第21話:帰還まで
第21話:
くつくつと笑っていたロキが、指先で小さく円を描きながら呟いた。
ロキ「俺の目的か?……それはな、図書館に帰ってからゆっくり話してやるよ。その方が、俺も"説明する手間"が省けるしな」
そう言ってロキは肩をすくめて、どこか楽しげに続けた。
ロキ「まぁ、聞きたいことは山ほどあるだろうが……今は、完結を喜んだらどうだ?」
空気が一気に緩んだような気がした。けれど、莉子は小さく手を挙げて、おそるおそる口を開く。
りこ「え、えっと……ロキさん、わたしたち……これからどうなるんでしょう?」
ロキ「おいおい、またざっくりとした質問だな」
ロキは肩を揺らして笑う。莉子は恥ずかしそうに顔を赤くしながら慌てた。
りこ「あ、えっと、ごめんなさい……えっと、わたしたち……図書館に帰れるの?」
ロキは軽く頷き、答える。
ロキ「ああ。帰れるとも。お前たちは、この俺が提示した“完結条件”をちゃんと満たしたんだ。……それに、俺はお前たちが気に入った。リライターとしての素質もあるし、なにより──面白い」
莉子はぽかんとしながらも、思わず微笑み、「あ、ありがとう」と小さく礼を言った。
音羽が一歩前に出る。
おとは「それで……いつ帰れますの?」
ロキは口角を吊り上げて指を立てる。
ロキ「完結の条件は満たしているからな。お前たちが“望む”なら、いつでも帰してやるよ」
音羽が静かに息を吸い、「では──すぐに帰してくださいますか」と言いかけたところで。
どうご「おい、ちょっと待てよ」
道後の低くて重い声が割って入った。
音羽が怪訝そうに眉をひそめ、「どうしましたの?」と問うと、道後はロキに向き直って叫んだ。
どうご「まだ……帰れねぇ。おい、ロキっていったか。子ヤギたちをまだ戻してねえ。あと……この山羊の家族に、ちゃんと詫びを入れろ。それが筋ってもんだろ」
一瞬の沈黙。だが、次の瞬間、ロキは軽く笑って片手を上げた。
ロキ「……おっと、すまない。忘れてたよ」
そして――パチン、と指を鳴らす。
小屋の隅で、乾いた風が舞うような音と共に、何かが動いた。みるみるうちに小石だった場所が膨らみ、変形し、六匹の子ヤギたちの姿が戻ってきた。
子ヤギたち「わあああっ!」
元の姿に戻った子ヤギたちが一斉に母山羊へと駆け寄る。
子ヤギ(紫)「なんでおかあさんないてるのー?」
子ヤギ(青)「おかあさんだいじょうぶ?」
子ヤギ(黄色)「あかちゃんだけあまえてずるい!」
子ヤギ(水色)「またあかちゃんおかあさんにあまえてるの?」
母山羊は、子ヤギたちの無事な姿を見た瞬間、両前脚で彼らを力いっぱい抱きしめ、涙を止められなかった。
母山羊「ああ……よかった……よかった……!」
その涙のあたたかさに、莉子や音羽、そして道後までもが目を潤ませていた。
ロキは静かに母山羊の元へ歩み寄り、深々と頭を下げる。
ロキ「……すまなかった。俺の遊びに、お前たち家族を巻き込んだ」
すると、母山羊はそっと涙を拭き、震える声で応えた。
母山羊「いえ……子どもたちが無事に帰ってきてくれただけで、それだけで、もう十分です」
それを聞いた道後は、鼻をすすりながら「うんうん」と満足げに頷き、涙をぐいと拭っていた。
そして、その空気に釣られるように、れいをはじめとした全員がふっと力を抜いたように肩を落とした。
れい(みんな元に戻って、よかった…ほんとうに…)
だが──幸人だけは表情を崩さなかった。
ゆきと「……なぁ、ロキ。ひとつだけ、気になってることがある。質問してもいいか?」
ロキは振り返り、両手を大げさに広げて見せた。
ロキ「何が聞きたいんだい、爽やかイケメンくん?」
さっきまで深く頭を下げていた神とは思えない軽さに、幸人は「調子のいいやつめ」と小さく呟いた。
ゆきと「この物語で……“本物の狼”ってのがいると思うんだが。どこにいるんだ」
ロキの目が細くなった。口元が吊り上がり、不気味な笑みが浮かぶ。
ロキ「……いい質問だ」
ロキはゆっくりとコートのポケットに手を突っ込み、何かを取り出した。
それは──小さな狼のぬいぐるみだった。
ロキ「これが、この物語の“狼”さ」
音羽が目を輝かせた。
おとは「まぁ!なんて愛らしいの!」
その声を無視して、幸人が鋭く問いかける。
ゆきと「……ぬいぐるみに変身させていたのか?」
ロキはにやりと頷いた。
ロキ「ああ。俺がこの物語に“手を加える”中で、こいつは不必要な駒だった。だから……こうして、少しの間、動けなくなってもらってたのさ」
幸人は納得して無さそうに「そうか」とだけ言って答えた。
ロキがパンと手を打つ。
ロキ「さて──質問が終わったなら、そろそろ帰すとするか」
そう言った時、子ヤギたちが道後の方に歩み寄ってきた。
子ヤギ(桃色)「パパ、いなくなっちゃうの……?」
道後は不器用に頭を掻いて、子ヤギの頭に手を置いた。
どうご「あぁ。これから、かあちゃんを泣かすんじゃねぇぞ」
ポン、と優しく撫でたその手の温かさに、子ヤギたちの目が潤む。
その横で、神威はそっと赤ちゃんの方へ歩み寄ろうとしていた……しかし、母山羊にぴったりくっついている赤ちゃんの姿に、結局何も言えずに、立ち尽くした。
莉子と音羽も、微笑みながら母山羊に歩み寄る。
りこ「楽しかったわ。ありがとう」
おとは「木の実や果物、おいしかったですわ」
母山羊は深々と頭を下げた。
母山羊「この度は、本当にありがとうございました。……あなた方がいてくれなければ、私たちは……」
そこまで言って、また涙を浮かべた。
ロキが口角を上げて、わざとらしく言う。
ロキ「ではこれにて──“狼と七匹の子ヤギ”、めでたし、めでたし」
そして、パチン、と指を鳴らした。
直後──れいたちの体が、ふわりと光に包まれていく。
来た時と同じ、身体が溶けていくような不思議な感覚……だが、今回は違った。
どこか、やさしく、清々しい。
まるで、物語から祝福されているような穏やかな気持ちが全身を満たしていた。
その時、かすかに──ロキの声が聞こえた気がした。
ロキ「……これから忙しくなるぜ。なぁ……さる」




