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やだ、寒いもん

 ――寒い。

 11月、季節はバリバリ冬だし、当たり前っちゃあ当たり前なんだけど。俺の場合、理由はそれだけじゃない。もっとも、こっちの理由で感じる寒さは、悪寒と呼ばれる類いのものだが。


「……みおり、頼むからもう少し離れてくれ。マジで刺されるよ、俺」

「やだ、寒いもん」


 さらに距離を詰めるみおり、こいつ、絶対わざとだろ!

 そんな訳で、俺――坂口祐太は今日も朝から男子たちの殺意に満ちた視線に晒されている。

 今日は特にひどい、いつも一緒に登校してるだけで、周りの嫉妬がやばいのに、今日はなぜか、みおりが妙にくっついてくる。


「ふふっ」


 周囲の男子の視線の量に若干びびる俺を見て、みおりが忍び笑いを洩らした。

 勘弁してくれよ、本当。










 教室に入ると、雄吉に肩を叩かれた。


「よぉ、リア充野郎、いっぺん死ぬか?」

「お断りだ。第一、リア充になった覚えはない」

「嘘つけ! 今日の朝、みおりちゃんと手ぇ繋いで歩いてたらしいじゃねーか」

「繋いでねぇよ! 若干、距離が近かっただけだ」


 まったく、もうそんな噂がたってるのか。俺、マジで刺されるかも。


「とにかく誤解だからな」

「そういや祐太、最近この辺りに隣町の暴走族が来てるらしいぜ」

「なんの前触れもなく、急に話を変えるな!」

「……朝からなに騒いでんの?」


 後ろから聞こえた呆れ声に振り返ると、声の主は優希だった。


「よ、優希。聞いてくれよ、祐太がまたみおりちゃんとイチャイチャしてたみたいでさ……」

「適当なことを言うな! イチャイチャなんかしてない!」

「ふーん……」

「信じてくれよ、優希……何で不機嫌になるんだよ」


 朝から最悪だ、何で俺がこんな目に。

 下の階にいるだろう我が義妹の顔を思い浮かべ、俺は深いため息を吐いた。









「お兄ちゃん、欲しいCDがあるの、ちょっとCDショップに寄ってもいい?」

「ん、まぁ、かまわないけど」


 放課後、いつものようにみおりと帰っていると、そんなことを言われ、少し寄り道をすることになった。

 みおりがCDを買っている間、俺は好きなアーティストの新譜をチェックしようと、ニューシングルのコーナーに行こうとして、足を止めた。

 頭を金やら茶色に染めた、明らかにガラの悪い連中が群がっていたのだ。


「お兄ちゃん?」

「……みおり、出るぞ」

「え、ちょっ……」


 俺は会計を済ませたらしいみおりの手を引き、足早に店を出た。

 家の近所まで来て、ようやく手をはなした俺を、みおりは不安そうに見上げた。


「お兄ちゃん、どうしたの?」

「いや、ガラ悪いのがいたから、このあいだの事、思い出しちゃって」


 このあいだの事とは、みおりが映画館で男たちに声をかけられた事件のことだ。その時は俺はみおりを助けてやれず、結局知らない大学生の人達に助けられたらしい。


「お兄ちゃん、まだ気にしてたの?」

「当たり前だろ?」


 義理の妹だろうがなんだろうが、助けたいと思える人を助けられなかったことは、後悔してもしきれない。


「……そっか」


 なんだか嬉しそうなみおり。

 しかし、すぐに意地悪く笑って、ついと顔を背けた。


「でも、お兄ちゃんにはそういうセリフ、似合わないよ」

「そ、そんなキザなセリフ言ったか?」

「恥ずかしいことは言ったでしょ?」

「う……」


 言葉に詰まる俺を見て、みおりはくすくすと笑った。


「ほら、行くよお兄ちゃん」


 前にでたみおりが振り返って言った、その時。

 みおりのすぐ目の前にある曲がり角から、黒のグローブを着けた手が蛇のようにみおりに絡みつこうとするのが見えた。


「みおりっ!」


 とっさに手を伸ばし、みおりを引き寄せ、背中に隠すようにして、みおりの前に立った。

 曲がり角の向こうから出てきたのは、灰色のパーカーのフードを深く被った、背の高い男だった。マスクもしていて、顔が見えない。


「……何の用だ?」

「………………」


 俺の質問には答えず、無言のまま男は拳を振り上げ、地面を蹴った。


「みおり、少し離れてろ!」


 スクールバックをみおりに預け、そう言うと、みおりは頷いて2歩下がった。

 俺は足を開いて、腰を落とし、ファイティングポーズをとった。すぐさま男の右拳が迫る。


「くっ……!」


 男の右ストレートをかろうじて避け、反撃を試みるが、なんなくかわされる。

 ――強い。

 たった数回の攻防で、俺は実力の違いをいやというほど見せつけられた。

 どうする?

 このままやりあっても勝ち目はない、隙をついて逃げるしかないだろう。なら、みおりを先に逃がさないと。

 男の攻撃を避けつつ、みおりがいるはずの背後の様子を窺おうとしたその時。


「せーいっ!」


 威勢のいいみおりの声と同時に、男の頭になにかが命中した。見慣れた四角い形は、俺のスクールバックだ。

 遠くでガッツポーズするみおりが見えた。どうやら人の持ち物をあの距離から全力でブン投げてくれたらしい。

 とにかく、チャンスだ。


「うおおおっ!」


 俺は男の顔面に、思い切り拳を叩き込んだ。俺の渾身の一撃は男の左頬を捉え、撃ち抜いた。

 振り抜いた右手の前で、破れた男のマスクがヒラヒラと舞う。どしゃっ、と音をたて、男が倒れた。


「大丈夫!? お兄ちゃん」

「あ、ああ。なんとか、それより……」


 駆け寄ってきたみおりと、倒れた男を見下ろす。

 本当なら男が起き上がる前に、みおりを連れて家に逃げこまなければならないのだが。



「なにやってんの? 親父」


 顔をおさえて、いやーすまんすまん。とか言いながら起き上がる坂口家の大黒柱に、俺は冷めた視線を送ることしかできなかった。

 俺の袖を、くんっと引っ張ったみおりの


「お兄ちゃん、私、警察呼んじゃったんだけど……」


 という言葉に、人生最大級のため息を吐く。


「帰るか、みおり」

「うん……そうだね」

「ちょっと待ちなさい、二人とも、私を見捨てるのか!?」


 珍しく、ため息を吐いたみおりは実の父親に向かって。


「ごめん、今だけ、他人だと思いたい……」

「うっ…………」

「……行こう、お兄ちゃん」


 早足ですたすた歩いていくみおりを、スクールバックを拾ってから追いかけた。

 みおりに追いついたころには、親父の声に混じってサイレンの音が聞こえてきた。

 

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