私、先に並んどくから
トントントンと規則正しい音が聞こえ、ガチャとドアの開く音で目が覚めた。
うっすら開けた目に写ったものに、一気に意識が覚醒する。
「ま、待て! みおり、起きた、起きたからやめろ!」
フライパンとお玉という、なんとも古典的な目覚まし道具を両手に装備したみおりは、跳ね起きた俺を見て、露骨に残念そうな顔をした。
「なんだ、これで叩き起こしてあげようと思ったのに」
「勘弁してくれ……だいたい、フライパンとお玉はないだろ、目覚まし時計で充分だから」
「やだよ、目覚まし時計じゃ叩きづらいじゃない。……お兄ちゃんを」
「叩き起こすってそういう意味かよ!? 目覚まし時計でもごめんだわ!」
みおりはなぜか笑顔で、くるりとお玉を指先で回すと、俺をビシッとお玉で指差した。
「大丈夫、最初はお玉から始めてあげるから」
「次はフライパンだろ!? てか、お玉だって立派な鈍器だぞ、俺を殺す気か!?」
「目、覚めなくなっちゃうね」
てへっ、と小悪魔的な笑みを見せるみおり。マジで悪魔に見えてきたな、自分の妹が。
「もういい、もういいから部屋を出ろ、着替えられない」
「私は平気だよ」
「俺は平気じゃない! いいから早く出てけ!」
みおりを部屋から追い出した後、着替えを引っ張りだしながら俺は一人、呟いた。
俺の部屋にも、鍵が欲しい。
ふぁあああああ~。
んー眠い、昨日遅くまで勉強してたからなぁ。映画館に入った途端に、ものすごいあくびをしてしまった。
「ふぁあ、……お兄ちゃん、うつるから、そんなおっきいあくびしないでよ」
「悪い悪い。で、今日はなんの映画を観るんだ?」
みおりは呆れたようにため息をはいて、チケットを見せてきた。
「ここにタイトル書いてあるでしょ? 見なかったの?」
「いや、見たけど、知らないタイトルだし」
さらに呆れたため息を吐いたみおりは、テレビ見ないからだよ。だのなんだのぼやきつつ、近くの棚からパンフレットを取り、俺に手渡した。
パンフレットにはチケットと同じ、『シェアハウス』のタイトルロゴ。
「今、大人気の映画なんだ。おっきなシェアハウスに4人の高校生が引っ越してきて、そのシェアハウスの覇権をかけて争うの」
「シェアしろよ!」
本当に大人気の映画なのか? 設定を聞く限り、かなり不安だが。いや、名作は画期的過ぎて常識にあてはまらないものなのか?
「私、先に並んどくから、ポップコーン買ってきて」
「わかった」
ここで、俺とみおりは二手に別れた。
売店に行き、Mサイズのポップコーンを2つ買って、戻ろうとすると
「あれ、祐太?」
「……優希、奇遇だな」
意外な人物と出くわした。
「ほんと、奇遇だね、誰と一緒なの?」
「ちょっと、みおりとな。てか、よく誰かといるってわかったな」
「ポップコーン2つ持ってるから。…………またみおりちゃんか……」
なんだ? なんかぼそぼそ言ってるけど、機嫌悪い?
なんか、話題を変えないとまずいかな。
「き、今日は部活は無いのか?」
「え、あ、うん。体育館の整備とかで休みになったんだ」
「そっか」
優希はバドミントン部だ。けっこう強くて、去年は一年ながら、県大会の準々決勝までいったらしい。
「優希はなに観にきたの?」
「あたし? あたしはシェアハウス」
「……本当に奇遇だな、俺たちもだよ」
えっ、ほんとに? と驚く優希にポップコーンを1つ渡して、俺は追加のポップコーンを注文した。
「一緒に行くか? みおりが順番とってくれてるから」
「それはいいんだけど、これ……いいの?」
優希は俺から受け取ったポップコーンを見ながら、遠慮がちに言った。
「いいってそれくらい、早く行こうぜ」
「う、うん」
俺は追加のポップコーンを受け取って、優希と一緒に、みおりのところへ急いだ。
「悪いみおり、Mでよかったか?」
「うん、それでいい、お兄ちゃんにしては上出来だね」
「にしては、は余計だ。あ、そうそう優希とそこで会ってさ、同じ映画らしいから一緒にいいか?」
「久しぶり、みおりちゃん」
「あ、うん、久しぶり、……優希ちゃん」
なんか反応鈍いな。みおりも、優希とは仲良いはずなんだけど。どうしたんだ?
「みおり? どうした?」
「……なんでもない」
「なんでもないって、お前、明らかに不機嫌になって……」
その時、ガチャリと入り口の扉が開き、行列が流れ始めた。
「祐太、行かないと列、詰まっちゃうよ」
「あ、ああ」
なんでそう思ったかは、わからない。
でも確実に、嫌な予感がした。




