終わった波乱と新たな悩み
目が覚めると、真っ白な天井が右目に写った。
左目は包帯に覆われている、多分その下に眼帯とかしてあるんだろなー。身体中包帯だらけだし、痛いし、結構ひどいのかな怪我。とか自分の顔をペタペタ触りながら思っていると、ばさっとベットのまわりの真っ白なカーテンが開いた。
「お、気がついたか」
「雄吉と、優希……か」
「まったく、馬鹿なことして……」
二人は側に置いてあったパイプの丸イスに座った。二人して紙袋を取り出すと、がさごそと中を探り、雄吉が先に中身を取り出し、それを差し出してきた。
「ほら、お見舞いだ。デパートのクッキーだけどな」
「ああ、サンキュー」
雄吉にお礼を言っていると、なにやら苦戦していた優希が、やっと袋の中身を取り出した。
「あたしからはバナナとリンゴね」
渡されたのは2個のりんごと1房のバナナだった。
「ありがたいけど、出来ればバスケットに入れて欲しかったな……」
「悪かったわね、手頃なのがなかったのよ」
二人おお見舞いの品を受け取り、あの後とどうなったのかを聞いた。
俺が倒れた後、俺はこの病院に運ばれそのままま丸3日眠っていたとか。医者にかなり酷いとか言われるほど、怪我は意外と重傷らしい。担当医曰く、骨が折れなかったのが奇跡とか。
ちなみに、休み明けの開票で、雄吉は見事当選。今日から生徒会長なんだと。
「ま、そんなとこかな。それじゃ、俺はそろそろ行くわ、色々忙しいんでな」
「ああ、その……ありがとな、色々」
「なに、大したことはしてねぇよ。お前はさっさと体治せよ。じゃあな」
おう。と返事をすると、にかっと笑った後、雄吉は行ってしまった。
二人きりになってしまい、優希は突然静かになった。
気まずい沈黙が横たわる。
なんとかしようと、話題を必死に探すが、なにも思い浮かばない。
俺が頭を抱えていると、優希の大声が、唐突に沈黙を引き裂いた。
「祐太!!」
「は、はい!?」
「その……返事、は?」
なんの、と聞き返さなかったのは、この質問が二回目だからだ。
この質問をされることは、予想はしていた。だから一応、返事も考えていたのだが。
「そ、その……ご、ごめん!」
それでも、俺の口から出た言葉はそれだけだった。
優希はまるで、その言葉を予想していたかのように、とくに驚いた風もなく、そっか、と呟いた。
「わかった。ありがと、はっきり答えてくれて」
「俺の方こそありがとう。お前の言葉がなかったら、俺はこんな思い切ったことはできなかった」
「なら、あたしの想いも無駄じゃなかったね」
優希は立ち上がると、なぜか病室の入り口に目を向けて、それから俺を見た。
「じゃ、あたしはお邪魔みたいだから帰るわ。じゃあね」
「も、もう帰るのか? その、理由とか……いいのか?」
優希はクスリとおかしそうに笑った。
「訊いていいの? 本人の目の前で」
は? と間の抜けた声を出した俺に、優希はまたクスリと笑って、病室の扉を指差した。
指差した方を見ると、扉の陰からこちらを見ている影に気がついた。
「……みおり?」
影は一瞬ビクッと震えてから、観念したのか入ってきた。
「お兄ちゃん、優希ちゃん、ひさしぶり……」
入ってきたみおりを見て、優希は俺にこっそり耳打ちしてきた。
「ね? 答えられないでしょ、理由」
俺は顔に急激に熱が集まるのを感じた。
その様子を見て、優希は俺の肩をぽんと叩いた。
「じゃ、頑張って」
そう言って、優希は手を振りながら病室を出ていった。
再び、気まずい沈黙。
今度それを破ったのは、大声ではなく、みおりが差し出した、クッキーの袋だった。
「これ、お母さんに教わって、作ったの。一応、お見舞い」
「そっか、ありがとな」
クッキーを受け取って、ベットの脇に置いたあと、俺はパイプの丸イスに座ってなにやら落ち着かない様子のみおりに頭を下げた。
「みおり、悪かった」
「え……?」
「俺、お前の気遣い、無駄にした。勝手なことばっかして、本当ごめん」
みおりは慌てて俺の頭を上げさせ、今度は自分が頭を下げた。
「私の方こそ、ごめんなさい。ずっと無視したりして、せっかく助けてくれたのに、あんな酷いこと言って」
今度は俺が、みおりの頭を上げさせた。
「お互い様……ってことで、いい、か?」
「うん」
その後は、いままで話せなかった分、たわいない話で盛り上がった。
