お兄ちゃん、汗臭い……
「久しぶりの再会を喜ぶ、ちょっとしたジョークじゃないか、なぜそんな顔をするんだ?」
「だって……」
「……なぁ」
顔を見合わせてから、呆れ顔で親父を見る俺たちに、親父は母さんに泣きついた。
「チヒロさーん、子供たちが冷たいよ。5ヶ月ぶりの再会なのに……」
「普通に再会すればよかったんじゃないかしら?」
「普通に会っても、成長を感じられないだろう」
だからって不審者になって、襲いかかるって考えには至らないだろ。
親父は普段、アメリカで仕事をしているため、たまにしか帰ってこれない。なのでたまに帰ってきては、俺たちにサプライズを仕掛けるのだが、今回のように行き過ぎなことも多々あるのだ。 ちなみに親父はハーフで、みおりの金髪や目の色は親父の遺伝だ。生まれは日本だが、すぐにアメリカに渡り、母さんと初めて知り合ったのもアメリカだったらしい。
「よし、ユウタ、ちょっと庭にでなさい。久しぶりにスパーしよう」
「え、いまから?」
「急がば回れ、だ」
「回ってどうする!? それをいうなら善は急げとか、思い立ったが吉日とか……」
突っ込みをいれてる間に、庭に連れてこられてしまった。
親父には、幼い頃からボクシングを教わっている。親父はプロではないが、アマチュアでは結構、名の知れたボクサーだったらしい。
「トレーニングはサボっていないな?」
「…………一応」
「頼りない答えだが、さっきのフットワークはなかなか良かったぞ、久々のスパーも楽しめそうだ」
燃える親父、俺、勉強したいんだけどなぁ。
しかし、親父が目を輝かせてシャドーボクシングを始めたのを見て、逃れられないと悟る。
「こうなりゃ、とことんやってやる!」
今日は勉強は休みだな。
グローブとヘッドギアを着け、俺は拳をバン! と撃ち合わせた。
はぁ、はぁ。という荒い息づかいで、大の字に伸びた男二人。
どこの青春映画だよ……いや、今どきこんなベタな展開は珍しいか。
「大丈夫? お兄ちゃん」
「……みおり……水……」
「私への見返りは?」
「今度……ジュース……奢る……から」
「英語の勉強の手伝いもつけてね」
俺が頷くと、みおりは後ろ手に持っていたミネラルウォーターを渡してくれた。
受け取り、一気に飲み干す。
「んくっ、んくっ、ん……げほっ! ゴホッ……」
「もう、あわてて飲むから……」
みおりに背中をさすってもらい、なんとか落ち着いた。
「ふぅ、悪い、みおり。助かった」
「どういたしまして、数学追加ね」
「う……わかったよ」
俺がふらつきながら立ち上がると、親父がこっちに歩いてきた。手にはペットボトル、母さんから貰ったようだ。
「ユウタ、やるじゃないか。久々に本気でやれたよ」
「結局、一発も当てられなかったけど……」
「ははは、私だって、お前に8発しかあてられてない。昔は100発はあてられたのに。ユウタは二代目ファントムマンだ」
ファントムマン――和訳は幻影男? は親父のボクサー時代の通り名だったそうだ。なんでも、全然パンチが当たらないことから、同じジムのボクサーがそう呼びだしたとか。
親父は笑顔のまま、ちょっと真剣な目をして、俺の肩を叩いた。
「トレーニングもサボらずちゃんとやっていたみたいだな、えらいぞ」
「まぁ……」
いつ襲われるかわかんないし? みおりのファンに。
まさか最初に襲ってきたのが義理とは言え、自分の父親だとはまったく予想してなかったけどね!
俺がそんなことを考えながら、グローブとヘッドギアを外していると、みおりが眉をひそめて、俺から離れた。
「……お兄ちゃん、汗くさい。早くお風呂入ってきてよ、今日、やるんだから……」
「は……?」
え? やるってなにを?
「……ユ、ユウタ! わ、私は手の早さまでファントムマンにした覚えはないぞ!」
「怒るとこそこかよ!? なに自分の乱れた女性関係暴露してんだ!」
完全に誤解した親父は、顔を真っ赤にして、掴みかかってきた。
その様子を見て、くすっ、と笑ったみおりは
「お兄ちゃんに……いっぱい教えてもらいたいことあるから」
とか言って家の中に入っていってしまった。
「それって勉強の話だよな! 今日やるのかよ!? てか、親父の誤解を解いてくれー!」
「ユウタ……! みおりで何人目だ!?」
「強いて言うなら0人目だよ! いい加減、その話題から離れろ変態!」
その後、話の通じない親父と2回目のスパーリング(喧嘩)になり、みおりには夜中まで勉強に付き合わされた。




