵意や攻撃的な感情の色は見えなかった。むしろ……初日に母山羊が出て行く時に見せた、"不安"や“心配”の色と近かったから、僕にしか見えていないと思ったから、完結する為に、そこからはずっとどうすればいいかを観察しながら考えていたんだ」


 幸人は短く息を吐く。

 そして、わずかに目を伏せ──悔しさが滲んだ。

ゆきと「……そんなに早く…確信に近づいていたんだな…」


 気持ちを切り替えるように、視線を神威へ向ける。

ゆきと「君は?どこまでわかっていたんだ?」


 神威はわずかに眉を寄せたが、すぐに表情を消す。

 そして短く一言──

かむい「……なにも」


ゆきと「……な、なにも!?」

 幸人が戸惑いを隠せずに声を上げる。

ゆきと「い、いや…ちょっと待ってくれ……君はどこか悟っていたというか……どこか、わかっているような雰囲気だったじゃないか」


 しかし、神威の答えは変わらない。

かむい「いや、なにも。……赤ちゃんのことだけを考えていた」


 その一言に、れいが「ははっ」と短く笑った。

 幸人は顔を引きつらせ、苦笑を返す。

ゆきも「……そ、そうか……」


 ちょうどその時、受付からとりの澄んだ声が響いた。

とり「皆様、返却処理がすべて完了いたしました。貸出カードをお返しいたしますので、こちらまでお越しくださいませ」


 三人は顔を見合わせ、各々の表情のまま、とりの元へと向かった。

 受付へ戻ると、そこでは莉子と音羽が小声で話し込み、少しざわついていた。

幸人「どうしたんだ?」

 幸人が眉をひそめて問いかける。


おとは「……え、えぇ。貸出カードの裏に、変なことが書いていますの」

 音羽がカードを握りしめたまま、困惑した表情を見せた。


ゆきと「変なこと?」

 幸人が首を傾げたその時、とりが静かに口を開く。

 

とり「幸人様」


 促されるまま、幸人はカードを受け取り、そのまま貸出カードを返すと──

 そこには、刻印された文字が浮かんでいた。


 《リライターと七匹の子ヤギ 済》


ゆきと「……これは……」

 幸人がわずかに目を細めた。


 とりは次に、れいを呼ぶ。

とり「神谷様」


れい「……あ、はい」

 れいが差し出したカードを受け取ったとりは、同じように淡く光らせて返す。

 裏面を見たれいも、思わず小さく息を呑んだ。

 ──**《リライターと七匹の子ヤギ 済》**──が、そこに刻印されていた。


ゆきと「……おい、これタイトルが変わっているんだが、どういうことだ?」

 幸人が視線をとりへ向ける。


とり「そちらにつきましても、これからご説明いたします。ですので──先ほどの大広間へお戻りくださいませ」

 とりは変わらぬ表情で、しかし有無を言わせぬ口調で告げた。

ゆきと「……めちゃくちゃだな……」

 幸人は短く息を吐き、れいと神威に視線を送る。

 三人は黙って頷き合い、他の仲間たちと共に円卓のある大広間へと向かって歩き出した。


 ──そして扉をくぐった瞬間、思わず足が止まる。


 中央の大きな円卓には、湯気を立てるスープ、香ばしく焼き上げられた肉料理、彩り豊かなサラダ、焼きたてのパン……豪華な料理がずらりと並べられていた。何処か見覚えのあるような料理たちに天井の照明からやわらかな光がテーブルを照らし、まるで祝宴のような雰囲気を醸し出している。


 莉子の目が輝く。

りこ「うわぁ……」

りこ「すご……これ、全部私たちのために?」


さる「あぁ、もちろんじゃ。好きなだけ食べてくれ」

 背後から穏やかな声がして振り返ると、さるが大きな笑みを浮かべて立っていた。


 音羽も少し緊張を解いたように椅子に腰を下ろす。

おとは「……いただいても、いいのですわよね?」


さる「あぁ、もちろんじゃ」

 さるは両手を広げ、円卓の料理を見渡す。


 皆が席に着き、食器が軽やかに触れ合う音が広がる。

 最初はぎこちなかった会話も、温かな食事と共に少しずつほぐれていった。


れい「……い、いただきます…」

 れいはスープを口に運び、小さく息を吐く。

れい「お、おいしい……」


 道後が肉を豪快に頬張りながら笑う。


 幸人はそんな二人の様子を横目で見ながらも、どこか考え込むようにフォークを動かしていた。

 神威は静かにパンを割り、視線は料理よりもどこか遠くを見ながら考えているようだった。


 全員が一口ずつ口にしたのを見計らって、さるが席を立ち、パンッ!と手を鳴らす。

さる「──さて」


 その声に、自然と視線が集まった。

 さるは円卓をぐるりと見渡し、ゆっくりと口を開く。


さる「まずは、全員そろっての帰還。おめでとうございます」

 大きな掌で一度、ゆったりと拍手を送る。

さる「そして……この図書館について、そしてお主らが完結した序文書について──これからお話ししましょう」


 円卓に再び静けさが戻り、食器の音が消える。

 次の瞬間、大広間は説明を待つ緊張感で満たされていた。


 ──その静寂を裂くように、書架の奥から男の声が響く。


???「丁度いいタイミングみたいだな……」


 全員の視線が一斉に声の方へ向く。

 薄暗い通路の間から、ゆったりと歩み出てきたのは、見慣れたようで見慣れない顔。

 母山羊でも、狼でもない──だが間違いなく、あの“声”の主だ。


「……ロキ…」

 幸人が低く名を呼ぶ。


 ロキは口の端を釣り上げ、片手を軽く上げて見せた。

「やぁやぁ、坊主たち。再開を嬉しく思うよ」


 その軽薄な笑みと声色が、大広間の空気を再び張り詰めさせた。

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