結局、みおりに嫌がらせをしていたのは、あの女子たちだけだったらしい。なんでも、あの女子グループのひとりが好きな男子をみおりがフッたからとかなんとか、よくある話だな。
「そういえば、生徒会長に依頼したのって……お前か?」
みおりはこくんと頷いた。
「その、私のせいで、巻き込んじゃったから、なにかできないかなって、悩んで……結局、こんなことしかできなかったけど……」
「みおり……」
まったく、自分もいじめを受けてたっていうのに。
「ありがとう、みおり」
その後も、長い間話しこんでいると、みおりがふと、時計を見た。つられて俺も見ると、もう7時をまわっていた。
「そろそろ時間、まずいか?」
「うん、今日は泊まるって言ったんだけど、帰ってきなさいってお母さんが」
「いや、お前は明日も学校だろ 泊まりはまずいんじゃ……」
「なに言ってるのお兄ちゃん、明日から冬休みだよ」
「そうだっけ?」
すっかり忘れてたな。てか、ギリギリでやりすぎだろ、生徒会長選挙。
「そう言えば、明日はクリスマスだね」
「え、今日イブだったの!?」
「ホワイトクリスマスだね、お兄ちゃん」
「雪降るのか? 明日」
「わからないけど、お兄ちゃんの周りは真っ白じゃん」
「病院だからな!! 悲し過ぎるわ、そんなホワイトクリスマス!」
久々のみおりへのツッコミに、二人して笑っていると、みおりのバッグからケータイの音が鳴り響いた。
「母さんからか?」
「うん、そろそろ帰ってきなさいって」
「そうか、母さんにも心配かけちゃたな」
「明日は、お母さんと二人で来るね」
「おう」
みおりは立ち上がると、なぜか俺の顔をじっと見つめた。
「みおり、どうした?」
「お兄ちゃん、おでこの包帯ずれてるよ」
「え、ほんとか?」
俺は額の包帯を少しずらしたが、みおりは直ってないと言って、俺の額に手を伸ばした。
「じっとしてて、直してあげるから……」
「あ、ああ」
ぐっと距離が近くなる。目の前、約15センチのところに、みおりの顔があって、その近さに、どうしようもなく、どきどきしてしまう。
直視できなくて、目を反らしたその時。
みおりの顔が視界から大きく外れ、同時に、額に柔らかな何かが触れた。
「え……?」
「……ふふっ」
視界に戻ってきたみおりの顔は少し赤くて、やわらかな笑みを浮かべていた。
「ありがとう、お兄ちゃん」
ゆっくりとお礼の言葉を紡いだ、その唇が触れたであろう自分の額を押さえて、俺は真っ赤になった。
「な、な、ななな……」
真っ赤になって狼狽える俺に、クスクス笑って、みおりは俺の肩に額を乗せた。
「本当にありがとう、お兄ちゃん。カッコよかったよ……」
「え、あ、ああ……」
「でもお兄ちゃん、あそこはやっぱり、俺の妹じゃなくて、俺のみおりって、言って欲しかったな」
「そ、それじゃあまるで……」
恋人みたいだろ。という言葉は、すんでのところで飲み込んだ。
「ふふっ、そう勘違いされても、私はよかったよ?」
「……ばーか、あんまからかうなよ」
顔を上げたみおりは、むすっと頬を膨らませた。
「ほら、もう7時半過ぎたぞ、あんま遅くなると危ないから、早く帰りな」
「むぅ、お兄ちゃんは私と一緒にいたくないの?」
「そ、そんなことないけどさ……それでお前が襲われたりしたら本末転倒だろ?」
みおりはしばらく、納得いかないようにむーむー言っていたが、やがて、バッグを持って立ち上がった。
「わかった、帰るよ」
「ああ、じゃーな」
「うん、明日もくるからね」
そう言って、みおりは笑顔で病室を出て行った。
俺はみおりを見送った後、ボスッとベットに倒れこんだ。
「はぁ……」
ため息を天井に打ち上げて、俺は目を閉じた。
俺は今回のことで気付いたことがある。
通学路が、ひとりで歩くと広すぎること、勉強を教えることが、意外といい復習になること、休日が、ひとりだと暇過ぎること。
いつも振り回されながら、俺はたくさんのものをもらってたんだってこと。
本当は寂しかったんだ。あいつと一緒にいられないことが、俺はつらかったんだ。
それから……
これから先も、ずっと一緒にいたいって、そう強く思った。
気付いてなかっただけで、俺はあいつに甘えてたんだ。心のどっかで、いつもあいつに依存してた。
そうだ、俺はあいつが、みおりが――
「好き……なんだ」




