私オレンジジュースでいいよ
金曜日。
そう、今日は金曜日なのだ。平日の最終日、テンションも月曜日よりは2割増しだ。
だが、例によって俺の隣には
「どうした、金曜日なのに顔色悪いぞお兄ちゃん!」
こいつがいるんだよなぁ。
「顔色と曜日は関係ないだろ、お前こそ朝から何でそんなにご機嫌なんだ?」
「お兄ちゃんと登校してるから?」
「……冗談でもやめてくれ、周りの視線がヤバいから」
結局、昨日はみおりの勉強に夜遅くまで付き合わされた。おかげで俺の参考書はまったく進まなかったし、けっこう寝不足だ。寝不足なのはみおりも同じなはずなのだが、なぜかこいつは朝から超ご機嫌。なんで?
「それじゃ、また放課後ね」
「……今日も一緒に帰るのか?」
「当たり前でしょ」
「…………左様ですか」
みおりのクラス――1年B組の前でいつものやりとりをして、二階に上がる。ちなみに俺のクラスは2年C組、二階の階段横のクラスだ。
教室に入るとさっそく嫉妬と殺意の視線の洗練を受けた。朝の登校風景を見てた奴らだろう、勘弁してくれ、本当に。
「よ、祐太。朝からラブラブだったらしいじゃん」
「ラブラブって……兄妹の登校につく形容詞じゃないから」
「でも、義理の妹なんだろ?」
「義理だろうがなんだろうが兄妹は兄妹だ」
こいつは高野 雄吉。中学からの親友だ。他にも高校に入ってから仲良くなった友人が数人、声をかけてきたが、どいつもこいつも話すのはみおりのことばっかりだ。他に話題はないのか?
「祐太も大変だね、毎日全校の男子から嫉妬されて」
「優希……ありがとう、そう言ってくれるのはお前だけだ……」
こいつは真木原 優希。俺の幼なじみだ。みおり以外では一番仲の良い女子ってとこだ。
「でも、なんで毎日一緒に登校してるの?」
「よくわかんないんだけど、みおりがそうしたいってさ」
「……ふーん、そうなんだ。それは良かったね?」
「あの……どうされたのですか? 優希さん?」
「べっつに、なんにもない」
いや、明らかに不機嫌になってるし、なんかまずいこと言ったか? 俺。
「なにぼさっとしてんだよ祐太。一限、体育だぞ」
「しまった、そうだった。悪い雄吉、俺のロッカーからジャージ持ってきてくれ」
「しょうがねぇなぁ、今度ジュース奢れよ」
「……本当に奢らされるとは」
「当たり前だろ、冗談だと思ってたのかよ?」
放課後、雄吉と昇降口まできた俺はジュースを奢らされていた。せめて缶ジュースにして欲しかった、普通にペットボトル買うやつがあるか?
俺もなにか買おうかと自販機を眺めていると、廊下からみおりがやってきた。
「お、かわいい妹さんがきたぞ。まぁ、頑張んな」
「お前なぁ……」
「まぁまぁ、じゃーな祐太」
雄吉は俺の肩を軽く叩いてから下駄箱へ駆けていった。代わりにみおりが俺の隣に立つ。
「お兄ちゃん、私オレンジジュースでいいよ」
「いいよじゃねーよ! 俺、奢るなんて言ってないからな!」
みおりはなぜか不思議なものをみるような目で俺を見た。
「高野先輩には奢ったのに、私にはないの? お兄ちゃん、ホモなの?」
「ちげーよ! 雄吉には借りがあっただけだって」
「じゃあ、私にも奢って。昨日の勉強会の借し」
「なんでだよ!? 教えたのは俺だろ!?」
訴えむなしく、俺の手から財布を奪いとったみおりは、ペットボトルのオレンジジュースを2本買った。
「お前もペットボトルか!? しかもなんで2本!?」
「1本はお兄ちゃんの分に決まってんじゃん。ハイどうぞ」
「……お心遣い、ありがとう」
どういたしまして。と笑ったみおりは、悔しいが、すごくかわいかった。
「……お兄ちゃん?」
「なんでもない、帰るぞ」
なんだか気まずくなった俺は足早に下駄箱に向かった。
参考書をめくろうとして、消しゴムを肘ついて落としてしまった。おっと、と呟きつつ拾おうとすると、横から伸びた手が先に消しゴムを取り、俺に渡してくれた。
「お、サンキュー」
「どういたしまして、お兄ちゃん」
なんだ、やっぱりご機嫌だなみおり……――みおり?
ガタン! と椅子から落ちる俺。
「な、なんで!? お前、いつからそこに……」
「さっきから? お兄ちゃん、全然気づかないから」
そ、そうだったのか、それよりまずいな。
俺の経験上、こいつが俺の部屋に来るときは大抵、面倒なことになんだよなぁ。
「なんか用か、みおり?」
「つれないなぁ、お兄ちゃん。今日はいい話だよ」
俺のベッドに腰掛けたみおりは2枚の紙を取り出し、1枚を俺に渡した。
「これって……映画のチケット?」
「そ、友達が急用で行けなくなっちゃったらしくて、貰ったの」
「それで、俺に?」
「うん、映画見たあとお買い物したいから」
なるほど、荷物持ち要員か。
正直面倒だなぁ、でも断ったらなにされるかわかんないし。
「わかった、付き合うよ。いつだ?」
「明日」
「そうか明日か……って明日!?」
よろしくー。と言い残して、みおりはさっさと部屋から出て行ってしまった。
まったく、急過ぎるっての。
俺はオレンジジュースを一口飲んでから、明日の分までやるべく、参考書をめくった。




