後日課:みおりさんの恋愛相談~苦悩編~
私の名前は坂口みおり、16歳、高校1年生。
この冬から、義理の兄だった坂口祐太と付き合っています。
ずっと片想いしていた人と恋人同士になれて本当に嬉しいし、すっごく幸せなんだけど……。
最近ちょっと、悩んでます。
「バッカじゃないの!!!!」
春の色が空と風に混ざり始める2月下旬。私は目の前で発せられた怒号にビクッと肩をすくませた。
「い、いきなり怒鳴らないでよ……」
「あんたがバカなこと言うからでしょ? 全く、どんだけのろまなのよ」
「うう……」
返す言葉もない私は、一層縮こまった。
放課後の教室、机の向かい側に椅子を反対にして座っているのは和宮沙耶。いつぞやの虐めっ子のリーダーだった人だ。
私はあのいじめ騒動以来、すこしクラスで孤立していた。もともと私と仲良くなかった人はむしろやさしく接してくれたのだけれど、元友達だった人と私はよりを戻せなかったからだ。
だって、彼女たちは私を簡単に見捨てたのだ。実行犯に加わった人さえいたのだ。それなのにすぐにきれいさっぱり元通りとはどうしてもいかなかった。
そんな時、意外にも声をかけてきたのがこの和宮沙耶と、その他数人の加害者側の女子だった。
最初は突っぱねたのだけど、意外にしつこくて、しかもお兄ちゃんのファンクラブに入ったとか言い出したもんだから、話をつい聞いちゃって……よくわからないうちに一緒にいることが多くなった。
そんな彼女に、私はある相談を持ち掛けていた。
恋愛相談……というやつだ。
「だあから~もっとこう……ガンガンいくんだよ! あんたら付き合って何か月よ?」
えっと……確か三学期始まってすぐ付き合いだしたから……
「もうすぐ2ヶ月?」
「バッカじゃないの!!」
「ひぃっ!」
再びの怒号に、私はまた小さくなってしまう。
「あんたら一緒に暮らしてるんだろ!? 登下校中ずっと手繋いでるんだろ? 校内でところ構わずいちゃついてんだろ? なんでまだキスしてないの!!」
そう、私の悩みはそれなのだ。
お兄ちゃんとやっと恋人同士になれたのに、手をつなぐまでが限界で、その先に進めない。抱き合ったのだって、あの告白の時だけだし……。
とにかく、このままじゃいけないと、私は意を決して相談してみたというわけだ。なんだけど……。
「言い過ぎだよー。私だって、何度も自分から仕掛けようとしてるんだよ? でも、お兄ちゃんに近づくだけで、前よりなんか心臓うるさいし……手を握られたら……それだけでいっぱいいっぱいになっちゃうし……」
だんだん尻すぼみになっていく私の声。心なしか、顔も熱い。
「すっごく初々しくて、殺しちゃいたいくらい羨ましいけど……それは置いとくわ。ただ、それは坂口祐太も悪いわね。甲斐性なしにもほどが――」
「さやちゃん?」
「わ、悪かったわよ! ほんと、あんた兄貴が絡むと人格変わるんだから。……ほんと、似た者兄妹ね。いや、夫婦か?」
「ふ、夫婦!?」
「はいはい、そこ食いつかない。でも、あんたたちがお互いのことを大事に思い過ぎてるっていうのは妨げになってるわね。兄貴のほうもこんなのが同じ屋根のしたにいてお預けに耐えてんだから相当だわ」
「お預け?」
「そ、とにかく、二人ともまだ恋人同士になれてないのよ。お互い相手が大事過ぎて、求めきれない。そんなとこね。だから、あんたがグッと一発やっちゃいなさい」
グッってなに? と思ったが、心から応援してくれているのだということは、表情からわかった。
「うん。がんばる」
朱色に染まりかけた教室で、私たちは笑いあった。
「ただいま~」
「おう、おかえりみおり」
「うん。お兄ちゃんただいまー」
家に帰ると、お兄ちゃんはりビングのソファーで一人、本を読んでいた。
お兄ちゃんはなんというか……少しアナログ気質だ。テレビは基本的に見ないし、ゲームもあんまりやらない、パソコンも最低限いじれるレベル。なので暇潰しの時は、本を読んでいることの方が多い。
「お兄ちゃん、何読んでるの?」
私はコートを脱いでから、お兄ちゃんの隣に座った。
「これか? あれだよ。ほら、こないだドラマ化決定した……」
見せてくれた表紙には、最近テレビでも話題になっている。ミステリーで有名な作家の推理小説だった。
「ああ、それかあ。読み終わったら貸して」
「いいけど。お前、そう言って最後まで読んだためしないだろ」
「そんなことないよ……多分」
「多分ってなんだ、多分って」
「じゃあ、今一緒に読んじゃえばいいよ」
そう言って、私はお兄ちゃんの手の本を覗き込んだ。……丁度、死体が発見されたシーンだ。ここからなら、途中からでも楽しめるだろう。
ふんふん、今回の事件は結構な惨殺死体らしい。第一発見者は被害者の妻で……あ、もうこのページ終わりか。
「お兄ちゃん、早くページめくってよ」
「……」
「お兄ちゃん?」
反応がなかったので、本から顔を上げると、お兄ちゃんの顔がすぐそばにあった。
吐息が感じられるくらいの距離。お兄ちゃんの顔は赤い。途端に、私も顔が急速に熱くなるのを感じた。バッと思わず飛び退いて、ちょっと後悔して、謝ろうと思ったけど。お兄ちゃんの顔、まともにみれないし、こんな真っ赤な顔も見られたくないしで……。
「あの……えっと……。わ、私っ……着替えて、くるね……」
「あ、ああ……」
結局、私は逃げだしてしまった。
なんか、私変だ。昔は、お兄ちゃんの腕の中で一緒に本読んだことだってあったのに。最近だって、一緒に一冊の参考書覗いて勉強したりしてたのに……。
今は、恋人同士になってからは、今まで当たり前にできてたそんなことで、胸が苦しくなってドキドキして、こんなんじゃ……こんなんじゃ……
「こんなんじゃ……キス、なんて、できないよ……」
私は逃げ込んだ自分の部屋のベッドに倒れ込んで、火照った顔を枕にうずめた。
「前途多難ね……」
「……」
放課後の教室。
私は和宮沙耶に、昨日と同じように怒られ……いや、呆れられていた。
「さすがに初々しすぎるわ。あと、すぐ逃げ出し過ぎ。状況だけなら、むしろチャンスじゃない。それをむざむざ棒に振って、気まずくなっちゃうなんて、ほんとにバカなんだから」
「すいません」
本当に、なにやってるんだろう。
結局、昨日はまともにお兄ちゃんと話せずに終わってしまった。今日の朝は普段通りに戻れたからよかったけど。
「少し、作戦を練らなきゃダメね」
「え……」
沙耶はガタンと、派手に立ち上がると、こぶしを握って高らかに宣言した。
――さあ、作戦開始よ!
「なにそれ……?」
「ちょ、本気で引かないでくれる!? あんたのためなんだから!」




