帰る
なんか、気まずい。
みおりの機嫌が、すこぶる悪い。
理由は全然わからない。でも、機嫌が悪いのだけはわかる。
「なかなか面白かったな、映画」
「そうだね、あたしも予想以上でびっくり」
「ほとんど恋愛モノだったけどな」
女子二人と観るにはきつかったなぁ。けっこう濃厚なキスシーンとかあったし。
内容自体は意外に面白かったけど。
しかし、みおりは本当にどうしたんだ? こうして優希と話してても、ずっと黙ったままだ。ポップコーンもほとんど残してたし。
「それじゃ、あたしはここで」
「ああ、また今度な」
「うん、今日は楽しかった、ありがとね。」
「いいって、たまたまだし」
「それでも、一人より楽しかった」
優希はそう言ってはにかむと、少し離れてから手をふった。
「じゃあね、祐太、みおりちゃん」
「おう、じゃーな」
優希はみおりを少し気にしつつも、なにも言わずに去っていった。
俺はずっと黙ったままのみおりに、なんでもない風を装って話しかけた。
「さて、次は買い物だっけ?」
「……かない」
よく聞こえなかったので、え? と聞き返すと、真っ赤な顔をしたみおりが俺を見上げ、キッと睨んだ。
「行かないって言ったの!」
突然の怒鳴り声に、周りの人が一斉に俺たちを見た。しかしその様子すらまったく気にならないほど、俺にはしった衝撃は大きかった。
「…………帰る」
またうつむいしまったみおりは、消え入りそうな声で、そう吐き捨て、くるりと背を向け歩きだした。
俺はその背中を、追うことができなかった。
「……ただいま」
あれから俺は、なんとなく家に帰りづらくて、結局2時間ほど駅前をうろついてから家に帰った。
部屋に入り、机に座る。いつもの習慣で参考書を開いて、問題を解き始める。
だけど、ペンは進まなかった、問題が頭に入ってこない。
俺はなにも悪いことはしていない、もともとみおりの外出に付き合わされただけだし、あいつが勝手に機嫌悪くなったんだから、俺は被害者だ。 いくらそんな考えを並べても、浮かんでくるのは、帰る、と言ったみおりの悲しそうな顔だけで、一向に罪悪感は拭えなかった。
「あー、くそっ」
俺はシャーペンを放り出して、部屋を出た。階段を降り、リビングに向かう。
「あら、祐太。お昼は?」
「……済ませてきた」
本当は食べてないのだが、無駄な心配をかけさせるのもいやだったので、適当にそう言っておいた。
ちなみに、俺の両親は共にバツイチで、俺が母さんの連れ子、みおりが親父の連れ子だ。
「さっき、みおりがひどい顔して帰ってきたわよ。あんたたち、もしかして喧嘩した?」
「そんなんじゃねぇよ」
「ふふ、喧嘩なんて久しぶりね、なにがあったの?」
だから、そんなんじゃないって。ともう一度否定すると、母さんは懐かしむように柔らかな笑みを浮かべた。
「あんたって、みおりと喧嘩するといっつも、そうやってムキになるのよね」
俺は恥ずかしさで顔に熱が集まるのを感じ、コップに注いだ水を一気に飲み干した。
冷たい水に少しだけ落ち着いた俺は、母さんに相談してみるか、と考えた。今、否定したばかりで恥ずかしさもあったが、それ以上に、この状況をなんとかしたかった。
「実は……さ」
俺は今日の出来事と、みおりが急に機嫌が悪くなったことをかいつまんで説明した。
母さんは聞き終わったあと、しばらく目を閉じたまま黙っていたが、やがて口を開いた。
「そっか、それはどっちも悪いわね」
「え、どういうこと?」
俺の質問に、母さんは顔をしかめ、うーん、と首を傾げた。
「みおりには口止めされてるのよね、だから、勉強のお礼とパソコン、とだけ言っておくわ」
勉強のお礼とパソコン? はてなマークを浮かべたまま固まる俺に母さんは、スーパー行って来るから出かけるなら戸締まりよろしくね。と言い残して、リビングを出て行ってしまった。
「パソコン……」
リビングに一台だけあるパソコンをたちあげてみる。
パソコンになにか手掛かりがあるとしたら、履歴かフォルダだろうとマイコンピューターから、データを確認したが、新しいものはなかった。
次にインターネットの履歴を確認する。すると、10日ほど前にネットショッピングで買い物しているのを見つけた。
――『シェアハウス』のチケットだった。
「まさか……」
俺のなかでなにかが繋がりかけた、メールボックスを開く、さっきのネットショッピングの大手サイトからきたメールを確認していく。
一番最新のものは、発送確認だった。届いたのは予定では金曜日。
まさか、昨日あいつがご機嫌だったのは――。
ネットもメールボックスもパソコンも、次の瞬間、頭の中と視界から消えていた。
階段をかけ上がり、みおりの部屋の前に立つ。
「みおり、開けてくれ!」
硬い木のドアを、力いっぱい、ノックした。




